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第12話♡国王エンリケ、暴走する
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休み明け、出勤をするとどうも騎士たちの視線が生温かく刺さる。
だが、マリーは表情も変えずに団長室に残るイグナシオ広報担当に声を掛けた。
「おはようございます」
「ん?おはようございます」
団長であるガウルテリオ、副団長のラウール、ファルコンは団員たちと中庭で朝礼、その後は午前の鍛錬となる。
静かな団長室。イグナシオは募集要項を見て応募してきた者たちの身上書などを纏め、虚偽がないか逐一照らし合わせていく作業を進める。
マリーは剣や防具、馬具などの修繕費や新たに購入となる品の金額が適正かどうかを調べると同時に、2週間後に控えた遠征で宿泊する宿屋などへの最終確認の資料を作っていく。
カリカリとペン先が紙をなぞる音が聞こえていたのが、突然「エェーッ!」大きなどよめきと窓ガラスがビリビリと振動するような空気の波動を感じた。
窓の直ぐそばにあった木の枝から小鳥たちがバササーっと飛び立っていく。
「何かあったんでしょうか?」
顔をあげたマリーにイグナシオが疑問を投げかける。
空気が読めない訳ではないが、事務的かつ愛想無し令嬢のマリー。
いつものような返しをしてしまう。
「わたくしに聞かれても答えようが御座いません」
イグナシオは頬がピクピクと引き攣る。
確かに今まで一緒の部屋にいて、お互いが書類を作っていたのだからどよめきの正体なんか知っているはずがないと思いつつも、「何でしょうねぇ?」と同調の返しをしてくれるのが普通だと思ったのだ。
残念だが、マリーはそんな相手に合わせるような女ではない。
そうこうしていると、バタバタ、いやドタドタと複数人が団長室に近寄って来る足音がしてきた。
バッと開いたままの扉から顔を出し、後ろを通さないように両手で扉の枠を押さえて声をあげた者がいた。
「君がマリー・ウェルバームだね?」
――誰や?――
マリーがそう思うのも無理はない。通常低位貴族、落ちぶれた貧乏貴族だとは言っても呼び捨てにされる謂れはない。それは平民でもそう思うだろう。
が、相手はそれが許される人物だった。
それ以上に今の立場で名前を口にしてもらえることがある事が不思議な人物。
国王エンリケだった。
ニコニコと団長室に入ってくると追いかけてくるガウルテリオを「座ってな?」っとソファを指示する。従わねば不敬にも当たってしまうためガウルテリオは半分身を乗り出しながらも「陛下ぁ~」情けない声を出す。
マリーは立ち上がると、淑女の礼ではなく臣下の礼を取った。
「我らがエンリケ国王陛下。ご機嫌麗しく存じ上げます」
「いいよ。いいよ。挨拶はもう毎度になるから省略しよう。で?早速だけどこのリオを貰ってくれるんだって?」
「リオ?‥‥申し訳ございません。不勉強でしてリオが何を指すのか判り兼ねるのですが」
「ガウルテリオだよ。私の側近を辞めてしまってからも気にはなっていたんだが…そうか。君なら…そうだね。上手くリオを転がせると思うよ。お手柔らかに手懐けてやってくれ」
「違うんですよ。陛下!何度も言ってるじゃないですか」
半べそをかいたように否定をするガウルテリオだったが、マリーは周囲の生温かい目線から先日の事だと悟った。
「陛下、その件で御座いますが――」
「いいんだよ。判ってる。君は公私混同はしないタイプなんだよね」
――うっ!いきなり逃げ道を塞ぐ釘を打って来るなんて!――
愛想無し令嬢と言う二つ名がここで反論の邪魔をする。
エンリケの言葉で「公の場ではその話題を振るな」と捉えられてしまう。これでは何を言っても「今は公務中なので」と照れ隠しにしか見られないではないか。
「陛下、その件で――」
「そう言う線引きが出来る子は好きだよ?これで1つ肩の荷が下りた気がするよ」
――アァーッ!もう!ちゃんと言わせてよ!――
チラリと国王エンリケの後ろに見えるガウルテリオは口をハクハクさせて使い物になりそうにない。これは噂が沈静化するまで放っておくのが一番だなとマリーは反論を諦めた。
が、異母弟の不始末でガウルテリオには不遇を味あわせたと本気で考えているエンリケの暴走は止まらない。決して悪気があるわけではない。心から、心の底からガウルテリオに春が来た事が嬉しくて堪らないのだ。
「ところでウェルバーム嬢。君は市井で一人暮らしだったね?」
「はい。テムズ通りにあるアパートメントで御座います」
「ならリオの屋敷に引っ越しするといい。リオも間もなく30歳になる。幾ら男に結婚適齢期はないと言っても聊か心配でね。どうぜ部屋だって余ってるんだ。なぁ?リオ?」
「なぁ?リオ?」と名指しをするわりにはガウルテリオを振り向かず、マリーに笑いかけるエンリケ。背後で「一緒に住む」と言う言葉に耳まで赤くなったガウルテリオが見えるのは気のせいか。
「リオは私の側近でもあったが、側近を辞しても友人である事には変わりがない。リオの屋敷からなら馬車で出仕も出来るし、帰りも安全だ。憂いは取り除くに限るからね」
「良かった。良かった」と1人で納得をし、従者を引き連れて政務に向かう国王エンリケ。
団長室には微妙~な空気が流れる。
小さく手をあげたラウール。ボソっと呟く。
「俺たち…デスクを別室にした方がいいな」
「そのまま!そのままで結構です」
慌ててマリーはデスクを動かそうとしたラウールに待ったをかけた。
そして、更に燃料を投下したのは、ようよう声が出たガウルテリオだった。
「公私混同はしないから安心してくれ」
茹蛸のようになったガウルテリオの言葉に誰も安心なんか出来なかった。
だが、マリーは表情も変えずに団長室に残るイグナシオ広報担当に声を掛けた。
「おはようございます」
「ん?おはようございます」
団長であるガウルテリオ、副団長のラウール、ファルコンは団員たちと中庭で朝礼、その後は午前の鍛錬となる。
静かな団長室。イグナシオは募集要項を見て応募してきた者たちの身上書などを纏め、虚偽がないか逐一照らし合わせていく作業を進める。
マリーは剣や防具、馬具などの修繕費や新たに購入となる品の金額が適正かどうかを調べると同時に、2週間後に控えた遠征で宿泊する宿屋などへの最終確認の資料を作っていく。
カリカリとペン先が紙をなぞる音が聞こえていたのが、突然「エェーッ!」大きなどよめきと窓ガラスがビリビリと振動するような空気の波動を感じた。
窓の直ぐそばにあった木の枝から小鳥たちがバササーっと飛び立っていく。
「何かあったんでしょうか?」
顔をあげたマリーにイグナシオが疑問を投げかける。
空気が読めない訳ではないが、事務的かつ愛想無し令嬢のマリー。
いつものような返しをしてしまう。
「わたくしに聞かれても答えようが御座いません」
イグナシオは頬がピクピクと引き攣る。
確かに今まで一緒の部屋にいて、お互いが書類を作っていたのだからどよめきの正体なんか知っているはずがないと思いつつも、「何でしょうねぇ?」と同調の返しをしてくれるのが普通だと思ったのだ。
残念だが、マリーはそんな相手に合わせるような女ではない。
そうこうしていると、バタバタ、いやドタドタと複数人が団長室に近寄って来る足音がしてきた。
バッと開いたままの扉から顔を出し、後ろを通さないように両手で扉の枠を押さえて声をあげた者がいた。
「君がマリー・ウェルバームだね?」
――誰や?――
マリーがそう思うのも無理はない。通常低位貴族、落ちぶれた貧乏貴族だとは言っても呼び捨てにされる謂れはない。それは平民でもそう思うだろう。
が、相手はそれが許される人物だった。
それ以上に今の立場で名前を口にしてもらえることがある事が不思議な人物。
国王エンリケだった。
ニコニコと団長室に入ってくると追いかけてくるガウルテリオを「座ってな?」っとソファを指示する。従わねば不敬にも当たってしまうためガウルテリオは半分身を乗り出しながらも「陛下ぁ~」情けない声を出す。
マリーは立ち上がると、淑女の礼ではなく臣下の礼を取った。
「我らがエンリケ国王陛下。ご機嫌麗しく存じ上げます」
「いいよ。いいよ。挨拶はもう毎度になるから省略しよう。で?早速だけどこのリオを貰ってくれるんだって?」
「リオ?‥‥申し訳ございません。不勉強でしてリオが何を指すのか判り兼ねるのですが」
「ガウルテリオだよ。私の側近を辞めてしまってからも気にはなっていたんだが…そうか。君なら…そうだね。上手くリオを転がせると思うよ。お手柔らかに手懐けてやってくれ」
「違うんですよ。陛下!何度も言ってるじゃないですか」
半べそをかいたように否定をするガウルテリオだったが、マリーは周囲の生温かい目線から先日の事だと悟った。
「陛下、その件で御座いますが――」
「いいんだよ。判ってる。君は公私混同はしないタイプなんだよね」
――うっ!いきなり逃げ道を塞ぐ釘を打って来るなんて!――
愛想無し令嬢と言う二つ名がここで反論の邪魔をする。
エンリケの言葉で「公の場ではその話題を振るな」と捉えられてしまう。これでは何を言っても「今は公務中なので」と照れ隠しにしか見られないではないか。
「陛下、その件で――」
「そう言う線引きが出来る子は好きだよ?これで1つ肩の荷が下りた気がするよ」
――アァーッ!もう!ちゃんと言わせてよ!――
チラリと国王エンリケの後ろに見えるガウルテリオは口をハクハクさせて使い物になりそうにない。これは噂が沈静化するまで放っておくのが一番だなとマリーは反論を諦めた。
が、異母弟の不始末でガウルテリオには不遇を味あわせたと本気で考えているエンリケの暴走は止まらない。決して悪気があるわけではない。心から、心の底からガウルテリオに春が来た事が嬉しくて堪らないのだ。
「ところでウェルバーム嬢。君は市井で一人暮らしだったね?」
「はい。テムズ通りにあるアパートメントで御座います」
「ならリオの屋敷に引っ越しするといい。リオも間もなく30歳になる。幾ら男に結婚適齢期はないと言っても聊か心配でね。どうぜ部屋だって余ってるんだ。なぁ?リオ?」
「なぁ?リオ?」と名指しをするわりにはガウルテリオを振り向かず、マリーに笑いかけるエンリケ。背後で「一緒に住む」と言う言葉に耳まで赤くなったガウルテリオが見えるのは気のせいか。
「リオは私の側近でもあったが、側近を辞しても友人である事には変わりがない。リオの屋敷からなら馬車で出仕も出来るし、帰りも安全だ。憂いは取り除くに限るからね」
「良かった。良かった」と1人で納得をし、従者を引き連れて政務に向かう国王エンリケ。
団長室には微妙~な空気が流れる。
小さく手をあげたラウール。ボソっと呟く。
「俺たち…デスクを別室にした方がいいな」
「そのまま!そのままで結構です」
慌ててマリーはデスクを動かそうとしたラウールに待ったをかけた。
そして、更に燃料を投下したのは、ようよう声が出たガウルテリオだった。
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