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侍女の特製

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コンコン


扉を叩くノックの音に返事はない。
静かに扉を開けると、カーテンも閉め切って隙間から小さく入る光だけがこの部屋の灯り。
侍女は、大きく頷くとズンズンと歩き、ジャッとカーテンを開ける。

あっという間に明るくなる室内。目は開いているのにその瞳に何も映さないカーメリアが静かに寝台に腰を下ろしていた。

その姿を見て、侍女は3つある窓のカーテンを纏めてフックにかけ、順番に開け、風で閉じないように窓枠と壁をチェーンで止め、外の風を部屋に入れながら話しかける。

ガチャっ。カチャカチャ

「お嬢様。ほら見てください。今年はね、軒にツバメが巣を作ったんですよ」

ガチャっ。カチャン‥カチャカチャ

「ほぅら、気持ちいいですね。さっきあけた窓からこっちの窓に風が抜けていきます」

ガチャっ。

「うっ!このチェーン‥‥錆ついてますね。後で錆落としをしてもらわないと…」カチャっ


振り向いて、ピクリとも動かないカーメリアの前を通り過ぎ、クローゼットを開けると新緑の色をしたワンピースと胸元に黄色のラインがアクセントで入ったカーディガンを取り出した。

「お嬢様、今日は庭木の緑のこちらの色にしましょうか?それとも…あ、そうだ庭のヤマブキが咲いたそうですよ。遅咲きですねぇ。春に咲かなかったから庭師があれやこれやと。ウフフ…後でご案内いたしましょうね」


カーメリアの前にしゃがんで手を取るが、ぶらんとしたままで瞳も動いていない。。

「お嬢様。昨夜はまたまたウサギさんと夜更かしをされましたね?こんなに赤くなって…」

「ねぇ…」

「はい、お嬢様」

「何をやってもダメだったのね……」

「そんな事は御座いませんよ。私はお嬢様の成長を見てきました」

「疲れたの…もう…全部…疲れたの」

「そ、そうですね。ではもう少し横になりましょうかね」


このやりとりはもう2週間以上続いている。日に日に痩せて頬もすっかり痩せこけてしまった。
手の甲も肉付きが感じられなくなり、発する声も小さく聞き逃してしまいそうである。

夜も寝台に横になったのを見届けて侍女は部屋を出るが、朝、来てみれば寝台から起きて縁に腰を掛けてぼぅっとしているのだ。少しでも眠って欲しいと真夜中もそっと様子を覗く。
3回に2回の割合で起きて座っているのだ。

数日前、さぁさぁと横にすると【疲れて横になると鞭で打たれるから皆が痕をみたら心配するの】と呟いた。侍女は抱きしめる事しか出来なかった。



カーメリアは学園を卒業した今こそ、朝は7時に侍女が洗面器を持って起こしに来るが、起こされた事は一度もない。学園生の時は、朝4時には起きて課題を済ませ、生徒会の書類を仕上げ、妃教育の予習をしていた。それは馬車の中でも続き、学園でも休み時間は生徒会の仕事、授業を受け、昼食時すら調理長がバランスを考えた野菜ジュースを飲みながらイデオットに割り当てられた執務を行っていた。

放課後も早々に王宮に向かい、王太子妃がすべきと言われた公務や執務を行い、夜も遅くまで妃教育。睡眠時間は2時間あれば良い方だった。

侍女は公爵と公爵夫人から全てではないがある程度は指示を受けていた。
とにかく、カーメリアがやりたいようにさせる。食事も睡眠も好きな時で何に置いても無理強いをしないでほしいと言いつかっていた。

王太子イデオットには数回しか会った事はないが、いけ好かない男だと思っていた。
一介の使用人が目の前で悪態を吐けるような人物ではない事は判っていたが、カーメリアが生まれた瞬間からカーメリアに仕え、その成長を見守ってきた。今度目の前にイデオットが現れたら絶対に許さない。侍女は闘志を燃やす。


「フルーツを持って来ましょうね。食べなくても見ているだけで色んな色を見て楽しめるでしょう」


天井を見たまま反応のないカーメリアの手を撫でて侍女は廊下に出ると声を押し殺して泣いた。





状況は1週間、10日、2週間と経っても変わらず体調は悪化していくばかりである。

決してイデオットに対し何かの執着があったわけではない事は判るのだ。
14年という間、人形のように感情を殺し、ただ【王妃となる者】としてずっと生きてきた。その全てを【それだけだ】と否定をされてしまった。

始まらない王妃教育に焦りもあっただろう。王妃になりたかった訳ではない。王妃にならなければならなかっただけだ。本人の意思は関係なく大人がカーメリアを追い込んでしまった。
その大人の中に自分も入っていると公爵もその責を感じ眠れない日々を過ごす。

何のためにと問われれば王太子イデオットを支えるためにと唯一残っていた心の支えを王太子本人が砕いてしまった。



「様子はどうだ?」

「果汁で唇を湿らせる程度です。どんどん痩せて…。ですが旦那様も少しお休みになられたほうが」

「私は大丈夫だ。あと少しで領地全ての引継ぎが終わる。午後はこの屋敷の買い手と会ってくる」

「左様でございますか。このお屋敷も…」

「代々受け継いできたがこの国に何の未練もない。何故もっと早くにこうしなかったのか。出国をするのに揺れの少ない馬車も来週には届く。横になったまま移動できるよう改造をしてくれたよ」

「それはよう御座いました。リアーノ国までは10日はかかると言いますし座ったままではお嬢様にも奥様にも、若奥様にも負担になりますから」

「そうだな‥‥」

「旦那様、そうと判れば夕食にお嬢様の好きなカボチャのスープを作ってみます。風邪を引いた時、これなら食べられると言われた私の特製スープです」

「だが、カボチャは今は時期外れだろう」

「何とかします。さぁ!裏ごしをするのに手が空いてる者を探さないと!」


侍女は下男に頼んで王都の外れにある八百屋まで行き、小ぶりなカボチャを手に入れた。
丁寧に裏ごしをして、玉ねぎを形のまま茹でると中を適度にくりぬき、玉ねぎの茹で汁を使った出汁で丁寧にゆっくりと溶き、少しのクリームチーズ、生クリームを入れてコンソメや塩コショウで味を調えていく。

「しばらく食べていないから少し薄めにしないと…」




「お嬢様、少し体を起こしましょうね」

「‥‥スープ‥‥」

「はい、そうですよ。もう腕によりをかけて作りました。種は取ってありますからリアーノ国に行ったらお庭に植えましょう。花が咲いたら雄花を探して花粉を一緒につけましょうね」

16日ぶりに口の中に含んだ薄い薄いかぼちゃのスープにカーメリアは一筋の涙を流した。
その涙を慌ててハンカチに吸わせた侍女にカーメリアは小さく微笑んだ。

「シトルイユ‥‥美味しい」

「はい、はいっ。いっぱいありますよ。大鍋にいっぱい作りましたからね」

侍女シトルイユ。57歳。カーメリアがお転婆娘だった頃の面影を残す微笑みに号泣した。

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