婚約も二度目なら

cyaru

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第12話  ボッタクリもいいところ

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カスパルの行く先など何処にもない。

おそらくは友人の家に行っても廃籍された事は知っているだろうから迎え入れてくれるはずがない。廃籍されるという事は裁判には掛けられていないけれど、貴族としては罪人も同じ。それくらい廃籍されたという事実は重かった。

そんな人間と今後も仲良く、今まで通りに付き合おう、手厚く迎えようなんて殊勝な考えをする者はいない。ノブレス・オブリージュの精神で平民に施しを与えることはあってもそれ以上はないのだ。

僅かな期待を心に抱いてみる。

「もしかすると母上が金でも入れてくれているかも」

父も2人の兄も役に立たない。

しかし母親は自身によく似たカスパルを兄弟の中でも一番可愛がってくれた。当面の金なり、金に出来る宝飾品などを入れてくれているのでは?とトランクの中身をひっくり返してみたが、グシャグシャになった書類以外はエリーゼと小旅行に行く時にトランクに入れたものばかりで内張も剥がしてみたが何も入ってはいなかった。

カスパルはすっかり陽も落ちて星の瞬きも流れる雲に隠れてしまう空を見上げた。

「どうしよう…金ないんだけど」

エリーゼと遊び回ったので本当に財布の中身は馬車を降りた時にエリーゼに見せたように空っぽ。札は1枚も持っていなかった。

ポケットの中に前日の売れ残りでワゴンに入れられたパンなら1、2個買えるかどうかの小銭しかなかったので宿屋に泊まる事も出来ない。

「脅かそうと思ったのかな」

と、ぐしゃぐしゃになった書類を地面で広げて、街灯の灯りに透かして見ると脅しでも何でもない。国の紋章が透かしで入った本物の王宮発行の書類だった。

もしも脅しで「生活態度をいい加減見直せ」と言うのなら、宿屋に泊まって払いは家に回す事も出来たが書類は本物。廃籍されているのにそんな事をしたら収監されてしまう。

平民の無銭飲食、無銭宿泊はそれだけで船着き場の櫓漕ぎを1カ月しなくてはならない。おまけに刑が確定するまでの牢の中の食事も自費。金が無ければ囚人から恵んでもらうか櫓漕ぎの日数を倍以上にして払わねばならない。

櫓漕ぎは「刑を受けたものの末路はこうなる」と貴族の子息は敢えて見せられる。

悲惨なものだった。腰まで海水に浸かる喫水線の位置が職場なので2週間もすれば海水で皮膚がふやけて皮が破れる。それでも櫓は漕がねばならず櫓漕ぎを1カ月も成し遂げた者など王国が始まって数百年になるが1人もいない。

平民の命、いや罪人の命など使い捨てで誰も弔ってもくれないのだ。

「嫌だ…嫌だ…どうしたらいい?どうしたら」

カスパルはひっくり返した荷物をボロボロになったトランクに詰めた。
土がついて汚れてはしまったが、布地はしっかりした物なので古着屋に持って行けば今日と明日宿屋に宿泊出来るくらいの金は手に入ると考えた。

そう思うともうここでぐずぐずしている時間は無かった。
トランクを抱くように抱えてカスパルは古着の買取店に向かったのだった。


★~★

「たったこれだけ?!もうちょっとなんとか出来ないのか?」

「そう言われましてもね。せめて洗濯してくれていれば良かったんですが」

シャツなどを買った時の値段はおおよそ知っている。シャツ1枚が3、4千ルペだ。だから2千ルペで買い取ってもらえると思ったら300ルペ。洗濯をしていれば500ルペだと言う。

買取もするが、買い取った衣類も販売しているのでカスパルは店頭にあるシャツを指差して言った。

「あのシャツは3千ルペだろう?!あれよりもいい布を使ってるんだぞ?それにワンオーナーだ」

「お客さん、バカ言っちゃいけません。買い取った後は点検をしたり色々と経費が掛かるんですよ。保管もしなきゃいけませんしね。それに買った時の半額で買い取ってたら商売あがったりですよ」

「ボッタクリもいいところだろう!」

「別にいいんですよ?買い取り屋はウチだけじゃありません。他の店で売ればご希望の金額で買い取ってくれるところも見つかるかも知れませんしね。どうぞ。出口はあちらですよ」

「あぁ!解ったよ!この業突く張り!」


捨て台詞を残して店を出たカスパルは金もなく、その夜は商店街からほど近い河原で朝を迎えた。

ゴミがぷかぷかと浮いている川で顔を洗い、川の水で腹を満たすと昨日とは別の古着買い取りの店に行ったのだが、どの店も最初に提示された金額と大差なく、結局シャツ6枚、下着6枚、ボトムス3本。その他にタオルなど全てを買い取ってもらい、内張が破れているが200ルペなら買い取ると言われてトランクも売った。

1万ルペにもならない金を握りしめ、最初に買ったのは靴。
片方脱げてしまい、歩くにも小石を踏んでは叫んで飛び上がらねばならなかったからである。

買った靴も今までに何人のオーナーがいたかも判らない古いなめし皮の靴で垢なのか皮脂なのか。履いてみると足の裏がヌルヌルしたが小石を踏むよりはマシと自分に言い聞かせ我慢した。

行く先は1つしかない。エリーゼの小屋のような家だ。
しかし、問題があった。

平民にしてはかなり良い部屋なのだが貴族だったカスパルからすれば小屋。そんな部屋でも賃料を出していたのはカスパル。

金融商会の口座は間違いなく凍結されているだろうし、廃籍は本物なのだからこの先ハーベ伯爵家を名乗れば罪に問われてしまう。金融商会に出向いてまで一か八かの賭けは出来なかった。

家賃は半年ごとに支払うので次の支払いは2カ月後。その時に支払わなかったら家財も何も放り出されて追い出される。

次の家賃を支払うアテなど何もない。

「寝る場所が2カ月あるだけでもいいか。でも、俺って先見の明でもあるのかな。あの時別れようなんて言わなくて大正解じゃん。確かドレスとか色々買ったからそれを売れば暫く宿屋に泊まれるかな」

小石を踏んでも痛みを感じず歩けるようになると、シャツの買い取り金額で現実を知ったはずなのにもう忘れてしまったカスパルはエリーゼのもとに向かったのだった。
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