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王家の証って…
しおりを挟む俺の両親は、俺の目をまともに見ない。
質素なアパートに住んでいる両親は、残り二人の子供と一緒に住んでいる。妹二人だ。俺は一人、アルバイトをしながらもっと安いアパートに住んでいた。ゴキブリ、ネズミは当たり前の、雨宿りが出来る程度のアパートに。
アルバイトは長続きしなかった。俺の周りでは奇妙なことが起こると噂がたち、すぐに辞めさせられる。写真なんて、日常的に霊が写ってしまう。
だから高校にも通っていなかった。昨日、十七歳になったばかりの俺は、拾われた紫藤と清次郎について、東京に出ることになった。
借りていたアパートを解約し、両親に一応、どこに行くのかを告げに行ったけれど。恐らく半分も聞いていないだろう。俺がどこへ行こうが、彼らには関係のないことだった。
処理をしてくれたのは清次郎だった。荷物らしい物が無かった俺の部屋を見て、ポンッと背中を叩かれた。
服をまとめ、家具は運送会社に頼み、全てを終えた後、二人と一緒に新幹線に乗り込んだ。清次郎のてきぱき振りには舌を巻いた。こんなに早く片付けられるとは思わなかった。
座席を回転させ、向かい合わせになった俺の目の前には、窓際に紫藤が、隣に清次郎が座っている。
紫藤の膝には駅弁が乗せられていた。新幹線に乗り込む前、真剣に駅弁を選んでいた紫藤を思い出すと、柄にもなく吹き出しそうになってしまって、ヒクつく口元を押さえるのに苦労した。
発車のベルが鳴り響き、緩やかに動き始める。待ってましたと紫藤が駅弁三つを包んでいた袋を開けた。清次郎が二つを取ると、一つを俺に渡してくれる。そして紫藤の膝に残った一つの封を、丁寧に外してやっている。
そのくらい自分でやれば良いのに、と俺の弁当を開けた。割り箸の片方を歯で噛み、もう片方を掴んで引っ張った。パチッと音が鳴り、紫藤を驚いたように見つめてくる。
真似しようと言うのか、割り箸を噛もうとしたら清次郎に止められた。無言で首を横へ振り、手で割ってやっている。紫藤の顔が少し残念そうに割られた割り箸を見つめている。
苦笑した清次郎は、自分も割り箸を割ると俺の方を向いた。
「達也はつなぎが好きなのか? 他の服があまり無いようだが……」
「動き易いんだよ」
「そうか。当面は持っている服で回してもらうが、少しずつ揃えていくとしよう。……紫藤様、零れておりますよ」
紫藤の膝に零れたそぼろを素早く拾い、自分の口に入れた清次郎。何事も無いかのようなその自然な動きに、正直吐きそうだった。
男が男の世話を焼くなんて。溜息とともに弁当を掻き込んでいく。目の前で気持ちの悪いことが起こっていようとも、腹は減っていた。
無言で食べ続ける俺を微笑みながら見つめている清次郎。時々零れる紫藤の米粒やおかずを拾っては食べている。
最後に食べ始めたのに、最初に食べ終えた人。一口が俺達より大きかった。俺と紫藤の弁当の中身が減っている事を確認し、満足そうに頷いている。
その傍ら、回ってきた車内販売のカートを呼び止め、コーヒーを二つ買っている。
「達也は何が飲みたい?」
「……炭酸」
「コーラで良いか?」
「ああ」
コーラも頼んでくれた清次郎。小さな缶三つを手にした彼は、カートを押していた販売員の女に無意識にだろう、にこりと笑っている。
見る見る間に女の顔が赤くなる。どもった声でありがとうございます、と頭を下げた時、新幹線が大きく揺れた。女がその揺れに倒れてくる。受け止めた清次郎に、ますます赤くなっていく。
「も、申し訳ありません!」
「いいえ。大丈夫でしょうか?」
「は、はいっ!」
裏返った声で返事をした女は、急いで姿勢を正した。
その瞬間、清次郎の顔が紫藤の手に掴まれる。女の方を向いていた顔が、ぐりっと百八十度横へ向いた。
そして。
目の前で。
二人はキスをした。
握っていた箸が音もなく落ちていく。真っ赤になっていた女も口を大きく開いた。
「お主はどうしてそう、誰かれ構わず優しくするのだ!? このおなごがお主に惚れたらどうする!!」
「……紫藤様。外ではしないで下さいと何度も申し上げたはずですぞ!」
「お主が悪い!! その様に優しい微笑みは私だけにしておれば良いのだ!!」
「そうもいきますまい」
「嫌だ!!」
清次郎の首に抱き付いている。嫌だ嫌だと駄々をこねた紫藤。困ったように背中を撫でた清次郎は、紫藤を抱き締めたまま女を振り返った。
「すまない。気にしないでくれ」
「……はっ! は、はい!」
頭を下げた女は、清次郎と、その胸に収まった紫藤を見つめ、顔を真っ赤にしたままカートを押していった。
俺も連れて行ってくれ、と願わずにはいられない。
目の前の二人もそうだけれど、何事かと振り返った乗客の視線が痛かった。二人とも男前だ、ただでさえ目立っているのに、そういう関係なのかと興味深そうな視線が集まっている。
いたたまれない。新幹線を降りてしまいたい。一気に食欲が失せてしまった。
「紫藤様。いい加減、起きて下さい」
「お主が……お主が……!」
「倒れてきたおなごを振り払う訳にはいきますまい」
「しかしだな……!」
「さ、食べて下さい」
紫藤を起こし、あやすように頭を撫でている。泣きそうな顔をした紫藤は、フルフル唇を震わせると小さく頷いた。
何だ、この二人は。
呆然と見ていた俺に気付いた清次郎が、落とした割り箸を拾ってくれた。ウェットティッシュで拭いてくれる。
「……驚いただろう?」
「そりゃまあ……」
「紫藤様と俺は、主従であり……」
「熱き恋仲ぞ!!」
「……叫ばないで下さいませ」
紫藤の口を塞いだ清次郎は、早く食べるよう促している。頷き、大人しく食べている紫藤を見守りつつ、俺を見て笑った。
俺はどうしても、笑えなかった。
大丈夫なのだろうか。この二人について行っても。不安が大きくのしかかる。
心配したところでもう、住む場所はない。付いて行くしかなかった。
差し出されたコーラを貰いながら、あまり関わり合いにならないようにしようと思う俺だった。
***
東京は人が溢れていた。忙しそうに歩き回る人の波に飲まれそうになる。抱えたスポーツバックが何度も人に引っかかって、方向を変えられてしまった。
何で皆、当たり前の様に人を避けて歩けるのだろう。またしても人波に流された俺は、同じく流された紫藤にぶつかった。
「まったく、駅の人の多さには参るの」
「紫藤様、そちらではありませんぞ」
「分かっておる!」
ぶつくさ言いながら、清次郎に追いつこうとした紫藤が斜めに逸れていく。吊られそうになった俺は、彼の腕を掴むと引っ張った。
「こっちだっつってんだろ」
どうにかこうにか清次郎に追いついた。彼も鞄を持っていたけれど、流されてしまうようなことはない。紫藤の手を握り、俺には後ろからついてくるよう指示を出した。
「ちょうどラッシュだったようですな。さ、参りましょう」
少し紫藤を引き寄せ、歩いていく。清次郎に掴まった紫藤は、嬉しそうに笑っていた。
気持ち悪い、舌を出して嫌悪しながらも、この人混みから早く抜け出したくてついて歩いた。
息苦しい人の波を掻き分け、駅の外へ出る。すぐにタクシーを拾った清次郎は、三人居るからか、自分が助手席へ乗ろうとしている。
「俺が前行くよ」
「しかし……」
「白いおっさんが睨んでんだよ」
親指で後ろを指し示す。その指の先には紫藤が居る。俺に前に座れと無言のプレッシャーを掛けていた。
「……分かった。ああ、そうそう」
清次郎が少し屈むと耳に囁いた。
「おっさんは止めてくれ。ご気分を悪くされるからな。せめて紫藤さん、と呼んでくれないか?」
「……分かったよ」
「ありがとう」
くしゃっと金髪を撫でられる。先に乗り込んでいた紫藤の隣に座った清次郎を見届け、俺も助手席に乗り込んだ。行き先は清次郎が告げ、タクシーは動き出す。
車窓から外を見つめ、田舎とは違い、排気ガスばかりなんだろうな、と思った。整備された道は車を跳ねさせたりはしなかった。
高い建物や工場が立ち並ぶ東京。でも、思っていたより緑もあった。木なんて全然ないものだと思っていたから。
物珍しくて窓の外ばかりを見ていた俺は、いつの間にかうとうとと眠っていたようだ。まともに寝る時間が無かったから当然か。
それに、あまり寝るのは好きじゃなかった。眠っている間、気が抜けるせいか、とり憑かれたこともある。
足元に立つ霊がいたり、肩を押されたり、そんなのは当たり前だった。
どうしてだろう、うとうと眠っているのに、嫌な気配は全然しない。スッと入り込んだ深い眠りを貪った。
どれくらい眠っていたのだろう。体を揺すられている。
「……達也……達也、起きてくれ。着いたぞ」
揺さぶられた肩に目を開けた。欠伸をしながらタクシーから降りた俺は、目の前に広がる緑に、ここが東京ではないと思った。隣の県にでも移ったのかと思って。
それほど緑に包まれている。大きな家ではないけれど、二人で住んでいるにしては大きい方だ。二階建ての家は、テラスも付いている。
特に庭が広い。植えられた木々が緑の葉を元気に揺らしている。キラキラと光って見えるのは、太陽のせいだろうか。
「お主、体はどうだ?」
先に降りていた紫藤が、腕を組んだまま聞いてくる。スポーツバックを肩に担ぎながら答えた。
「……そういや苦しくねぇ……それに見えなくなった」
周りを見てみても、日常的に見えていた霊が見えなくなっている。東京に着いたあたりからだ。胸が苦しくなることもない。
「で、あろうな。暫く、この家に閉じこもってもらう。色々と調べねばならぬ事もあるでな」
「……閉じこもるって……んな暇なことできっかよ」
「清次郎」
「はい」
俺の言葉を無視した紫藤は、清次郎を呼んでいる。彼は俺の背後に寄ると、プチッと一本、髪を抜き取った。
「いって!! 何すんだよ!」
「ふむ。痛んでおるの。何故髪を痛めてまで染めるのか分からぬな」
清次郎から受け取った俺の短い髪を見つめ、しみじみ呟いた紫藤は右手を挙げている。中指をくいっと動かすと、どこからともなく紙が飛んできた。俺の胸に貼っている物に似ている。ということは、あれも札なのだろうか。
飛んできた札を手にした紫藤は、俺の髪を札に乗せている。手を翳し、白い光を放つと髪が吸い込まれていった。
「これで良かろう」
一つ頷き、札を飛ばしている。遠ざかる札を見ていた俺の背中を清次郎が押した。
「これでお前も入れるぞ」
「……さっぱり分かんねぇし」
「おいおい、説明してやる」
笑った彼は、鉄格子のような門を開いた。先に歩く紫藤に続いて入っていく。
「良いか。玄関を中心に、家の周りは結界で覆っておる。故に、我ら以外の者は入れぬようになっておる。入る場合は、私の許しがいる」
「……何だよ、結界って」
「清次郎に聞け」
「どんだけ面倒くさがりなんだよ!」
俺の突っ込みにふんっと、そっぽを向いた紫藤は、清次郎に玄関の鍵を開けさせ、先に入っていった。わなわな震える拳を見つめた清次郎は、俺の髪を撫でてくる。
「そう、怒るな。紫藤様は説明が苦手でな」
「……ちっ」
「……ふふ」
舌打ちした俺に笑っている。背中を押され、玄関から中に入ると、靴を脱いで上がった。
俺の安アパートに比べれば豪華だった。リビングには大きなテレビとゆったり座れるソファーがある。フカフカして気持ち良さそうなそのソファーに、もう紫藤は寝転んでいた。
足を投げ出し、瞼を閉じている。ソファーは全部で三つ、その内の一つを一人で占領している。すぐに寝息が聞こえてきた。
一方の清次郎はテキパキと動いている。持っていた荷物を開き、片づけに入った。洗濯物を洗い場に持っていき、台所に立つとお湯の準備を始めている。
「適当に座っていてくれ。コーヒーは好きか?」
「……あんまり」
「そうか。お茶の方が良いか?」
「どっちかっつーと」
「そうか」
楽しそうに笑っている。何だか調子が狂うと、中央のソファーで眠る紫藤を見ながら、空いているソファーに座った。沈み込む尻が落ち着かない。
世話になるなら手伝いくらいした方が良いのかと、振り返った時にはお盆にお茶が乗っている。何でこの男はこんなに手早く動けるのだろう。
「さ、落ち着くぞ」
「……別にテンパッてねぇし」
「そうだな。その札、もう外しても大丈夫だぞ」
「でも……」
「ここは外と内から結界を貼っている。お前の霊力が溢れても、張った結界が吸い取るから心配するな」
俺の前にお茶を置き、足音を消して歩くとどこかの部屋に行っている。出てきたと思ったら手にタオルケットを持っていた。寝ている紫藤に掛けてやっている。
まめな男だ。思っていた俺の隣に座った。
「すまんな。疲れていらっしゃるようだ」
「あんたの方が動いてるみたいだけどな」
「説明しなかったが、ここへ来る間、お前の霊力を紫藤様が封じていたんだよ。その札を通じてな。ずっと力を使っていたせいで、眠たくなったのだろう」
「……じゃ、見えなくなったのは」
「この土地は多くの霊が彷徨っている。お前を案じて多く吸ったのだろうな」
ポンッと頭を叩かれた。眠っている紫藤をチラリと見る。
偉そうで、面倒くさがりな彼が、何で俺にそこまでするのだろう。
会って一日も経っていないのに。見た目はただの不良だし、大人は皆、俺を避けていた。
親でさえ、恐れて近寄ってこないのに。
「……あんたら、お人好しだな」
「良く言われる」
笑った清次郎は、自分もお茶を飲むと俺に向き直った。
「色々と説明しておこう」
青い瞳が優しそうに笑うと、俺の頭を掻き回した。
そう言えば、こうやって気軽に頭を撫でられたのはいつぶりだろう。
柄にもなく感傷に浸りそうになった俺は、信じるな、と言い聞かせた。
人の良い奴だって、すぐに俺を捨てるのだから。
置いてもらえる間だけ、この二人を利用しよう。
キッと見上げた俺に、ふわりと笑った清次郎。
一人楽しそうに笑っている彼は、何度も何度も、俺の頭を撫でていた。
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