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VOL:14-1  結婚式のお祝い(ブレキ伯爵家)

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医療院で2カ月。目を覚ます事のないままシンシア。

ウィンストンの魔力を預かっている間に受けた身体的なダメージはもう何処にも感知できない。目を覚まさないのは魔導士が危惧した通り、精神的なものでそこに魔力の受け入れ、そして引き出しが行われているので通常の病人が目を覚まさないのとは状態が異なる。

シンシアは「時が止まっている」状態。

腹が減る事はないし、排せつだけでなく汗を掻く事も無い。
ただ、生命維持で心臓は動いているので数百年、数千年眠ったままという事ではない。臓器の限界や寿命が来れば儚くなってしまう。

面倒なのは食事や排せつの手間はかからないが褥瘡じょくそう
少なくとも2時間に1回は体位を変える必要がある。

他にも食品を口にする必要はないが、多臓器を動かすために食事代わりの魔力を魔導士が流す必要がある。それが週に1回は必要になる。



フェリペは再三再四シンシアを伯爵家で療養させたいと言うエバブ伯爵の申し出を蹴っていた。ウィンストンは既に退院をしており、ウィンストンに対しての報奨金の支払いも行われているのだが、問題が起きた。

医療費の支払いである。


医療院に入院しても掛かる費用全てが「医療費」ではない。
フェリペは実質の医療費は負担をしているが、特別感を出したいエバブ伯爵の申し出により単なる個室ではなくシンシアは特別室に入っている。

差額ベッド代が発生していた。

そして褥瘡じょくそうについては治療が必要な状態なら医療費の対象になるが「防止」については自費。それらの費用も滞納している状態にあった。


フェリペはそれも含め全て負担するつもりだったが、ウィンストンの治療が終わったばかりの頃にエバブ伯爵から届いた手紙にエバブ伯爵家と、同時にブレキ伯爵を追い込む事にした。


フェリペを怒らせた手紙は「今後も同様な事があればシンシアをます」と言うもの。つまり王家の人間でも同じような事が起きればウィンストンが完治したと言う実績から王族の万が一の際にはシンシアを貸し出す取引をしましょうと言うこと。

そして、信用をしていたウィンストンが不貞行為の上、婚約解消を事前に告げていた事も判った。治療についてはウィンストンも本意ではなかったかも知れないが、それでも退院してからウィンストンは2カ月間、シンシアを見舞う事も無かった。フェリペの信頼を裏切った事よりも命の恩人に対しての対応が許せなかった。

フェリペもウィンストンを助けたかった。その気持ちに偽りはないが、ブレキ伯爵夫妻が万が一の保険の為にシンシアと婚約を結んでいた事実も看過できない。あの時、シンシアに「好きにしていい」と念押しをしなかった自分にも腹が立っていた。



王宮の執務室に呼び出した2家の当主。エバブ伯爵とブレキ伯爵である。
何処となくソワソワしているエバブ伯爵と妙に落ち着いているブレキ伯爵。両者の違いは1つ。エバブ伯爵家には報奨金はまだ支払われていないが、ブレキ伯爵家には支払われている。

正確には報奨金は個人に与えられるもので、「家」に支払われるものではない。

ブレキ伯爵が落ち着いているのは、全てが上手く運んだと踏んでいるからで、エバブ伯爵が落ち着きを見せないのは報奨金の支払いが未だ行われていないのにフォン公爵家に支払わねばならない慰謝料の期限がもう目の前に来ている事だ。


フェリペは先ずブレキ伯爵に声を掛けた。先に何かを問われると思っていなかったブレキ伯爵はビクンと体が跳ねた。

「ブレキ伯。貴殿の子息ウィンストンの近衛隊を辞する届けが為されたが、間違いなければ今日付けで許可しようと思うのだがどうだ」

――なんだ、その事か――

心の声が聞こえそうなほど安堵の表情を浮かべたブレキ伯爵はフェリペに応えた。


「はい。息子には当主としてこれからは領地経営などをしてもらおうと」
「では、ブレキ伯は引退をすると言うことか」
「そうなります。幸い・・・シンシア嬢は目覚めませんが婚約者は妹のレティシア嬢となりましたし、おかげ様で息子も無事治療を終えました。いつ結婚をしても構わないのですけどもね。アハハ」

「そうか。それは目出度いな。話の終わりに私も祝いの品を贈るとしよう」
「なんと!身に余る光栄。ありがとうございます。息子も喜ぶでしょう」
「それはそうと、そんな慶事があるのにそのままになっているものがあるのだが、どうされるつもりだ」
「そのままに?何か御座いましたでしょうか?」


惚けているのではなくブレキ伯爵は本当に心当たりがないようだった。
その点を正すため、フェリペはエバブ伯爵に顔を向けた。


「エバブ伯。確認をしたいのだが、シンシア嬢とブレキ家のウィンストンとの婚約解消を認めたのは何時だ」
「えっ?えぇっと‥‥ブレキ伯爵子息が負傷する前日です。ですが確定となったのはブレキ伯に書面を整えて頂いてからなのでご子息が治療を終えた翌日です」
「同日に妹のレティシアだったか。そちらとも婚約と言うことだな?」
「はい、レティシアとウィンストン君との婚約は全員が揃っておりましたのでその場で整いました」

「念の為確認なのだが、エバブ伯爵家にウィンストンが婚約解消を申し入れたのは誠か?」
「はい、負傷される前日の夕刻に。これは使用人となりますが証人がおります」
「なるほど」


チラリとフェリペがブレキ伯爵を見ると、何が言いたいのか判ったようで顔色が悪い。
フェリぺは足を組み替えてブレキ伯爵に視線を向けた。


「だとすれば可笑しなことになるな、ブレキ伯」
「は、はい…」
「医療院に駆け付けた時、ブレキ伯も奥方も子息がエバブ家に行き、婚約解消を申し入れたのを知らなかった。これはいいのだ。厳密に言えば良くはないが時差があると思えばいい。だが、それから数日後私がブレキ家に行き、シンシア嬢に治療を引き受けてくれるかと言った時、既にエバブ家は解消をする書面を作成していた事になる」

「知りませんでした。本当なんです!」
「まぁいい。その後が問題だと思わないか?」
「な、何の事でしょう」

「あの時、ブレキ伯はこのような状況となった時の為にシンシア嬢を婚約者にしたと言った。だが治療が終わってみればどうだ?まるで使い捨てではないか。常識的に考えれば事後についてもどんな状態となってもシンシア嬢を妻に迎える。それが筋ではないか?子息の命を助けたのは間違いなくシンシア嬢だろう?なのにどうしてレティシア嬢との婚約となるのか不思議でならないが、婚約について両家で話が出来ているのなら仕方ないだろう。婚約については当主に権限があるからな」

「左様でございます。手続きには問題ないかと」

「そうだね。だからブレキ伯爵家とエバブ伯爵家。速やかに結婚式をし、新しい夫婦の船出を見届けてやって欲しいのだが、さて、問題だ。シンシア嬢は22歳。既に自身で独身であっても貴族籍を抜ける事が認められる年齢だ。彼女個人に対して婚約者でも無くなったのだから功労金、そして現状を鑑みて治療費の負担は当然ブレキ家に発生するはずだ。なんせ、その為に婚約者としていたのだろう?」

「そ、そうですね。失念しておりました。急ぎ支払いを行いたいと思います」

「良かったよ。では今後も治療は続くから私と折半となっている。これがブレキ伯爵家の支払い分だ。会計院からどうなっていると聞かれてね。流石に私もブレキ伯爵家の分まで負担をすれば他の貴族に示しがつかなくてね」


手渡された書面は請求書。合計金額はきっちり半分だけ支払い済みとなっているが、その金額にブレキ伯爵は「ヒュッ!ヒュッ!」息を吸い込むだけで吐く事を忘れてしまった。

「3億だなんて払えません!何かの間違いでは?!」
「ブレキ伯爵。私は払ったよ?困るね。加護を持つ治癒師、魔導士の行なう事は医療ではないんだ。今もシンシア嬢には必要不可欠。決して吹っ掛けている訳ではない。過去にはこの支払で家が傾いた貴族が幾つもあった事くらい知っているだろう?これは途中分。これからも支払いは続くんだ。しっかりしてくれよ。アハハ」


ウィンストンが手にした褒賞は1億。ウィンストンの治療、治癒にかかった費用は全てフェリペが私財から支払った。

シンシアを呼び出した時、フェリペがいればシンシアは拒否しない。
ブレキ伯爵はそう読んでフェリペも同席させた。思惑通りシンシアは受け入れた。
だが、フェリペをその場に呼んだ事でシンシアを頷かせるのには成功したが、自身の未来については大失敗だった事をやっとブレキ伯爵は自覚した。

震える声でブレキ伯爵はシンシアの容態を問うがフェリペは笑って答えた。

「ウィンストンの完治は100%だが、シンシアについては98%以上危険を伴う。説明はしたはずだけど?」

元々が極貧のブレキ伯爵家にはウィンストンの手にした報奨金の半分も用意する事は出来ない。ここで話をされたと言うことはもう夜逃げも出来ないように警備兵に屋敷は囲われている。

頼みの綱はレティシアだけ。レティシアを迎え入れる事でこの先シンシアに対し支払われる支給金をエバブ伯爵家から融通してもらえれば青色吐息でも生きてはいける。

ブレキ伯爵はエバブ伯爵に縋るような視線を向けた。
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