あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru

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足を洗うわ

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太陽の光は眩しかった。

いや、眩しかったのは太陽の光りではなく、太陽に照らされる全てのものだった。


「アンタ、行くところあるのかい?」

一緒に牢を出された女性にエンヴィーは何も答える事が出来なかった。
行くところなどない。勿論帰るところもない。

牢にいる間に、イデオットが逃げ出した事を聞いた時は、どうして?という疑問しかなかった。自分は牢に入れられてしまったのに、助けに来ることもなく逃げ出したイデオットが信じられなかった。

母親にも捨てられてしまい、まだ確定はしていないがスミルナ侯爵家は取り潰しか名前しか残らないんじゃないかという牢番の噂話をどこか遠い所の話のように聞いていた。


「聞いてんの?行くところはあるのかって」

「ない‥‥ないわ。行くところも帰るところもないわ」


母に捨てられた日、抱きしめてくれたのはこの女性だった。
泣いている間、同じ房に入っている女性達は何も言わなかった。向かいの房にいる女性達も何も言わなかった。

出してくれと叫んでいる時は五月蠅いと怒鳴られたけれど、ただ泣かせてくれた。


「なら、ウチに来る?まぁ…頑張り次第で稼げるけどお嬢様にはちょーっと無理かな。でもアンタお貴族様だろ?読み書きに計算が出来る子。欲しかったからさ」

行くところもないエンヴィーはきっと娼館で売り上げの計算の他に体も売らなきゃいけないのだろうと思いつつ、もう女性についていくより他に何も思いつかなかった。

歩く道すがら、女性がどうして牢に入っていたのかを聞いた。

「焼き印はね、アンタくらいの時にやってた窃盗。それから美人局かな」

「美人局…」

「バカな男を引っ掛けて、あららイヤァン♡って時に怖いお兄さん登場!で、金を貰うの。でもね……そんなの出来るの若い時だけだし、知ったんだよね」

「何を知ったの」

「人を騙して金を取っても全然残ってないの。それで捕まるでしょ?保釈金もなければ迎えに来てくれる人もいない。刑期を終えて帰っても住むところもない。ナイナイナイって知ったの」

「そうなの…」

「で、足を洗おうと思って商売始めたんだけど、時々いるのよ。面倒な客が!今回もそんなのと言い合いになってつい手が出ちゃった。こっちは平民、あっちは貴族。売り上げは貰えず牢で反省ってわけよ」

案内をされたのは平民の中でも最下層の平民が住む家。
しかし裏口を出て、細い路地を抜けるとそこは大道りだった。距離にしても30mも離れていない。
つい先日までは貴族だったし、この大道りを馬車で通っていた。どの店に入っても手を揉みながら対応をしてくれていた生活。しかし今は店の扉を開けた瞬間に追い出されるだろうし、馬車など乗り合いの辻馬車が関の山だろう。

「何をすればいいの?」

「アンタさ、男にも母親にも捨てられたんでしょ?でもさ、もう忘れちゃいな。金稼いで、店をもって、幸せになれるように毎日コツコツ頑張ればいいんだよ。ほら客が来た。最初は見て覚えな。直ぐに出来るようになるから」



そう言って女性は歩いてきた男性に声をかけると男性は女性の目の前の椅子に座った。
スラックスの裾をまくりあげて、靴を脱ぎ、靴下も脱いだ。

固形の石鹸を丁寧に泡立てた女性はその男性の足を洗いだした。
踵も軽石を当てて軽くこすり、指の間も丁寧に洗っていく。最後に爪を切り鑢をかけるとタオルで足を包む。
靴下を穿かせ、靴も履かせると立ち上がって代金を貰う。

裏に戻って桶の水を捨てて新しい水を汲んだらまた客を待つ。
客に時間がある時は、靴も磨く。そうなると代金は倍になるがそこまで待ってくれる客はいないと言う。

「クッサイ足もあるし、水虫持ちもいるんだけどね。悪い事から足を洗ったアタシが今は他人様の足を綺麗に洗ってる。結構いい稼ぎになるんだよ。まぁ客が付くまでが大変だけどね。美人局で人を騙したりしなくていいし、こうやって金を稼げば、たった銅貨一枚、銀貨一枚稼ぐ大変さが判るから人のもの盗もうなんて思わなくなったのさ」

「わたくし‥‥やってみます」


女性はゴミ捨て場から革靴を拾ってくるとエンヴィーに磨き方を教えた。
暫くはそうやって教えてもらい、使い終わった水の入った桶をもって下がり、桶を丁寧に洗って綺麗な水を汲む。水の入った桶など運んだ事もなかった最初は何度も桶を落とし、水溜まりが幾つも出来た。

出来ることはないだろうかと、捨てられている本から肩もみの本を拾い、女性が足を洗っている間エンヴィーは客の肩を揉んだ。

「あぁ~気持ちいいねぇ」

「ここを押すと少し痛いんですけど肩こりが和らぐんですよ」

「はい。代金」

「えっと…多いです。足を洗うのは銅貨2枚なので」

「肩こりが酷くてね。これはその代金」

「だっだめです。肩もみはサービスなので」

「じゃぁ‥‥これでクリームを買いなさい。君に肩を揉んでもらうと孫娘に揉んでもらっている気分だった。手荒れをしないようにこれでクリームを買って手に塗りなさい。またお願いするからね」

初老の男性は肩を揉むふりをしながら笑って去って行った。

初めて自分で稼いだのは銅貨1枚とクリームを買うための銀貨1枚。
エンヴィーは2枚の硬貨を握りしめて泣いた。

それは牢で流した涙とは違って、人の優しさに触れての涙だった。


その12年後、平民街のまぁまぁ裕福な区域に1軒の店がオープンした。

男性も女性も利用できる足を洗ってくれる店。
オプションで女性の足の指にペディキュアを始めた事から女性の間では口コミで広がりあっという間に予約を取るのも難しい人気店になった。

生涯を独身で過ごしたエンヴィーは53歳で生涯を閉じる間際、その遺産を全てメングローザ公爵に委ねた。

【親のいない子がお菓子で笑顔になりますように】


元王妃は識字率向上のため、実家のエッジ伯爵家に融資を受けて大人も学べる学問所を開設する傍らで、犯罪を犯し服役して出所した者達に手に職をつけるための訓練所や就職のあっせん、悩みを相談できる窓口を作り、更生するための足掛かりを作った。
その元王妃が女伯爵となった時に4歳だった元第二王子は、母亡き後、公爵位を引き継ぎ当主になった。

王族ではなくなったが、それは問題になるようなものではないと元第一王女はブルーメ王国の第4王子の元に嫁ぎブルーメ王国で伯爵夫人となり、元第二王女もリアーノ国の第8王子の元に嫁ぎこちらも伯爵夫人としてそれぞれの国の懸け橋となり互いの国の人材の育成、交流に尽力した。
元第三王女はエッジ伯爵の元で共に鉱山を管理していた子爵家に嫁ぎ伯爵領の発展に尽くした。

メングローザ公爵家はエンヴィーの遺産を原資として運用し国内にある孤児院全てにお菓子を定期的に寄付、クリスマスにはチキンの他に甘くておいしい大きなケーキを送り続けた。
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