冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです

cyaru

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ロザリアの後悔

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ロザリアはため息をつきながら空を見上げていた。

側妃に召し上げられて最初の2カ月ほどは3日置きにシリウスの渡りがあった。
だが、一緒に朝を迎えた事は一度もない。
事が済めば「ゆっくり休みなさい」とシリウスは夫の務めである事後の清め(事後に夫が汗を清潔な布で拭いてくれる)すら侍女に任せて出ていってしまうのだ。

教本で習ったのは王族には適用にならないのかも知れないとそれはまだ飲み込む事が出来た。
耐えがたいと思ったのは事の最中にシリウスの昂ぶりが最高潮になった時に呼ぶ名である。
抱かれているのは、その腕の中にいるのは自分なのにシリウスは王妃の名を呼ぶ。
恐らくはシリウス本人も気が付いてないのだろうとロザリアは思い込んだ。

そう思わねばこのような屈辱はあるだろうか。
ロザリアとてなりたくて側妃になったわけではないのだ。
父である公爵の命令で側妃として王宮に上がっただけ。

側妃として召し上げられた初夜の日。
純潔を散らした痛みを堪えるロザリアの体を揺さぶり、突き上げ固く目を閉じてシリウスは王妃の名を何度も呼んだ。余りの衝撃に翌日は泣いて過ごした。

そして2回目、3回目の渡りでもその声を聞かされる。
だが、不思議な事に女性としての快楽を求める自分にも気が付いてしまった。
閨教育の時から興味はあった。だが通り一遍な動きで吐き出すだけのシリウスには求める事が出来ない。

王宮に上がって10日ほどした時に、父と妹の夫がやって来た。
妹は悪阻が酷く来たくても馬車の揺れが体に悪いと留守番になったと聞かされた。

父が公務で席を外してしまったほんのわずかな時間がロザリアの後悔の始まりだった。
妹の夫、つまりは義弟となった男性と繋がってしまった。

故意ではなく茶を溢してしまった彼のトラウザーズに釘付けになり下腹が痛んだ。
締め付ける様にキュゥとなる疼きを。魔がさしたとしか言いようがない。
部屋には侍女もいる事から、庭園を案内すると誘い出し事に及んだ。

抵抗した義弟だったが、妹よりは豊満な体。
庭園だと言う事で開放感もあったかも知れない。
見られてはいけない、知られてはいけないという背徳感もあったかも知れない。
ロザリアは初めて女の喜びを体で震えながら感じたのだ。

余韻が残る体を持て余していると夜になった。
シリウスの渡りがあると湯殿に入り身を清めている時に胎内から出てくる残滓に戦慄をした。「何てことをしてしまったのか」だが後悔するにも遅すぎた。


そして4か月後、悪阻で妊娠を知った。まだ侍女には知られていない。
妹からの手紙にあった初期症状によく似た兆候。
過ちはたった1回。あとは全てシリウスの子種である。
大丈夫。大丈夫と自分に言い聞かせるも、その頃になるとシリウスに情が沸いていた。

出すだけ出してさっさとトラウザーズを元に戻した義弟と違ってシリウスは言葉をかけてくれる。
前戯も時間をかけてロザリアを解していってくれる。
何よりシリウスは美丈夫なのである。自分の体に欲情してくれていると思うと例え最後に子種と共に違う女の名を呼んだところで優越感にも浸れた。
ふいに見せる寂しそうな顔は守ってやりたくなる母性を擽った。


事が終わり、帰っていくシリウスの背を見ながら明日は妊娠を打ち明けよう。
そう思った朝だった。
侍女たちのたわいない話を耳に挟んだ。

【王家の証をもって生まれてくる子】

内容を聞けば聞くほど足が震え、その場に立っている事もままならない。
もし、義弟の子ならどうしよう。

托卵は犯罪である。子連れで再婚するのとは訳が違う。まして夫は王太子。未来の国王。
今の国王を思い出してみればシリウスとよく似ている。
髪の色も瞳の色も同じで、爪の形もよく似ている。

ロザリアが出した答えは【子を流す】事だった。

しかし、そのままではここを追い出されるかも知れない。
それよりも怖いのは父親だった。父にとって女は子を成す道具でしかない。
一度の流産でもう子が成せない体になる女性もいる。
公爵家に戻されればどんな仕打ちを受けるかもわからない。

かといって100%シリウスの子とは言いきれない腹の子。
生れて来て違っていた時は、不貞行為。姦通罪で死罪となる。

絶対的優位にいて完全な被害者とならねばならない。
考えた末にアナスタシアを生贄にする事を思いついたのだった。
側妃となったその日に会っただけで以後は一度もあった事がない。
アナスタシアのいる棟と自分の離宮は対角線上で接点もまるでない。

自分が王妃になれない事は知っていたが、情が沸いたシリウスの助けになればと少しだけ公務を手伝っていた書類の中にアナスタシアが添削したものがあった事を思い出す。

必死に文字を真似て失敗した用紙は暖炉にくべていく。
長い文章は命取りになる事も知っているロザリアは【ロザリア妃に渡して欲しい】とだけ書き、あとはアナスタシアのサインを真似た。
短い手紙が出来上がると庭園に出かける。

雑草と呼ばれる草の中には子宮を弛緩させる作用を持つものがある。
散策と称してその草を集め乾燥させる。
父が差し入れに持ってきた手を付けていない菓子に水をつけて乾燥させた葉をまぶす。

側妃のロザリアにはアナスタシアのように厳重な警護はつかない。
せいぜい侍女が2,3人ついて回る位である。

あとはこの菓子をどうやってアナスタシアの棟に運び、どうやってここに持ってこさせるか。ロザリアは今日は気分が悪いので一人にして欲しいとシリウスの渡りがあった翌日侍女に告げた。

しばらく様子を見て誰も部屋に来ないのを確認すると、侍女のコネクティングルームに行きお仕着せを拝借した。素早く着替えると菓子を持って早足でアナスタシアの棟に向かう。

髪色もよくある色なのが良かったのか、それともこちらの棟には1度しか来なかったからかロザリアを知る者は誰もいなかった。近くにいた侍女に菓子を預ける。

「アナスタシア様が午後にでもロザリア様に渡すようにと」
「え?…そうなんですね。判りました。私でいいんですか?」
「えぇ、貴女に頼んでって言われたわ」

襟もとの線の数で王宮に上がったばかりの侍女見習いと思われた少女は菓子を受け取った。

後は誰にも見られないように自分の離宮に帰るだけである。
運が良かったのか、丁度正午を20分ほど過ぎたころだったため昼食中ですれ違ったのは2人だけだった。俯いて早足で駆け抜け、周りを確認して部屋に入る。

侍女の御仕着せを脱ぎ去ると元の場所に戻した。

寝台に横たわり、後は菓子が来るのを待つだけである。
昼休憩が終わり廊下が騒がしくなった頃、ベッドに備え付けてある呼び鈴を鳴らし「遅い昼食」を頼んだ。気分が回復したので腹が減った事を伝えておかねばあの菓子が届かない可能性もあった。

そして午後になり、侍女たちと話をしているとアナスタシアの侍女が菓子を届けに来た。
扉の向こうでロザリアの侍女が受け取る。
そして侍女たちと分け合って菓子を食べた。念には念を入れて数枚を腹におさめるとその日の夜。死んでしまうのではないかと思うほどの腹痛に見舞われた。
あまりの痛さに意識を飛ばしてしまい、目覚めた時には【一人の体】になっていた。

「お労しい」と泣きだす侍女達に「ありがとう」と声を掛けまた眠った。

翌日、アナスタシアから贈られた菓子を食べた事をシリウスに伝える。

ロザリアはそれでアナスタシアの侍女が身投げするとは思わなかったし、アナスタシアが離縁され廃妃になるとは露とも思っていなかった。
シリウスを取り合う女同士の争い程度で数日謹慎が良いところだろうと思っていたのだ。

実際、市井では1人の男性を取り合って女性同士が殴り合いの喧嘩をしても数日頭を冷やす意味で投獄される程度と使用人達から聞いていた。貴族令嬢でも当主からお小言を長時間食らって数日牢で反省する程度なのだ。

なのに!どうして!!

流れた子が次の世代の国王になったかも知れないと聞かされロザリアは自分の過ちとその過ちを隠すために仕組んだ罠がどれほどの大罪となるのかと恐れおののいた。


誰にも言えない秘密を抱えたままでも体調は完全に回復する。

そしてまた父が来た。別の側妃が召し上げられる前に早く子を成せ。と怒鳴られる。

今度は何の不安もないようシリウスの子を身籠る。
そう決意をするが肝心のシリウスの渡りは全くなくなった。
それとなく執務室を訪れ、誘ってみるがつっけんどんに追い返される。

他の側妃を召し上げてその令嬢が身籠ってしまったら、役目を果たせない側妃は下賜される。
王家の予算には限りがあって、仕事をしない側妃を遊ばせる金などないのだ。
下賜となれば父になんと言われるか…ロザリアの苦悶の日々がまた始まった。
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