1 / 40
第1話♡雨の中の君
しおりを挟む
6年前。イーベルサン王国。
春の大風と呼ばれる突風が雨を伴って大地に水滴を打ち付ける。
激しく降りつける雨の中、近衛騎士のガウルテリオは最後に斬った襲撃犯の亡骸を見下ろしていた。浴びた返り血も全て雨によって流され、肩で大きく息をする。
「班長ッ!」
部下の騎士がガウルテリオを呼ぶ。
息を整え終わるとガウルテリオは息のある襲撃者の拘束と、味方の現状を調べろと叫んだ。
もう一度最後に対峙した襲撃者を見下ろし、足で転がして生死を確認すると剣で深く被った外套を半分脱がせた。雨に洗われた顔は既に白く、薄く火傷のようにも見えるのは凍傷になりかけた皮膚。まだ融け切らない雪に顔をつけ、長い時間この付近で待ち伏せをしていた事が伺えた。
見覚えのない顔。目鼻立ちは周辺国よりさらに遠い地の民族。
新緑が間も無く芽吹き始めるとは言えまだ気温も低く、長く雪で閉ざされる地。道端には降った雨で溶けた雪がシャーベット状になり散乱し雨に押されて転がり雨水に溶け込んでいった。
30分ほどの攻防だったが王太子夫妻が乗っているはずの馬車は無傷。
騎士には負傷者は数人いるものの死亡者がいなかったのは不幸中の幸いか。
しかしこれで王宮内に内通者がいる事が確定をした。
秘密裏にではあったが計画されたもので、王太子となったばかりのエンリケが教皇から至急の呼び出しに応じたと城から出る際も裏口を利用し護衛する騎士もカムフラージュの為に間を置いて出立をした。
もしもを考え、馬車の中に王太子夫妻はいない。
いるかも知れないという疑念を確証に変えるための陽動作戦は成功と言えるだろう。
帰りこそ騎士に囲まれた馬車だったが、襲撃犯たちはピンポイントで待ち構えていた。襲撃されるであろうことは想定していたが考えていた場所とは違う位置。
偶然にも落雷で馬が嘶きをしなかったら被害は大きくなっていたかも知れない。
駆け付けた第5騎士団に後の処理を任せて空の馬車は雨でぬかるんだ道を王城に向かって走って行った。
そんな事があった1か月後。
事前に休暇を申請していたガウルテリオは王都郊外にある教会を訪れていた。
広い教会の敷地の中には墓地があり、ガウルテリオの両親が眠っている。母親は父親よりも10年早くから眠っているが3年前、流行病で父親は愛する妻の元に旅立った。
武功を挙げて伯爵位を賜ったガウルテリオだが、父親が天に召された時は一代限りの騎士爵の子息に過ぎなかった。その為爵位はあるけれど貴族専用の墓地ではなく周りは平民ばかりの墓地。
襲撃があった日の雨ほどではないが、しとしとと雨が降る参道を喪服を見に纏った者達とすれ違った。
『可哀想にね…ほんと神様はなんて無慈悲なんだろう』
『全くだ。見ちゃいられないよ』
『騎士団はいったい誰を守るためにいるんだろうね』
小さく漏れ聞こえる声にガウルテリオは足を止めて、その一行の背中を振り返った。
――騎士団に関係があるのだろうか?――
その時はそれだけしか思わず、両親の墓標までを歩いた。
その途中、ガウルテリオはまた足を止めた。
小雨とは言え、濡れない訳ではない。
ガウルテリオも傘をさしていたが、視界に入ってきた光景は喪服を着た女性が傘もささずに沢山の花が手向けられた真新しい墓標の前で静かに立っている光景。
雨なのか、それとも涙なのか。白い頬を雫が伝って落ちる。
余りにも煽情的で、髪を濡らす雨にすら嫉妬しそうなほどに心が大きく揺れ動く。その横顔はとても美しくガウルテリオは呼吸をする事すら忘れて見入った。
大切な人を亡くした哀しみはガウルテリオにも経験がある。
母親が亡くなった時、ガウルテリオは11歳。十分にその意味を理解できる年齢だった。暫くは父や兄もだったがガウルテリオは強い喪失感があり、部屋から出る事すら出来なくなっていた。
兄に無理やり部屋から引きずり出されて剣を握らされたのは、母親の葬儀から3週間後。それからは持ち直したが、時折『おかえり』と母親が出迎えに出て来ない玄関で立ち尽くした事もある。
時は薬。その薬がやっと効果を出した頃に今度は父が亡くなった。
母親の時のような長引く喪失感はなかったが、それでも気持ちは落ち込んだ。
声を掛け、傘を貸そうか。そう考えたが自分が同じ立場なら見知らぬ者からの善意すら今は感じられない。時間が経って『そう言えば、あの時!』と前を向けるようになった時に返せない「傘」という貸しを作り、その傘を見るたびにまた過去に思いが戻るだけだとその場を去った。
ガウルテリオは何故かその女性の事が忘れられなくなった。
いや、忘れている時間はあるが、何かふとした瞬間に思い出す。
名前も知らない女性。6年の時を経て再会するとは思いもしなかった。
春の大風と呼ばれる突風が雨を伴って大地に水滴を打ち付ける。
激しく降りつける雨の中、近衛騎士のガウルテリオは最後に斬った襲撃犯の亡骸を見下ろしていた。浴びた返り血も全て雨によって流され、肩で大きく息をする。
「班長ッ!」
部下の騎士がガウルテリオを呼ぶ。
息を整え終わるとガウルテリオは息のある襲撃者の拘束と、味方の現状を調べろと叫んだ。
もう一度最後に対峙した襲撃者を見下ろし、足で転がして生死を確認すると剣で深く被った外套を半分脱がせた。雨に洗われた顔は既に白く、薄く火傷のようにも見えるのは凍傷になりかけた皮膚。まだ融け切らない雪に顔をつけ、長い時間この付近で待ち伏せをしていた事が伺えた。
見覚えのない顔。目鼻立ちは周辺国よりさらに遠い地の民族。
新緑が間も無く芽吹き始めるとは言えまだ気温も低く、長く雪で閉ざされる地。道端には降った雨で溶けた雪がシャーベット状になり散乱し雨に押されて転がり雨水に溶け込んでいった。
30分ほどの攻防だったが王太子夫妻が乗っているはずの馬車は無傷。
騎士には負傷者は数人いるものの死亡者がいなかったのは不幸中の幸いか。
しかしこれで王宮内に内通者がいる事が確定をした。
秘密裏にではあったが計画されたもので、王太子となったばかりのエンリケが教皇から至急の呼び出しに応じたと城から出る際も裏口を利用し護衛する騎士もカムフラージュの為に間を置いて出立をした。
もしもを考え、馬車の中に王太子夫妻はいない。
いるかも知れないという疑念を確証に変えるための陽動作戦は成功と言えるだろう。
帰りこそ騎士に囲まれた馬車だったが、襲撃犯たちはピンポイントで待ち構えていた。襲撃されるであろうことは想定していたが考えていた場所とは違う位置。
偶然にも落雷で馬が嘶きをしなかったら被害は大きくなっていたかも知れない。
駆け付けた第5騎士団に後の処理を任せて空の馬車は雨でぬかるんだ道を王城に向かって走って行った。
そんな事があった1か月後。
事前に休暇を申請していたガウルテリオは王都郊外にある教会を訪れていた。
広い教会の敷地の中には墓地があり、ガウルテリオの両親が眠っている。母親は父親よりも10年早くから眠っているが3年前、流行病で父親は愛する妻の元に旅立った。
武功を挙げて伯爵位を賜ったガウルテリオだが、父親が天に召された時は一代限りの騎士爵の子息に過ぎなかった。その為爵位はあるけれど貴族専用の墓地ではなく周りは平民ばかりの墓地。
襲撃があった日の雨ほどではないが、しとしとと雨が降る参道を喪服を見に纏った者達とすれ違った。
『可哀想にね…ほんと神様はなんて無慈悲なんだろう』
『全くだ。見ちゃいられないよ』
『騎士団はいったい誰を守るためにいるんだろうね』
小さく漏れ聞こえる声にガウルテリオは足を止めて、その一行の背中を振り返った。
――騎士団に関係があるのだろうか?――
その時はそれだけしか思わず、両親の墓標までを歩いた。
その途中、ガウルテリオはまた足を止めた。
小雨とは言え、濡れない訳ではない。
ガウルテリオも傘をさしていたが、視界に入ってきた光景は喪服を着た女性が傘もささずに沢山の花が手向けられた真新しい墓標の前で静かに立っている光景。
雨なのか、それとも涙なのか。白い頬を雫が伝って落ちる。
余りにも煽情的で、髪を濡らす雨にすら嫉妬しそうなほどに心が大きく揺れ動く。その横顔はとても美しくガウルテリオは呼吸をする事すら忘れて見入った。
大切な人を亡くした哀しみはガウルテリオにも経験がある。
母親が亡くなった時、ガウルテリオは11歳。十分にその意味を理解できる年齢だった。暫くは父や兄もだったがガウルテリオは強い喪失感があり、部屋から出る事すら出来なくなっていた。
兄に無理やり部屋から引きずり出されて剣を握らされたのは、母親の葬儀から3週間後。それからは持ち直したが、時折『おかえり』と母親が出迎えに出て来ない玄関で立ち尽くした事もある。
時は薬。その薬がやっと効果を出した頃に今度は父が亡くなった。
母親の時のような長引く喪失感はなかったが、それでも気持ちは落ち込んだ。
声を掛け、傘を貸そうか。そう考えたが自分が同じ立場なら見知らぬ者からの善意すら今は感じられない。時間が経って『そう言えば、あの時!』と前を向けるようになった時に返せない「傘」という貸しを作り、その傘を見るたびにまた過去に思いが戻るだけだとその場を去った。
ガウルテリオは何故かその女性の事が忘れられなくなった。
いや、忘れている時間はあるが、何かふとした瞬間に思い出す。
名前も知らない女性。6年の時を経て再会するとは思いもしなかった。
60
お気に入りに追加
2,024
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる