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呆れる逆臣

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部屋の中を見回し、私物が残っていないかを指を指して確認をしていく。
一通り確認をして、もう一度引き出しを引っ張り出し底を叩けばもう埃も出ない。

ゆっくりと引き出しを戻し、幾つかの袋を抱えて部屋を出ようとすると遮るように扉の前に人が立っている事に気が付いた。抱えていた袋を下ろし、誰なのかを確認すると胸に手を当て頭を垂れる。


「どういう事だ?お前が辞めるような事は何もないはずだ」

「いいえ。殿下。私は殿下には相応しくないのです」

「相応しいかどうかは私が決める事だ。誰だ?誰にそう言われた?」


アルマンの肩に手を置き、激しく揺らすのは王太子イデオットだ。
その後ろにスミルナ侯爵令嬢も驚いた表情でアルマンを見ている。


「誰にも、何も言われておりません。自身でそう判断をしたのです」

「何故?お前に足らぬものなど何もない。この私がそう言っているのだ」

「そうよ?アルはディオの元にいるべきよ。アルの代わりなんていないのよ?」


アルマンは怒りを通り越すと呆れしかないと誰かが言った言葉を思い出した。目の前の王太子イデオットでさえ、自分の事は略さずに名前で呼ぶか、お前と呼ぶ。
スミルナ侯爵令嬢に勝手に愛称を付けられているようだが、それを許可した事も、それを口にする事も許した覚えはないのだ。そしてその言葉が自分を指していると思うと虫唾が走る。


「殿下、ありがたいお言葉ですが私にはとても殿下の側で殿下をお支えするという役目を果たす事は出来ません。お許しください。それからスミルナ侯爵令嬢。私は貴女にアルなどと言う愛称をつける事も呼ぶ事も許可した事はない。気が付かれていないようだが貴女は侯爵家の令嬢。私は公爵家。それをお忘れなく」

「あっ!申し訳…ありません。わざとではなく…」

「意図的であったのなら常識を疑います。最も他意もなくと言うのであっても正気を疑いますがね」

「アルマン、確かに爵位が違うのは判るが言い過ぎだ」

「殿下、何のために爵位があるのか。そこをお座成りにすれば王家とは何ぞやとなりかねません」


スミルナ侯爵令嬢を連れて王城を闊歩する事も恥とも思わないかつての主を遠い目で見る。婚約が解消されたのはほんの今しがたの事だ。
メングローザ公爵たちもまだ馬車に乗り込んだかどうかというのに、余程に無頓着なのかそれとも心臓に毛が生えているのか。

まだ己の立場を理解をしていないイデオットに付いていた時間が途方もなく無駄だった事に盛大な溜息を吐いた。イデオットの下には3人の王女がいるが、スミルナ侯爵令嬢の存在さえなければ可もなく不可もない。
そこにメングローザ公爵家が後ろ盾だったからこそ王太子が継続できたのだ。

カーメリアが婚約者となった時はまだ下に王女が1人いただけだった。
その後生まれたのも王女。女性でも王座には付けるが国王夫妻もフォローするという事で王太子となっただけだ。

王女にはその後、隣国の王子と婚約が結ばれイデオットの即位は確実と思われていた。
だが、学園高等部に進学した時に王妃が懐妊した。生まれたのは第二王子だ。
まだ4歳だが、既にスミルナ侯爵令嬢に傾倒しているイデオットは廃太子として第二王子が成人するまで現国王で走ってはどうかと言い出す貴族の数も少なくない。


スミルナ侯爵令嬢は明らかに王妃の器ではないし、付け焼刃すら難しいだろう。
かといって今の段階でカーメリア並みに妃教育を終えているものは皆無。
王妃となれるものが不在なのだ。


偏った選民思考のあるイデオットはカーメリアが隣に立つからこそ王座が目前にあったのだ。


今日の婚約破棄で国王がどう判断をするかは未知数だ。
しかし、メングローザ公爵家が国王の出した案で納得したとは思えない。
その上、もう一つの公爵家であるアルマンのレイリオス公爵家も穏健派から改革派に乗り換える。それはアルマンが側近をこの時期で辞する理由にも直結をする。

3つある公爵家の2つから見放された王家を支持する貴族は減るだろう。
残る貴族も今までのような忠臣ではなく、あわよくば王を傀儡にと考える者も多い。
暫くの間は国王も頭を抱えるだろう。議会が荒れるのは間違いないしカーメリアが王妃の代行で行ってきた福祉事業が頓挫するのは目に見えている。

ここのところ不調が続く王妃にこれ以上の執務を課す事はならぬと典医も認めるところだ。
民の生活に直結する福祉事業が滞ればどうなるか想像するまでもない。


――燻っていた藁に火を放り込んだのは殿下、貴方なのですよ――


「こんなところで油を売るよりも、執務をされたほうが良いのではないですか」


アルマンでも知っている。本来イデオットがするべき執務を半分以上カーメリアにさせていた事を。カーメリアにさせておいて自分は印を押すだけで国王または王妃に回す。

スミルナ侯爵令嬢との時間を捻出するためにイデオットが考えたである。
知恵が回るのは全てをカーメリアにさせてしまえば責を問われる。そういうところもアルマンがイデオットから距離をおく理由でもあるのだ。


「アルマン、考え直せ。今ならまだ私が父上に掛け合う」

「必要御座いません」

「頼む。考え直せ。リンクスもハイデルも辞意すると言ってるんだ。お前までそんな事を言わないでくれ」

「そうですか。初耳ですがリンクスやハイデルの事情もあるのでしょう」

「待って。アル…いえレイリオス様の御事情もあると思いますが、殿下を支えてこそ臣下なのではありませんの?この大事に殿下から離れるなど逆臣と思われてしまいますわ」

「ヴィ、ヴィー!逆臣って‥‥なんて事を言うんだ」

「だって、このままじゃ…」

「逆臣ですか。意に添わねば逆臣。よく判りました。急ぎますのでこれにて失礼」


袋を抱えて、一礼すると振り返ることなく部屋を後に足早で厩舎に向かうアルマン。
背後でイデオットとエンヴィーの声が響く廊下はいつもより短く感じた。
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