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シリウスとの思い出と人参スティック

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ファーフィーの置いて行った道化師の人形を棚の上に座らせるように置くと、部屋を見渡す。

改めてみても何もない部屋。
いつもと違うのは、小さな窓から聞こえてくる風が少し騒がしい。
風に乗って人の声も流れてくる。

多くの人の流れはない王宮の西側でも、今日は塔の向こうにある西門の警備をする者が多いのだろうか。騎士たちの太い声が聞こえてくる。
中に人はおらずとも、東西南北にある塔の入り口には衛兵がいる。
誰も気にすることなく西の塔の前を通り過ぎて行くのだろう。

昨夜、シリウスの持ってきた薔薇を拾い集め、ロザリアに打ち捨てられた花をしゃがんで手に取る。余りにも多く置き場所にも困る。
ふと、昔のシリウスを思い出した。

シリウスは昔から、その時だけ良ければ満足をする男だった。
唯一城から出られる慰問の日。教会にある孤児院への道すがら立ち往生した馬車があった。
生活困窮者の多い地区では、馬車を止めてはいけないと言われているが子供でも馬の前に飛び出したのだろう。
停車した馬車にはあっという間に物乞いをする者達が群がった。

その後ろになるシリウスとアナスタシアが乗った馬車も止まらざるを得ない。
馬車を護衛する騎士たちが騎乗した馬に囲まれた馬車が安全かと言えば言い切れない。
アナスタシアは最善の策を考えたが、口に出す前にシリウスは馬車を停止させ騎士に守られながら下車をした。

何をするかと思えば、孤児院に寄付するための銅貨が入った袋を掲げて民衆に見せる。
袋から銅貨を掴み、騎士によって遠くに放り投げらていく。
数回で群がった民衆は投げられた硬貨の方に散って行った。
その隙に馬車を走らせ切り抜けた事があった。

シリウスは貧しい者への施しをした事と、貴族を助けた事で満足をしていた。
この時、アナスタシアは一時しのぎにしかならない施しや炊き出し、教会への寄付には疑問を持っていた。

だが、当時婚約者だったためアナスタシアは手が出せなかった。
王太子の婚約者には執務を手伝う上での書類の仕分けや内容の精査など、あとは中身を見ずとも王太子がサインをすれば良いように【手伝う】事しか許されていなかった。
内容の精査の折に、最善の策を提案をしてもシリウスがサインをした後、王妃か国王によって差し戻しをされる。

歳入の少ないこの国では歳出を抑える事が重要課題。
寄付とて貴族から集めたものを王家からと名前を変えて行っていた。
少し手を加えようものなら、シリウスが非常に困った顔をして頼んでくるのだ。

「アナスタシア。決められた事以外はしてはいけないんだ」
「決められた事でございますか」

「うん。炊き出しの回数を減らして、手に職をつける様に貧乏人に何かを教えて得があるのかな?腹が減っていれば施しを適度にしてやれば喜ぶんだからそれでいいんだよ」

「ですが、それでは一向に改善をしないと思います」
「改善?どうしてそんなものが必要?貧乏人は死ぬまで貧乏人。貧乏なのは僕たちのせいじゃないよ。貧乏人の家に生まれたのがそもそも間違いなんだから。それに手を差し伸べてたら大変だよ」

王太子妃となり権限を持った時から、根本的に改革をする。
事情があって働く事が出来ない者と、働くのが嫌で働かない者は違うのだ。

そして貧困率が高い地域ほど汚れた水を生活に使用している。
大鉈を振るいたくもなるが、それは王妃になってからでなければ力が足りない。
アナスタシアは日常にあるものでろ過装置を作り、煮沸をしてから飲料にするように財政をやりくりしてろ過装置を至る所に設置をした。

使わなくなった樽の底に綺麗に洗ったシーツを敷き込み、小石を入れ、川から砂利を持ってきて入れる。廃材を焼いて炭にしたものを入れてその上に砂、最後に綺麗なシーツを被せた。
泥で濁った水をそれに注ぐと、数分すれば下からは透明な水になって出てくる。
それを煮沸して、冷ました物を飲料をするように徹底するだけでいい。

大掛かりな装置など金をかけて買わずとも、身近にあるもので代用は出来るのだ。
それまで水は濁っているものだとしか知らなかった貧困層の者達は、透明な水というだけで物珍しさもあって言われた通りにする。
炭によって、泥臭さも薄まった水は慣れてしまえばもう泥水は飲めなくなる。

仕事も与えてやるのではなく、得手不得手を知り得意なものを生業とさせる。
3、4年経つと貧困層のほうが貴族街よりも清潔な街になったのは皮肉だった。
生活汚水や排水をそのまま垂れ流す貴族街は定期的に大掛かりな清掃をしなければ害虫の住処となる。

清潔な街で手に職を得た者たちは今までは安い賃金で清掃をしていたが交渉の術を教え、技術に対しての単価で折り合いをつけて仕事をするようになる。
国の税収も広く浅く集める事で徐々に上向いてきた時に廃妃となったのである。

――もうこの国ではする事がないのかしら――





窓を見ると、遠くの方からカラスが飛んでくる。
窓際に置いた椅子から立ち上がり、カラスを迎える。

バササーっと窓枠に止まったカラスはピョンと床に飛び降りるとポォと光って人になる。
グラディアスである。
昨日の今日でまたどうしたのだろうと思いつつもカーテシーを取った。

「本日はどうされました?」
「長くは居られないが、顔を見たくなった」
「夜中に戻られて半日も経っておりませんが」
「半日も経っている。もう酸欠で死にそうなくらいだ。使節団と一緒に来るようにしておけば良かったと久しぶりに後悔をしているところだ」

そう言いながら上着の内側から書類を取り出す。「暇ついでにどうだ?」と言いながらアナスタシアに差し出してくる。内容は帝国にある山林を整備するものだった。

「このような物を部外者に見せるのはよろしいのかしら?」

「部外者?まさか。帝国は有能な者をスカウトするのも重要事項なんだ。どうだ面白そうだろう?議会にあげるのは数年後になりそうだが若い子爵夫婦が領地で試験運用を始めている案件なんだ。ただ手探りだから何かヒントみたいなものを思いつかないかなと思ってね」

「面白そうな案ですわ…ゆっくりと目を通してもよろしくて?」
「構わないよ。帝国に来れば参考に出来そうな資料などもあるんだが、ここには運べなくてね」
「帝国の資料を運んでいたらこの塔が重さで崩落致しますわ」
「ハハハ。中らずと雖も遠からずだな。色々持ってきた。どうだ」

何処から出るのか上着からは色々と出てくる。まるで手品のようである。

「ほら、これは人参だ。こっちはセロリで‥‥アスパラもあるぞ」

細い筒状の瓶に2、3本だけスティック状になって入った野菜。
そして目にしたのは何年ぶりだろうか。
バケットまで出てきた時はアナスタシアも笑ってしまった。

「こういうのは形状記憶魔法で少し小さくする事が出来るんだが温かいとどうしても元々が膨張している分、難しくてね。温度が低ければ大丈夫なんだが‥スープがなくて申し訳ない」

そう言いながらも本当に久しぶりの野菜。
差し出された人参のスティックはカリリとした触感と音がした。

ふむ?と考えながらも野菜を齧るアナスタシアをグラディアスは優しく微笑んで見つめた。
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