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病んだ心に
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「メングローザ殿、貴方は何を願うのです」
扉の向こうで神官が話しかける。
ちらりと扉に目をやったメングローザ公爵はしばし相手をするかと体を向けた。
「それは聴取ですかな」
「いえ、公的なものには残さない貴方の独り言を聞こうと思いまして」
「これは変わった趣味をお持ちですな。いや、独り言を聞くのは簡単に見えて難しい。独り言というのは場所を問わず無意識に口から出てしまうもの。それに遭遇するに鍛錬を積まれた事でしょう」
「嫌味がお得意ですね。まるで殿下のようです」
「感染ってしまったんでしょうかな。長い間陛下の相手をして、殿下とも何度も話をさせて頂きましたので、為政者、次の為政者と呼ばれる者の素晴らしい話術だと無意識に体が取り入れたのかも知れません」
「無意識に言葉を発しているのではなく、意図的に言葉を選んでいるのはこんな私でも判りますよ」
「神官ともあろうお方が、相手の発する言葉の出所を探るとなればおちおち懺悔も出来ませんな」
「何もお話頂けないのでしょうか。何か貴方のお役に立てればと思ったのですが」
「役に立つ?それは私のカタを持つという事ですか‥‥ですがそれでは私が公爵権限を使ってまで成し得たいと思う事に一点の染みを作る事になる」
「今はもう染みだらけの御旗も最初はその一点から…という事ですか」
「さぁ?染みだという者もいれば模様だと言うものもいる。それを貴方がたが第三者の目で判断するだけの事ですよ。独り言に満足いただけましたかね」
神官は小さく礼を口にすると足音を忍ばせてその場を立ち去った。
しばらく歩くと年齢は上だが階級はまだ下の神官が呼び止めた。
「フェロー神官。こちらでしたか」
「どうしましたか?」
「また…あのシスターが花を持って来ているのです。今日は忙しいのでお会いにはならないと伝えたのですが、待たせてもらうと裏門の前で」
「そうですか。では裏門ですね」
「はい」
神官が裏門に行くと1人の年老いたシスターが花を持って立っていた。
出入りする使用人達に【良い事がありますよう】【神の加護がありますよう】と声をかけている。
もう15年ほどになる毎日の光景である。
彼女はこの神官の母であり、かつて国王が王太子時代に婚約者候補だった令嬢の母でもある。最有力候補とも言われ誰もが神官の姉が選ばれるものだと思っていた。しかし姉は選ばれなかった。
3人のうち残った2人は婚約者にはなれないのだから仕方ないと誰もが慰めたが、4、5歳からそれだけを目標に辞めたいと言っても侯爵家という爵位から早々に下りる事は許されず、姉は人形のようになった。
婚約者候補でなくなった日から部屋から出て来なくなった。
特例で見舞いに来た王太子(現国王)は真っ青な顔でようよう椅子に座っている姉に言ったのだ。
【君は王妃になる者の器ではなかった。アメジストはダイヤモンドにはなれない。ただそれだけだ】
アメジストは領から産出される宝石でそれまで王家の為に産出量を増やし外貨も稼いできたというのに、それも劣るものだと告げられた神官の姉は事故なのか、自死なのか。
その数日後、4階のバルコニーから転落死をしてしまった。
神官の父は葬儀が終わると廃人のようになり酒に救いを求め体を壊して亡くなった。
「生まれる前は無事に生まれてくれればいいと、生まれてみれば言葉を望み、這い始めれば立つことを望み、立てば歩く事を望み、候補に選ばれたならそれを成し得る娘と望んでしまった。ただ‥‥ただ…生きていてくれればそれで良かったのに…もう髪を撫でる事も抱きしめる事も出来ない」
姉の部屋で毎日さめざめと泣く母を横目に家を立て直そうとしたがまるで出来なかった。それまで姉の立場に依存していたのだと痛感した。
母は心を病んだと教会預かりになった。
そして彼は神官になった。
「あぁ。今日も目覚めてくれてありがとう。とても良い事が1つ増えました。これは貴方に。今日も良い事がありますように」
花を手渡され、神官は礼を言った。
心を病み、気を病んだ彼女は過去を思い出せない。無意識下の行動だ。彼女の目に神官は息子としては映っていないのに神官に届けに来るのは……忘れていても彼が彼女の子供だからだろう。
ただ、毎日神官に花を届ける事と、その日を生きていてくれるという事に感謝をし【良い事】だからと自分の喜びに感じている。ただそれだけなのだ。
神官は花を手に、老いたシスターが帰っていく背を見送る。
手にした花蘇芳は偶然なのか。
――花言葉は、裏切りのもたらす死…か‥――
神官は独り言ちてしまった事に、1人失笑してしまった。
扉の向こうで神官が話しかける。
ちらりと扉に目をやったメングローザ公爵はしばし相手をするかと体を向けた。
「それは聴取ですかな」
「いえ、公的なものには残さない貴方の独り言を聞こうと思いまして」
「これは変わった趣味をお持ちですな。いや、独り言を聞くのは簡単に見えて難しい。独り言というのは場所を問わず無意識に口から出てしまうもの。それに遭遇するに鍛錬を積まれた事でしょう」
「嫌味がお得意ですね。まるで殿下のようです」
「感染ってしまったんでしょうかな。長い間陛下の相手をして、殿下とも何度も話をさせて頂きましたので、為政者、次の為政者と呼ばれる者の素晴らしい話術だと無意識に体が取り入れたのかも知れません」
「無意識に言葉を発しているのではなく、意図的に言葉を選んでいるのはこんな私でも判りますよ」
「神官ともあろうお方が、相手の発する言葉の出所を探るとなればおちおち懺悔も出来ませんな」
「何もお話頂けないのでしょうか。何か貴方のお役に立てればと思ったのですが」
「役に立つ?それは私のカタを持つという事ですか‥‥ですがそれでは私が公爵権限を使ってまで成し得たいと思う事に一点の染みを作る事になる」
「今はもう染みだらけの御旗も最初はその一点から…という事ですか」
「さぁ?染みだという者もいれば模様だと言うものもいる。それを貴方がたが第三者の目で判断するだけの事ですよ。独り言に満足いただけましたかね」
神官は小さく礼を口にすると足音を忍ばせてその場を立ち去った。
しばらく歩くと年齢は上だが階級はまだ下の神官が呼び止めた。
「フェロー神官。こちらでしたか」
「どうしましたか?」
「また…あのシスターが花を持って来ているのです。今日は忙しいのでお会いにはならないと伝えたのですが、待たせてもらうと裏門の前で」
「そうですか。では裏門ですね」
「はい」
神官が裏門に行くと1人の年老いたシスターが花を持って立っていた。
出入りする使用人達に【良い事がありますよう】【神の加護がありますよう】と声をかけている。
もう15年ほどになる毎日の光景である。
彼女はこの神官の母であり、かつて国王が王太子時代に婚約者候補だった令嬢の母でもある。最有力候補とも言われ誰もが神官の姉が選ばれるものだと思っていた。しかし姉は選ばれなかった。
3人のうち残った2人は婚約者にはなれないのだから仕方ないと誰もが慰めたが、4、5歳からそれだけを目標に辞めたいと言っても侯爵家という爵位から早々に下りる事は許されず、姉は人形のようになった。
婚約者候補でなくなった日から部屋から出て来なくなった。
特例で見舞いに来た王太子(現国王)は真っ青な顔でようよう椅子に座っている姉に言ったのだ。
【君は王妃になる者の器ではなかった。アメジストはダイヤモンドにはなれない。ただそれだけだ】
アメジストは領から産出される宝石でそれまで王家の為に産出量を増やし外貨も稼いできたというのに、それも劣るものだと告げられた神官の姉は事故なのか、自死なのか。
その数日後、4階のバルコニーから転落死をしてしまった。
神官の父は葬儀が終わると廃人のようになり酒に救いを求め体を壊して亡くなった。
「生まれる前は無事に生まれてくれればいいと、生まれてみれば言葉を望み、這い始めれば立つことを望み、立てば歩く事を望み、候補に選ばれたならそれを成し得る娘と望んでしまった。ただ‥‥ただ…生きていてくれればそれで良かったのに…もう髪を撫でる事も抱きしめる事も出来ない」
姉の部屋で毎日さめざめと泣く母を横目に家を立て直そうとしたがまるで出来なかった。それまで姉の立場に依存していたのだと痛感した。
母は心を病んだと教会預かりになった。
そして彼は神官になった。
「あぁ。今日も目覚めてくれてありがとう。とても良い事が1つ増えました。これは貴方に。今日も良い事がありますように」
花を手渡され、神官は礼を言った。
心を病み、気を病んだ彼女は過去を思い出せない。無意識下の行動だ。彼女の目に神官は息子としては映っていないのに神官に届けに来るのは……忘れていても彼が彼女の子供だからだろう。
ただ、毎日神官に花を届ける事と、その日を生きていてくれるという事に感謝をし【良い事】だからと自分の喜びに感じている。ただそれだけなのだ。
神官は花を手に、老いたシスターが帰っていく背を見送る。
手にした花蘇芳は偶然なのか。
――花言葉は、裏切りのもたらす死…か‥――
神官は独り言ちてしまった事に、1人失笑してしまった。
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