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男の勝負服

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1週間経っても牢に移される事なく【控室】で時を待つメングローザ公爵は灯り取りの窓に向かって後輩の抵抗を思い浮かべた。
確かにポイフル公爵の妻の領地は遠い所にあるけれど、こんなに時間がかかるものではない。
ふらふらと領地内にある別荘や休憩用の屋敷を転々としているのだろう。

ポイフル公爵の署名が無ければ牢に移す事も出来ない。
そして、この部屋では聴取は始まらない。聴取が始まるのは牢に移ってからだが時間との勝負になる。何の審理をもしていない者を処刑する事は出来ないからである。

初めての事であろうし誰もが手順を確認しながら進めるだろう。
権限の行使された日から10日目には議会が招集される。それまでに行った聴取を審理するのだ。

審理の期間は2週間と言われているが、はたして2週間もかかるだろうか。
聴取をされていない場合、補足がある場合は議会で答弁台に立つのだ。

一般の庶民も傍聴する事は可能で、建国以来初めての公爵権限の行使に人は大いに集まるだろう。
そこで明かされる王家の所業を人々はどう感じるだろうか。



「メングローザ公爵。ご案内いたします」

10日目。【控室】の扉が外から開かれ、メングローザ公爵は10日ぶりに太陽の光を浴びた。
長い回廊を複数の神官の後をついて歩いていく。向かう先は議場である。


【控室】にいる間は食事は1日に1食。かたいパンと冷えたスープ。大きめのコップに1杯の水。そしてトマトやキュウリなどの手に取ってすぐに食べられる野菜が1個(本)である。
体を拭くための水と布も返却は必要だが支給される。


【控室】では自死を止めるような配慮は一切なされない。
始まる議会で一切の答弁も反論も出来ず、相手側の一方的な意見が述べられる。
例え、相手が有罪であっても虚偽の証人を連れてくればそれを「嘘だ」と言えるものはいないのだから自死する事は不利に働く。
今朝は剃刀もあって、メングローザ公爵は真っ先に髭を剃った。

その隣にある箱は公爵家の家令が真新しい服を一式差し入れしてくれたもの。
検品はされるが、問題なかったのだろう。多少崩れてはいるもののメングローザ公爵は使用人達に感謝をしながら一人でそれを身に纏った。

「男に産んでくれた両親に感謝せねば。ドレスだったら大変だっただろう」

ジャケットの内ポケットには妻がエミリアと自身の名を刺繍をしている。

――勝負してこいって事か――

ジャケットを羽織り独り言ちた事に気が付いたメングローザ公爵は扉に目をやって大笑いした。




議場に入ると、一斉に議員が起立しメングローザ公爵に胸に手を当て頭を垂れた。
応えるようにメングローザ公爵も同じように首を垂れる。
一番高い位置には3人。真面目な顔をしたポイフル公爵が右端に鎮座している。

議員席の中央で存在感を出しているのはレイリオス公爵だ。
空席が2つあるのは、メングローザ公爵の議席とガゼット侯爵の議席である。
予定ではもうリアーノ国に入国して妻の実家に向けて走っているところだ。
カーメリアの負担になっていない事を祈っていると、議員たちが騒めきだした。

国王夫妻が議場に入って来たのだ。
しかし誰一人として起立する者はいなかった。騒めきだけが知らせる術だとはもう勝負はついたかとメングローザ公爵は心でほくそ笑んだ。

ちらりと顔を向ければ、王妃殿下と目が合い小さく頷く。
彼女もまた加害者の席にいても被害者である。その小さな頷きは【思い切りやれ】と聞こえた気がした。
国王よりも真っ直ぐに前を向き、どんな結果でも受け入れる。そんな気概が伺えた。


「始めます。今回は前例のない公爵権限行使による審理となりますが、諸事情ありメングローザ公爵側からは行使に当たっての項目は上がっておりますが、内容については聴取が出来ていない状態となります。議員の皆様方に於かれては全てがここで聞き取りとなる事もご承知おき頂きたい。異論のある者は起立を」

誰一人立ち上がる者はいない。
最後方で少し騒めいているのは傍聴券を手に入れた庶民たちだろう。
この国では非公開となる婦女子、幼児が被害者の裁判以外は広く公開されるのである。
何も聞き取り(調書の作成)が出来ていないのは庶民にも異様に見えたと思われる。


「異論はない。よろしいですね。ではメングローザ公爵答弁台へ。長くなると思いますので立ったままでも、椅子に腰を下ろしたままでも結構です。権利として認めております」

「ご配慮ありがとうございます」

「では、4つ提議された事案を確認いたします。第一、長期に及ぶ王家主導の人権侵害、第二、同者における権力の不当行為、第三、特定の貴族に対しての優遇並びに国費の流用、第四、税収に関する法案の不正施行。間違いはないか。正す部分があれば挙手を」

微動だにしないメングローザ公爵。顔の血色は非常に良いが反対に国王は酷く顔色が悪い。
呼吸も整っていないのか、隣の王妃は動かないのに国王は肩で息をしているように見える。


「では第一の――」

「待ってくれ!今少し待ってくれ」

全員が一斉に突然声をあげ、立ち上がった国王を見た。
議長の許しもなく国王はその場を離れ、議長席の前まで来ると身振り手振りを加えて熱弁を振るう。


「何かの間違いなのだ。確かに!確かに今は廃太子となったイデオットが公爵家で王太子という身分を笠に着て、複数名の従者などに負傷をさせたのは認める。病床にいる息女に無理をさせたのも認める。しかし今はもう責任を取らせて廃太子としている。イデオットが国費を使いスミルナ侯爵家の息女に何かしら買い与えていたのも認めて私財からその費用を弁済もする!それでいいのではないか?丸く収まる。このような事をして、メングローザ公爵の行使が妥当でも不当でも今まで何事もなく施行しなくても良かった国境税が息を吹き返すのは誰にとっても得策ではないだろう。こんな無意味な事はもう止めるべきだ」

唾を飛ばしながら議長に訴えた国王に向かって最後方から声が飛んできた。

「国境税ってなんだよ!」

「そんな税金、何時決まったのよ!」

多くの庶民はそれが既に可決され施行間際で食い止められた事を知らない。
次々に飛んで来るのは庶民の声で議員は誰一人言葉を発しない。煽る事もしなければ擁護もしない。
動かない議員を見て国王はまた声をあげた。

「お前たち!何故動かないんだ!何故私を助けようとしない?!貴族は国王の盾であり剣だろう!」

国王の言葉にレイリオス公爵が立ち上がった。
それをやっと擁護する者が出たと思った国王の表情が弛むが直ぐにそんな思いは叩き落された。

「口を閉じよ!の事も出来ぬか!この愚王めが!」


まさか貴族が国王を愚王と罵るとは思ってもみなかった庶民の騒めきがピタリと止んだ。
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