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ステファニアの挑戦
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「そうだ!イイものが見られるかも知れないぞ」
「???」
「ギリギリ終わってたら、ごめんだけどな」
グイグイと手を引かれて出向いた先は厩舎横にある家畜の小屋だった。
羽目板の隙間から片目を閉じて覗いたヴァレリオは、覗き込みながらステファニアのほうは向かずにチョイチョイと手招きをした。
「ピッタリだ!ツイてんな。滅多に見られないぞ」
なんだろう?とステファニアも同じように羽目板の隙間から片目を閉じて覗いてみる。
「!!!っ」
「な?なかなか見られるもんじゃないだろ?さっき手を洗ってる時、そろそろだったからな」
覗き込んだ穴から見えたのは、屋敷で飼っているヤギの出産後、子ヤギが立ち上がる場面だった。何度かガクリと倒れ込みながらも立ち上がった子ヤギは、あっという間に母ヤギの元に歩き、乳に吸い付いた。
「あのヤギも捕まえたんだ。そろそろ食おうかなと思ったんだけど王都に行く用事があったからな」
――なんでも食べちゃうんですのね――
「田舎だからな~。特に他に見る物はないけど山登りの経験はあるか?」
ステファニアは首を傾げた。
「裏山を上ると頂上にある水イチゴの実が丁度食べ頃なんだ。虫や鳥は食べ頃を知ってるからな。明日にはもうないかも知れない」
またもや手を引かれて連れていかれたのは裏山の【登り口】である。
ステファニアはヴァレリオの物事に対する認識には自分と大きく隔たりがあるのを悟った。
ステファニアの知る【山登り】は馬車で出かけて野山を散策する事であって、起伏の激しい場所を歩いて上り下りする事はない。平坦な場所で木陰に用意されたテーブルセットでお茶をしたりの1、2時間が令嬢たちの言う【山登り】の感覚に近い。
ピクニックやハイキングなどという言葉もないしその行動の概念もない。当然【行楽】と言えば季節ごとに色どりを見せる草木、花を【誰かの屋敷の庭園】で楽しむ事を指すため、野山に出向く事はない。
ヴァレリオにとって山登りというのは【登れる】と判断出来た【場所】に【自力】で登る事を指す。平坦な場所とは限らないしそこに獣道であっても道があるかどうかは別問題である。
そそり立った崖でも登れると判断すれば【山登り】である。
ステファニアの知る【行楽】もヴァレリオの知る物とは隔たりがある。
庭園など造らずとも山は季節になれば色付く。そのついた色によって果実や木の実を【収穫】する事を【行楽】と言うのだ。
躊躇するステファニアにヴァレリオは山の頂上を見て、ステファニアの装いを見る。
「足元がスース―してるから無理そうだな。止めはしないが布が邪魔して滑落するなぁ」
――やはりこの崖を上る事になってるの?わたくしが?――
「上るなら最初だけ尻を押さえておいてやるけど?」
ステファニアはお尻を手で覆って、ブンブンと首を横に振った。
お尻を支えてもらっても、ざっと見ただけで5、6メルトル程はある高さを少しだけ飛び出した岩や、貼りついたように生えた木の枝を頼りに登るなど到底無理な話である。
(※1メルトル=1メートルとお考え下さい)
「うーん…水イチゴ、美味いんだけどな」
顎に手を当てて考えるヴァレリオ。
本当にこれを上るつもりなの?とステファニアは自分の手のひらを眺めた。
サロンで話をしていたが、庭を横切っていく2人が見えたベルタとバルトロはそっと2人の後を追った。屋敷の屋根よりも高い場所に壁のような垂直にも見える崖を上るというヴァレリオにベルタは眩暈がした。
そして…。
「そこは、採って来るから待ってろでしょう!」
小声で呟いたが、隣にいたバルトロに「それは違う」と否定されてしまった。
「ヴァレリオは彼女に知って欲しいんですよ」
「知って欲しい?お嬢様に何を?」
「苦労と経験、そしてここで生きると言う事です」
「生きるって…」
「ここは辺境という名がついた地。生きていく事に助け合いはしますが基本は自力なんです。そして自己責任が問われるんです。判断が間違えばそこにあるのは死。ヴァレリオは当主となりました。まだ若い当主ですが彼女はヴァレリオの致命傷になる可能性がある。万が一には命を賭し彼女を守るでしょう。ですが離れた地に居たら?自分が動けなくなる程に負傷している時は?‥‥守れません。彼女には自力で崖を上り、野山を走り生き延びてもらわねばなりません」
「そんなに危険なんですの?」
「本来なら辺境伯はヴァレリオの父であり私の兄でした。あの30年戦争でこの屋敷は攻め込まれヴァレリオの目の前で両親は殺されました。実は今の屋敷は別邸でしてね。本邸はその時に焼け落ちました。ヴァレリオは兄の言葉‥いえ父の最期の言葉、生き延びろという言葉に地下の食品備蓄庫に潜りたった一人助かったんです。そこなら助かると判断し灼熱の熱さを耐え抜いて生き延びた。5歳の時でした」
「5歳って‥‥では、以降は伯が彼を?」
「えぇ。肉親は私だけでしたから。おかげでコブ付きはごめんだと婚約破棄されました。今も思うのです。兄は厳しい人で妻子には見向きもしない男だと思っていたのに屋敷が敵に囲まれたと聞くと真っ先に駆け出し、逃げ遅れた妻子を助けようとした。将としては失格です。将としては妻子を見捨て、屋敷が焼け落ちて敵が気を抜いた時を攻める。それが及第点でしょうから。そしてヴァレリオはその時母に抱かれながら【あの時逃げれば良かった】との後悔の言葉を今も抱えているんです。それが辺境の生き方なのでね」
何やらステファニアが必死の形相で身振り手振りでヴァレリオに何かを伝えようとしているのが見える。土に文字を書いてもヴァレリオは首を傾げる。
それでもステファニアが必死になにかを伝えようとするのをバルトロは黙って見ていた。
「この崖は4、5歳児が上るんですよ。練習用にね。水イチゴはその戦利品、ご褒美なんです。本当に美味い果実で食べられるのは1年のうちに1週間あるかどうか。苦労して登り切った先にあるご褒美という旨味も加わって本当に美味なんですよ」
「それはそうかも知れませんが、お嬢様に出来るはずがありませんっ」
「何故そう決めるのですか?出来るかどうかやってみないとわからないでしょう?した事がないならすればいい。勿論しない事も出来る。しなければ成果は手に入らないだけです。成果を欲せば怪我をするかも知れない。でもね、ここではそのケガすら経験なんです。決めるのは自分。他者をあてにしてはならないんです。特に最初から ありき で人の善意を求めてはいけない」
「だからと言って女性にそんな事をさせるなんて!」
「ここには男女も老若も関係ないんです。先程も言ったでしょう?万が一の時は彼女には自力で生き延びてもらわねばなりません。誰かをあてにする事はその誰かの命を犠牲にする事になります。
特に我々は敵と対峙した時、圧倒的な力の差を感じても仲間に援護を頼むことは出来ません。仲間も危険に巻き込む事になりますし、仲間は別の敵と対峙しているかも知れない。背を向ければ殺られる。ではなぜそうするのか。この地を守りたい、国を守りたい、家族を守りたいと自分で決めたからです。ほら、彼女は何かを決めてそれをヴァレリオも納得したようですよ」
手を繋いで歩いてきたステファニアとヴァレリオはベルタとバルトロを見ると少し足早になった。
「明日から上る練習するって」
「にゃんですってぇぇ!!」
「なるほど、ではヴァレリオが見られない時は私が見るようにしよう」
「にゃぁんですってぇぇぇ?!お、お嬢様っ!」
ベルタは気楽に崖を上る事を容認した2人、ヴァレリオとバルトロをドンドン!と突き飛ばしステファニアに【本気ですか?!】と問い掛けたが、ステファニアは大きく頷いた。
翌日から不要な宝飾品など全てを取り払った身軽な騎乗服を身に纏ったステファニアの挑戦が始まった。岩につかまりプルプルと震えているが、地面から足はつま先ほどの高さにある。その場で飛び上がった方がより高いくらいだ。
――ぐぅぅ~…手が限界だわっ――
パッと離れた手。落ちる!っと目を閉じたが転びもしない。
――うそ…たったこれだけしか上れていないの?――
ステファニアは負けず嫌いでもある。そしてコツコツと毎日少しづつでも積み重ねれば努力は結果で返って来ると思っている。朝晩は寝台でストレッチも行い食事中は椅子に座り足を浮かせる。
肩が上がらないバルトロでも半分ほどまで片手でスイスイと上っていくのを見てステファニアは【どんな所に足をかけているか】【どんな状態で飛び出した岩を握るか】を観察した。
膝の高さまでしか上れなかった1週間目は筋肉痛に無言の悲鳴をあげた。
腰までの高さまで上った時は、尻と背中の打撲に悩まされ、落下地点に敷き藁をベルタが担いで持ってきた。
そして挑戦を始めて2カ月半。隣をヴァレリオが上っていく。
先に上がったヴァレリオが、頂上の岩に手がかかったステファニアの手を引き上げた。
「‥‥った…ハァハァ…上がれ‥た…はぁはぁ…」
「どうだ。屋敷の屋根の上。俺が踏み抜いて穴を塞いだ板が見えるだろ?」
「わぁぁ~。本当だわ。色が違う板が見えますっ」
いつもの場所を見下ろすと風が吹き抜けて心地よい。
隣を見ればヴァレリオが口を開けて驚いている。
「どうしましたの?」
「えっ…というか…声、声が…話が出来るじゃないか!」
「っっっ!!」
「いやぁっしゃぁ!よし、今度は飛び降りるぞ!ジジィに知らせないと!」
――それは無理――
飛び降りたヴァレリオ。ステファニアは降りられそうな岩がないか周りを見回した。
「嘘でしょ…やられたわ…」
そこには屋敷をぐるりと回るように岩を切り、手摺代わりのロープが付けられた長いスロープがあったのだった。一言言ってやろうとスロープを全速力で駆け下り、ヴァレリオの前に立ったステファニア。
「あんなところにスロープがあるなんて!聞いてません」
「言ってないからな」
「きぃぃぃ!!もう!知らないっ!隠してるなんて卑怯だわ」
「知らない方が悪いんだろ。知りたきゃ探せ!」
言い合いをする2人の声は騒がしく、何事かとベルタが飛び出してきた。
「お、お嬢様…声が…お嬢様の声が…お嬢様ぁぁぁ!!」
ドンっ!! 「グハァ!!」
またもや突き飛ばされたヴァレリオ。
ベルタはステファニアに飛びつくと、力いっぱい抱きしめた。
「キュゥゥ~」ステファニアの肺から空気を押し出すベルタの双璧はステファニアの約3倍の大きさを誇る凶器だった。
「???」
「ギリギリ終わってたら、ごめんだけどな」
グイグイと手を引かれて出向いた先は厩舎横にある家畜の小屋だった。
羽目板の隙間から片目を閉じて覗いたヴァレリオは、覗き込みながらステファニアのほうは向かずにチョイチョイと手招きをした。
「ピッタリだ!ツイてんな。滅多に見られないぞ」
なんだろう?とステファニアも同じように羽目板の隙間から片目を閉じて覗いてみる。
「!!!っ」
「な?なかなか見られるもんじゃないだろ?さっき手を洗ってる時、そろそろだったからな」
覗き込んだ穴から見えたのは、屋敷で飼っているヤギの出産後、子ヤギが立ち上がる場面だった。何度かガクリと倒れ込みながらも立ち上がった子ヤギは、あっという間に母ヤギの元に歩き、乳に吸い付いた。
「あのヤギも捕まえたんだ。そろそろ食おうかなと思ったんだけど王都に行く用事があったからな」
――なんでも食べちゃうんですのね――
「田舎だからな~。特に他に見る物はないけど山登りの経験はあるか?」
ステファニアは首を傾げた。
「裏山を上ると頂上にある水イチゴの実が丁度食べ頃なんだ。虫や鳥は食べ頃を知ってるからな。明日にはもうないかも知れない」
またもや手を引かれて連れていかれたのは裏山の【登り口】である。
ステファニアはヴァレリオの物事に対する認識には自分と大きく隔たりがあるのを悟った。
ステファニアの知る【山登り】は馬車で出かけて野山を散策する事であって、起伏の激しい場所を歩いて上り下りする事はない。平坦な場所で木陰に用意されたテーブルセットでお茶をしたりの1、2時間が令嬢たちの言う【山登り】の感覚に近い。
ピクニックやハイキングなどという言葉もないしその行動の概念もない。当然【行楽】と言えば季節ごとに色どりを見せる草木、花を【誰かの屋敷の庭園】で楽しむ事を指すため、野山に出向く事はない。
ヴァレリオにとって山登りというのは【登れる】と判断出来た【場所】に【自力】で登る事を指す。平坦な場所とは限らないしそこに獣道であっても道があるかどうかは別問題である。
そそり立った崖でも登れると判断すれば【山登り】である。
ステファニアの知る【行楽】もヴァレリオの知る物とは隔たりがある。
庭園など造らずとも山は季節になれば色付く。そのついた色によって果実や木の実を【収穫】する事を【行楽】と言うのだ。
躊躇するステファニアにヴァレリオは山の頂上を見て、ステファニアの装いを見る。
「足元がスース―してるから無理そうだな。止めはしないが布が邪魔して滑落するなぁ」
――やはりこの崖を上る事になってるの?わたくしが?――
「上るなら最初だけ尻を押さえておいてやるけど?」
ステファニアはお尻を手で覆って、ブンブンと首を横に振った。
お尻を支えてもらっても、ざっと見ただけで5、6メルトル程はある高さを少しだけ飛び出した岩や、貼りついたように生えた木の枝を頼りに登るなど到底無理な話である。
(※1メルトル=1メートルとお考え下さい)
「うーん…水イチゴ、美味いんだけどな」
顎に手を当てて考えるヴァレリオ。
本当にこれを上るつもりなの?とステファニアは自分の手のひらを眺めた。
サロンで話をしていたが、庭を横切っていく2人が見えたベルタとバルトロはそっと2人の後を追った。屋敷の屋根よりも高い場所に壁のような垂直にも見える崖を上るというヴァレリオにベルタは眩暈がした。
そして…。
「そこは、採って来るから待ってろでしょう!」
小声で呟いたが、隣にいたバルトロに「それは違う」と否定されてしまった。
「ヴァレリオは彼女に知って欲しいんですよ」
「知って欲しい?お嬢様に何を?」
「苦労と経験、そしてここで生きると言う事です」
「生きるって…」
「ここは辺境という名がついた地。生きていく事に助け合いはしますが基本は自力なんです。そして自己責任が問われるんです。判断が間違えばそこにあるのは死。ヴァレリオは当主となりました。まだ若い当主ですが彼女はヴァレリオの致命傷になる可能性がある。万が一には命を賭し彼女を守るでしょう。ですが離れた地に居たら?自分が動けなくなる程に負傷している時は?‥‥守れません。彼女には自力で崖を上り、野山を走り生き延びてもらわねばなりません」
「そんなに危険なんですの?」
「本来なら辺境伯はヴァレリオの父であり私の兄でした。あの30年戦争でこの屋敷は攻め込まれヴァレリオの目の前で両親は殺されました。実は今の屋敷は別邸でしてね。本邸はその時に焼け落ちました。ヴァレリオは兄の言葉‥いえ父の最期の言葉、生き延びろという言葉に地下の食品備蓄庫に潜りたった一人助かったんです。そこなら助かると判断し灼熱の熱さを耐え抜いて生き延びた。5歳の時でした」
「5歳って‥‥では、以降は伯が彼を?」
「えぇ。肉親は私だけでしたから。おかげでコブ付きはごめんだと婚約破棄されました。今も思うのです。兄は厳しい人で妻子には見向きもしない男だと思っていたのに屋敷が敵に囲まれたと聞くと真っ先に駆け出し、逃げ遅れた妻子を助けようとした。将としては失格です。将としては妻子を見捨て、屋敷が焼け落ちて敵が気を抜いた時を攻める。それが及第点でしょうから。そしてヴァレリオはその時母に抱かれながら【あの時逃げれば良かった】との後悔の言葉を今も抱えているんです。それが辺境の生き方なのでね」
何やらステファニアが必死の形相で身振り手振りでヴァレリオに何かを伝えようとしているのが見える。土に文字を書いてもヴァレリオは首を傾げる。
それでもステファニアが必死になにかを伝えようとするのをバルトロは黙って見ていた。
「この崖は4、5歳児が上るんですよ。練習用にね。水イチゴはその戦利品、ご褒美なんです。本当に美味い果実で食べられるのは1年のうちに1週間あるかどうか。苦労して登り切った先にあるご褒美という旨味も加わって本当に美味なんですよ」
「それはそうかも知れませんが、お嬢様に出来るはずがありませんっ」
「何故そう決めるのですか?出来るかどうかやってみないとわからないでしょう?した事がないならすればいい。勿論しない事も出来る。しなければ成果は手に入らないだけです。成果を欲せば怪我をするかも知れない。でもね、ここではそのケガすら経験なんです。決めるのは自分。他者をあてにしてはならないんです。特に最初から ありき で人の善意を求めてはいけない」
「だからと言って女性にそんな事をさせるなんて!」
「ここには男女も老若も関係ないんです。先程も言ったでしょう?万が一の時は彼女には自力で生き延びてもらわねばなりません。誰かをあてにする事はその誰かの命を犠牲にする事になります。
特に我々は敵と対峙した時、圧倒的な力の差を感じても仲間に援護を頼むことは出来ません。仲間も危険に巻き込む事になりますし、仲間は別の敵と対峙しているかも知れない。背を向ければ殺られる。ではなぜそうするのか。この地を守りたい、国を守りたい、家族を守りたいと自分で決めたからです。ほら、彼女は何かを決めてそれをヴァレリオも納得したようですよ」
手を繋いで歩いてきたステファニアとヴァレリオはベルタとバルトロを見ると少し足早になった。
「明日から上る練習するって」
「にゃんですってぇぇ!!」
「なるほど、ではヴァレリオが見られない時は私が見るようにしよう」
「にゃぁんですってぇぇぇ?!お、お嬢様っ!」
ベルタは気楽に崖を上る事を容認した2人、ヴァレリオとバルトロをドンドン!と突き飛ばしステファニアに【本気ですか?!】と問い掛けたが、ステファニアは大きく頷いた。
翌日から不要な宝飾品など全てを取り払った身軽な騎乗服を身に纏ったステファニアの挑戦が始まった。岩につかまりプルプルと震えているが、地面から足はつま先ほどの高さにある。その場で飛び上がった方がより高いくらいだ。
――ぐぅぅ~…手が限界だわっ――
パッと離れた手。落ちる!っと目を閉じたが転びもしない。
――うそ…たったこれだけしか上れていないの?――
ステファニアは負けず嫌いでもある。そしてコツコツと毎日少しづつでも積み重ねれば努力は結果で返って来ると思っている。朝晩は寝台でストレッチも行い食事中は椅子に座り足を浮かせる。
肩が上がらないバルトロでも半分ほどまで片手でスイスイと上っていくのを見てステファニアは【どんな所に足をかけているか】【どんな状態で飛び出した岩を握るか】を観察した。
膝の高さまでしか上れなかった1週間目は筋肉痛に無言の悲鳴をあげた。
腰までの高さまで上った時は、尻と背中の打撲に悩まされ、落下地点に敷き藁をベルタが担いで持ってきた。
そして挑戦を始めて2カ月半。隣をヴァレリオが上っていく。
先に上がったヴァレリオが、頂上の岩に手がかかったステファニアの手を引き上げた。
「‥‥った…ハァハァ…上がれ‥た…はぁはぁ…」
「どうだ。屋敷の屋根の上。俺が踏み抜いて穴を塞いだ板が見えるだろ?」
「わぁぁ~。本当だわ。色が違う板が見えますっ」
いつもの場所を見下ろすと風が吹き抜けて心地よい。
隣を見ればヴァレリオが口を開けて驚いている。
「どうしましたの?」
「えっ…というか…声、声が…話が出来るじゃないか!」
「っっっ!!」
「いやぁっしゃぁ!よし、今度は飛び降りるぞ!ジジィに知らせないと!」
――それは無理――
飛び降りたヴァレリオ。ステファニアは降りられそうな岩がないか周りを見回した。
「嘘でしょ…やられたわ…」
そこには屋敷をぐるりと回るように岩を切り、手摺代わりのロープが付けられた長いスロープがあったのだった。一言言ってやろうとスロープを全速力で駆け下り、ヴァレリオの前に立ったステファニア。
「あんなところにスロープがあるなんて!聞いてません」
「言ってないからな」
「きぃぃぃ!!もう!知らないっ!隠してるなんて卑怯だわ」
「知らない方が悪いんだろ。知りたきゃ探せ!」
言い合いをする2人の声は騒がしく、何事かとベルタが飛び出してきた。
「お、お嬢様…声が…お嬢様の声が…お嬢様ぁぁぁ!!」
ドンっ!! 「グハァ!!」
またもや突き飛ばされたヴァレリオ。
ベルタはステファニアに飛びつくと、力いっぱい抱きしめた。
「キュゥゥ~」ステファニアの肺から空気を押し出すベルタの双璧はステファニアの約3倍の大きさを誇る凶器だった。
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