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20:カーティスの雄叫び
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そんなある日。
「この金属類はスチンルさんの鍛冶屋に運んで。買い取って貰えるそうよ」
「いいんですか?鉄じゃないのもありますけど」
「溶かして混ぜて強度を確かめてるそうなの」
「判りました。紙の買い取りは…3商会ですね。途中で寄っておきます」
「ティーちゃぁん!こっち!回れるぅ?」
「はぁい!行けますよ~」
3台の荷馬車に積み込まれた荷物。
たまたま通りかかったカーティスはここ半年ほどで古紙として回収されて、再生される再生紙の売り上げが伸び始めている事にちょっとだけ機嫌が良かった。
しかし、その6割の量が実は自分が貯めに貯めたあの書類だとは全く気が付いていない。
折りに触れて家令のモーゼスは「本宅に顔を出しては?」「奥様に贈り物でもしてみては?」と声はかけるのだが、カーティスの返す答えは決まっている。
「面倒な事をいうな」
なので当主でありながらティディが平民たちと働いている事も、3階建ての本宅が平屋になった事も、7つあった離れは間もなく引っ越そうかという1つと、今住まいとしている離れの2つだけになった事も知らない。
そろそろ満タンとなるが、基本が敷地内で外門手前で分岐になった小道を使うため侯爵家の敷地内がどうなっているかも興味がなかった。
解体をするのも、本宅を平屋に新築するのも大工などが入ってくる時間はカーティスが離れを出る前。職人さんの朝は早いのだ。8時には皆で準備運動を始めるが、同時刻にカーティスは離れを出かける。
帰りもカーティスが帰るのは深夜で日付が間も無く変わろうかという頃。
職人さんは17時以降は「常用にしてくれるなら残業する」とニヤリと笑って残業はしない。
大工たちは出来高で幾らという報酬を得るが、常用となると出来高に関係なく1日幾らの日当の支払いとなるのだ。尤もティディもお掃除隊にほとんどを費やすため、残業がどれほどお客さんに負担をかけるのかを身をもって知っている。
すれ違う事もなく、ただ日が過ぎて庭の木々も色付き始めた頃。
やっとこの2人の関係も動き始めた。
「モーゼス。あれは‥‥あの娘ではないのか?」
「さぁ?女性の見た目をじろじろと見た事は御座いませんので」
「いや、見た目って…まんまじゃないか!侯爵夫人が何をしてるんだ?!」
「さぁ?奥様かどうかはわたくし老眼ですので判別は出来ませんが、引っ越しか何かでしょうかね。あぁあの本…廃番になって探していた本なのですがね」
都合の良い時だけモーゼスは「なんちゃって老眼」になるのだ。
通常は老眼でも遠くは良く見えるというが、モーゼスの老眼は非常にモーゼスには都合よく見える距離や対象物が変わる。なので、ティディがどうかは判らないと言いながらも本の背表紙の文字は見えるし読める。
ちなみに視力は両眼2.0で眼科でも老眼とは言われていない。
ガラガラと走る馬車。
侯爵家の門をくぐると腕を組んで目を閉じたままカーティスが言った。
「本宅に回ってくれ。あれが本人なら今はいないはずだ」
変な所で勘が働くカーティス。
本宅に立ち寄るのは、ティディが嫁いできた当日以来8カ月ぶりである。
ただ、真正のおバカそうなのに微妙に違うのがカーティス。
小道から見える庭に馬車を止めろと御者に告げた。
ヒヒン♪ブルル♪ 馬車が止まるとカーティスは扉を開けて飛び出した。
「なんだぁ!?これはっ!モーゼスッ!」
驚き過ぎて、指を指した形はじゃんけんのチョキ。いや親指も立っているので「ハートにバーン♡」の形でもあるが、指しているのは「畑」である
「あ、白菜ですね」
モーゼスは軽く答えるが、カーティスの欲しい答えは野菜の品種ではない。昔は畑のキャベツと白菜を間違ったが今は間違わない自信がある。
「そうではない!ここは離れがあっただろう?!赤い屋根の2階建ての!」
「そうですね。以前は御座いましたね」
「あ、あそこには…俺の…俺の…ハッ!まさかっ?!」
カーティスは走り出し、躓いて転びそうになりながら歩いていける距離にあった平屋の離れに向かった。
「うわぁぁ!!なぁい!離れがないっ!なんだこれはぁ?!」
後から歩いて追いついたモーゼスはまたカーティスの望む答えは返さなかった。
「春菊と…長ネギかな?向こうの畝は…蕪ですかね」
「モーゼェスッそうじゃない!なんでここにもないんだっ!?」
「そうですね。有機栽培ですかね?化学肥料は使ってないんでしょうか」
「化学肥料の有無じゃない!離れがない!平屋の離れがないんだ!」
キョロキョロと見回すが、そこにあるのは野菜を育てている畝である。
モーゼスはしゃがみ込んで土を手に取り、指で崩していく。
「へぇ…これは堆肥かな‥匂いがないから飼料じゃないですね」
「だーかーら!そこじゃない!」
小道に戻ったカーティスは、馬車に駆け込み自分の手で自分の二の腕を交差させて掴んだ。馬車の椅子に座ったが、足はちゃんと靴底が付いているのにガクガクと震える。
顔色はすこぶる悪い。
「旦那様、わたくしの年を考えてくださいよ。どっこいしょ。おーい出してくれ」
モーゼスが馬車に乗り込み、御者に本宅へ行くように告げた。
目の前でブルブルと震えるカーティスは二の腕を手のひらで激しく擦り、時にその手は頭を抱えて何かをブツブツと呟いている。
馬車が止まり、モーゼスが先に降りる。
カーティスは座ったままゆっくりと顔だけを横に向けた。
「ヒュッ!!」
カーティスの目には玄関が見えたが、知っている玄関ではなかった。
玄関だけではない。建物の形そのものが違う。
転がるように馬車から降りると、膝をつき、頭を抱えて叫んだ。
「なんだこれはぁぁ!!」
「この金属類はスチンルさんの鍛冶屋に運んで。買い取って貰えるそうよ」
「いいんですか?鉄じゃないのもありますけど」
「溶かして混ぜて強度を確かめてるそうなの」
「判りました。紙の買い取りは…3商会ですね。途中で寄っておきます」
「ティーちゃぁん!こっち!回れるぅ?」
「はぁい!行けますよ~」
3台の荷馬車に積み込まれた荷物。
たまたま通りかかったカーティスはここ半年ほどで古紙として回収されて、再生される再生紙の売り上げが伸び始めている事にちょっとだけ機嫌が良かった。
しかし、その6割の量が実は自分が貯めに貯めたあの書類だとは全く気が付いていない。
折りに触れて家令のモーゼスは「本宅に顔を出しては?」「奥様に贈り物でもしてみては?」と声はかけるのだが、カーティスの返す答えは決まっている。
「面倒な事をいうな」
なので当主でありながらティディが平民たちと働いている事も、3階建ての本宅が平屋になった事も、7つあった離れは間もなく引っ越そうかという1つと、今住まいとしている離れの2つだけになった事も知らない。
そろそろ満タンとなるが、基本が敷地内で外門手前で分岐になった小道を使うため侯爵家の敷地内がどうなっているかも興味がなかった。
解体をするのも、本宅を平屋に新築するのも大工などが入ってくる時間はカーティスが離れを出る前。職人さんの朝は早いのだ。8時には皆で準備運動を始めるが、同時刻にカーティスは離れを出かける。
帰りもカーティスが帰るのは深夜で日付が間も無く変わろうかという頃。
職人さんは17時以降は「常用にしてくれるなら残業する」とニヤリと笑って残業はしない。
大工たちは出来高で幾らという報酬を得るが、常用となると出来高に関係なく1日幾らの日当の支払いとなるのだ。尤もティディもお掃除隊にほとんどを費やすため、残業がどれほどお客さんに負担をかけるのかを身をもって知っている。
すれ違う事もなく、ただ日が過ぎて庭の木々も色付き始めた頃。
やっとこの2人の関係も動き始めた。
「モーゼス。あれは‥‥あの娘ではないのか?」
「さぁ?女性の見た目をじろじろと見た事は御座いませんので」
「いや、見た目って…まんまじゃないか!侯爵夫人が何をしてるんだ?!」
「さぁ?奥様かどうかはわたくし老眼ですので判別は出来ませんが、引っ越しか何かでしょうかね。あぁあの本…廃番になって探していた本なのですがね」
都合の良い時だけモーゼスは「なんちゃって老眼」になるのだ。
通常は老眼でも遠くは良く見えるというが、モーゼスの老眼は非常にモーゼスには都合よく見える距離や対象物が変わる。なので、ティディがどうかは判らないと言いながらも本の背表紙の文字は見えるし読める。
ちなみに視力は両眼2.0で眼科でも老眼とは言われていない。
ガラガラと走る馬車。
侯爵家の門をくぐると腕を組んで目を閉じたままカーティスが言った。
「本宅に回ってくれ。あれが本人なら今はいないはずだ」
変な所で勘が働くカーティス。
本宅に立ち寄るのは、ティディが嫁いできた当日以来8カ月ぶりである。
ただ、真正のおバカそうなのに微妙に違うのがカーティス。
小道から見える庭に馬車を止めろと御者に告げた。
ヒヒン♪ブルル♪ 馬車が止まるとカーティスは扉を開けて飛び出した。
「なんだぁ!?これはっ!モーゼスッ!」
驚き過ぎて、指を指した形はじゃんけんのチョキ。いや親指も立っているので「ハートにバーン♡」の形でもあるが、指しているのは「畑」である
「あ、白菜ですね」
モーゼスは軽く答えるが、カーティスの欲しい答えは野菜の品種ではない。昔は畑のキャベツと白菜を間違ったが今は間違わない自信がある。
「そうではない!ここは離れがあっただろう?!赤い屋根の2階建ての!」
「そうですね。以前は御座いましたね」
「あ、あそこには…俺の…俺の…ハッ!まさかっ?!」
カーティスは走り出し、躓いて転びそうになりながら歩いていける距離にあった平屋の離れに向かった。
「うわぁぁ!!なぁい!離れがないっ!なんだこれはぁ?!」
後から歩いて追いついたモーゼスはまたカーティスの望む答えは返さなかった。
「春菊と…長ネギかな?向こうの畝は…蕪ですかね」
「モーゼェスッそうじゃない!なんでここにもないんだっ!?」
「そうですね。有機栽培ですかね?化学肥料は使ってないんでしょうか」
「化学肥料の有無じゃない!離れがない!平屋の離れがないんだ!」
キョロキョロと見回すが、そこにあるのは野菜を育てている畝である。
モーゼスはしゃがみ込んで土を手に取り、指で崩していく。
「へぇ…これは堆肥かな‥匂いがないから飼料じゃないですね」
「だーかーら!そこじゃない!」
小道に戻ったカーティスは、馬車に駆け込み自分の手で自分の二の腕を交差させて掴んだ。馬車の椅子に座ったが、足はちゃんと靴底が付いているのにガクガクと震える。
顔色はすこぶる悪い。
「旦那様、わたくしの年を考えてくださいよ。どっこいしょ。おーい出してくれ」
モーゼスが馬車に乗り込み、御者に本宅へ行くように告げた。
目の前でブルブルと震えるカーティスは二の腕を手のひらで激しく擦り、時にその手は頭を抱えて何かをブツブツと呟いている。
馬車が止まり、モーゼスが先に降りる。
カーティスは座ったままゆっくりと顔だけを横に向けた。
「ヒュッ!!」
カーティスの目には玄関が見えたが、知っている玄関ではなかった。
玄関だけではない。建物の形そのものが違う。
転がるように馬車から降りると、膝をつき、頭を抱えて叫んだ。
「なんだこれはぁぁ!!」
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