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それが現実

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「アルマン様‥‥」

「‥‥っ?!」


アルマンの心は大きく乱れた。いつもこの時間はまだ寝室にいるはずだった。
いつものように朝食を取るテーブルを使用人に聞いてテーブルに添えるか、部屋で取ると言う時は家令に預けたりしていた。

そして冷や汗が吹き出した。
思いだしたくもない男の側近だった自分を見て恐怖を覚えてしまったらと足が竦む。
背に隠した花水木ハナミズキを見て、昨日の会話を盗み聞きした気持ちの悪い男と思われてしまったらと思うと手も震えてしまった。


「あ、あのっ‥‥気持ちいい朝だ…よね?そうだ!そうだ…おっおはよう!」

「‥‥」

「いや、えっと…これは…その…綺麗に咲いてるなぁと…オモッテ…」

「‥‥」

「メングローザ公爵令嬢、おはよう!良い朝だねって…さっき言ったか…」


明らかに挙動不審な変質者のようになってしまったアルマン。
顔色も青くなったり赤くなったり、白くなったりで忙しない。


「お花…」

「花っ!花っ!そうなんだ。花なんだ‥‥綺麗だよねっ」

「アルマン様が…いつもお花を?」


アルマンはごくりと生唾を飲み込んだ。何と答えたらよいかと迷ってしまう。
自分だと言えば気持ち悪いやつだと思われるだろうし、違うと言えば何故ここにと聞かれるだろう。まさか君を追って…いや守りたくてと言えば気持ち悪さが倍増するだろう。


リアーノ国の夫人の実家に来てもうすぐ1か月。アルマンの存在を知らないのはカーメリアただ一人。
手汗が滴っているのか花水木ハナミズキを滑って落としそうになる。

「ありがとう」

「えっ?」

「アルマン様なのでしょう?お花…」

「う、うん‥‥迷惑‥‥だったかな?」

「いいえ。ありがとう」


夫人や侍女たちと話をしていた時とは違って抑揚のない声。
明らかに歓迎はされていないのだろうとアルマンは感じたが、背に回した花水木ハナミズキを数歩近づき手渡した。

ふっとカーメリアの表情が柔らかくなった気がして、胸がキュンと痛んだ。

「ありがとう。本当に可愛いお花」

「君も‥‥いや、そうだよね。沢山咲いていたんだ。1本なら良いと庭師さんが…」

尻すぼみになる声の大きさに反比例するようにアルマンの体温はどんどん上昇していく。もしここで微笑みかけられたら真後ろに卒倒するだろう。
そこに待ちかねたように夫人と侍女シトルイユがで戻ってきた。


「あら?どうしちゃったの?こんなに恋の花を咲かせちゃって♡」

「ふっ夫人っ!そんな失礼な事はっ!」

「何を言ってるの。真っ赤な顔は、まるでゼラニウムね」

「本当ですね。こんなに赤いゼラニウムは滅多にありませんね」

「揶揄うのはやめてくださいっ」


夫人はカーメリアの手にある花水木ハナミズキを見てニヤリとした。
謀られた!と気が付いたアルマン、時すでに遅し。


花水木ハナミズキの花言葉って知っているかしら?」


アルマンは知っている。花を贈る時、どんなに可憐に咲いていてもどんなに優雅に咲いていても花の名前を聞いてその意味を調べたからだ。胸ポケットには書き記したノートも入っている。
ノートの存在を改めて認識して【変態確定】だと肩を落とした。


「なんですの?お母様」


花水木ハナミズキの花を見て、先程までのアルマンのように枝をゆっくり回してカーメリアが問うた。


――あ”~ッ!言わないで!言わないでくださいっ――

アルマンの心の絶叫は夫人には聞こえない。いや、弾かれた。


「私の想いを受けてください♡っていうの。情熱的よね」

――どこかに穴はないか?いや、走って逃げるか?――

アルマンの心はもうここから逃げ出したくていっぱいだった。
夫人は運ばれてきた食事をカーメリアの取りやすいように位置を寄せながら独り言のようにカーメリアに向かって言葉を発した。


「カーメリア。ここにきてもうすぐ1か月。この男性は護衛なの。これからは行動を共にしてくれるから行きたいところがあれば連れて行ってもらいなさいな」

「護衛‥‥ですが…アルマ――」

「そう言えば、知ってる者同士っぽいけど初対面よね。名前くらいは呼んであげなさい」

「ですが…レイリオ‥」

「ん?そう言えばそんな名前の家にいた子に似てる気もするわね」

「似てるって…違うのですか?」

「聞いてごらんなさい?貴方は貴族ですかって」


カーメリアは顔をあげて、アルマンを見る。その目は自分の中にある情報と母の言葉を擦り合わせているようにも見えた。グッと手のひらを握り、アルマンは背筋を伸ばした。

「アルマンと申します。私は家名のない平民で御座います」


カーメリアの表情に安堵が浮かんだ。
アルマンは寂しいような気がしつつも、それが現実なのだと受け入れざるを得なかった。
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