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空のワイン
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「待たれよ!その隊列!待たれよ!」
野太い声に御者は馬車を止め、騎乗した従者は盾になる様に馬を前に出した。
本来なら暗闇になる新月を狙って1週間後の出立だったが早まった今日は上弦の月(半月)で薄い月灯りは公爵家一行の側からは逆光。行く手を阻む者の顔は見えない。
しかし従者の1人が聞き覚えのある声にポツリとその名を呟いた。
「ガゼット団長?」
その言葉に、1人の男が馬をおり馬車列に向かって歩いてきた。両手をあげて敵意はないと示しゆっくりと、かつ、しっかりとした足取りで前に塞がったたった6人の騎士あがり従者の前で歩みを止めた。
「ガゼット団長ではありませんか!どうして?!…やはり団長は…」
負傷し退団、公爵家に雇われ療養した元騎士は顔を悔しさから歪めた。
「馬車に居られるのはご夫人であろう。用がありここでお待ちしていた」
「えっ?‥‥どういうことです」
「取り次ぎを願えないだろうか。緊切な事案なのだが」
退団したとはいえ、国に忠誠を誓った近衛騎士団の団長だった男。時間としては半日しか経っていないが、王家はもう情報を掴んでいたかと従者は唇を噛んだ。
最早これまでと振り返ると、御者が開けた馬車の扉から夫人が降りてくるのが見えた。
ゆっくりと歩き、ガゼット侯爵の向かいにメングローザ公爵夫人が立つと、後方で騎乗していた者達が一斉に馬を降り、片手で手綱を持って、空いた手を胸に当てまるで国王陛下にむかって行うような礼をとった。
それはガゼット侯爵も同じで、一歩引いて2人を横から見やった従者の目には女王とその臣下にしか見えなかった。
「メングローザ公爵夫人。我らをリアーノ国までの護衛にお使いください」
「ガゼット侯爵。貴方は陛下の忠臣ではないのですか」
「私がこの剣に守ると誓ったのは国王陛下ではなく弱き者。メングローザ公爵から話は伺っておりましたが、出立が今夜になると知り慌てて馳せ参じた。しかしながらここに駆け付けた25名の者の腕は私が保証いたします。メングローザ公爵が登城するのはおそらく明日の午後。それまでに御身とご令嬢は国境を超えなければならない。しかしリアーノ国に行くに最短の隣国ベルンを経由すればベルンには引き渡し条約がある。メングローザ公爵の領地売却で動きは知られているため、ベルンを経由するのは得策ではない。そこでこれを預かってきました」
「これは?」
差し出されたのは1枚の紙。ガゼット侯爵は上と下を指で挟むとピンと伸ばしメングローザ公爵夫人の手にそれを渡した。
「第一王女殿下から預かりました。遠回りになりますがブルーメ王国を経由しリアーノ国へ。既に話はついています。口頭ですので信用に足らぬと思われるでしょうが、メングローザ公爵も了解を取っています。我が家も領地を少しだけ買わせて頂きましたので」
「第一王女殿下が‥‥お医者様だけではなかったのね」
「王妃殿下のお力添えもあったかと」
「そう…確かにベルンを経由すれば陛下が一番可愛がっている第三王女の婚約者もベルンの王子。手は回っていると考えるのが妥当でしょう。しかし…」
「国境通過は友好国であるベルン国よりもブルーメ王国の方が足止めを食う…そう思って‥‥えっと…あれ…何処に入れた…??」
先ほど出した紙を入れていた逆の胸ポケットを探るガゼット侯爵だが失せ物は見つからないのか、胸を叩き、隊服のジャケットになる裾ポケットも何度も確認している。
「隊長殿!先頭を走るからすぐ出せるようにと鞍につけた小袋に入れたではありませんか!」
後方の騎士から声がかかると、照れくさそうに頭を掻きながら鞍につけた小さな伝令書を入れる袋に手を伸ばし封筒を取り出した。
「こちらをジェスト侯爵…いえ宰相閣下より預かって参りました」
差し出された封筒の中には書類が2枚。
第一王女の御印と署名、そして宰相ジェスト侯爵の署名も入った【大使任命書】そして、第一王女の婚約者であるブルーメ王国の第4王子の御印と署名の入った【通行許可証】
「ご子息とその奥方、奥方の御実家の伯爵家にも護衛の兵は回しております。ご安心を」
大丈夫だと抱きしめてくれた夫を夫人は思い出した。
自分の身は大丈夫という意味だけではなく家族も大丈夫なのだという意味だったのだと思うと、ブルーベリーは盛らねばならないと笑みを溢す。
「リアーノ国で我らは一旦帰国致しますが‥‥1人生涯の護衛を願い出た者を置いていきます。赤いゼラニウムを届けねばならない事情のある男なんですがね。尚、その者は道中も最後尾、しんがりを務めるように配置をしております」
「赤いゼラニウム?‥‥フフフ…なるほど。道中も花が愛でられるとなれば癒されましょう。承知致しました。では護衛をお願いいたしますわ」
「喜んで。我ら身命に代えてもリアーノ国までお守り致します」
メングローザ公爵夫人を馬車に乗せた後、御者は御者席に飛び乗る。
パシンと馬に軽く鞭を入れると前方にガゼット侯爵他4名。動き出した馬車、幌馬車をそれぞれが追随するよう騎乗した騎士たちの馬が歩き出した。
月が空の真上に上がる頃には王都の一番高い塔からでもその馬車列をみる事は出来なかった。
翌朝、レイリオス公爵家で一睡もせず今後を話し合った3公爵の元にメングローザ公爵家の執事が訪れた。昨日出した謁見願いの回答を胸に忍ばせている。
通常は謁見願いを申し出ても4、5日は待たされるものだが国王も尻に火が付いているのだろう。予想通り謁見は願いを出した翌日の午後。16時という若干遅い時間ではあるがそれも好都合だった。
投獄をされるにしても、その理由は少なくとも高位貴族、そして議会の議長職を務めている者には周知し、確認を取らねばならない。議会の副議長を務めているのがポイフル公爵である。
つまりはポイフル公爵の確認が取れない限り、いきなり投獄にはならない。
武力行使という現行犯はそのまま投獄される事もあるが、通常一旦は牢ではなく【控室】で時を待つのだ。犯罪を犯した平民でもいきなり刑務所ではなく一旦は拘置所に置かれると同じだ。
「さぁて、先輩、僕は今日の午後13時くらいから妻を連れて義両親の元にご機嫌伺いに出るんです。久しぶりに会うから色々と土産を買うのにあちこちに立ち寄らねばなりません。凄くいいところなんですよ。自然がいっぱいなんです。片道で6、7時間かかるというのが難点ではありますがね」
パチンと公爵2人にウィンクをするポイフル公爵だが、どうして2人とも口をあんぐり開けているのだろうか。
きっと二日酔いかな?とグラスに半分ほどしか飲まなかったアルコール度の低いワインの空瓶に目を移した。
野太い声に御者は馬車を止め、騎乗した従者は盾になる様に馬を前に出した。
本来なら暗闇になる新月を狙って1週間後の出立だったが早まった今日は上弦の月(半月)で薄い月灯りは公爵家一行の側からは逆光。行く手を阻む者の顔は見えない。
しかし従者の1人が聞き覚えのある声にポツリとその名を呟いた。
「ガゼット団長?」
その言葉に、1人の男が馬をおり馬車列に向かって歩いてきた。両手をあげて敵意はないと示しゆっくりと、かつ、しっかりとした足取りで前に塞がったたった6人の騎士あがり従者の前で歩みを止めた。
「ガゼット団長ではありませんか!どうして?!…やはり団長は…」
負傷し退団、公爵家に雇われ療養した元騎士は顔を悔しさから歪めた。
「馬車に居られるのはご夫人であろう。用がありここでお待ちしていた」
「えっ?‥‥どういうことです」
「取り次ぎを願えないだろうか。緊切な事案なのだが」
退団したとはいえ、国に忠誠を誓った近衛騎士団の団長だった男。時間としては半日しか経っていないが、王家はもう情報を掴んでいたかと従者は唇を噛んだ。
最早これまでと振り返ると、御者が開けた馬車の扉から夫人が降りてくるのが見えた。
ゆっくりと歩き、ガゼット侯爵の向かいにメングローザ公爵夫人が立つと、後方で騎乗していた者達が一斉に馬を降り、片手で手綱を持って、空いた手を胸に当てまるで国王陛下にむかって行うような礼をとった。
それはガゼット侯爵も同じで、一歩引いて2人を横から見やった従者の目には女王とその臣下にしか見えなかった。
「メングローザ公爵夫人。我らをリアーノ国までの護衛にお使いください」
「ガゼット侯爵。貴方は陛下の忠臣ではないのですか」
「私がこの剣に守ると誓ったのは国王陛下ではなく弱き者。メングローザ公爵から話は伺っておりましたが、出立が今夜になると知り慌てて馳せ参じた。しかしながらここに駆け付けた25名の者の腕は私が保証いたします。メングローザ公爵が登城するのはおそらく明日の午後。それまでに御身とご令嬢は国境を超えなければならない。しかしリアーノ国に行くに最短の隣国ベルンを経由すればベルンには引き渡し条約がある。メングローザ公爵の領地売却で動きは知られているため、ベルンを経由するのは得策ではない。そこでこれを預かってきました」
「これは?」
差し出されたのは1枚の紙。ガゼット侯爵は上と下を指で挟むとピンと伸ばしメングローザ公爵夫人の手にそれを渡した。
「第一王女殿下から預かりました。遠回りになりますがブルーメ王国を経由しリアーノ国へ。既に話はついています。口頭ですので信用に足らぬと思われるでしょうが、メングローザ公爵も了解を取っています。我が家も領地を少しだけ買わせて頂きましたので」
「第一王女殿下が‥‥お医者様だけではなかったのね」
「王妃殿下のお力添えもあったかと」
「そう…確かにベルンを経由すれば陛下が一番可愛がっている第三王女の婚約者もベルンの王子。手は回っていると考えるのが妥当でしょう。しかし…」
「国境通過は友好国であるベルン国よりもブルーメ王国の方が足止めを食う…そう思って‥‥えっと…あれ…何処に入れた…??」
先ほど出した紙を入れていた逆の胸ポケットを探るガゼット侯爵だが失せ物は見つからないのか、胸を叩き、隊服のジャケットになる裾ポケットも何度も確認している。
「隊長殿!先頭を走るからすぐ出せるようにと鞍につけた小袋に入れたではありませんか!」
後方の騎士から声がかかると、照れくさそうに頭を掻きながら鞍につけた小さな伝令書を入れる袋に手を伸ばし封筒を取り出した。
「こちらをジェスト侯爵…いえ宰相閣下より預かって参りました」
差し出された封筒の中には書類が2枚。
第一王女の御印と署名、そして宰相ジェスト侯爵の署名も入った【大使任命書】そして、第一王女の婚約者であるブルーメ王国の第4王子の御印と署名の入った【通行許可証】
「ご子息とその奥方、奥方の御実家の伯爵家にも護衛の兵は回しております。ご安心を」
大丈夫だと抱きしめてくれた夫を夫人は思い出した。
自分の身は大丈夫という意味だけではなく家族も大丈夫なのだという意味だったのだと思うと、ブルーベリーは盛らねばならないと笑みを溢す。
「リアーノ国で我らは一旦帰国致しますが‥‥1人生涯の護衛を願い出た者を置いていきます。赤いゼラニウムを届けねばならない事情のある男なんですがね。尚、その者は道中も最後尾、しんがりを務めるように配置をしております」
「赤いゼラニウム?‥‥フフフ…なるほど。道中も花が愛でられるとなれば癒されましょう。承知致しました。では護衛をお願いいたしますわ」
「喜んで。我ら身命に代えてもリアーノ国までお守り致します」
メングローザ公爵夫人を馬車に乗せた後、御者は御者席に飛び乗る。
パシンと馬に軽く鞭を入れると前方にガゼット侯爵他4名。動き出した馬車、幌馬車をそれぞれが追随するよう騎乗した騎士たちの馬が歩き出した。
月が空の真上に上がる頃には王都の一番高い塔からでもその馬車列をみる事は出来なかった。
翌朝、レイリオス公爵家で一睡もせず今後を話し合った3公爵の元にメングローザ公爵家の執事が訪れた。昨日出した謁見願いの回答を胸に忍ばせている。
通常は謁見願いを申し出ても4、5日は待たされるものだが国王も尻に火が付いているのだろう。予想通り謁見は願いを出した翌日の午後。16時という若干遅い時間ではあるがそれも好都合だった。
投獄をされるにしても、その理由は少なくとも高位貴族、そして議会の議長職を務めている者には周知し、確認を取らねばならない。議会の副議長を務めているのがポイフル公爵である。
つまりはポイフル公爵の確認が取れない限り、いきなり投獄にはならない。
武力行使という現行犯はそのまま投獄される事もあるが、通常一旦は牢ではなく【控室】で時を待つのだ。犯罪を犯した平民でもいきなり刑務所ではなく一旦は拘置所に置かれると同じだ。
「さぁて、先輩、僕は今日の午後13時くらいから妻を連れて義両親の元にご機嫌伺いに出るんです。久しぶりに会うから色々と土産を買うのにあちこちに立ち寄らねばなりません。凄くいいところなんですよ。自然がいっぱいなんです。片道で6、7時間かかるというのが難点ではありますがね」
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