【改】わたくしの事はお気になさらずとも結構です

cyaru

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自分の生き方と、湿った手紙

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領民達がワイワイと荷物を抱えて屋敷に戻って来る。
ヴァレリオが到着し、船に載せられるだけ積んでいた荷を手分けして人力で運んでいるのだ。

何が入っているのかと木箱を開けてみると、仕立てをする前の布地であったり錦糸きんし。他にも化粧品やら茶葉など色々なものが入っていた。

「数日後に荷馬車で残りは届くと思うけど、喫水きっすいの位置に肝が冷えたぞ」
「こんなに…ほとんど捨てても良かったですのに」
「は?捨てるって…お前…勿体ないだろ」
「そう思います?間違いなくあの両親の事ですから荷馬車代は着払いでしょうし、この荷の荷物だって…ほら、この茶葉をご覧ください」

麻袋の中に入っている茶葉を覗き込むと、香りは確かに茶葉なのだが葉の形はしておらず、ほぼ粉末となっていて色が茶と緑が混じった色。カビの匂いもするがそれがカビなのか、劣化した茶葉の匂いなのか判別できない。

「きっと屋敷にあった古いものを処分するために兄に持たせたのでしょう」
「処分て…」
「処分と言えば聞こえはまだいい方。この不用品をわたくしに買い取らせるのです」
「はっ?!どういう事だよ」
「王城にいた時も離宮にいた時もそうでした。頂いたは良いけれど、捨ててしまうと誰かの目に触れて噂になれば困る。そういうものを送りつけて来ておりましたから」


「荷馬車代をスティ持ちで?」
「えぇ」
「使えるかどうかわからないものを?」
「えぇ」
「本人に使うかどうかも問わず?」
「えぇ」
「あり得ねぇっ!!ないわー。ないない。ないわぁ」
「あるんです」

そこにベルタがやってきた。ヴァレリオは己とステファニアの間に人ひとり分の間を取る。そこにベルタが嵌るのだ。邪魔をしてはならない。人には定位置があるのだ。

「またですか…茶葉は掃除に使いましょうかね」
「布も掃除に使ってちょうだい」
「お嬢様、布地は洗ってどうにか出来ないか皆と話し合ってみませんか」
「それもそうね。あと荷馬車が到着するそうだから代金を用意して差し上げて」
「畏まりました」

ステファニアは滅多に金を使わない。レアンドロと婚姻中もだったがステファニアが支払う金は金でもハルメル王国の通貨でもファミル王国の通貨でもない。ファミル王国と同等の力を持つ別の国の通貨を使用する。
そうする事で、荷馬車を用立てる輸送業者は他の国の通貨が手に入る。
仕事は自国だけとは限らない。現在のようにハルメル王国の貨幣が全く役に立たず、暖を取るにも紙質が最悪で煤が多いと嫌われてる紙切れを大量に持たせるより余程気が利くと言うものだ。

「そうだ!ヴァリ。帰りはその荷馬車は空なんでしょう?どなたか復路分を買い取ってますの?」
「いや、急いでたから復路の客を探す時間はなかったはずだ」
「ならば、馬を2頭貸してくださる?」
「どうするんだ」
「吊り橋はもうありませんが貸荷馬車なら迂回路を通りますでしょう?街道沿いの領民の方に炭を届けようと思いますの。ついでに冬季の間の内職もお願いしようと。馬はそれを伝えに行った者の帰りの足です」

「内職って何をするんだ」
「薬草を煎じるのと、かぎ針刺繍です。薬草を煎じるのは過日話をしてありますので大丈夫です。薬草は冬季、雪で動けない時に腹痛などお医者様の所に走るだけの時間が稼げますでしょう?そういうのには使っていいと言ってありますし、クスリも刺繍も売り上げは春になれば彼らの現金収入にもなります」

「そうだな。どうせ空で戻るんなら荷馬車の業者も途中まででも運賃が出たほうが得だろうし」

「いつ到着するかはわかっていないのでしょう?」
「うーん…数日のうちだろうな。頂上付近はもう雪が降ってるだろうし…1週間内外か」
「では、皆に荷馬車が近日到着する旨を知らせて参りますわね」




ステファニアはまだ粗削りではあるものの、変わった。

それまでの生き方に疑問を感じ、まだ藻掻いてはいるが良い傾向だとやきもきするベルタの隣でバルトロは見守っている。

ステファニアのそれまでの生き方は「アベラルドありき」だった。
アベラルドの為に命があるとさえ教えられてきたのだ。アベラルドの為に失敗しないよう研鑽を重ね、アベラルドのが不自由や懸念を感じないよう事前に全てに配慮してきた。

王族であるアベラルドは「出来るのが当然」とされたが、ステファニアに求められたのは「出来ない場合に備えてのフォロー」まで含まれている。
年下のステファニアの方が明らかに不出来であっても関係ない。
ステファニアには、アベラルド以上の完璧が常に求められていたのだ。物事が上手くいってもステファニアを褒める者は誰もいない。むしろ「アベラルド様が婚約者だなんて羨ましい」と妬まれるくらいだ。

努力を褒めてもらう事も、認めてもらえる事もなかった19年間と2年間。
そのほとんど全てが経った半年足らずで覆った。

まず、何も言われないのだ。
辺境で「何をすればいいですか」と問うても誰も答えてはくれない。
その人が何がどれだけできるのか、言われなければわからないからだ。

自分が出来る事の中から、「何をすれば良いか」ではなく「私はこれが出来るが手は足りているか」と聞くのだ。足りてなければ座って作業を始めればいいし、足りていれば似た作業で他の手が足りてない所を紹介される。

最初から藁を掴むように相手の能力を慮った配慮をしている時間は辺境にはない。

出来れば感謝の意を示されるし、報酬も渡される。
失敗すれば、なぜ失敗したのかを話し合い、皆で助け合ってそれを補う。責任のなすりつけあいをして、戦犯探しするよりも、予定作業を終わらせる方が大事だからだ。


アベラルドの隣に立つために、出来ない事も出来るようにと求められ応えてきた。
それが当たり前だったのに、違っていた。それまでの生き方を否定されたようだった。

誰かの為ではなく、自分のため。

辺境では
人に手を差し出すのでさえ、自分の為でもあるから自己責任。

知りたくなければ、それでいいのだ。
知っていれば良かったと後悔するのは他人ではなく自分だから。

やりたくなければ、しなければ良いのだ。
やっていれば良かったと腹を減らしたり、困るのは自分だから。

ステファニアは変わった。
まず自分の意見を言う。そして人の意見を取り入れて再考する。
誰かの為ではなく自分のため、それは結果的に周りのためになる。


――わたくし、いったい何のために生きて来たんだろう――

それまでの人生からアベラルドを引くと、何もなかった。
愛や恋ではない。全てがなかったのだ。

――でも、わたくしは生きている――

それまでの生き方を否定されたのではなく「そういう生き方もある」という選択肢に考えを改めた。その上で決めたのだ。「誰かのためじゃなく、自分の為に生きる生き方をしよう」と。



空の荷馬車を走らせるのは勿体ない。
正規の料金より安くしてもらえるかも知れないし、こちらも馬の用意を少ない頭数で済む。
フンフン♪と鼻歌を歌っているステファニアにヴァレリオは胸ポケットからごそごそと取り出す。

「頭きて、すっかり忘れてた。預かったんだ」

手渡されたのは封筒のようなもの…汗で貼りついて乾いてを繰り返したのだろう。
インクも封筒の文字のインクなのか、中の便箋のインクはにじみ出たのか判らない。

その上…。

「紙が溶けてますけど?」

ステファニアは困ってしまった。

四隅は溶けてなくなり、封筒の役割を果たしてない。
手紙が辛うじて残っていたのは、汗で便箋の中央と封筒が一体化したからだった。

――読むにはお日様に数日当てて乾燥をしっかりさせないと無理ね――

「誰からですの?」
「ん?知らねぇ。お前の兄ちゃんも誰かに預かったって言ってたな」

湿った手紙のようなモノ。ステファニアはそっとテーブルの上に置いた。


ペリペリ…ペリ。

「うわぁ、ガッツリとベッタリだな」
「誰のおかげせいだと思ってるんです?まさかこんな所であの女みたいに薄皮を剝ぐような真似をするとは!お嬢様に喧嘩売ってるんですかねっ」

ベルタは細かい作業が意外と得意である。
貼りついた封筒と便箋を剥がした後は、便箋同士を剥がし始める。

幸か不幸かおもに貼りついていたのは便箋の余白部分で文字の部分は多少滲んではいるものの読めないほどではなかった。ベルタは文字が読める。ヴァレリオは読めない。

ほとんど剥がし終わって並べた便箋。
ヴァレリオが「出来たぞ」と声をかけようとしたのをベルタは止めた。

文字が読めるだけに解るのだ。
書かれている内容が「この場で読むべき」内容かどうか。

「リオさん、あなた、山の上の沢に行って湧き水を汲んできて頂戴」
「はっ?なんで俺が?飲みたいならベル婆が行けよ」
「リオさん‥‥(ギロリ)」
「なっなんだよ…怖くないからな。ベル婆の睨みなんか・・・怖く…ネェ…」
「リオさん(ギッ!)」
「あ、なんかすげぇ今、上の沢の湧き水が飲みたくなった。行ってくる」

ヴァレリオが蓋の付いた桶を手に持って屋敷を飛び出していく。
山の上の沢まで行けるのは上級者の中でも極一部。ステファニアは中級の練習用くらいの崖が上れるくらいだ。

ヴァレリオの背が上にゆっくりと見え出すとベルタは人払いをしてステファニアを呼んだ。

ステファニアは領民の主婦たちから教えて貰い、キハダの樹脂を粉にして酒で溶いたシップ代わりの薬草をコネコネとボウルで練っていた。

「どうしたの?あれ?ヴァリは?」
「山猿は山登りがしたいと飛び出しました」
「ホントに?変ね。櫓を漕ぎ過ぎて手首の筋を痛めたと言ってたし、キハダの樹皮を取り換える時間なのに」
「お嬢様、この手紙なのですが…」
「あら、剥がれたのね」
「そうなんですけど…」

言葉を言いよどむベルタにステファニアは薬草を練りながらボウルを持ったまま、並べられた手紙に視線を落とした。

「あの…お嬢様?」

ベルタが声をかける。
ステファニアは練っていた手の動きが止まる。

手紙の差出人は第二王子妃カリメルラだった。
カリメルラはこんな字を書いていたのだろうかとふと考える。

「お嬢様、これ…代筆で御座いますね」
「やはりベルタもそう思う?」
「はい。ご本人であれば ”第二王子殿下” なんて書きません。名前で書くでしょうし」

「‥‥はぁー‥‥」

息を吐いてステファニアはゆっくりと一枚一枚手に取り重ね合わせた。
ステファニアは、その手紙を読んで心が騒めいた。

手紙にはカリメルラの子供はアベラルドの子ではない事。
婚約の解消となった原因は悪戯で悪いと思っている事、
そして近日中にファミル王国へと言うものだった。


――なんなのかしら…この違和感に不快感――


「お嬢様、どうされますか。ベルタはどのようなご判断をされてもお嬢様について参ります」
「ベルタ…わたくしは――」

バターン!! 「おぅッ待たせぇッ!!」

空気が読めない男、ヴァレリオのご帰還だった。
1つ30リトルは入る蓋つきの桶に2つ。足で歩くよりも手を使ってよじ登らねばならない場所にあるのだが、往復で半刻もかからないとは流石、辺境を知り尽くした男である。

「ベル婆!汲んで来たから茶淹れてくれっ」
「あ~の~ね~。今はお嬢様と大事な話をしてんの!」
「大事な話?ふーん…じゃぁ茶は今度にするか」

水を置いて去ろうとするヴァレリオだったがステファニアは呼び止めた。

「ヴァリ、忘れていますわよ」
「忘れる?何を…スティの名前?スリーサイ――(ばごっ!)痛っ!」
「こんの山猿ッ!!なんてことを口走るのっ!」

「ヴァリ、座って。湿布を交換する時間でしょう」
「え?そうだったっけ?…まぁ痛いような気もするけど…舐めとけば‥」
「治りません。傷は舐めて治りませんっ。はい、手を出して」

ステファニアはまたボウルを抱えて、薬草を練った。
ヴァレリオの手首に貼りつけた湿布薬を剥ぎ取ると、綺麗な布にさっきヴァレリオが汲んできた水を湿らせた。

シュッシュと拭いていくと、薬草の残りがポロポロと落ちていく。

「言っておくが、綺麗だからな、俺は綺麗好きだからな!」
「はいはい、ベルタが大好きなのは解りますが、手を捩じらない!(ぺちっ)」
「違っ!俺はベル婆なんかっ!」
「私も山猿なんかお断りです」
「はいはい、黙って。新しい薬をつけるわよ」

「お嬢様‥‥それは…」

ステファニアは、ベルタが剥がし、先程読んだカリメルラからの手紙をテーブルの上に花の花びらのように丸く、一部を重ね合わせておくと、そこにボウルから練っていた薬草をたらりと垂らした。

その上でへらを表裏と最後の練り合わせをすると、薬草をヴァレリオの手首に塗っていく。
ヒヤリとした感触にヴァレリオが手を引こうとすると、逃がさないとばかりにステファニアは、ヴァレリオの指を引っ張り返す。

「おとなしくして!鼻の穴に詰めるわよ」
「それは勘弁してくれ…息が出来なくなる」
「お嬢様、鼻の穴に詰める時はトリモチにいたしましょう」
「俺…そこまで美容には拘ってないんだが‥」

ペタペタと薬草を塗り、押さえるために布を回す。
包帯を巻きながらステファニアはヴァレリオにお願いをした。

「ねぇヴァリ」
「はぁ~冷たくて気持ちよくなって来たぁ」
「お嬢様が呼んでるでしょ!」
「んぁ?何?」
「ファミルにわたくしを連れて行ってくださらない?」
「なんで?」

包帯を巻き終わったステファニアは、端になった包帯を巻いた内側に巻き込んで、ヴァレリオの腕を軽くギュッギュと握る。上手く巻けたと心の中で自画自賛する。

「ちょっとね…言ってやりたい事があるの」
「誰に?」

巻いて貰った包帯を撫でるヴァレリオ。
本当はこんなにしてもらわなくても、痛くなれば川の水につければ感覚なくなるから痛くなくなるのになぁと思っていたりもするのだが、ステファニアが包帯を巻くのにハマっているのもあって付き合ってやっている。
勿論、ヴァレリオのそんな気持ちをステファニアは知らない。

「色々と。1人じゃないけど皆ファミルにいるから」
「ふーん…」

ぽろっ。

包帯の内側に捩じ込んだ端がピロっと出てしまった。
撫でていたものだから、あっという間に包帯は緩み、まだつけたばかりの薬草シップがベチャっと床に落ちる。

「あ‥‥わりぃ‥」
「や~ま~ざ~るぅ~」
「大丈夫よ。ベルタ。残ってるわ」

ヘラで練るために敷いたカリメルラからの手紙に残っていた薬草をペチャっと代用する。

「あ、布よりフィットするかも?なんだかしっくりくる」
「良かったわ。有効利用できて」
「鼻に入れる分がなくなりましたけどね…」




ステファニアはそれまでの生き方に戻りたいとは思えなかった。

辺境に来て自分を見直す時間ときっかけが出来た。
自分でヴァレリオと共に行くと決め、崖を上ると決めたきっかけである。

カリメルラの事は許せないとずっと思っていたが、辺境に来て心境に変化が起きた。
やったことが許せない、それは変わらないが、そもそもとして何故アベラルドに自分は命すら賭して懸命にならねばならなかったのだろうとの思いが芽生えた。

それまではアベラルドがいなければ、生きていてはいけないとすら思っていた。
2年間、何もやる気が起きず、傷つくくらいなら何もしない方がいいし、信じて裏切られるなら信じない方が楽だと思った。

感情の中からアベラルドを除外してみる。
するとステファニアは自分自身に驚いた。
アベラルドを抜きにすると、過去の生き方が何も残らないのだ。
ステファニアが選んだように見えて、アベラルドを中心とした考えはかなり深くまで浸透していて、生き方がわからなくなったステファニアは混乱した。

だから考える事をやめて、動こうと兎に角体を動かした。


した事もない崖上りは体力的にも相当きつかった。落ちて打ち身、擦り傷、切り傷も出来た。手に豆も出来たし、爪の中に土が入って炎症した事もあった。以前なら考えられなかった事だ。

崖を上りながら、頭の中で「無駄な事をするよりこの執務をしろ」と従者の声や「君はそんな事する必要ないよね」「隣に立てると言う事がどういう事だかわかるよね」というアベラルドの声が何度も聞こえた。

その度に、もう少し上の石を掴もう、この石に足を掛けようと雑念を振り払って崖を上った。
上り切った時、考えてみると誰の声も聞こえなかった。自分の声すら聞こえなかったのに頂上で一番に聞いたのは「自分の声」だった。



ステファニアは変わった。
自分を肯定してくれる言葉の裏には、自分が決めて自分がした事についての肯定がある。
誰かに言われてやり遂げたのではなく、自分が決めてやり遂げた事への肯定。そして賛美はあとから付加される。

結果的に手を借りるのでも助けてもらう事と、あてにするのは違う。

だから、ファミル王国に行き、両親に、兄に、アベラルドに。そしてカリメルラに「さようなら」を言おうと思った。

物理的な別れではない。
彼らの中にいる過去のステファニアに「さようなら」を告げるために。
それが彼らとの別れになっても仕方がないと思えた。

――わたくし、かなり冷酷なのかも知れない――

ステファニアが幼い頃、祖父母が言っていた。
「人は死して尚、死ぬことがある」それは【忘れられる事】だと。

決別する事で、過去の人となり、時間と共にその記憶も薄くなる。

――そして、忘れる――

それでも良いと思った。何故なら――
ステファニアはもう過去のステファニアは戻る気はなかったのだから。
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