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第10話    我儘なソフィア

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「出て行けと言ってるんじゃないんだ。住む場所はちゃんとあるし、食事もミールクーポンがあるから問題ない。子供も7歳になるまでは家賃も要らないし、ジョゼフが戻っても一緒に住む事も出来るんだ」

「無理です!私とこの子に死ねと仰るの?右も左も判らない王都なのです。誰かに騙されて何処かに売り飛ばされるかも知れません!そんな恐怖に怯えながらジョゼフの帰りを待てと?」


負傷したり戦死した兵士の家族を養う施設は下手をすれば男爵程度のこの家よりも見回りもあり安全だし、定期的に支援員がやって来るので手に職を付ける事も出来る。金が無くても病や怪我をすれば医者にも診てもらえる。

何度説明をしてもソフィアは泣きじゃくって「ここに居させてくれ」の一点張りだった。


「もうすぐ結婚するんだ。君との事はちゃんと説明をするけれど周りは何と思うか判らない。それは君にも私にも、嫁いでくる妻にも間違いなくプラスにはならないんだ」

「でしたら!そんな施設ではなくちゃんとした家を借りてくださいませ!この子だって大きくなって施設暮らしの期間があれば父親が負傷兵だと将来に渡って傷つくかも知れません。ご自分だけ幸せに・・・うぅっ!私達には幸せになる権利はないと仰るのね!」

「そんな事はないよ。そういう風評は厳しく罰せられる。国の為に働いた兵士なんだ。脱走兵じゃないんだから胸を張っていいんだよ。ここで買った品は持って行っていいからさ。欲しいものがあればそれらを売ったって構わないよ」

「私にプレゼントしてくれると言う事ですか?」

「プレゼ・・・まぁそうなるかな。私がドレスを持っていても使い道は無いしね」


買い漁った品を全部くれてやると言えば、家を出ることはなんとか了承したソフィアだったが、さらにゴネた。

家は一等地に3LDK以上でないと無理、使用人がいないと1人で子供を抱えては何も出来ないとまた泣き喚く。段々とウンザリしてきてしまったライネルは「判った」とソフィアの出した条件を飲んでしまった。

(追々、自活できるように使用人を引き上げればいい)

簡単に考えてしまったのである。
しかし、頼りになる使用人は16人も辞めてしまい、この屋敷も人数が足らない状態。

直ぐに募集を掛けても人が集まるような状況でもなく、何よりソフィアが散財したおかげで蓄えらしい蓄えも僅かとなってしまっていた。

王命である以上、オルバンシェ伯爵家は持参金を用意する必要はなく通常嫁ぎ先で妻が自由にするのは持参金が原資となっているが、ビオレッタに不自由なく買い物をさせてやるには心もとない。

ただビオレッタはあれこれと買ってくれと強請る女性ではなく、ドレスも宝飾品も手持ちを持参するだろうと軽く考えてしまった。



ビオレッタが嫁いでくる3日前になんとかソフィアに引っ越しをしてもらったのだが、ソフィアが使っていた部屋は香水の強い香りが染みついていて夜も窓を開けっぱなしにしても香りが取れなかった。

明日はビオレッタが嫁いでくると言うのに・・・ライネルは香りも相まって頭が痛かった。

「参ったな・・・ここは暫くこのままにして使わないようにするしかないか」

使用人達にも窓を開け放しておくように伝えて廊下に出ると、新居に移ったばかりのソフィアが子供を連れて立っていた。

「ど、どうしたんだい?」
「怖いんです。昨日も一昨日もドアをノックする人がいて・・・開けても誰もいなくてッ」
「参ったな・・・見回りをしてもらうように――」
「今夜だけでもいいんです!一緒に居てくれませんか!」
「無理だよ。言っただろう?明日は妻が来るんだよ。怖いなら女性の使用人でも向かわせるから」
「嫌です!恐怖で全然眠れないんですよ?この子だって泣き通しなんですッ」

この調子でここに居座られても面倒だが、使用人を向かわせる、送らせると言っても「嫌だ」とまたソフィアは泣きじゃくる。


ライネルは仕方なく2人の使用人を連れてソフィアを新居に送り届けたのだが、悪夢はここからだった。


翌日、ビオレッタがオルバンシェ伯爵家の使用人を連れて嫁いできた。
多くの荷物を使用人が運び入れ、簡素ではあったが身内だけのお披露目会も開かれた。

ムスっとしたオルバンシェ伯爵と、目も合わさない伯爵夫人。レイスも挨拶程度は交わしてくれたが私的な会話となると「叔父が呼んでいるので」とライネルと話をしてくれない。

水仙の鉢植えについて弁明も何もしていないのだから当たり前かと思いつつも、国王に褒賞として願い出たビオレッタが妻になったかと思うと、それだけで嫌な事も全てが吹き飛んだ。

初夜の為、先にビオレッタが場を中座する。
ライネルはオルバンシェ伯爵夫妻の元にいき、水仙の鉢植えの件を詫びたが全てを素直に話した訳ではない。ソフィアに選んでもらったと言えば別の問題が起きそうな気がして伏せ、全て自身の不徳、不勉強が原因と詫びた。

それで溜飲が下がる訳ではないが、オルバンシェ伯爵夫妻も王命に逆らう事など出来るはずもなく、認めただけだとライネルには最後まで厳しい姿勢だった。


ビオレッタの後を追うように会場となった大広間から廊下にでたライネルは息を飲んだ。

「ライネル様・・・お願いです!どうか来て下さいませ」

そこには赤く目をはらし、子供のオルクが昼から吐き戻し、高熱が出てしまってどうしていいか判らないと縋るソフィアがいた。

「熱のある子供を置いて来たのか!!」
「だって…頼れるのはライネル様しかいなかったんです。この寒空の中、抱いて走る事も出来ません」

使用人を呼ぼうとしたのだが、まだ人手が足りていないままで父親がアガトン伯爵家からも連れて来てなんとか回している。とても頼める状況ではなかった。

時計を見れば21時。熱があるのなら今から行って、医療院に頼みなんとか22時半には戻れるだろうかと考えたライネルはソフィアを連れて厩舎にいき、愛馬に2人が跨って裏口から外に出たのだった。
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