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第1話♡雨の中の君

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6年前。イーベルサン王国。

春の大風と呼ばれる突風が雨を伴って大地に水滴を打ち付ける。

激しく降りつける雨の中、近衛騎士のガウルテリオは最後に斬った襲撃犯の亡骸を見下ろしていた。浴びた返り血も全て雨によって流され、肩で大きく息をする。

「班長ッ!」

部下の騎士がガウルテリオを呼ぶ。
息を整え終わるとガウルテリオは息のある襲撃者の拘束と、味方の現状を調べろと叫んだ。

もう一度最後に対峙した襲撃者を見下ろし、足で転がして生死を確認すると剣で深く被った外套を半分脱がせた。雨に洗われた顔は既に白く、薄く火傷のようにも見えるのは凍傷になりかけた皮膚。まだ融け切らない雪に顔をつけ、長い時間この付近で待ち伏せをしていた事が伺えた。
見覚えのない顔。目鼻立ちは周辺国よりさらに遠い地の民族。

新緑が間も無く芽吹き始めるとは言えまだ気温も低く、長く雪で閉ざされる地。道端には降った雨で溶けた雪がシャーベット状になり散乱し雨に押されて転がり雨水に溶け込んでいった。

30分ほどの攻防だったが王太子夫妻が乗っているの馬車は無傷。
騎士には負傷者は数人いるものの死亡者がいなかったのは不幸中の幸いか。

しかしこれで王宮内に内通者がいる事が確定をした。
秘密裏にではあったが計画されたもので、王太子となったばかりのエンリケが教皇から至急の呼び出しに応じたと城から出る際も裏口を利用し護衛する騎士もカムフラージュの為に間を置いて出立をした。
もしもを考え、馬車の中に王太子夫妻はいない。

いるかも知れないという疑念を確証に変えるための陽動作戦は成功と言えるだろう。

帰りこそ騎士に囲まれた馬車だったが、襲撃犯たちはピンポイントで待ち構えていた。襲撃されるであろうことは想定していたが考えていた場所とは違う位置。
偶然にも落雷で馬が嘶きをしなかったら被害は大きくなっていたかも知れない。

駆け付けた第5騎士団に後の処理を任せてからの馬車は雨でぬかるんだ道を王城に向かって走って行った。




そんな事があった1か月後。

事前に休暇を申請していたガウルテリオは王都郊外にある教会を訪れていた。
広い教会の敷地の中には墓地があり、ガウルテリオの両親が眠っている。母親は父親よりも10年早くから眠っているが3年前、流行病で父親は愛する妻の元に旅立った。

武功を挙げて伯爵位を賜ったガウルテリオだが、父親が天に召された時は一代限りの騎士爵の子息に過ぎなかった。その為爵位はあるけれど貴族専用の墓地ではなく周りは平民ばかりの墓地。

襲撃があった日の雨ほどではないが、しとしとと雨が降る参道を喪服を見に纏った者達とすれ違った。

『可哀想にね…ほんと神様はなんて無慈悲なんだろう』
『全くだ。見ちゃいられないよ』
『騎士団はいったい誰を守るためにいるんだろうね』

小さく漏れ聞こえる声にガウルテリオは足を止めて、その一行の背中を振り返った。

――騎士団に関係があるのだろうか?――

その時はそれだけしか思わず、両親の墓標までを歩いた。

その途中、ガウルテリオはまた足を止めた。


小雨とは言え、濡れない訳ではない。
ガウルテリオも傘をさしていたが、視界に入ってきた光景は喪服を着た女性が傘もささずに沢山の花が手向けられた真新しい墓標の前で静かに立っている光景。

雨なのか、それとも涙なのか。白い頬を雫が伝って落ちる。

余りにも煽情的で、髪を濡らす雨にすら嫉妬しそうなほどに心が大きく揺れ動く。その横顔はとても美しくガウルテリオは呼吸をする事すら忘れて見入った。

大切な人を亡くした哀しみはガウルテリオにも経験がある。
母親が亡くなった時、ガウルテリオは11歳。十分にその意味を理解できる年齢だった。暫くは父や兄もだったがガウルテリオは強い喪失感があり、部屋から出る事すら出来なくなっていた。

兄に無理やり部屋から引きずり出されて剣を握らされたのは、母親の葬儀から3週間後。それからは持ち直したが、時折『おかえり』と母親が出迎えに出て来ない玄関で立ち尽くした事もある。

時は薬。その薬がやっと効果を出した頃に今度は父が亡くなった。
母親の時のような長引く喪失感はなかったが、それでも気持ちは落ち込んだ。

声を掛け、傘を貸そうか。そう考えたが自分が同じ立場なら見知らぬ者からの善意すら今は感じられない。時間が経って『そう言えば、あの時!』と前を向けるようになった時に返せない「傘」という貸しを作り、その傘を見るたびにまた過去に思いが戻るだけだとその場を去った。


ガウルテリオは何故かその女性の事が忘れられなくなった。
いや、忘れている時間はあるが、何かふとした瞬間に思い出す。
名前も知らない女性。6年の時を経て再会するとは思いもしなかった。
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