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父の気持ち
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慈しむような眼差しで日頃とは少し違うドレスに身を包んだ娘を見る公爵。
長年連れ添った夫人と合わせた目で会話をすると、娘を先に乗れと馬車に促した。
目を閉じて馬車の振動に身を預ける娘。
誰一人口を開かないまま馬車は王宮に向けて走り出した。
昨夜、夕食後に夫人と息子夫婦、家令、5人いる執事、侍女頭を呼びこの先の考えを伝えた。
娘が王太子の婚約者となった事で、次の王妃である事は約束事であった。昨年結婚した嫡男である息子が財務副大臣まで昇進した。これ以上公爵家が力を持ちすぎるのはよろしくないと総務大臣の座を辞し、副大臣の椅子を温めた後は、降格を申し出て総務の部長まで役職を落とした。
成婚と同時に引退し、爵位を嫡男に譲ったあとは夫人と領地で静かに暮らす。当初のプランはそうだった。
呼吸を今一度整えたメングローザ公爵は告げた。
王宮からの呼び出しはおそらく【婚約解消】で、それを受けると。
この時点に置いて円満な婚約解消などあり得ない。これが学園に入学前ならまだ円満であったかも知れないが、無駄に費やした時間が長すぎた。
家臣だからと舐めた真似を王家がするのであれば領地を分割の上売却し、爵位を返上した上で夫人の実家があるリアーノ国へ移住すると告げたのだ。
そして王家が婚約解消であっても、公爵家への謝罪、有責であるのは王家だと公表する事。これを王家が飲めなければ実行に移す。それだけだ。
彼らにも家族がある。無理を言ってついて来いとは言えない。
【心に留め置いて欲しい】公爵は告げたのだった。
腹に孫を身籠った新しく娘となった次期公爵夫人が真っ先に反応した。
続いて夫人、息子、そして家令たち。
誰一人異を唱える者は居らず、明日から荷造りだと笑って公爵の背を押した。
婚約者候補が集められた時点でスミルナ侯爵令嬢は婚約者の最有力だった。他の令嬢にはない【幼馴染】というアドバンテージがスミルナ侯爵令嬢にはあった。
生後間もない時から王太子イデオットの乳母がスミルナ侯爵令嬢の叔母だった事もあり、言語を話す前から一緒にいた2人なのだ。形式的に集められた他家、メングローザ公爵も【回りくどい事をせずとも】と思ったものだ。
しかし、番狂わせが起きた。
教育が始まってみれば所詮は出来レース。次々に令嬢は脱落していく取り決めをし、なんならその順番さえ決めていたにも関わらず、真っ先に脱落をしたのがスミルナ侯爵令嬢だったのは笑えない事実だ。
両親から叱責を受けた事もなく、行儀作法など適当でもイデオットといれば誰もそれを窘める者はいない。それがエンヴィー・スミルナ侯爵令嬢の日常だったのだ。
体はおそらく参加した令嬢の誰よりも丈夫だろう。
歩き方を指摘され、手づかみでケーキを食べる事にも注意をされ癇癪を起こし、脱落したのだ。
脱落をすればもう婚約者にはなれない。だが深読みをした家は離脱していった。
幼少期から何かあれば【エンヴィーは何処?】と口にする当時第一王子イデオット。
最後の最後でどんでん返しをされれば、19歳、20歳となった娘は、お手付きになっていなくとも寸前で梯子を外された出来損ないの傷物となりもう縁談は望めないだろう。
次期国王の婚約者だったという経歴を持つ令嬢は男の側から見ても手が出せない。
王妃教育が始まっているか終わっていれば毒杯、そうでなければ修道院。そんな可能性が残されている大博打に大事な娘を賭ける必要などないのだ。
メングローザ公爵も1年目の王子妃教育の初級で離脱すればいいと考えていた。
爵位というのは面倒なもので、高ければ高いほど周りは動向を見ているのだ。
公爵家という立場上、早々に脱落する事は許されず結局3人の中に残ってしまったのは不可抗力。その程度の内容は習得しておかねば【公爵令嬢】としては失格なのだ。
残った3人のうちカーメリア以外の2人は侯爵令嬢だった。
結果的に婚約者とならざるを得なかったため、国王夫妻はカーメリアに対してフォローをするしイデオットも教育する。そう約束を交わした。
イデオットの浮いた噂は時折耳に入ってきていた。
学園生の間はまだ若気の至り、市井を知る、見識を広げるという名目でなんとか怒りを誤魔化し静める事は出来た。だが当時からスミルナ侯爵令嬢との距離の近さは度々問題視されていた。
密室に2人となった事はないが、市井に視察との名目での明らかなデート、週に2度、3度の執務室への来訪、お互いの愛称呼びは立場上ただの幼馴染や広く貴族をも気にかけるという言葉からはかけ離れている。
カーメリアに贈った以上の貴金属を贈っている事も判明している。それは懸命に【幼馴染だから】と言い訳をされたが納得できかねると回答はした上でまだ続けている事も知っている。
そして王宮に出仕をしていれば、否が応でも聞こえてくるのだ。
・王太子殿下はスミルナ侯爵令嬢にご執心だ
・スミルナ侯爵家に派閥につけと声をかけられた
この2つは真しやかに囁かれている。
一時は消えかかった噂に馬鹿馬鹿しいと一笑に付しても、ここ数年、特に学園生活が終盤に近付いた頃からは【どちらが婚約者なのか】と疑問を口にする者も増えたのは事実だ。
約束を反故にしたのはどちらなのか。
カーメリアはもう19歳。国内でカーメリアの年齢にあう子息で婚約者がいないのはレイリオス公爵家のアルマンのみ。しかしアルマンはイデオットの側近である。選択肢にも上がらない。
夫人の生まれ育ったリアーノ国に移住すれば良縁もあるだろう。
王妃教育が始まっていないのは不幸中の幸いだ。
馬車は王宮の門をくぐった。
「リアーノは凪」 夫人は隣で微笑んだ。
長年連れ添った夫人と合わせた目で会話をすると、娘を先に乗れと馬車に促した。
目を閉じて馬車の振動に身を預ける娘。
誰一人口を開かないまま馬車は王宮に向けて走り出した。
昨夜、夕食後に夫人と息子夫婦、家令、5人いる執事、侍女頭を呼びこの先の考えを伝えた。
娘が王太子の婚約者となった事で、次の王妃である事は約束事であった。昨年結婚した嫡男である息子が財務副大臣まで昇進した。これ以上公爵家が力を持ちすぎるのはよろしくないと総務大臣の座を辞し、副大臣の椅子を温めた後は、降格を申し出て総務の部長まで役職を落とした。
成婚と同時に引退し、爵位を嫡男に譲ったあとは夫人と領地で静かに暮らす。当初のプランはそうだった。
呼吸を今一度整えたメングローザ公爵は告げた。
王宮からの呼び出しはおそらく【婚約解消】で、それを受けると。
この時点に置いて円満な婚約解消などあり得ない。これが学園に入学前ならまだ円満であったかも知れないが、無駄に費やした時間が長すぎた。
家臣だからと舐めた真似を王家がするのであれば領地を分割の上売却し、爵位を返上した上で夫人の実家があるリアーノ国へ移住すると告げたのだ。
そして王家が婚約解消であっても、公爵家への謝罪、有責であるのは王家だと公表する事。これを王家が飲めなければ実行に移す。それだけだ。
彼らにも家族がある。無理を言ってついて来いとは言えない。
【心に留め置いて欲しい】公爵は告げたのだった。
腹に孫を身籠った新しく娘となった次期公爵夫人が真っ先に反応した。
続いて夫人、息子、そして家令たち。
誰一人異を唱える者は居らず、明日から荷造りだと笑って公爵の背を押した。
婚約者候補が集められた時点でスミルナ侯爵令嬢は婚約者の最有力だった。他の令嬢にはない【幼馴染】というアドバンテージがスミルナ侯爵令嬢にはあった。
生後間もない時から王太子イデオットの乳母がスミルナ侯爵令嬢の叔母だった事もあり、言語を話す前から一緒にいた2人なのだ。形式的に集められた他家、メングローザ公爵も【回りくどい事をせずとも】と思ったものだ。
しかし、番狂わせが起きた。
教育が始まってみれば所詮は出来レース。次々に令嬢は脱落していく取り決めをし、なんならその順番さえ決めていたにも関わらず、真っ先に脱落をしたのがスミルナ侯爵令嬢だったのは笑えない事実だ。
両親から叱責を受けた事もなく、行儀作法など適当でもイデオットといれば誰もそれを窘める者はいない。それがエンヴィー・スミルナ侯爵令嬢の日常だったのだ。
体はおそらく参加した令嬢の誰よりも丈夫だろう。
歩き方を指摘され、手づかみでケーキを食べる事にも注意をされ癇癪を起こし、脱落したのだ。
脱落をすればもう婚約者にはなれない。だが深読みをした家は離脱していった。
幼少期から何かあれば【エンヴィーは何処?】と口にする当時第一王子イデオット。
最後の最後でどんでん返しをされれば、19歳、20歳となった娘は、お手付きになっていなくとも寸前で梯子を外された出来損ないの傷物となりもう縁談は望めないだろう。
次期国王の婚約者だったという経歴を持つ令嬢は男の側から見ても手が出せない。
王妃教育が始まっているか終わっていれば毒杯、そうでなければ修道院。そんな可能性が残されている大博打に大事な娘を賭ける必要などないのだ。
メングローザ公爵も1年目の王子妃教育の初級で離脱すればいいと考えていた。
爵位というのは面倒なもので、高ければ高いほど周りは動向を見ているのだ。
公爵家という立場上、早々に脱落する事は許されず結局3人の中に残ってしまったのは不可抗力。その程度の内容は習得しておかねば【公爵令嬢】としては失格なのだ。
残った3人のうちカーメリア以外の2人は侯爵令嬢だった。
結果的に婚約者とならざるを得なかったため、国王夫妻はカーメリアに対してフォローをするしイデオットも教育する。そう約束を交わした。
イデオットの浮いた噂は時折耳に入ってきていた。
学園生の間はまだ若気の至り、市井を知る、見識を広げるという名目でなんとか怒りを誤魔化し静める事は出来た。だが当時からスミルナ侯爵令嬢との距離の近さは度々問題視されていた。
密室に2人となった事はないが、市井に視察との名目での明らかなデート、週に2度、3度の執務室への来訪、お互いの愛称呼びは立場上ただの幼馴染や広く貴族をも気にかけるという言葉からはかけ離れている。
カーメリアに贈った以上の貴金属を贈っている事も判明している。それは懸命に【幼馴染だから】と言い訳をされたが納得できかねると回答はした上でまだ続けている事も知っている。
そして王宮に出仕をしていれば、否が応でも聞こえてくるのだ。
・王太子殿下はスミルナ侯爵令嬢にご執心だ
・スミルナ侯爵家に派閥につけと声をかけられた
この2つは真しやかに囁かれている。
一時は消えかかった噂に馬鹿馬鹿しいと一笑に付しても、ここ数年、特に学園生活が終盤に近付いた頃からは【どちらが婚約者なのか】と疑問を口にする者も増えたのは事実だ。
約束を反故にしたのはどちらなのか。
カーメリアはもう19歳。国内でカーメリアの年齢にあう子息で婚約者がいないのはレイリオス公爵家のアルマンのみ。しかしアルマンはイデオットの側近である。選択肢にも上がらない。
夫人の生まれ育ったリアーノ国に移住すれば良縁もあるだろう。
王妃教育が始まっていないのは不幸中の幸いだ。
馬車は王宮の門をくぐった。
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