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第26話 トランクを手に
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エリーゼがジェッタ伯爵家の門の前で騒いでいる頃、カスパルはむくりと起き上った。
目が覚めた時にはエリーゼは何処かに出掛けたのか姿が無い。
水でも飲もうと水差しに手を掛けると空っぽ。
仕方なく共用井戸に行こうと玄関を開けた時ヒラリと紙が足元に落ちた。
拾い上げてみるとそれは家賃の支払い期日が迫っているお知らせで、文字の下には「金」と「矢印」、それを挟むように両側に人間を示す絵があった。
「あ、金か。もういいか」
払わないと追い出される。その期日は1週間後に迫っていたが、金もないカスパルはなんとか金を工面できたとしてもエリーゼの為に使おうとは思わなかった。
家賃は前払いだからこそ、貴族だった時のカスパルには小屋でも平民の中ではかなりいいところにエリーゼは住んでいる。
これが当月払いの家なら壁は薄いし、最上階の部屋なら雨のたびに雨粒が受け皿に溜まる音を聞かねばならない。最上階で無ければ上階に住む者の足音が天候に関係なく聞こえてくるだけ。
どうしようかと考えたカスパルだったが、エリーゼは料理はヘタだし掃除もしない。せいぜい着替える時、縫い目にびっしりと白い線を作る虱を叩く程度。
それを部屋の中でやるものだから叩かれた虱は部屋のあちこちに新しい居場所を見つけている。寝台で寝ているけれど、虱に咬まれて痒くて堪らない。
それでも我慢をしているのは河原で天気の旅に川の水量に気を使って橋の下で寝るよりマシだから。
「もういいか。他の女を探して早いところコルネリアに面倒見てもらわないとな」
だが、カスパルも頭では解っている。今まで付き合ってきたクラスで爵位のある女たちはハーベ伯爵家を廃籍になったカスパルの事など相手にする筈がない事を。
「コルネリアか…。ジェッタ家には金もあるしあんなブスに男なんか見つかる訳ないから、よりを戻そうと言えば俺が平民でも泣いて喜ぶだろ」
エリーゼの元に転がり込んでからカスパルは部屋から出ていない。
埃で曇った鏡に息を吹きかけて寝台のシーツで拭き取ると鏡に映った顔を見て呟いた。
「髭くらいは剃っておくかな」
★~★
出ていくと決めたらカスパルの行動は早かったのだが…。
「くそっ!もう時間もないってのによ!」
エリーゼの部屋に転がり込んだ時からエリーゼが金を何処かに置いているんじゃないかと探したのだが、天井裏まで地味に調べたけれど現金は硬貨が稀に部屋の隅に埃を被って転がっているだけ。
「なんだよ…あんなに物を買ってやったのに」
カスパルはエリーゼだけでなく付き合っていた恋人にはには色々と買ってやった。
その中でエリーゼだけには部屋も借りてやったし服だって上等なものを買った。宝飾品の類も買った。カスパルが買ってやったものは大半が部屋にあったが現金だけはなかった。
買い取り屋に売りに行けばそこそこの金は出来るだろうが、トランクにあった古着を売るのと宝飾品を売るのとでは訳が違う。
古着は比較的スムーズに買い叩かれはするが買い取ってもらえるが宝飾品は真贋の鑑定から始まり、「お!」と思うような値が付くと身分証明を求められる。
1個、2個なら販売価格が10万、20万の宝飾品であっても「何かの記念に買ったのかな」と思って貰えるが、それが10個、20個となると怪しまれる。
平民の得られる賃金からしてそこまで宝飾品が買えるとは買い取り屋は思っていないので「「窃盗」が疑われる。1個でも200万、300万の宝飾品などあれば1発で疑われてしまうのだ。
遊んでいる時、金が少々なくなったり、ドーンと使おう!と思っても金融商会の口座にはカスパルが「え?」と戸惑うくらいの残高があった。
祝い事などで貰える金をコツコツと貯めていて400万くらいはある。そう思っている所に残高の数字が5倍ほどだったら誰でも驚くだろう。
――きっとあのブスと結婚する前の持参金って訳だな――
婿養子としてコルネリアと結婚するのは「まぁ、仕方ない」と思っていたけれどコルネリアに持参金を使わせるのは勿体ない。着飾っても見栄えのしない女に金を使うのは馬鹿らしいし、物を買いたいならジェッタ伯爵家で用意すればいい事だ。
学問も疎かにしていたカスパルは持参金の意味も目的も勘違いをしていた。もし、きちんと講義を受けていれば持参金は婿入りした後もカスパルの財産となるのでコルネリアに色々と買い与えるかどうかはカスパルがしたければすればいいだけ。
長兄が妻を迎えた時、その持参金を好きに使っていたので迎え入れた側が好きに使える金だと思い込んでいたと言うのもある。
結果的には「まだある、まだある」と口座の金はかなり使い込んだのでカルパルが好きに使ったのだが。
部屋を物色し、本当に現金が無い事を知ったカスパルは売れそうな服を2つのトランクに詰め込む。この部屋にはクローゼットなどと言うものはないのでエリーゼの服は床に小さな山を作っていた。
「趣味の悪いトランクだな」
そのトランクもカスパルがエリーゼに買ってやったのだが、所謂「お姫様仕様」で外観にはレースがヒラヒラ。意味のない装飾だったがエリーゼが「これがいい!可愛いっ!」と言うので買ってやった。
宝飾品もカスパルが買ってやったものは勿論だが、きっと色々と買ったから忘れているだけだと「買ったかな?」と思う物までトランクに詰め込んでいく。
夜会などにエリーゼを連れて行った事はないので嵩張るドレスが無い分だけかなり服が詰め込めた。気が付けば汚れが酷かった服が小さな山を作るだけになっていて随分と部屋がスッキリした。
「さて、行くか」
カスパルはまた足の裏にヌルっと不快な感触を感じながら靴を履き、2つのトランクを持ってエリーゼの部屋を後にした。
目が覚めた時にはエリーゼは何処かに出掛けたのか姿が無い。
水でも飲もうと水差しに手を掛けると空っぽ。
仕方なく共用井戸に行こうと玄関を開けた時ヒラリと紙が足元に落ちた。
拾い上げてみるとそれは家賃の支払い期日が迫っているお知らせで、文字の下には「金」と「矢印」、それを挟むように両側に人間を示す絵があった。
「あ、金か。もういいか」
払わないと追い出される。その期日は1週間後に迫っていたが、金もないカスパルはなんとか金を工面できたとしてもエリーゼの為に使おうとは思わなかった。
家賃は前払いだからこそ、貴族だった時のカスパルには小屋でも平民の中ではかなりいいところにエリーゼは住んでいる。
これが当月払いの家なら壁は薄いし、最上階の部屋なら雨のたびに雨粒が受け皿に溜まる音を聞かねばならない。最上階で無ければ上階に住む者の足音が天候に関係なく聞こえてくるだけ。
どうしようかと考えたカスパルだったが、エリーゼは料理はヘタだし掃除もしない。せいぜい着替える時、縫い目にびっしりと白い線を作る虱を叩く程度。
それを部屋の中でやるものだから叩かれた虱は部屋のあちこちに新しい居場所を見つけている。寝台で寝ているけれど、虱に咬まれて痒くて堪らない。
それでも我慢をしているのは河原で天気の旅に川の水量に気を使って橋の下で寝るよりマシだから。
「もういいか。他の女を探して早いところコルネリアに面倒見てもらわないとな」
だが、カスパルも頭では解っている。今まで付き合ってきたクラスで爵位のある女たちはハーベ伯爵家を廃籍になったカスパルの事など相手にする筈がない事を。
「コルネリアか…。ジェッタ家には金もあるしあんなブスに男なんか見つかる訳ないから、よりを戻そうと言えば俺が平民でも泣いて喜ぶだろ」
エリーゼの元に転がり込んでからカスパルは部屋から出ていない。
埃で曇った鏡に息を吹きかけて寝台のシーツで拭き取ると鏡に映った顔を見て呟いた。
「髭くらいは剃っておくかな」
★~★
出ていくと決めたらカスパルの行動は早かったのだが…。
「くそっ!もう時間もないってのによ!」
エリーゼの部屋に転がり込んだ時からエリーゼが金を何処かに置いているんじゃないかと探したのだが、天井裏まで地味に調べたけれど現金は硬貨が稀に部屋の隅に埃を被って転がっているだけ。
「なんだよ…あんなに物を買ってやったのに」
カスパルはエリーゼだけでなく付き合っていた恋人にはには色々と買ってやった。
その中でエリーゼだけには部屋も借りてやったし服だって上等なものを買った。宝飾品の類も買った。カスパルが買ってやったものは大半が部屋にあったが現金だけはなかった。
買い取り屋に売りに行けばそこそこの金は出来るだろうが、トランクにあった古着を売るのと宝飾品を売るのとでは訳が違う。
古着は比較的スムーズに買い叩かれはするが買い取ってもらえるが宝飾品は真贋の鑑定から始まり、「お!」と思うような値が付くと身分証明を求められる。
1個、2個なら販売価格が10万、20万の宝飾品であっても「何かの記念に買ったのかな」と思って貰えるが、それが10個、20個となると怪しまれる。
平民の得られる賃金からしてそこまで宝飾品が買えるとは買い取り屋は思っていないので「「窃盗」が疑われる。1個でも200万、300万の宝飾品などあれば1発で疑われてしまうのだ。
遊んでいる時、金が少々なくなったり、ドーンと使おう!と思っても金融商会の口座にはカスパルが「え?」と戸惑うくらいの残高があった。
祝い事などで貰える金をコツコツと貯めていて400万くらいはある。そう思っている所に残高の数字が5倍ほどだったら誰でも驚くだろう。
――きっとあのブスと結婚する前の持参金って訳だな――
婿養子としてコルネリアと結婚するのは「まぁ、仕方ない」と思っていたけれどコルネリアに持参金を使わせるのは勿体ない。着飾っても見栄えのしない女に金を使うのは馬鹿らしいし、物を買いたいならジェッタ伯爵家で用意すればいい事だ。
学問も疎かにしていたカスパルは持参金の意味も目的も勘違いをしていた。もし、きちんと講義を受けていれば持参金は婿入りした後もカスパルの財産となるのでコルネリアに色々と買い与えるかどうかはカスパルがしたければすればいいだけ。
長兄が妻を迎えた時、その持参金を好きに使っていたので迎え入れた側が好きに使える金だと思い込んでいたと言うのもある。
結果的には「まだある、まだある」と口座の金はかなり使い込んだのでカルパルが好きに使ったのだが。
部屋を物色し、本当に現金が無い事を知ったカスパルは売れそうな服を2つのトランクに詰め込む。この部屋にはクローゼットなどと言うものはないのでエリーゼの服は床に小さな山を作っていた。
「趣味の悪いトランクだな」
そのトランクもカスパルがエリーゼに買ってやったのだが、所謂「お姫様仕様」で外観にはレースがヒラヒラ。意味のない装飾だったがエリーゼが「これがいい!可愛いっ!」と言うので買ってやった。
宝飾品もカスパルが買ってやったものは勿論だが、きっと色々と買ったから忘れているだけだと「買ったかな?」と思う物までトランクに詰め込んでいく。
夜会などにエリーゼを連れて行った事はないので嵩張るドレスが無い分だけかなり服が詰め込めた。気が付けば汚れが酷かった服が小さな山を作るだけになっていて随分と部屋がスッキリした。
「さて、行くか」
カスパルはまた足の裏にヌルっと不快な感触を感じながら靴を履き、2つのトランクを持ってエリーゼの部屋を後にした。
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