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信じて裏切られる哀しみ

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社交辞令的な当たり障りない対応の国王は良かった。
実際の所、本音は明かさなくてもファミル王国の手前無体なことは出来ないからである。

国王が40代前半だとすれば開戦した頃は10代になったばかりの頃。
最も脂がのった時期も戦、戦で大事な人も多く失った事だろう。
戦が終わってみれば敗戦で、年端も行かない小娘を敬わねばならない国の最高位、国王。
腸は煮えくりかえっていたいたかも知れない。

だが、それは「立場」があってのもの。
個人的な思惑や、感情を押し殺し時に非道な判断を下すのも為政者。
国王は我が子ほどの若い年齢であるステファニアには最善を尽くすよう従者に命じた。



しかし、王城はそのような「私」を厳しく律する者もいれば「公」を何だと考えているのかと首を傾げるものもいる。それが到着してそうそう、まだな馬車の荷も降ろし終えておらず、幾つかの荷物は荷ほどきを待ってクローゼットなりに仕舞われるのを待っている、そんな時に訪れたロザリーがその人だった。

薄い水色のシンプルなドレスに身を包んでいたステファニアとは対照的に、これから夜会に行くのだろうかと思われるくらい髪や胸元に宝飾品をきらめかせ、仕立ての良い豪奢なドレスのロザリーは部屋に入るなり、数人の侍女と共にソファに陣取った。

ソファテーブルに置かれた菓子籠から無造作に菓子を取りだすと、「これはどこどこの店のもの」と品定めを始めて「最新じゃないというのはどういう事かしら?」と首をコテンと傾けて頬に指を突いた。
その言葉と仕草にロザリーの侍女達はたまらず失笑した。

ハルメル王国の菓子店事情など知っているはずも無いし、見た事のある菓子は名も解るが新発売の菓子など知るよしもない。ひと包みの菓子の袋を指で抓みあげて「これは美味しくなかった」「これはパサパサしてて甘いだけ」と頼んでもないのに菓子の説明を始めた。


ステファニアもベルタも困惑以外に何をして良いのかわからない。
そんなステファニアを見て、「忘れていたわ」とステファニアにソファに座れと手招きした。
ここはステファニアが使用するために与えられた部屋ではなかったのか。
座ろうにも侍女に陣取られていてステファニアが座る場所などはなかった。


「ダメよ。あなたたち。ほら、睨んでるわよ?」
「やだ、怖い」
「早くどいて。処刑されるのはごめんだわ」

まるで何処かのカフェにいるかのようにキャッキャと楽しそうな声をあげて侍女が立ち上がると、侍女達はロザリーの後ろに回ってニタニタと嫌な笑みを浮かべてステファニアを眺めた。

「聞いているかどうかは知らないけど、私はロザリーと言うの。仲良くしましょう?」

ロザリーは菓子を一つ手に取ると、薄い生地を巻きながら焼いた一口サイズになったバームクーヘンを指で剥ぎ取りながらレアンドロとの仲がどれだけ深いのかを説明した。
剥ぎ取った菓子は食べるでもなく、途中で切れればそのままテーブルに置いていく。

食べ物を粗末にすることは厳しく諫められたステファニアには理解できない行動である。

根幹が同じで神の名も神に仕えた使徒の名も同じでも2つの国の解釈は大きく違う。そして次代が進めば古いものを悪として、新しく斬新なものが正しいと考えるものも現れる。
それが大多数を占めるようになれば、間違っていても正しいとされてしまう。ロザリーを咎めるものがいないのはハルメル王国ではなのだろう。

一頻りバームクーヘンの薄皮を剥いたロザリーは口を開いた。


「でも‥‥正直に言って私、あなたの事嫌いなのよね。嫌いと言うか鬱陶しいとか目障りって感じ」
「何という事を!仮にもお嬢様はこの国の王太子殿下と――」
「笑っちゃう。向こうの殿下には他に子供作られて捨てられたのに?違う?」
「あなた!不敬ですよ」
「侍女は黙ってて。私はこの高貴なお方に聞いてるの」

ボロボロになった菓子をロザリーはベルタに投げつけた。

「知ってるの。捨てられて話をするの止めたんでしょ?無駄な抵抗なのにご苦労な事ね」
「違います。お嬢様は棄てられてなど――」
「お前は黙ってろと言ったでしょう?!聞こえないの?言葉通じないの?!」

「お静かに」

やっと中の騒ぎに扉の外を守っていた兵士が扉を開き、間に入った。
しかし、その兵士もロザリーの声を止めただけで不毛な言い争いを咎める事はない。

「ステファニア様、ベルタ殿、ここは貴方がたに使ってよいと国王が許しを出した部屋ではありますが、騒いでよいとは許しを出していないのですよ」

「お嬢様は何も言っておりません」

「言った言わないではなく、騒ぐなと言っているのです。おや?騒ぐなというのはハルメル王国独自の言葉だったか?」

兵士もニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらステファニアとベルタを見下した物言いをし始めた。

「兎に角、私はあなたの事が嫌い。ほら!また!あ~やだやだ。みんな見て!睨んでるし。‥‥良くないわよ?人を睨んじゃいけないって教わらなかったの?あ、貞操を守る事で精一杯でそこまで気が回らなかったとか?」

「いい加減になさいまし!」

「怖いわね。でも来週の結婚式が楽しみね。王子に捨てられてこっちの王太子に媚を売ろうなんて浅ましいのよ。覚えてなさい。貴女の元にレアンドロは来ない。一生1人寂しく生きていくがいいわ…と言いたいけれどこうやって時間を作って来てあげたのには理由があるの」

ククっと笑ってロザリーはステファニアをいやらし気に見やった。

「レアンドロの子供を産むのは私。でもね?貴女にはいてもらわないと困るの。だって子供が王族として認めてもらえないでしょう?だから貴女には身綺麗な体のままで母親になってもらうわ。良かったわね。これで役に立てると言うものよ?ウフフ…クックック…アハハハ」



ベルタはこの件をファミル王国に知らせるために急ぎ手紙をしたためた。
しかし、その手紙がハルメル王国の国境を超えることはなかった。
ハルメル王国にとって不都合な内容の手紙は握り潰され、暖炉にくべられたからである。

レアンドロの子を産むのはロザリー。

その言葉通り、結婚式では儀式的にヴェールをあげて頬が触れるか触れないかまで顔を近づけたが触れることはなく、その夜もステファニアの部屋にレアンドロが来ることはなかった。

レアンドロが帰るのはロザリーのいる別邸である。
初夜に訪れなかっただけでなく、レアンドロは尽くステファニアとの接触を避けお披露目の夜会ですら紹介が終わればステファニアを早々に下げさせた。

あてがわれた貴賓室にはハルメル王国に来てから一度も訪れていない。
国王の体調の良い日は夕食の場が持たれるが、レアンドロが来たのは数回。
一言も言葉を発さずに黙々と食事をすると足早に立ち去る。



半年経ち、国王の容体が更に悪化するとレアンドロが国王代理として国政に関わるようになった。レアンドロが「世継ぎを」と急かす貴族たちに返した言葉を聞いてベルタは憤慨した。


「世継ぎ?そのうち出来るだろう。戦勝国の女神は処女受胎も可能だろうからな」


世継ぎの件をしたためた手紙の切れ端が暖炉に燃え残っているのを見つけてベルタは待てど暮らせど母国からの返事が何故届かないかを悟った。

世継ぎの件を検閲したからだろうか。ステファニアの住まいは王城内の貴賓室から少し離れた郊外にある離宮に移された。対外的には「療養」とされた。

『いいじゃない。ここは静かで落ち着く』

紙に書かれたステファニアの言葉にベルタはステファニアが全てを諦めている事を知った。
アベラルドに望まず、レアンドロにも望まず、機会があってもいずれの国王に願い出る事もないだろう。

『誰かを信じ、そうあれと…あるべきと立ってきて…裏切られるのはもうたくさん』

優しく微笑んで手渡された小さな紙はベルタの涙でインクが滲んだ。
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