あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru

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焦る王太子

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「ねぇ、どうするの?このままじゃ誰もいなくなっちゃう」


エンヴィーの手が腕に絡みつく。いつもならそれも可愛いと感じるが今はそれどころではない。メングローザ公爵家との話し合いが終わらぬうちに父である国王に抓み出され、自室待機を命ぜられた。

大人しく自室でエンヴィーと茶を飲んでいれば、従者が定期報告でそれまで側近としてついていた3人が3人とも辞意を表明し、朝一番に宰相の息子であるジェスト侯爵家のハイデルが両親と共に側近の証である短刀を返納した。

入れ替わるように近衛騎士団の団長子息であるガゼット侯爵家のリンクスも短刀を持参し返納。同時に父親も近衛騎士団の団長の任を解任してくれと国王に願い出た。

そしてメングローザ公爵家の面会の少し前、レイリオス公爵家のアルマンも両親と共に国王に面会し短刀を返納したのだった。

3人とも辞意を表明したのは昨日今日の話ではなくかなり以前から申し入れていた事で、国王ももう匙を投げたのだろう。何も知らぬまま側近は今まで通りと考えていた、いや、考える事もしなかった。側近が1人もいなくなるなど想像もした事が無かったのだから。

メングローザ公爵家との婚約解消についてはイデオットの思惑通りだった。そもそも婚約解消についてはイデオットが以前から両親である国王夫妻に何度も頼んでいたのだ。

カーメリアに対してはなんとも思わなかった。
恋愛の感情は一切なく、執務を回すのもいつも無表情で淡々とこなすし半分程度ならエンヴィーとの時間も取れる事だし問題はないと判断したのだ。
全てを任せるわけではなく、半分は自分でも処理をするからそこに問題はなかったはずだとイデオットは考える。婚約解消の席でもその件は問われなかった。

居ても居なくても、そこに存在をしてもしなくても何の影響もなかった。
いや、影響はあった。確かに美しい顔立ちで男であれば一度はと思うような肢体をしているのは認めるがだ。

妃として、妻として隣にあって、笑い合い、寝台で我を忘れて抱きしめ、自分の子を産んでくれるのは誰が良いかと考えた時、イデオットはカーメリアは思い浮かばなかった。
どんな場面でも思い浮かべるのは幼い頃から一緒にいたエンヴィーだった。

疲れていてもエンヴィーがいるだけで癒された。
ただでさえ面倒で難しい執務を終えた後で、カーメリアから福祉や財政、国防などの話をされるかと思うと優れているのは判るのだがだ。

そしてカーメリアは無表情なのだ。人間なんだろうかと思った事もある。
夜会でダンスを踊る時に手を取るから温度があるのは判るがだ。


いつか父である国王はイデオットに話をした事があった。

――国王と王妃は比翼の鳥である――

片方が欠けては飛べない鳥だ。2人で羽ばたく事で大空を舞う事が出来る。
カーメリアは隙がないのだ。なんでも出来てしまう。
しかしエンヴィーはイデオットがいなければ何も出来ない。


カーメリアはイデオットを褒めない。
エンヴィーはどんな事でも褒めてくれる。


イデオットなりに結論を出したのだ。1人でも生きていけるカーメリアでは飛べないのだと。
政務、公務、執務などはイデオットがエンヴィーを助ければいい。
エンヴィーはイデオットに癒しを与えてくれればいい。そうすれは2人で1人なのだ。


――エンヴィーとなら空を飛べる――

イデオットに悪意はないがカーメリアに対して詫びる気持ちもない。
ただ、の関係なのだ。


婚約は無事、解消になっただろう。しかし側近はどうしたらいいのか判らない。
指名をしたからと言って相手が合意するとは限らないし、父である国王の後を継いで玉座に座るまであと1年ほどしかないこの時期から新しい側近を探すのは無理なのだ。

本人だけではなく、その家も、家系も調べて王家に忠誠を誓う家でなくてはならず、それを調査するだけでも1年以上はかかるのだ。


側近のいない国王などあり得ない。
イデオットは父である国王の部屋に向かった。




「それは寝言か?」

ガシャン!バシャッ!!

国王の言葉と同時に王妃が手にしていた茶器から液体がイデオットに浴びせられた。
見た事もないほど、表情を歪めてまるで蜥蜴か蜘蛛を見るかのような目が王妃からイデオットに向けられている。


「お前の希望通り婚約は解消した。メングローザ公爵は不要だと言ったが慰謝料と補償金は増額してお前の私財から支払う事にする。勿論側近だった3人に対しての慰労金などもだ。側近が欲しいのなら自分で探せ。お前がこの者なら未来永劫仕えてくれると思うものに短刀を渡せばいい」

「そんな…調査もしない側近など危険ではありませんか」

「これまで仕えてくれた3人がどうして離れたかも判らないのに、そんな事だけを判っていても意味がない。お前は文章で書かれている事を理解する事は出来るが、人の心と言うものを率爾そつじにし過ぎたんだ。せいぜい足掻く事だ。何もかもなくなり軽くなっただろう。丁度良い潮時だな。何事も始めやすいだろう」

「父上…私はただ…」

「これから議会やら高位貴族の引き留めで忙しくなる。お前に話す事はもうない」


父の国王から目線を外し、母である王妃を見やるが睨みつけたまま立ち上がると背を向けて退室しようとしていた。縋る様にその腕を後ろから掴む。

「母上っ!お待ちください」

「えぇい!呼ぶな!お前など‥‥お前などっ!顔も見とぅないわッ!」

バシ!小気味よい音が響く。掴んだ手を扇で打たれたのだ。
掴んだ手が離れると王妃はそのまま出て行ってしまった。父の国王を見ても机の上に並べた書類に目をやり、イデオットの存在すらそこに無いかのよう。

イデオットは学問は出来る。このままであれば王太子の身分を失う事も知っている。

――この私が廃太子?!あり得ない――




1が月ほどかけて、従者たちと側近になり得そうな子息のいる家へ書簡を出した。まだ学園に在籍の者も含めイデオットが納得できる回答を返した家は1つもなかった。
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