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ゲール公爵の失敗
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「困った事になりましたな」
貴族議会の議長が顎に蓄えた髭を何度も撫でながら国王の寝台横の椅子で溜息を吐く。
その隣には王太子レオポルドも腕組みをして目を閉じている。
数名の公爵家、侯爵家の面々もその場で打開策を練った。
和平調停を結ぶ際に、ハルメル王国を監視する意味も含めファミル王国から令嬢をハルメル王国の王太子レアンドロの妃にとの提案はいの一番に纏まっていた事柄だった。
ハルメル王国にしてみれば、敗戦国であり戦後処理で大きく財政は傾く。
その時にファミル王国以外から攻め込まれれば国は滅んでしまうだろう。
だが、政略的な意味を持って王太子妃として令嬢を迎え入れれば有事の際はファミル王国の応援が見込める。ファミル王国も意味なく令嬢を王太子妃に寄越すわけではないからだ。
ファミル王国にはハルメル王国を監視する意味合いもある上、いずれは属国としてハルメル王国を国ではなく領としてファミル王国に取り込む足掛かりにしたかった。
その為、相手が王太子と言う事もあるが、高位貴族の令嬢でなければ示しがつかなかった。
ファミル王国には王女はいない。生まれるには生まれたが3歳にもならぬうちに流行病で儚くなった。30年戦争と言われるほどに長引いてしまったのは、その王女の命さえも奪った病。天然痘が原因だった。
ファミル王国は一時兵士の間にも天然痘が蔓延し、あわやと言うところまで追い込まれたのである。治療薬、そして予防薬が発見され戦況をひっくり返したのだ。
王女はいない。だが、いたとしても敗戦国なのだ。事が露呈すれば始末される恐れのある所詮は捨て駒。高位貴族の令嬢で十分だろうと言い出したのはカリメルラの父、ゲール公爵だった。
ゲール公爵がそんな事を言いだしたのには理由があった。
カリメルラは所謂庶子で、入り婿だったゲール公爵が正妻に誠意を見せると言う事で敗戦国であり遠く不毛な地に不貞の証拠であるカリメルラを送ろうと画策したのだ。
上手くいけば自分の手柄になるし、失敗してもカリメルラの首が届けられるだけ。
戦時中にゲール公爵家の私兵を多く送り込んでいたため、激励に向かった先でゲール公爵は羽目を外しに外した。入り婿は兎角肩身が狭い。爵位を妻が譲り受けたとは言え義両親の発言力は大きく屋敷の中では小間使い同様の扱いをされていたゲール公爵は行く先々でその地の領主の娘や見目の良い娘を差し出させた。
そこで1人の女性が身籠ったのだ。その子供がカリメルラ。
ゲール公爵はなんとしてもカリメルラを妻の視界に入れない範囲に追い出したかった。
「カリメルラで良いと思いますよ」
「まぁそうだな‥‥庶子、いや失礼。正妻との子ではないとしても公爵家の娘だからな」
「いや、違うだろう。こう言ってはなんだがゲール公爵家の当主は夫人だ。全く関係のない娘を偽って送り出すとなれば明るみに出た時に外聞が悪い」
「黙っていれば解りませんよ。王太子の手がついた後なら何を言っても突っぱねれば良いのだ」
カリメルラは女性として見た時に非常に肉感を感じさせる豊満な体つきをしていた。
ゲール公爵でさえ、娘だと知らねば愉しむためだけに何処かに囲うかもしれないと思ったほどだ。一同は早々に王太子に手を付けてもらえば良いという楽観的な押しを繰り返し唱えるゲール公爵に賛同した。
しかし、その会合から10日ほど経った日に舞い込んできた知らせにゲール公爵は叫んだ。
「どうしてだ!!」
第二王子アベラルドとカリメルラが同衾した事が発覚し、カリメルラを王城に留め置いた知らせだった。寄りにも寄って相手が第二王子となればブレント侯爵家が黙ってはいないだろう。
カリメルラが第二王子妃となればまた妻の機嫌が悪くなる。
いい加減王太子妃レースでゲール公爵の娘はライバルの公爵家の娘に負けたのだ。
その時の妻の悔しがりようは尋常ではなかった。
宥めるために、どれだけのケーキを調理長が焼き、どれだけの宝飾品店や仕立て屋が連日ご機嫌伺いに訪れた事だろうか。
その娘はやっと格下の伯爵家の次男との縁談が纏まったのだ。
同じ次男とは言え、娘は伯爵家、庶子のカリメルラが王子妃となれば間違いなく妻は荒れる。
そして王子妃という事は、夜会などで事ある度に妻の目に触れると言う事だ。
翌日登城したゲール公爵は侍医からカリメルラの体内には性交の痕が確認できたと知らされ天を仰いだ。
そして冒頭である。
「いや、敗戦国とは言え流石に身綺麗でないものを送ることは出来ない。ハルメル王国に対してではなく他の諸国に我が国が放辟邪侈と見られるのも問題だ」
全員の意見の一致でカリメルラが隣国に行くという案は否決された。
代りとなれば、全ての令嬢を調べるまでもない。
ハルメル王国の王太子レアンドロと年齢的にも合う令嬢で身綺麗なものはステファニア1人しかいなかった。
国同士の確約であり、高位貴族の令嬢を嫁がせるという項目は削る事が出来ず直前でステファニアに入れ替えられたのだった。
1カ月後、カリメルラは第二王子宮に住まいを移した。
ゲール公爵夫人は荒れに荒れて、ゲール公爵の寝室は厩舎の馬糞置き場に衝立を置いた場所に移された。
夏は子守唄代りに虫が飛びまわりブンブンと羽音をさせる。
冬は妻の心のように冷たい北風に藁の中に潜って自身の体温のみで暖を取る。
ゲール公爵は入り婿で種馬の辛さを肌で感じ、勝手に外で羽目を外したツケを生涯かけて払う事になったのだった。
貴族議会の議長が顎に蓄えた髭を何度も撫でながら国王の寝台横の椅子で溜息を吐く。
その隣には王太子レオポルドも腕組みをして目を閉じている。
数名の公爵家、侯爵家の面々もその場で打開策を練った。
和平調停を結ぶ際に、ハルメル王国を監視する意味も含めファミル王国から令嬢をハルメル王国の王太子レアンドロの妃にとの提案はいの一番に纏まっていた事柄だった。
ハルメル王国にしてみれば、敗戦国であり戦後処理で大きく財政は傾く。
その時にファミル王国以外から攻め込まれれば国は滅んでしまうだろう。
だが、政略的な意味を持って王太子妃として令嬢を迎え入れれば有事の際はファミル王国の応援が見込める。ファミル王国も意味なく令嬢を王太子妃に寄越すわけではないからだ。
ファミル王国にはハルメル王国を監視する意味合いもある上、いずれは属国としてハルメル王国を国ではなく領としてファミル王国に取り込む足掛かりにしたかった。
その為、相手が王太子と言う事もあるが、高位貴族の令嬢でなければ示しがつかなかった。
ファミル王国には王女はいない。生まれるには生まれたが3歳にもならぬうちに流行病で儚くなった。30年戦争と言われるほどに長引いてしまったのは、その王女の命さえも奪った病。天然痘が原因だった。
ファミル王国は一時兵士の間にも天然痘が蔓延し、あわやと言うところまで追い込まれたのである。治療薬、そして予防薬が発見され戦況をひっくり返したのだ。
王女はいない。だが、いたとしても敗戦国なのだ。事が露呈すれば始末される恐れのある所詮は捨て駒。高位貴族の令嬢で十分だろうと言い出したのはカリメルラの父、ゲール公爵だった。
ゲール公爵がそんな事を言いだしたのには理由があった。
カリメルラは所謂庶子で、入り婿だったゲール公爵が正妻に誠意を見せると言う事で敗戦国であり遠く不毛な地に不貞の証拠であるカリメルラを送ろうと画策したのだ。
上手くいけば自分の手柄になるし、失敗してもカリメルラの首が届けられるだけ。
戦時中にゲール公爵家の私兵を多く送り込んでいたため、激励に向かった先でゲール公爵は羽目を外しに外した。入り婿は兎角肩身が狭い。爵位を妻が譲り受けたとは言え義両親の発言力は大きく屋敷の中では小間使い同様の扱いをされていたゲール公爵は行く先々でその地の領主の娘や見目の良い娘を差し出させた。
そこで1人の女性が身籠ったのだ。その子供がカリメルラ。
ゲール公爵はなんとしてもカリメルラを妻の視界に入れない範囲に追い出したかった。
「カリメルラで良いと思いますよ」
「まぁそうだな‥‥庶子、いや失礼。正妻との子ではないとしても公爵家の娘だからな」
「いや、違うだろう。こう言ってはなんだがゲール公爵家の当主は夫人だ。全く関係のない娘を偽って送り出すとなれば明るみに出た時に外聞が悪い」
「黙っていれば解りませんよ。王太子の手がついた後なら何を言っても突っぱねれば良いのだ」
カリメルラは女性として見た時に非常に肉感を感じさせる豊満な体つきをしていた。
ゲール公爵でさえ、娘だと知らねば愉しむためだけに何処かに囲うかもしれないと思ったほどだ。一同は早々に王太子に手を付けてもらえば良いという楽観的な押しを繰り返し唱えるゲール公爵に賛同した。
しかし、その会合から10日ほど経った日に舞い込んできた知らせにゲール公爵は叫んだ。
「どうしてだ!!」
第二王子アベラルドとカリメルラが同衾した事が発覚し、カリメルラを王城に留め置いた知らせだった。寄りにも寄って相手が第二王子となればブレント侯爵家が黙ってはいないだろう。
カリメルラが第二王子妃となればまた妻の機嫌が悪くなる。
いい加減王太子妃レースでゲール公爵の娘はライバルの公爵家の娘に負けたのだ。
その時の妻の悔しがりようは尋常ではなかった。
宥めるために、どれだけのケーキを調理長が焼き、どれだけの宝飾品店や仕立て屋が連日ご機嫌伺いに訪れた事だろうか。
その娘はやっと格下の伯爵家の次男との縁談が纏まったのだ。
同じ次男とは言え、娘は伯爵家、庶子のカリメルラが王子妃となれば間違いなく妻は荒れる。
そして王子妃という事は、夜会などで事ある度に妻の目に触れると言う事だ。
翌日登城したゲール公爵は侍医からカリメルラの体内には性交の痕が確認できたと知らされ天を仰いだ。
そして冒頭である。
「いや、敗戦国とは言え流石に身綺麗でないものを送ることは出来ない。ハルメル王国に対してではなく他の諸国に我が国が放辟邪侈と見られるのも問題だ」
全員の意見の一致でカリメルラが隣国に行くという案は否決された。
代りとなれば、全ての令嬢を調べるまでもない。
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国同士の確約であり、高位貴族の令嬢を嫁がせるという項目は削る事が出来ず直前でステファニアに入れ替えられたのだった。
1カ月後、カリメルラは第二王子宮に住まいを移した。
ゲール公爵夫人は荒れに荒れて、ゲール公爵の寝室は厩舎の馬糞置き場に衝立を置いた場所に移された。
夏は子守唄代りに虫が飛びまわりブンブンと羽音をさせる。
冬は妻の心のように冷たい北風に藁の中に潜って自身の体温のみで暖を取る。
ゲール公爵は入り婿で種馬の辛さを肌で感じ、勝手に外で羽目を外したツケを生涯かけて払う事になったのだった。
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