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放浪の王子

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馬を男がいた。

騎乗の経験はあったようだが、色々と残念な所が多い。
何故なら逃げた馬を追いかけて走っていたが足を止めたからだ。



やみくもに馬を走らせてしまったため、現在地もどこなのかが判らない。
すっかり日も暮れてしまったため、農夫に聞こうにもその農夫がいない。
月が出ているから灯りはあるものの、家の灯りは全く見えない。四方を見回しても真っ黒な山なのか森なのかが見えるだけで進んでいる方向が東なのか西なのかも判らない。
判っているのは、後ろに戻って行けば王都があるという事だけだ。

馬の鞍につけていたカバンは走っている途中で留め具が外れて中身が全て飛び出してしまった。入れる物がないカバンなどあっても邪魔なだけだと馬を降りてカバンを外したまでは良かった。

変な止め方をしてしまい、やっとカバンの取っ手が外れたと思ったら腕に引っ掛けていた手綱も外れてしまった。マズいとカバンを投げたら取っ手に指が引っ掛かり、カバンが馬の尻を叩いてしまった。
馬が走り出すのは当たり前である。
追いかけたが走る馬と走る人間。追いつくはずがなかった。


歩いても歩いても民家はなく、疲れてしまって斜面になっている草むらで眠ってしまったら、朝大変な事になってしまった。至る所を虫に刺されて目は開かないし、兎に角痒いのだ。

日が昇り、明るくなって見た感じ小さそうな森を抜けようと入っていった。
沢があったので、そこで顔を洗って、水を手ですくい腹いっぱい飲んだ。空腹を満たすのが水だけというのは味気ないが他に食べる物がないのだ。

歩きながら実になっている物を千切って色々と食べてみたが、硬いだけだったり、スカスカで綿を噛んでいるようだったりで飲み込む気にもなれない。
だが、夕方になり急激に腹が痛くなった。

草むらで寝たから腹が冷えたのだろうかとなんとか寝られそうな大きな木を見つけた。
夜中に度々腹痛で目が覚め、用を足すたびにポケットに入れたイミテーションの宝飾品が落ちていった。


腹痛が収まったのは1週間ほど経ってからだった。
少しづつでも毎日歩き、小さいと思っていた森を抜けると小さな町が見えた。
見つかってしまえば城に戻されてしまうと考えたイデオットは息を潜めて人の気配が無くなるのを待った。

町だと思ったのは町ではなく、陶芸の工房だった。
夕方になれば灯りを消して荷馬車に乗り、男も女もどこかに行ってしまった。
イデオットはそっと建物に忍び込んで食べ物を探した。

人が住んでいないので何かを作って食べるという事はないだろうが、それでも何かしらはあるだろうと探すとトマトを見つける事が出来た。しかし、月灯りしかないため色が判らない。
その上、イデオットはカットしたトマトは見た事があるが、丸いそのままの形は見た事がなかった。
トマトを諦めて更に探すとそこにあったのは硬いパンだった。

一口サイズよりは大きいと思ったが【硬いパン】をひたすら食べた。
腹が減っているのもあったが、庶民はこんなパンを食べているのだと思い食べきった。


そして翌朝、馬車の音に目を覚ますとまた身を潜めた。
歩くよりも馬の方が早い。荷馬車に乗って男や女がやって来るのでその馬を拝借しようと考えたのだ。
作業が始まり、馬の側から誰も居なくなったのを見計らって馬の手綱を取ったまでは良かった。

「どうして馬に鞍が付いていないんだ!」

馬に跨ろうにも鐙のない馬は足を引っかける場所がない。
何より腰を下ろす鞍がない馬など座った事もない。
四苦八苦している間に馬が暴れはじめて気づかれてしまった。

「馬泥棒だ!誰か来てくれ!」

男の言葉にイデオットは走って逃げだした。走って休んでまた走って誰も追いかけてこないのを確認してやっとゆっくりと座り込んだ。
そこで看板に気が付いたのだ。学習はしていたので文字は読めた。

「ここはベルンなのか‥‥」

詳しい地名は判らないが、あの馬車も通ってきていることから、草むらと道は綺麗に姿を変えていた。馬車の通る道をひたすら歩き、工房で働いている人間が住まう町か村がある筈だという思いだけで歩き通した。

家の屋根が何軒も見えた時、イデオットは飛び上がるほど嬉しかった。
履いてきた靴もつま先の部分が風通しも良くなっていて、靴も交換したかったし着替えもしたかった。
久しぶりに温かい食事やフカフカの寝台で眠りたかった。


「交換してくれないか?」

そう言ってポケットに手を入れると、小ぶりな宝飾品が2、3個しか入っていなかった。
慌ててポケットを探るが沢山入れてきたはずの宝飾品がなかった。
ポケットを引っ張り出してみるが、出てくるのは土が粉になったようなものだけでイデオットは森で用を足した時に落としてしまったのだと気が付いた。

しかし、城にあり、何かの式の時にはつけていた宝飾品である。
1個でも十分な値が付き、全部売れば鞍が付いた馬も買えるだろうと思っていた。

「うーん…ガラス玉だからね。うちじゃ買い取れないよ」

「嘘だろう?ちゃんと見てくれ。家が1軒とは言わないが価値はある筈だ」

「申し訳ないが、うちは本物しか買い取らない主義なんだよ。他を当たってくれないか」


他の買取店でも同じことを言われイデオットは力なくへたり込んだ。
こうなる事を予想して父の国王は宝飾品を入れ替えていたのかも知れない。
グゥと腹もなっているがもう歩きたくもないし何もしたくなかった。


「兄ちゃん、金が欲しくないか?」

「金?くれるのか?」

「あぁ、ちょっと手伝ってくれるだけで酒は飲めるし娼館に泊まりだって出来る。流行の服なんか毎日着替える事も出来るくらい稼げる仕事だ」

「そんな簡単な仕事があるのか?」

「あぁ、あるとも。ただ馬に乗れないとダメだがな。後は剣が使えるなら割り増しだ」

「乗れる。私は騎乗は得意なんだ。剣もそれなりに扱える」

「じゃぁ決まりだ。仕事場はここじゃないんだ。ベルンは儲からないからな。リアーノ国は金持ちが多いから毎日がウハウハだ。ブルーメで仲間を乗せていくから2,3週間の旅になるが飯はその間も食わせるから気にすんな」


男に誘われるままに幌馬車に乗り込むと、人相の悪い男が既に7人乗り込んでいた。
タバコを咥えてポーカーを楽しんでいる者もいれば、酒を瓶からそのまま飲んでいる者もいる。

何もする事はなかったが最初に言った通り男はイデオットに食事を与えてくれた。
町の大衆食堂のような賑やかな場所だったが、肉でも魚でも何でも食べさせてくれた。
楽しんで来いと札を握らされて、娼館でも遊ばせてくれた。

イデオットは全てが初めての体験だった。
エンヴィーの事は好きだったけれど、体の一部が大きく痛くなるような事は一度もなかった。手づかみで肉を食べる事も初めてだったし、コップなどの器に移さずに瓶の口を咥えてワインを飲むのも初めてだった。
難点と言えば、宿ではなく移動の幌馬車で寝る時はいち早く寝ないとゴーゴーと地鳴りのような男達の寝息を朝まで聞かなければならない事だった。

王宮を逃げ出し、もうすぐ2か月。
イデオットは【大人】になってリアーノ国にやってきた。


「今夜仕事だ」

「仕事?夜に仕事なのか?」

「当たり前だ。昼間は人が多いからな。金持ちの貴族の家に行って金になりそうな物は全部盗ってくるんだ」

「それって‥‥強盗じゃないのか」

「何を今更な事をほざいてるんだ?大丈夫、誰だって最初の1軒目はビビるがだ」


周りを見れば、それが当たり前なのだろう。誰もそれを犯罪だとは思っていない。
イデオットは【ほらよ】と剣を渡されもう逃げ場がない事を知った。
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