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VOL:11  閉ざした心

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「お姉様?」

異変を感じたのかエバブ伯爵夫妻の目を盗むようにしてレティシアがシンシアの部屋にやってきた。


「レティシア、ここ数日何処に行ってたの?外泊は聞こえも悪いし、ケイン様だって良くは思わないわよ」
「あ~ケイン様は良いの。どうとでもなるから」
「レティシア、ケイン様は公爵家のご子息でしょう?どうとでもなるなんて」
「なるの。お父様は別の婚約にしてくれるって言ったけど、アテにならないし。家出でもしようかなぁ。ケイン様に貰ったものを売れば暫くは遊んで暮らせるだろうし」


シンシアの寝台に腰掛け、上半身をパタンと倒して手をあげて指を組む。
両手の親指をクルクルと指運動のように回しながらレティシアはシンシアにどうして荷物を纏めているのか聞いた。


「1カ月ほど留守にするの。後のことはよろしくね」
「え?お姉様、旅行に行くってこと?」
「旅行じゃないわ。そうね…看病?かな」
「ウィン‥‥ウィンストンさんの?」
「えぇ」
「放っておけば?あんな化け物のようになった男なん――」
「どうして知ってるの?」


医療院は基本的に家族以外の面会は認めていない。一般病棟ならともかくウィンストンがいるのは隔離病棟。父のエバブ伯爵ですら断られるのに何故レティシアが知っているのか。


「あ~‥‥その…入れてもらった…から…かなっ?(テヘっ♡)」
「レティシア、そう簡単には入れないのよ?」


話を誤魔化そうと「そう言えば新しいカフェが」と話し出すレティシアだったが、黙って睨むシンシアに観念して寝台から起き上がると、床にちょこんと座った。


「またそんな!床ではなく椅子に座りなさい」
「そんな事より!!お姉様‥‥行かなくていいと思うの」
「行かなくていいとは…看病にということ?」
「そう。それで‥‥謝ろうかなって…友達にも叱られちゃって」
「謝る?どういう事?」

昨日に引き続きとっかかりは意味不明な事からまたトンデモナイ事を言われるのかとシンシアは身構えた。


「誤解しないでほしいの。私はどっちでもよかったんだけど」
「レティシア、いきなり途中から話をしていない?意味が解らないわ」
「あ~…えっとね。ウィンがね」
「ウィン?…まさかウィンストン様の事?どうしてそんな愛称…」
「と、とにかく!言い寄って来たのはウィンストンさんなの!私は仕方なく付き合っただけ。でも一線は超えてないから安心して!」

「安心って…どんな安心をしろと言うの」
「だから!キスとか触り合いしてない!子供が出来る事まではしてないから!セーフでしょ?正直に言ったんだからは許してよ。ねっ?」

シンシアは頭が痛くなった。どこをどう切り取ったらセーフになるのか。

「でね?あんな浮気者の化け物なんか放っておけばいいのよ。私ももうケイン様に嫁ぐ覚悟も出来たしお姉様はフリーになるんだから好きに生きればいいかなって。でね、慰謝料って言うのかな?世間では払うらしいんだよね。友達がね、一線は超えてないって言っても私とウィンストンさんのした事って酷い事だからお姉様は傷つくって」


「はい」とまるでクッキーのように差し出してきたのはケインから贈られた宝飾品。何の真似だと聞けば「片方は石が取れたから使えないイヤリングだが、残った方を売ればそれなりの金になる」つまり慰謝料として受け取れという事だった。

「バカにしないで!」

パチンとレティシアの手を振り払うと握っていたイヤリングが壁まで飛んで台座と石が外れて床に落ちた。どちらが台座でどちらが石なのか。1つだったものは本来別物であった証。異なるものを接着剤で繋いでいただけ。

石と台座になったイヤリングはシンシアとレティシアのようだった。

「謝ってるのにお姉様って乱暴っ」

転がるようにイヤリングを拾い上げたレティシアは「うわ、石が欠けてる」と言い、心配事は「これでも買い取ってもらえるかな」だった。

石を光に透かせるレティシアを置いてシンシアはトランク1つを持って部屋を出た。


親に金で売られた。
これから命を賭して救おうとしている男は妹と通じ合い自分を騙してきた。
信用し、結婚後は良い嫁姑関係を築けると思っていたブレキ伯爵夫妻は自分の事を使い捨ての道具にするつもりだった。
王太子は寄り添う素振りだったが、とどのつまり圧になっただけ。

仲良くやれていると思っていた妹は婚約者と出来ていて‥‥何も知らないシンシアをみてさぞかし滑稽だっただろうか、友人に諭され提示したのが「もう使えないから」というイヤリング。


――どこまで私をバカにすれば気が済むの――

そう思いながら廊下を歩くシンシアはポロポロと涙を溢していた。

――もう消えてしまいたい!――

惨めで、情けなくて、一番許せないのは自分自身だった。




★~★

「最終確認ですが、よろしいのですね?」
「構いません」

話かけてきたのはあの日、フェリペの隣にいた魔導士。
やるべき仕事に忠実なのだろう。魔導士はシンシアにこれから起こり得る可能性を語った。


「魔力を移す際、移動中は彼の体に感覚が同化しますので激痛を伴います」
「判っています」
「中休みとなる日は起き上がれないと思いますが、出来るだけ食事や水分補給をしてください。吐いたとしても全部は吐き切らないので」
「判りました、心がけます」
「魔力を戻し終えた後、意識を失うと思いますが全力で回復に向けてサポートします」
「不要です。そのまま死なせて頂いて結構です」


淡々と前だけを向いて返事を返すシンシアに魔導士は少し困った顔をした。
人を救うと言う事は必ずしも全てが結果オーライとならない事もある。

特に魔力を使っての事となれば「病は気から」とも言うように気持ちの持ちようがその後を左右しやすい。今のシンシアの場合、ウィンストンは問題なく完治する。
だが、「生きる」と言う事にもう執着が無くなっているシンシアはと言えば回復のためにサポートをしても意識を取り戻さない場合がある。


「時間がないのでしょう?早く始めてください」
「本当にいいんですね?始めますよ?」
「構わないと言っているでしょう」
「判りました。では貴女様も来られたので最終の準備を致します。魔力を使うにも「はい、今から!」っとはならず最後に意志の確認をします。私にも覚悟が必要ですのでね、今日は医療院の中となりますが、お部屋でゆっくりお過ごしください」


本当は直ぐにでも始められるのだが、魔導士はそれらしい理由をつけて翌日までの時間を稼いだ。シンシアを部屋に送った後、ウィンストンに現状維持の治癒を施す治癒師にねぎらいの言葉を掛けて王宮に向かった。
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