【改】わたくしの事はお気になさらずとも結構です

cyaru

文字の大きさ
上 下
31 / 41

ファッジン辺境伯一行の王都入り

しおりを挟む
ファミル王国の王都は活気に満ち溢れていた。

明らかに場違いななりをしたファッジン辺境伯一行の7人だが彼らを振り返るものは誰もいない。馬車から降りもしない貴族もいれば、昼間から娼婦のような女性をぶら下げた男、物乞いをする女、最先端の装いで闊歩する者もいれば、襤褸を纏い素足でゴミを拾い歩く者もいる。
戦勝国とは言え、大通りは例えるなら闇鍋状態だ。

クマやシカの毛皮で作った防寒着を兼ねた外套は街外れの預かり所に置いており、7人は旧ハルメル王国から支給された隊服を身に纏っている。
自国の隊服でない事は一目でわかっても、一般庶民は着の身着のままの者が多いのか、古着を着回すため似たような隊服も出回っていて珍しいものではないのかも知れない。


誰も振り返りもしなかったが、流石に王城の表門では兵士に制止された。

「お前達、ここから先は立ち入り禁止だ」

あっという間に数人の兵士が集まってきて、長槍を交差させて一行を通すまじと身を盾に遮った。

「我々は、ファミル王国の国王レオポルド陛下の呼び出しに応じて参った。名をバルトロ・ファッジン、こちらは現辺境伯となったヴァレリオ・ファッジン。他の5名は私の腹心の部下。確認をして頂きたい」

ファッジンという名に、憧れを抱く兵士がわらわらと集まって来る。
その中の数名は、バルトロやヴァレリオの顔を見知っていたようで、涙を流し恍惚とした表情で祈るかのように目の前に膝をついた。

「死ぬまでに一度でいいのでご尊顔をと願っておりました」

――やめてくれ。俺、まだ死んでねぇ――

一番人気はバルトロだったが、確認をするまでもない。兵士たちは「英雄」は嘘を吐かないとバルトロ達を通した。


「こんなユルユルでいいんですかね?」
「これが平和ボケというのか、戦勝国の余裕ってやつじゃないか」

案内をされたのは良いのだが、通された部屋に一同はそれぞれを見やった。
余りにも見合わない、薄汚れた服装に声をあげ大口を開けて大笑いした。

到着の日を知らせなかったのは意図的である。
バルトロもヴァレリオも「知らせていない」のは、こちらの動きをどれだけレオポルドが把握しているかを確認したかったためでもある。

王都周辺の街に2日滞在し、国王直属の兵団に動きがあると忍ばせた間者から報告を受け、対応策を打ってから王都入りしたのだ。

「ドンパチする前が一番面白いっスね」

5人連れてきた部下の1人は王都入りをせずに辺境に引き返した。




案の定、当日はレオポルドの時間が取れないと部屋で寛いでいた時の事だった。
知らない場所は例え王宮であろうと気が休まる場ではない。
バルトロに与えられた部屋に6人は集まり、兵士達からの「差し入れ」のワインのコルクを抜いた。

「メッチャ良い酒なんじゃないか?」
「飲む前に…」

ごそごそと全員が胸ポケットなどから「毒味草」の葉を取り出した。
植物の毒、キノコなど菌類の毒、魚類の毒、爬虫類の毒等であれば葉の色が変わる。一度使っても反応が無ければ別の液体に浸せばまた使える「毒味草」を7人は差し入れられたワインを少し垂らして確認をした。

「毒なしだな」
「やった!いっただっきマスッ」

グラスなどに注ぐような洒落た場ではない。ワインのボトルをそれぞれ口に咥える。つまみにと辺境から持ってきたチーズや干し肉を齧る。

「兵長、新妻に土産、先に買っておいて良かったですね」

部下が指差した荷物の袋には、番の木彫り熊の置き物が入っている。
バルトロは少しはにかんだ笑いを浮かべて、照れ隠しなのかワインを喉に流し込んだ。



カタン…カタタン…

「・・・・・」

お互いが顔を見合わせ、ボトルを口から放すと剣に手をかけた。
6人が静かになれば音もしなくなる。ヴァレリオは立ち上がり周囲を見回した。

じいぃッと右から左、振り向いて右から左。ゆっくりと神経を研ぎ澄ませカチャリと剣を握り直すと続きの間、同行の部下の1人があてがわれた部屋に通じる扉の横の壁の前に立った。

壁を撫でるように手のひらで感触を確かめつつ、指先でコツコツと壁を叩いた。

「ここだな。出て来いよ。出てこないなら串刺しゲームの始まりだ」


ヴァレリオの声にしばしの間、部屋が静まり返った。
剣を鞘からはずす留め具のパチンと言う音が聞こえると、静かに壁が動いた。

ゴロロロ…。

引き戸になっていた壁に人ひとりが通れる空間が現れた。
そこにいたのはカルロ。
カルロは敵意はないと両手を軽く上げ、一歩前に出て部屋の中に入った。

静かにカルロはその場に片膝をついた。

「このような場より宴に水を差した事、お詫び申し上げます。ファッジン辺境伯。バルトロ殿、ヴァレリオ殿。そしてバルトロ殿の直属将官殿とお見受けする。私はアベラルド第二王子殿下の側近を務めさせていただいているカルロと申します」

「難しい事はどうでもいい。酒が飲みたかったのか?」

バコッ! 

「痛ってぇ…何しやがんだ、くそオヤジ」
「オヤジではない。先月初孫が生まれたからな。じぃじだ。それはいい。お前ちょっとこっち来い」

バルトロの部下に首の後ろを抓まれて引っ張られるヴァレリオ。
その間にカルロは別の部下にバルトロの向かいのソファを勧められた。

「バカなので気にしないでください。で?面倒は省略しましょう。用件は何です?」

バルトロの部下はもうソファには腰を下ろしていない。ワインを片付けテーブルの上を平らにするとバルトロの後ろに、腕を後ろに回して仁王立ちとなる。それだけで威圧感は半端なく、見えない圧力にカルロは喉が潰れたかのような掠れた声を出した。

「お心遣い感謝する。結論から申しますとアベラルド殿下を国王としたい。現国王レオポルドの悪行を暴き、国が正しい方向を向く手助けをお願いしたい」

「そう言われ―――『アベラルドだってぇぇ?』」

声を被せてきたヴァレリオにバルトロは「あのバカ」と呟き額を押さえた。
ズンズンと歩いてきたヴァレリオはアベラルドの隣、ソファのひじ掛けに腰を下ろす。

「って事は、スティを捨てたって王子様か」

カルロはヴァレリオを睨みつけた。

「捨てたのではなく謀られたのだ。それからスティと馴れ馴れしく殿下の婚約者の名を口に――ウグッ」

ヴァレリオはカルロの胸ぐらを胸ぐらを掴みあげた。
腕力の差だろうか。カルロは持ち上がり、つま先が床から離れる。

「俺はスティの夫だ。婚約者?寝言言ってんじゃねぇぞ、ゴラァ」
「何をっ貴様ぁ」
「このガキが!やんのか?一撃で終わらせてやんよ」
「リオ。手を離せ!話の途中だ」
「俺も話の途中なんだよ!邪魔すんなジジィ」
「リオ、もう一度言うぞ。話の途中だ」
「ケッ!はいはい、わかりましたよー」

ヴァレリオがカルロの胸ぐらを掴んだ手を今度は押す。
ボスンと音を立ててカルロの体はソファに預けられた。
カルロは、小さく舌打ちをして再度腰を下ろした。

「ステファニアの事は後でよろしいですかな?それとも先に?」

バルトロの問いにカルロは襟元を直しながら謝罪をした。

「お見苦しい所をお見せしました。申し訳ございません。先に私の話を聞いて頂けますか」

ヴァレリオを隣に引っ張り込んで座らせたバルトロは「どうぞ」と声を発した。
ヴァレリオはプイっとそっぽを向いてカルロの話に耳だけを傾けた。
しおりを挟む
感想 239

あなたにおすすめの小説

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...