4 / 42
互いの矜持
しおりを挟む
馬車が動きを止め、扉が開いた先にステップを構え礼をしたのはレイリオス公爵家のアルマンだった。
「結構」
一言だけ言葉を発し、その手を遮り馬車を降りると夫人、娘の順に下車を助け豪奢な玄関をくぐった。背にアルマンの視線を感じたが、前を向けばその父母であるレイリオス公爵夫妻が見えた。
同じ公爵家。血縁関係もない訳ではない。当主同士は曾祖父を同じとする者だ。
軽く会釈をして通りすぎ、何故登城をしているのだと思案した。
予てより嫡男のアルマンは王太子イデオットの側近を降りたいと申し出ていた事は知っていた。学園の初等科から側に付き行動を共にしてきたアルマンは高等科にあがった時には強い辞意を示していた。
【自分は殿下に相応しくない】
頑ななアルマンを宥めて側に置いてきたのも国王夫妻だった。
イデオットは学業は早期から教育されてきた事から全く問題はなかった。
だが、その行動には数々の疑問符が付くものが多かった。
最たるものはスミルナ侯爵令嬢に対する言動だったが、他にも選民思考が顕著だった事もある。階級社会故にそれを頭ごなしに否定は出来ないが、アルマンはその態度を【外面外交】と揶揄していたと聞く。
身分の低いものや、身分を持たない者を目の前にした時は人一倍気にかけた言動をするイデオットだが、一度その場から離れれば触れた手を執拗に洗い、受け取ったものは穢れたものだと言わんばかりに放り棄てる。彼らを【下賎な家畜】と言い切ってきた。
――側近を辞したか?――
そう考えたが、それは国王が許さないだろうと小さく首を横に振った。
役に立つかどうかは別としてもスミルナ侯爵令嬢は爵位だけは王妃となるに申し分ない。しかし側近となればその代わりになる者は限られて、即位まで約1年というこのタイミングで辞めるとなればその立場も危うい。公爵家嫡男であるアルマンがその立場を捨てるとも思えなかった。
「あら、サツキが咲き始めていますわ」
呟くようなカーメリアの声に中庭を見れば、満開だったツツジと入れ替わるかのようにサツキが蕾を膨らませはじめていた。足を止めずに愛でる蕾の儚さはカーメリアも同じと公爵は小さく独り言ちた。
「こちらでお待ちくださいませ。間もなく両陛下が参ります」
通された部屋は【大事な話】をする時に国王が指定をする部屋だった。
メングローザ公爵を客側の上座に置き、椅子に座ってその時を待つ。
扉が開くと立ち上がり、頭を垂れてホストである国王たちの声を待つのだ。
「メングローザ公爵夫妻、そしてカーメリア嬢。突然の呼び出しにも良く来てくれた。挨拶は良い。話をしたい」
垂れた頭を更に下げ、顔をあげれば苦悶の表情を浮かべる国王夫妻と自信に満ち溢れ堂々とメングローザ公爵側を見る王太子イデオットの顔があった。
「単刀直入に伝える。王太子イデオットと息女カーメリアの婚約をこの場を持って解消する。長年の拘束に対しては王家から500万デラの慰謝料と同額の補償費を支払うものとした」
国王の言葉が音を消しても誰も口を開く者はいない。カーメリアは母越しに父を横目で見やればその喉仏が動き、膝に置いた握りこぶしが小刻みに震えるのが判った。
「13年…いや14年間に対する王家の心は金銭で解決ですか。曾祖父よりまだ前の代から尽くしてきたメングローザ公爵家としては金銭よりもして頂きたい事が御座います」
「なんだ」
「娘への謝罪。そしてこの解消に至った経緯と瑕疵を国民に周知する事。この2点で御座います。慰謝料、補償費など不要。金で黙ったとあらばそれは貴族の矜持に触れましょう」
「王家に‥‥私に頭を下げよと申すか」
「予てよりこの日が来るのではと考え、幾度となく申し上げて参りました。それは娘しか残らなかった故に選ばれた時からです。娘が王妃として立つに足りぬとは親の贔屓目を抜いてもそうは思えません。ならば瑕疵があるのはどちらか。それを明確にして頂きたい」
「メングローザ公爵。言いたい事は判る。だが…私の気持ちも汲み取ってはくれぬか」
「それをして娘の気持ちは誰が汲み取ってくれるのですか」
ビリビリとした空気に包まれた部屋。その均衡を破ったのは他ならない王太子イデオットだった。己の父と公爵が距離があるからこその現状。一触即発とも言って良いこの場で空気を読まぬ発言には国王もしばし開いた口が塞がらなかった。
「メリーが悪かったという事ではないんだ。ただ私とヴィーは長い間言葉を介さずとも意思疎通が出来た。ポッと出のメリーに私はそれを望んでもいないし、これは私とヴィーだけが出来ることだしね。それにメリーは難しい話が好きだよね。どんなに疲れていても外交や国防、それを聞かされた私は、私なりに君を思いやって聞いてあげてたんだ」
王妃殿下もまさかの言葉に気を保っているのがやっとで、言葉はおろか動く事も出来ない。しかし王太子イデオットは続けた。
「私も長い間考えての結論なんだ。ヴィーの笑顔には癒されるんだけど…あぁメリーは確かに美しいし完璧だと思うよ?美人は得だよね。いろいろとちやほやされるし。国を統べるにはメリーの能力は優れているし見た目もいいから得だろうと思うけれど、それだけなんだ。お互いが助け合うという点ではメリー。君は一人でも立って生きていけるけれどヴィーは違う。私と共にいなければいけないんだ。私は共に歩む事を望む。見た目の良さじゃなく全てに誠実でありたいとメリーは思わないか?」
ギリっとメングローザ公爵の歯が軋む音が聞こえる。メシメシとメングローザ公爵夫人の扇が弧を描く。国王は椅子を倒し立ち上がると、イデオットの首の後ろを言葉なく掴みあげ、驚いて振り返るイデオットを衛兵に「連れ出せ」と命じると何度か首を横に振り、さらに溜息を幾つか吐いた後、メングローザ公爵に顔を向けた。
向かいあった2人の視線は何処でぶつかり合い消えただろう。
「メングローザ公爵――」
名を呼ぶが、謝罪が出来ないのは国王としての立場なのか。それとも余りにも愚鈍過ぎた息子に対しての恥辱なのか。二の句が継がれることはなかった。
「もう、お会いする事はないでしょう」
臣下の礼も、淑女の礼もなくメングローザ公爵夫妻、カーメリアは立ち上がりそのまま王城を後にした。
「結構」
一言だけ言葉を発し、その手を遮り馬車を降りると夫人、娘の順に下車を助け豪奢な玄関をくぐった。背にアルマンの視線を感じたが、前を向けばその父母であるレイリオス公爵夫妻が見えた。
同じ公爵家。血縁関係もない訳ではない。当主同士は曾祖父を同じとする者だ。
軽く会釈をして通りすぎ、何故登城をしているのだと思案した。
予てより嫡男のアルマンは王太子イデオットの側近を降りたいと申し出ていた事は知っていた。学園の初等科から側に付き行動を共にしてきたアルマンは高等科にあがった時には強い辞意を示していた。
【自分は殿下に相応しくない】
頑ななアルマンを宥めて側に置いてきたのも国王夫妻だった。
イデオットは学業は早期から教育されてきた事から全く問題はなかった。
だが、その行動には数々の疑問符が付くものが多かった。
最たるものはスミルナ侯爵令嬢に対する言動だったが、他にも選民思考が顕著だった事もある。階級社会故にそれを頭ごなしに否定は出来ないが、アルマンはその態度を【外面外交】と揶揄していたと聞く。
身分の低いものや、身分を持たない者を目の前にした時は人一倍気にかけた言動をするイデオットだが、一度その場から離れれば触れた手を執拗に洗い、受け取ったものは穢れたものだと言わんばかりに放り棄てる。彼らを【下賎な家畜】と言い切ってきた。
――側近を辞したか?――
そう考えたが、それは国王が許さないだろうと小さく首を横に振った。
役に立つかどうかは別としてもスミルナ侯爵令嬢は爵位だけは王妃となるに申し分ない。しかし側近となればその代わりになる者は限られて、即位まで約1年というこのタイミングで辞めるとなればその立場も危うい。公爵家嫡男であるアルマンがその立場を捨てるとも思えなかった。
「あら、サツキが咲き始めていますわ」
呟くようなカーメリアの声に中庭を見れば、満開だったツツジと入れ替わるかのようにサツキが蕾を膨らませはじめていた。足を止めずに愛でる蕾の儚さはカーメリアも同じと公爵は小さく独り言ちた。
「こちらでお待ちくださいませ。間もなく両陛下が参ります」
通された部屋は【大事な話】をする時に国王が指定をする部屋だった。
メングローザ公爵を客側の上座に置き、椅子に座ってその時を待つ。
扉が開くと立ち上がり、頭を垂れてホストである国王たちの声を待つのだ。
「メングローザ公爵夫妻、そしてカーメリア嬢。突然の呼び出しにも良く来てくれた。挨拶は良い。話をしたい」
垂れた頭を更に下げ、顔をあげれば苦悶の表情を浮かべる国王夫妻と自信に満ち溢れ堂々とメングローザ公爵側を見る王太子イデオットの顔があった。
「単刀直入に伝える。王太子イデオットと息女カーメリアの婚約をこの場を持って解消する。長年の拘束に対しては王家から500万デラの慰謝料と同額の補償費を支払うものとした」
国王の言葉が音を消しても誰も口を開く者はいない。カーメリアは母越しに父を横目で見やればその喉仏が動き、膝に置いた握りこぶしが小刻みに震えるのが判った。
「13年…いや14年間に対する王家の心は金銭で解決ですか。曾祖父よりまだ前の代から尽くしてきたメングローザ公爵家としては金銭よりもして頂きたい事が御座います」
「なんだ」
「娘への謝罪。そしてこの解消に至った経緯と瑕疵を国民に周知する事。この2点で御座います。慰謝料、補償費など不要。金で黙ったとあらばそれは貴族の矜持に触れましょう」
「王家に‥‥私に頭を下げよと申すか」
「予てよりこの日が来るのではと考え、幾度となく申し上げて参りました。それは娘しか残らなかった故に選ばれた時からです。娘が王妃として立つに足りぬとは親の贔屓目を抜いてもそうは思えません。ならば瑕疵があるのはどちらか。それを明確にして頂きたい」
「メングローザ公爵。言いたい事は判る。だが…私の気持ちも汲み取ってはくれぬか」
「それをして娘の気持ちは誰が汲み取ってくれるのですか」
ビリビリとした空気に包まれた部屋。その均衡を破ったのは他ならない王太子イデオットだった。己の父と公爵が距離があるからこその現状。一触即発とも言って良いこの場で空気を読まぬ発言には国王もしばし開いた口が塞がらなかった。
「メリーが悪かったという事ではないんだ。ただ私とヴィーは長い間言葉を介さずとも意思疎通が出来た。ポッと出のメリーに私はそれを望んでもいないし、これは私とヴィーだけが出来ることだしね。それにメリーは難しい話が好きだよね。どんなに疲れていても外交や国防、それを聞かされた私は、私なりに君を思いやって聞いてあげてたんだ」
王妃殿下もまさかの言葉に気を保っているのがやっとで、言葉はおろか動く事も出来ない。しかし王太子イデオットは続けた。
「私も長い間考えての結論なんだ。ヴィーの笑顔には癒されるんだけど…あぁメリーは確かに美しいし完璧だと思うよ?美人は得だよね。いろいろとちやほやされるし。国を統べるにはメリーの能力は優れているし見た目もいいから得だろうと思うけれど、それだけなんだ。お互いが助け合うという点ではメリー。君は一人でも立って生きていけるけれどヴィーは違う。私と共にいなければいけないんだ。私は共に歩む事を望む。見た目の良さじゃなく全てに誠実でありたいとメリーは思わないか?」
ギリっとメングローザ公爵の歯が軋む音が聞こえる。メシメシとメングローザ公爵夫人の扇が弧を描く。国王は椅子を倒し立ち上がると、イデオットの首の後ろを言葉なく掴みあげ、驚いて振り返るイデオットを衛兵に「連れ出せ」と命じると何度か首を横に振り、さらに溜息を幾つか吐いた後、メングローザ公爵に顔を向けた。
向かいあった2人の視線は何処でぶつかり合い消えただろう。
「メングローザ公爵――」
名を呼ぶが、謝罪が出来ないのは国王としての立場なのか。それとも余りにも愚鈍過ぎた息子に対しての恥辱なのか。二の句が継がれることはなかった。
「もう、お会いする事はないでしょう」
臣下の礼も、淑女の礼もなくメングローザ公爵夫妻、カーメリアは立ち上がりそのまま王城を後にした。
376
お気に入りに追加
6,760
あなたにおすすめの小説
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる