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王子の送還

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「最近物騒ですね。リアーノ国は安全な地だと思っていたんですが」

「そうねぇ。憲兵団も頑張っているようだけど…数年おきにこんな事があるそうよ」

メングローザ公爵夫人は寝る前の茶を侍女シトルイユに淹れてもらってこの頃世間を騒がせている強盗団に呆れを含んだ溜息を吐いた。



4、5年置きに貴族の家を襲い、金品を強奪していく集団である。
仲間を捕縛して、アジトにしていた場所に踏み込んでもせいぜいネズミが走り回るだけ。
もぬけの殻となった場所には酒、たばこなどの残骸はあっても追跡できるような物は何も置かれていない。

盗まれた金品も現金は何処かで使っているかも知れないが、買取で足が付きやすい宝飾品が動いた形跡もない。他国での強盗被害も把握しているが、他国で盗まれた宝飾品がリアーノ国で売買された形跡もない。

金や銀などは溶かしてしまえば判らないが宝石は海を渡っていると思われる。
金もダイヤモンドもであるが、鉱脈が見つかっても取り尽くせばもう出ない。数に限りがある宝石など貴金属は海の向こうでは現金で貯めおくよりも有効な資産になると考えられている。



警備は強化しているものの、その警備兵が手引きをしたと思われるものもあっておいそれと雇い入れる事も出来ない。家柄がしっかりしていても、その子供までしっかりしていると思い込むのも危険だし、親がだらしなくても子供はしっかりしているという事もある。

実家ではもう何十年も門番や見回りなどの護衛兵を雇っているが4交代制。
全員が揃う事はない。つまりいつも4分の1の護衛兵しかいないという事である。
今のところ、実家は被害にはあっていないが、今後も無事だという保障は何処にもない。

「戸締りをしっかり確認するように皆に伝えなければ」

「家令さんに伝えておきます」


侍女シトルイユは実家の家令を家令さんと呼ぶ。公爵家からの家令はまだ到着していない。
メングローザ公爵がまだ到着しない事に不安もあるが、夫人に不安を気取られぬようそっと部屋を出た。






深夜

真夜中の貴族街に出歩く者はいない。警護団や憲兵団がこの近辺の見回りをする時間も把握している。見回りが通り過ぎて20分ほど。忍び込んで30分ほどが【仕事】の時間だ。
成果はあってもなくてもそれで逃げる。探す時間を取れば取るほど捕まりやすくなる。


「ここは結構貯め込んでるはずだからな。当主は爺と婆。娘が帰省しているようだが年寄りと女ばかりだ。イディ!今回も頼むぜ」

「任せとけって。だいたい貴族が金になる物を置いとく場所は決まってるからな」

「邪魔なら殺っちゃっていいが指笛で知らせろ。盗みだけじゃなくなると旅に出なきゃいけないからな」

「わかった。この街の娼婦は動きが良いんだ。まだ楽しみたいからな」


暗闇に紛れて10人ほどの男達がメングローザ公爵夫人の実家の外壁に梯子をかけた。
先ず1人が昇り、飛び降りた先が平坦かを確認し、池などがあれば少しづつ移動する。

「いけるぞ」

小さな声に先に上がった者が庭に飛び降りる。続いて2人、3人と塀の外側に1人を残して侵入した。残った1人は梯子を片付けるのだ。茂みに隠した荷馬車に梯子を乗せると屋敷の裏口に荷馬車を停めた。

勝手口から入るような事はしない。
貴族の屋敷は【人が出入り】する箇所はなにがしの対応をしている。
忍び込むのは窓からだ。その窓も使用人が使っていない部屋の窓。貴族の使う部屋は人が居なくてもカーテンが閉じられているが、使用人の部屋は使う者がいない時はカーテンを取り付けていないのだ。
その上、満室になる事はない。親戚筋から突然行儀見習いを頼まれる事もあるため、2、3室は空けている。強盗団はその窓から屋敷の中に侵入した。

足音を消すためにタマリスクの枝を靴底に取り付けてある。
猫の足音よりも静かに強盗団は屋敷の中を物色し始めた。


「うーん…お腹痛い…やっぱりジャガイモの芽はグリっと欲張らずに取るんだった」

1人のメイドが腹痛を感じて目を覚まし、花を摘みに行こうと部屋の扉を開けた。
寝静まっているはずの屋敷。サロンのある方向からカタカタと不規則な音がする。静かすぎるからこそ音が響くのだ。風の音にしては変だなと思ったメイドはネズミなら大変だとサロンに向かった。

「ヒィッ!!」

出会い頭に真っ黒な物体と鉢合わせしたメイドは息を飲み、その歩みを止めた。相手も同じである。そこに人がいるとは思っていなかったようで、後ろずさった。
メイドは咄嗟に廊下に飾られていた花瓶を手にすると思い切り放り投げた。

声を出そうにも声が出ない。花瓶は明日ごめんなさいと謝ろう!ガシャーンと大きな音と同時にメイドは壁を力の限りバンバンと叩いた。

使用人が使う勝手口のある部屋に向かって黒い物体は1つ、2つと集まり始めた。
勝手口から屋敷を出て裏口から逃げる為である。


花瓶の割れる音にアルマンは寝台から飛び起き、扉の脇に置いた剣を掴むと鞘を放り投げた。

「どうしたんだ!」

バンバンと何かを叩く音と、静かだが複数人がこちらに向かってくる違和感のある足音が聞こえる。

「起きろ!強盗だ!起きろ!!」

誰かが叫ぶ声がする。叫びながら門番を呼びに走る者の声が小さくなっていく。
アルマンの隣には調理見習いの少年と下男が3人。フライパンや箒、火かき棒を手にして集まった。

「くそっ!!そっちはどうだ」

「こっちはダメだ。直ぐに門番が来るッ」

「大丈夫だ。たった5人。何とか出来ると浅はかな気持ちを持つのも使用人としての矜持と言うもの。それは褒めるに値するよ」

――ん?なんだこの違和感…気のせいか――

アルマンは覆面をした男の口調になんとなく聞き覚えがあった。
しかしそれは何処で聞いたのか。いや、今はそれを考える時ではない。門番と警護団が来るまでに何とかしなければ。3階にはカーメリアがいる。絶対に手出しはさせない。


後ろにいた下男が槍投げのように箒を覆面の男に放り投げた。
突然飛んできた箒の直撃を受けたのだろう。声をあげて1人が床に蹲る。

――何人だ…蹲ったのを入れて9人か――

「行くぞっ!」「は、はいっ!」

アルマンは剣を振り被り、男達に突っ込んだ。しかし思った以上に男達は強くはなかった。
剣の腹で叩きつけるような打撃をするとポロリともっていた剣を落としてしまう。
そこに調理見習いはフライパンでさらに打撃を加えていく。

おそらくアルマンの打撃よりも回数分効果があるだろう。
掃除用のモップを持った下男はモップの先で覆面男を何度も叩いている。
その度に絞り切れなかった水滴が壁に飛んでいく。

「イディ!何とかしろ!その剣を持った奴を何とかしろ!」

「仕方ない」

そう言ってアルマンと向き合ったどこか既視感のあるフォルムの覆面男は声をあげた。

「アルマン?アルマンじゃないか!」

――まさか?!イデオット殿下?!――

一瞬、気がそれたがイデオットはアルマンに持っていた剣を思い切り振り下ろした。

ガキンっ!!

下手になりながらもアルマンはその剣を受け、そして足でイデオットの腹を蹴り込んだ。

「グアァァっ!!」

転がるイデオットをアルマンは見下ろした。
落とした剣に伸ばしたイデオットの手にアルマンは【ドンッ!】踵を落とした。



縄で縛られた覆面の男は灯された明かりの下に並ばされて順に顔を晒された。
痛みに顔を歪めるイデオットを見下ろしたアルマンは溜息しか出なかった。

「アルマン…縄をといてくれ。このままでは国に連れ帰される」

「私は逆臣ですから貴方の意には添えません」


イデオットは4日勾留された後、強制送還となった。
国に向かう馬車に乗せられるまでは激しく抵抗したと聞かされたアルマンは拳を握りしめた。

あんな男の為にカーメリアが心を病んだのだ。
足らないかも知れないが、感覚がなくなるまで殴れば良かったと後悔したが、直ぐに拳の力を抜いて手を広げた。

そんな手でカーメリアを抱きしめる事は出来ない。
握って広げ、また握って広げた。
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