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第21話   困っちゃうなァ

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シャルロットが浴室を作り始めたのはいいのだが、アベルジェ公爵家当主のクロードは髪をガシガシと掻きむしっていた。

アベルジェ公爵家としては「好きな人と結婚したい」なんて我儘を受け入れた王家を許している訳ではない。シャルロットが襲撃され、運び込まれたその日、つまり婚約者候補で無くなった日から一切登城をしていない。

逆臣と呼ばれるよ?と他家の貴族からは注意もされたが「上等だ!受けて立つ!」と鼻息も荒い。

国王と王妃からは非公式に詫び状とクロード曰く粗品が届くが全て開封せずに持ってきた城の従者に持ち帰って貰っている。

8人いた婚約者候補のうち、「ま、貰えるもの貰えばいっかぁ~」と王家を許した家もあればアベルジェ公爵家のように臣下であるだけ、国民であるだけと納める税金だけ納めて夜会や茶会には一切応じない家もある。

おおむね子供に対しての概念は許した家、許さない家共に同じだが「矜持」については差が出た格好だ。

だからこそ、何が届いても送り返していたが先程シャルロットがテオドールにローマ帝国の話をしていたまさにその時間にクロード曰く「不幸の手紙」が届いた。

差出人は第2王子チャミング。
実はチャミングからの手紙はこれが初めてではない。テオドールとの婚約をしないかと先触れがボードリエ公爵家から届いたその日の夕方に城の従者が持ってきたのが1通目。今回で通算29通目になる。

全て無視してきたが、今回はズル賢かった。

今までは全て差出人が誰なのかを示す蝋封があったのだが、今回はなかった。
そして使用している封筒は通常王宮で使用しているものではなく、商会などが貴族に「月末の請求金額はこれくらいですよー」というお知らせに使う封筒だった。

なので、商会からだと思い開封してしまったのだ。

「くっそ!!やられたっ!!あンのクソガキがァァーッ!!」

手紙の内容は「シャルロットに登城させるように」とだけある。簡単な用件すら書いていない。通常は「あ~このことか」と事前に幾つか問われるであろう質問の答えを考える事が出来るように添え書きがあるのだが、今回はなかった。

開封してしまえば届かなかった事にはならない。
吠えに吠え捲るクロードの声は廊下を歩いていたシャルロットとテオドールの耳にも届いた。


「お父様、どうなさったのです?」
「あぁ、シャル。今日も私の娘はなんて可愛いんだ」

――だから、事あるごとに抱きしめなくてヨロシ!!――

両手を広げて近づいて来たクロードを闘牛士の如く華麗にかわし、ストンとソファに腰掛けると何故かシャルロットの隣にテオドールが当たり前のように座る。

――何、座ってんの?図々しい――

腰を拳1つ分隣に寄るとテオドールも寄ってくる。もう1つ寄ればまた寄ってくる。

――なんや!寄ってくんな!!――

「テオドール様、パーソナルスペースッ!!」
「え?」
「だから!ソーシャルディスタンス!!」
「は?」「は?」

これで良いのだ。フフンとシャルロットは鼻を鳴らす。
テオドールだけでなくクロードにも意味不明な言葉を当たり前のように吐く。
目指せ危険人物認定。今日も一歩前進。

しかしい、全然通じていないのでテオドールは詰めてくる。

「あのですね!このソファ!3人掛けです。端と端に分散ッ!」
「そんなぁ…」

関係の改善を図っているつもりか?この戯け者め!!さっきまでちょっと仲良く見えたけれど距離を置くシャルロットにテオドールはシュンとなる。側頭部より少し上に垂れたワンコ耳が見えるようだ。

==やはり手土産が無かったのが不味かったか?==

テオドールは手土産を忘れた事を悔やんだ。


「で?お父様どうなさったのです。大声を出せば皆が驚きます」
「驚かせてしまってすまない。いやぁ…ずっと無視してきたんだがうっかり開いてしまったんだ」
「え?鯵を?」
「そっちじゃない」
「では鯖?背開きと腹開き・・・私は食べられればどちらでも」
「シャル…開いたモノが違う。そもそも私は魚を捌けない。開いたのはこれだ」
「まぁ…商会の請求書・・・他家のものでしたの?でも宛名は当家ですわね」

中身を入れ間違っていたのなら商会の責任だろう?と思いつつシャルロットは封筒の表裏を確認した。

「見せてみてくれ・・・公爵、拝見しても?」
「あぁ構わんよ。血圧に気をつけてな」

――剃刀でも入ってて瀉血機能搭載なの?――

ポヤっと考えるシャルロットだったが、手に取った封筒から便箋を抜き取り文字に目を走らせたテオドールの目も血走って行く。

――なんて器用な・・・違うわ、疲れ目、カスミ目、充血?――

目の病気ではない。テオドールは中身がチャミングからだと知り、ぐしゃっと握り締めると続いてもう片方の手も咥えてギュッギュと雑巾絞り。

「公爵、暖炉に火を」
「あ、あぁ…」

――え?それならそこまできつく絞ると火が点きにくいわよ――

メイドがやって来て火打石でカチカチ火花を飛ばし、消し炭に火を入れるとフーフー。
テオドールは躊躇う事もなく固く絞った封筒と便箋が同化した物体を灰にした。

――そうか!こうすると灰がヒラヒラしないんだわ――

やはりシャルロットはポヤっていた。

「公爵、この件はボードリエ公爵家として処理致しますのでご安心を」
「いいのかね?」
「構いません。これはの問題ですから」

――なんだ。やっぱり他家の請求書だったんじゃない――

シャルロットは「きっと見ちゃいけない物を見て慌てたのね」とまだ中央まで燃え尽きていない手紙に「商会にもうっかりさんがいるのね」・・・もう戻れない世界で発注ミスをした同僚を助けて全員が残業した事を思い出していたのだった。
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