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「お嬢様はもうお休みになられました。最近は朝の散歩が効果てきめんなようですよ。夜もぐっすりと朝まで眠っておられます。まるであの日々が嘘のように…」
「だってかなり腕のいいお医者様が毎日付き添ってくれるじゃない。恋の力は偉大ねぇ」
メングローザ公爵夫人は寝る前の茶を侍女シトルイユに淹れてもらい口に含んだ。
天気のいい日は毎日庭で散歩の途中、歩く練習をしている。
カーメリアはテーブルに隠れて見えないだけで食事中も足首を動かしたり、食事を咀嚼する間にふくらはぎに力を入れてみたりと小さな努力を積み重ねている。
全ての筋力が衰えたのではなく、使わなかった期間があっただけなので回復も早い。
カーメリアの心にも変化があった。
当初、アルマンに感じたのは警戒だったが、貴族ではなく平民だと聞いて【別人】と考える事で警戒心は薄れた。元婚約者の側近であった頃のアルマンに対しての感情は嫌悪もなければ好意もない。
しかし、立場が立場故にどうしてもイデオットを思い出し、王妃にならねばとただひたすらに感情を殺し、心を支配されてきた頃を思い出してしまうのだ。
表情は消せても心の中は様々な事を考えている。
心も人形のようになってしまっていれば、強い喪失感や虚脱は感じなかっただろう。心が残っていたばかりにカーメリアは病んでしまっただけだ。
あのアルマンではないと考えれば、心が乱れる事はなかったが、これは逃げではないかと自問自答をする日々が続いた。
だが毎日、笑顔で付き添ってくれるアルマンに何かが小さく、ほんの小さく弾けた。
アルマンにはなんの下心もない。ただ静かに付き添ってくれる。その優しさが心地よく感じた。
会話をするのが楽しみだと思った日は、この気持ちは何だろうと胸がドキドキした。
そして、あの日。
空になった水筒を見せて少し照れたアルマンが、母と一緒にいる時の父の仕草によく似ているのに気が付いた。
父の事を公爵と呼ぶのは何故かと聞いた。カーメリアはあのアルマンだからと答えるかとおもったが【メングローザ公爵はメングローザ公爵だから】とアルマンは言った。
嘘が吐けない人なのだなとカーメリアはアルマンの誠実さを感じた。
顔を真っ赤にして懸命に取り繕うアルマンをみて何年ぶりだろうか。
声をあげて笑ってしまった。同時に【自分は笑えるのだ】と思うと、つまらない支配に飲み込まれていた自分が急に馬鹿馬鹿しくなり更に笑ってしまった。
父が帰った時には、名を呼んで昔のように飛びついてみたらどうするだろう。
歩こうと思った理由はそれだったが、アルマンは付き合ってくれた。
肩に乗せた手から感じたのは、安心だった。
その手に、手を添えられた時に頬が熱くなった。自分の手を覆う大きな手。繋いでしまっているから顔を隠す事も出来ず俯いてしまった。
――わたくし‥‥アルマンが好きなんだわ――
今日も散歩と歩行練習に付き合ってくれたアルマンはいつものアルマンだった。
途中のアジサイの葉の上にカエルが2匹こちらを見ていた。
「アルマン、カエルだわ」
「アマガエルですかね。たまに青いやつもいるんですよ」
「まぁ、青いのも?白いのや茶色は見た事があるけれど青はないわ」
「見つけたらお持ちしましょうか」
「うふふ。シトルイユが大変な事になるわ」
「あ、そうですね。部屋の中が大変な事になりますね」
抱き上げてもらい、車椅子まで戻ると2人は笑い合った。
少し間を置いてカーメリアはつい口に出してしまった。
アジサイの葉にいるカエルの距離が近くなったからかも知れない。
「アルマン」
「どうしました?疲れましたか?今日は12歩でしたからね」
「そうなんだけど‥‥」
ハッ!アルマンは自分の目を疑った。カーメリアの白い肌に薄く色づく赤い色はなんだ?と凝視して動けなくなった。心臓は早鐘どころではない。ドクドクではなくドドドドドと休符がない状態でドラムが叩きまくられてるかのように激しく脈打った。
「ど、ど、どした、どうしたんデスっ?」
緊張し過ぎて噛んだ上に語尾が上ずった声になってしまった。
車椅子の前に片膝をついでしゃがんでしまうのもここ毎日の事だ。
しかし、アルマンは自分の手のひらに感触を覚えた。
いつの間にかアームレストに置いたカーメリアの手に手を重ねてしまっていた。
いやいや、これはさっき座らせた時に添えたものでと邪な思いを打ち消すが、手が離せない自分がいた。
「歩けるようになったら‥‥教えて欲しいの」
「教える?何を…」
アルマンは先ほどまでの熱い波が一気に引いて心臓はぱりぱりと凍り始めたような寒さを覚えた。何故レイリオス公爵家の人間が付き添うのかと聞かれたらと思うと凍った心が砕けそうだ。
「アルマンが‥‥好きな人…」
「えっ?!」
「ごっ、ごめんなさい。忘れてくださいまし」
ふっと反らした顔、赤くなった耳にアルマンは凍った心が沸騰した。
急激な温度変化にもう心臓は壊れているかも知れない。
しかしもう言葉を選択している余裕などアルマンにはなかった。
「君だ!カーメリア嬢‥‥僕が好きなのは君だっ」
アルマンは重なった手をギュッと握った。
2匹のカエルがピョンと跳ねてケコッと鳴いた。
「だってかなり腕のいいお医者様が毎日付き添ってくれるじゃない。恋の力は偉大ねぇ」
メングローザ公爵夫人は寝る前の茶を侍女シトルイユに淹れてもらい口に含んだ。
天気のいい日は毎日庭で散歩の途中、歩く練習をしている。
カーメリアはテーブルに隠れて見えないだけで食事中も足首を動かしたり、食事を咀嚼する間にふくらはぎに力を入れてみたりと小さな努力を積み重ねている。
全ての筋力が衰えたのではなく、使わなかった期間があっただけなので回復も早い。
カーメリアの心にも変化があった。
当初、アルマンに感じたのは警戒だったが、貴族ではなく平民だと聞いて【別人】と考える事で警戒心は薄れた。元婚約者の側近であった頃のアルマンに対しての感情は嫌悪もなければ好意もない。
しかし、立場が立場故にどうしてもイデオットを思い出し、王妃にならねばとただひたすらに感情を殺し、心を支配されてきた頃を思い出してしまうのだ。
表情は消せても心の中は様々な事を考えている。
心も人形のようになってしまっていれば、強い喪失感や虚脱は感じなかっただろう。心が残っていたばかりにカーメリアは病んでしまっただけだ。
あのアルマンではないと考えれば、心が乱れる事はなかったが、これは逃げではないかと自問自答をする日々が続いた。
だが毎日、笑顔で付き添ってくれるアルマンに何かが小さく、ほんの小さく弾けた。
アルマンにはなんの下心もない。ただ静かに付き添ってくれる。その優しさが心地よく感じた。
会話をするのが楽しみだと思った日は、この気持ちは何だろうと胸がドキドキした。
そして、あの日。
空になった水筒を見せて少し照れたアルマンが、母と一緒にいる時の父の仕草によく似ているのに気が付いた。
父の事を公爵と呼ぶのは何故かと聞いた。カーメリアはあのアルマンだからと答えるかとおもったが【メングローザ公爵はメングローザ公爵だから】とアルマンは言った。
嘘が吐けない人なのだなとカーメリアはアルマンの誠実さを感じた。
顔を真っ赤にして懸命に取り繕うアルマンをみて何年ぶりだろうか。
声をあげて笑ってしまった。同時に【自分は笑えるのだ】と思うと、つまらない支配に飲み込まれていた自分が急に馬鹿馬鹿しくなり更に笑ってしまった。
父が帰った時には、名を呼んで昔のように飛びついてみたらどうするだろう。
歩こうと思った理由はそれだったが、アルマンは付き合ってくれた。
肩に乗せた手から感じたのは、安心だった。
その手に、手を添えられた時に頬が熱くなった。自分の手を覆う大きな手。繋いでしまっているから顔を隠す事も出来ず俯いてしまった。
――わたくし‥‥アルマンが好きなんだわ――
今日も散歩と歩行練習に付き合ってくれたアルマンはいつものアルマンだった。
途中のアジサイの葉の上にカエルが2匹こちらを見ていた。
「アルマン、カエルだわ」
「アマガエルですかね。たまに青いやつもいるんですよ」
「まぁ、青いのも?白いのや茶色は見た事があるけれど青はないわ」
「見つけたらお持ちしましょうか」
「うふふ。シトルイユが大変な事になるわ」
「あ、そうですね。部屋の中が大変な事になりますね」
抱き上げてもらい、車椅子まで戻ると2人は笑い合った。
少し間を置いてカーメリアはつい口に出してしまった。
アジサイの葉にいるカエルの距離が近くなったからかも知れない。
「アルマン」
「どうしました?疲れましたか?今日は12歩でしたからね」
「そうなんだけど‥‥」
ハッ!アルマンは自分の目を疑った。カーメリアの白い肌に薄く色づく赤い色はなんだ?と凝視して動けなくなった。心臓は早鐘どころではない。ドクドクではなくドドドドドと休符がない状態でドラムが叩きまくられてるかのように激しく脈打った。
「ど、ど、どした、どうしたんデスっ?」
緊張し過ぎて噛んだ上に語尾が上ずった声になってしまった。
車椅子の前に片膝をついでしゃがんでしまうのもここ毎日の事だ。
しかし、アルマンは自分の手のひらに感触を覚えた。
いつの間にかアームレストに置いたカーメリアの手に手を重ねてしまっていた。
いやいや、これはさっき座らせた時に添えたものでと邪な思いを打ち消すが、手が離せない自分がいた。
「歩けるようになったら‥‥教えて欲しいの」
「教える?何を…」
アルマンは先ほどまでの熱い波が一気に引いて心臓はぱりぱりと凍り始めたような寒さを覚えた。何故レイリオス公爵家の人間が付き添うのかと聞かれたらと思うと凍った心が砕けそうだ。
「アルマンが‥‥好きな人…」
「えっ?!」
「ごっ、ごめんなさい。忘れてくださいまし」
ふっと反らした顔、赤くなった耳にアルマンは凍った心が沸騰した。
急激な温度変化にもう心臓は壊れているかも知れない。
しかしもう言葉を選択している余裕などアルマンにはなかった。
「君だ!カーメリア嬢‥‥僕が好きなのは君だっ」
アルマンは重なった手をギュッと握った。
2匹のカエルがピョンと跳ねてケコッと鳴いた。
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