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第11話♡バシュっと射抜かれる

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賑やかな繁華街。そこにある1軒の酒場兼お食事処。
その名は「ハリネズミのハリ―」

第3騎士団長ガウルテリオの行き付けであり、お1人様2000ポポで飲み放題食べ放題にしてくれる良心的な店である。但し10名様以上要予約。

生誕祭や建国記念の日などしか全員が一堂に揃う事はない騎士団だが、班に分けて「慰労会」などによく利用をしている。

「おや?班長さん今日は彼女連れ?珍しい事もあるもんだが、そう言う時はこんな店じゃなくてもっと良い所に連れていってあげなよ~」

店に入るなり店主に声を掛けられてしまった。

「違うんだ!」とガウルテリオとマリーが否定をしようとしたが、直ぐ後から入ってきた客にその否定を否定されてしまった。


「ヒュゥゥ~♡見たよ~。あんな公衆の面前で俺の女だ!カッコ良かったよ~班長さん!」

「えぇっ!そんな女性がいたとは!水臭いな~。今日は今いるお客全員に2皿サービスだ!」

「ワァァーッ!やった!オヤジ、こっちにホッケくれ!」

「こっちはサイコロステーキだ!」

「エールだ!エールを追加!ジョッキで持って来てくれ!」


班長だった頃から馴染の店。客も常連客ばかりで大盛り上がり。
否定できるような空気ではなくなった上に、ガウルテリオとマリーは中央の席にいざなわれてしまった。


「すまない…不用意な発言をしたばかりに・・・」
「いえ、あの場では致し方なかったかと。助けて頂きありがとうございます」

「それから‥結局こんな大衆酒場のような場になり申し訳ない」
「???こちらの方が落ち着きます」


注文をしなくても2人のテーブルにはどんどん料理が運ばれてくる。
一番お値段の張る料理は「アーユの塩焼き3本セット」で1000ポポ。
先ほど客たちが注文したホッケは680ポポ、サイコロステーキは980ポポである。先程のレストランとは大違いで「万」もあれば腹がパンパンでは済まないほどに膨れ上がる。

「団長様、ずっと謝ってばかりです。温かいうちに頂きましょう?」
「そうだな。よし、食うか」


ガウルテリオの目の前で白菜とベーコンのスープを飲み、ガーリックトーストの上にチーズやサーモン、野菜を乗せて頬張るマリー。

仕草には落ちぶれても子爵家、いや元侯爵令嬢なのだろう。手づかみであるにも関わらずそれが雑に見える事もなく品が良い。隣で肉体労働の男達が食べているものと全く同じなのに違う品に見える。


「実は食事は口実・・・でもないんだが…聞きたい事があった」
「何でしょうか」
「話的に…ここでするような話ではないので、また後日食事に誘ってもいいだろうか」


マリーの顔色を伺うようにガウルテリオは再度の誘いをしてみたが、マリーの返事はエールを運んで来た給仕の声に遮られた。

運ばれてきたエールの細いグラスに少し口を付けたマリー。


「今後は2人で食事は控えた方がよろしいかと。何かと噂になれば迷惑を被ってしまうのは団長様ですから」

「迷惑?俺はなんの迷惑も感じないが」

「世間は違います。わたくしの事は経歴報告書に包み隠さず記載しておりますのでご承知かと思います」

「経歴…あぁ、それは目を通した。それと何の関係がある」


グイグイっとジョッキのエールを半分ほど喉を鳴らして流しこむガウルテリオ。
マリーはジョッキをテーブルに置くのを待って返事を返した。


「このような身の上になりますと、団長様もご心配をされたように機密を漏らすのではないか、盗みをするのではないか、先程の2人のように体を売って稼いでいるのではないか。そんな事を言う者もいます」

「俺はっ!そんなつもりで言ったんじゃない」

「いいんですよ。慣れています」

「慣れっ‥‥俺は少なくとも着任してからの仕事ぶりは評価している」

「・・・・・ありがとうございます(にこり)」

「うっ!(バシュっ!!)」

 
謝意の言葉と共に、小さく微笑んだマリーにガウルテリオは胸の熱さを感じた。
「笑えたんだな」そう思うと、顔が火照って仕方がない。
追加でエールを頼み、一気に飲み干して顔の熱さを酔いで誤魔化せればいいとまで思ってしまう。

気が付けばマリーがほうれん草のバター炒めを半分食べる間に、エールをジョッキで7杯も飲んでしまった。

「ハリネズミのハリ―」を出たのはガウルテリオがまだエールを注文しようとするのでマリーがお勘定を申し出たため。これ以上は御者とマリーではガウルテリオを運ぶ事が出来なくなると思ったから。


「お幾らですか?」とマリーが聞けばガウルテリオが「釣りは要らない」と札を置く。

「このくらいじゃ酔わない。心配するな」
「判りました。ではわたくしの分…」
「要らない。割引券があると言っただろう?君の分は割引券で相殺だ」
「それは困ります」

「奢らせたとか、体が対価とか言いたい奴には言わせておけばいい。俺が全て否定してやる。俺の側にいればいい」


しかし、ガウルテリオ。またもや場所が悪かった。
「俺の側に」と言うのはあくまでも第3騎士団団長の秘書官と言う意味なのだが、場所は盛り上がりに盛り上がっている「ハリネズミのハリ―」の店内。

場所が場所だけに「飾らない本当の俺を見てくれ」とばかりに格好をつける事もなく、大衆酒場に連れて来てガウルテリオが本気で口説き落としにかかっている。周りにはそう見えてしまったのだ。



やっと静かに話が出来たのは帰路に付く馬車の中。
マリーのアパートメントまでガウルテリオは送ると聞かなかったのだ。
気を利かせてわざと遠回りする御者の手綱さばきは軽い。まるでオーケストラの指揮者のように軽やかに手綱をさばく。


「今日はありがとう。久しぶりに旨い飯とエールにありつけた」
「こちらこそご馳走様でした。それから――」
「謝るのはあの場で終わりだ」
「はい‥‥ありがとうございました」

酔ってはいるが前後不覚になるほどではないガウルテリオはやっと本題を切り出す事が出来た。

「実は…思い出したくもないかも知れないが、6年前に君の父上の最期。俺はその場にいたんだ」

ハッとマリーの俯きがちだった顔が上がり、目が見開く。

「あの日は自白した事の裏付けと言うか…それが本当なのか。確かめる目的があった。俺たちが調書を取った時、君の父上はずっと否認をしていたから」

キュッとマリーの手が膝の上で丸くなる。
ガウルテリオはその様子を黙って見ているしかなかった。

「父の最期…苦しんでいませんでしたか?」
「あぁ…多分」
「そうですか。教えて頂きありがとうございます」

「何か知っている事はないか」そんな言葉が口から飛び出しそうになったガウルテリオは咄嗟にその言葉を飲み込んだ。マリーが静かに瞼を閉じたからだ。

他にも聞きたいことはあった。
侯爵から子爵に落とされた時、ウェルバーム家には資産は無かった。
相当に倹しい生活をしても食べられない日もあっただろうことは用意に想像がつく。

だがガウルテリオはもうマリーには聞けなかった。
聞いたところでマリーの辛い過去を語らせるだけになる。過去に戻って助けてやれる事など出来ないのだと自分に言い聞かせ、そこからは無言。

マリーのアパートメントの前で「良い夢を」と声を掛けるのが精一杯だった。


ガウルテリオもマリーも翌日は休み。
久しぶりに昼まで惰眠を貪ったガウルテリオだったが休み明けに出勤した時、朝礼の途中に国王エンリケが乱入してきた事で、事の重大さを認識するのだった。
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