冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです

cyaru

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王妃の罪

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国王は、グラディアスの前に跪いた。頭を垂れたままで慈悲を願う。

「時間をくれないだろうか…」
「何の時間だ?お遊戯の時間はそろそろ終わりだが」
「1か月でいい。その後は言う通りの刑をこの身に受ける。だがその前に民が困らぬよう王位を公爵家か侯爵家の継承者に譲りたいと思う。1カ月あれば十分に話し合いが出来る。この通りだ」

グラディアスの前、国王の背後にいる帝国の文官は小さく首を横に振った。
それを見て少し頷いたあと、「他には?」と国王に問う。

「お聞き届けくださるなら…妃の、王妃の刑を私に」
「何故だ」
「妃は生まれた時から王妃になるために育てられた者。生みの親と顔を合わせたのは3回です。生まれた時、婚約式、そして結婚式。感情を殺すようにとアナスタシアと同じ。そうしてしまったのが王家なら私は責任を取る必要がある」

「だから罪を背負わせろと?」
「えぇ。願わくば‥ですが」
「お前はアレが人形のように、機械のようにと思うたか」
「はい」
「耄碌したな。愚息のみならず妻を見る目も腐っておるようだな」

「何故?可哀想な女なのです」
「そう思っているから愚王だというのだ。おい…ザフィールは来たか?」

控えている帝国の文官に声を掛けると「まもなく」と返事が返ってくる。
程なくしてザフィールがやれやれと少々疲れた面持ちで書類を片手に部屋に入って来た。
その書類を受け取り、上から目を通すと国王の前にハラリと落としていく。
目を通し、落とし、また目を通して落とす。ハラリハラリと落ちる書類を国王は手に取る。

「これは…教会の寄付…でしょうか」

拾った書類に目を通しながら、グラディアスを見上げるが表情からは何も読めない。
国王は抜かりがないかと再度目を通し、順番通りに並べ替えまた目を通すが首を傾げる。

「遠い海の向こう。東の国には生臭坊主という者がいるのを知っておるか?」
「生臭坊主ですか…存じませんな」
「随分と頭の中は花が咲き乱れているようだな。よく見てみろ」

そう言われて再度目を通してみるが一向に判らない。
何故なら国王は内容の精査をする事はほとんどなく計算さえ合えば許可印を押している。

「3日と空けずに毎回ステンドグラスを張り替える必要性。同じく祭壇を新設…必要があると思うか?それから…これは3年前の教会への寄付に対しての帳簿だ」

バサっとファイリングされたぶ厚い帳簿が目の前に落とされる。
開いて比べてみれば、花や教会が運営する孤児院、貧民層への学習に使用する教材など最近の項目にないものが多い。寄付も日付を見れば2か月に1回である。工事が必要なものは床や壁、雨漏りのする屋根の補修で新設ではなくあくまでも補修だった。

「庇うのは自由だが、その妃も随分と自由にやっていたようだな。寄付という名で教会に納めておいてキックバック。神父も随分豪勢な屋敷に馬車を私財として保有している」

「そんなバカな!」
「嘘だと思うなら、隣で伸びている女に問うてみろ。おい、起こしてやれ」
「畏まりました」

帝国の文官により、夢の世界にいた王妃は現実に戻る。
ふと見れば大量の書類を手にして自分を見ている夫である国王と目が合う。

「教会と何か関係があるのか?」

国王の問いかけに、ピクリと眉を動かし、ひったくるように手にしていた書類を受け取ると内容を見ていく。数枚で王妃の表情は安堵に変わっていく。

「これがどうかしましたのかしら」

王妃の答えにグラディアスは失笑してしまった。しかし国王は何も言わずに王妃を見る。
1分、2分と何も言わずにただ見つめるだけの国王。次第に挙動不審になる王妃。
グラディアスは王妃に優しく問いかけた。

「若いつばめを飼うのは楽しいようだな」

ハッとしてグラディアスを見るとニヤリと笑われ、王妃は書類を放り投げた。

「な、何の事を仰っているのかしら。鳥など好みませぬ」
「だが、鳥は鳥かごに入れておかぬと外で番を見つけて啄みあう‥知っておるか?」
「なっなんですって」

「どうやら知らぬようだな。せっせと寄付やら架空請求で貢いでいるようだが、シムソンと言ったか?フフっ豪華な屋敷で若い女と毎晩お楽しみのようだが?」

「そんなはず!屋敷ってなんなのです?わたくしは―――」
「わたくしは?なんだ?」
「妃…まことなのか…」
「ちっ違いますっ。住む場所がないと貸しているだけで御座いますっ」

「神父は教会に専用の部屋があるが?そのために2カ月前も湯殿やクローゼットの工事をしているが何故そこに住まわぬ?使用者がない部屋に工事をする必要があるかも問わねばならぬが?」

「そのシムソン神父。来月で罷免となります」
「何故っ!どうして!」
「何故も何もご存じないのですか?教会預かりになった男爵令嬢との間に子が出来たのですよ。今は貴女の言う屋敷で新生活をしていますけどね。教会へは引継ぎで今月いっぱいだそうですが」

「嘘よ!シムソンはそんな男じゃないわ」
「ではどんな男だ?」

事も有ろうか、シリウスとアナスタシアの結婚式の日に見かけた神父。儀式は教会本部から来た大神父が行ったが以降教会に視察や懺悔に行き、関係を持つようになった。
アナスタシアの管理下にある時はそれだけだったが、アナスタシアがいなくなってからは王妃が引き継いだ。色々な項目を入れて若い神父に貢いでいた王妃。

その金で教会の近くに屋敷を神父は購入した。懺悔と称し庭を抜けて屋敷で楽しむ。
懺悔室に入れば側付侍女も従者も入ってこない。秘密の時間にはもってこいだった。

忙しくなり会う時間は減ったがそれでも2か月に一度は逢瀬を愉しんでいた。
語るに落ちた王妃。国王はもう王妃の顔を見ることはなかった。


「はぁ…この分では高位貴族も曇った目でしか見ていなかったのだろうか」

「そのようだな。ここ2年は特に酷いな。目を光らせる者がいなくなれば腐敗もし放題。そしてそれが当たり前になり、よく思い出してみると良い。お前に苦言を呈する臣下は今何人いる」

言われてみれば、口煩く「背を正せ」と言わんばかりの貴族はここ最近登城をしなくなった。
見切りをつけて他国に流れてしまったからである。


「皇帝陛下。アナスタシア嬢に手紙を書いてもいいだろうか。勿論検閲をして頂いて構わない。おそらく間違いを犯さなかったのは彼女だけだろう。こうならぬと判らなかった。許しは望まないが一言詫びたい」

「詫びる前にする事があるのではないか」

「勿論。アナスタシア嬢の無実、清廉潔白である事を広く民に私の声で発表をしなければならない」

「相判った。手配しよう」
「感謝する」

実のところグラディアスも調べてみればみるほどに酷い内情に辟易していた。

「さて、シリウス。選択の時が来たぞ。選ばせてやろう」

未だにショックから放心状態のシリウスの頭を掴み、無理やり目線を合わせたグラディアスは「慈悲だ」と前置きしてシリウスに詰め寄った。

「殺してくれ…僕を…」
「いいや、お前は生かせて置いてやる。死にたくても死ねないようにな。ただ楽しみも必要だろう。ロザリアという女もいる事だしな」

「ロザリアは…嫌だ」
「そう言うな。前がいいか後ろがいいか選べ」
「前・・・後ろ?どういうことだ」
「魔法で融合させてやる。腹がいいか背がいいか…。そう言えばカタツムリは一種の両性具有という生き物だ。屑同士似合いの夫婦を離れ離れにするのは気が引ける。慈悲だ。嬉しいだろう」

嫌だと首を振るシリウスをグラディアスは憎悪を含んだ目で睨みつけた。
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