何も出来ない妻なので

cyaru

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ダメージが直撃する夫

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私は急ぎ屋敷に戻る。スィートも今までにないほど早く、そして長い距離を駆けてくれた。
馬丁にスィートを預けると、鼻先をブルルと馬丁に摺り寄せている。

ん?そんな事をしてもらったことはない気がする…仔馬の時から私と共に駆けているのにと少し妬ける気もするがスィートは牡馬。心配は要らないだろう。

「旦那様、お帰りなさいませ。今回は…約3週間、長う御座いましたね」
「あぁ、その甲斐あってやっと見つける事が出来た」

<< えぇぇっ?! >>

悲鳴に近いような…いや非難めいた声にも聞こえるのは耳掃除が甘かったからだろうか。
「やってらんない」と掃除係のメイド数人がモップや雑巾を放り投げているのは何故なのだ。家令や執事も眉間を指で挟むように押さえて項垂れているようにも見える。

「5日後、リリルの街に行く。一番乗り心地が良い馬車を用意してくれ。あとは…ドレスを数着と宝飾品も急いで揃えねばならない。業者を呼んでくれ。屋敷の中も古いものは全部棄てるか寄付して新しくしよう」

「あの、旦那様…」

「なんだ?金なら退職金や慰労金、褒賞金、特別手当が入っているだろう?」

「資金については問題御座いません。王家よりその他迷惑料なるものも支払われておりますので問題ないのですが、若奥様は了承されたのですか?」

「だって離縁はしていないんだ。帰る家はここだ――」

ベチャッ!! 「ぶはっ!!」

なんだ?いきなり窓ガラスの下枠を掃除してたと思われる雑巾が飛んできた。
反応が鈍っている私の顔面をとらえたではないか。いいコントロールと褒めてやりたいが…。

「新しくするのは調度品やドレスじゃなく、旦那様です!」
「そうです。棄てたり寄付するのは旦那様です!」
「寄付は断られるでしょうけど、最終処分場に行くのは旦那様です!」

以前より私は嫌われていないか?こんなに走り回ってやっと見つけてきたというのにメイドたちはルナの事が邪魔なのか?あんなに慕っていたじゃないか。

年老いた家令がメイドたちを一旦部屋から出すと、私に湯あみをしてこいと言う。
確かに今の身なりは伯爵としてはあり得ない。急いで戻る途中に通り雨にも降られ半乾きになったからか異臭が酷いと私自身も感じるのだ。

湯に入り、髭も沿ってサッパリしたあと家令が湯殿に入ってきた。
成人してからは専門の業者が来ていたが、15年、いや20年ぶりか。家令に髪の毛を整えてもらった。

「昔と変わらぬくせ毛で御座いますね」
「そうだな。この緩く巻く毛先は変わらないな。切れば切った個所が巻いてしまうよ」
「大旦那様と同じで御座いますね」
「父上か…ルナは…ずっと看てくれてたんだよな」

「えぇ。19歳のお誕生日を過ぎたあたりで…21歳の時はもう知らない者が家の中にいると髪の毛を掴まれ引きずられてしまいました。それでも文句ひとつ言わずにそれはもう献身的に介護をされておりました」

「だが、私は帰らなかった。今となってはもう…後悔しかない」

「手を放して差し上げればよろしいのでは?それも男の度量で御座いますよ」

パシャンと湯の中に手を落とすが、離縁だけはしたくない。きっと遠い地に住まうはずだ。目の届かない所でルナに言い寄る男がいたら…食事に誘われたら…そう思うと身震いしてしまうのだ。
他の男を選んで幸せそうに微笑むルナを想像しただけで狂いそうだ。

「旦那様、いえ、こうなってはもう坊ちゃまです。坊ちゃまは先ず何も言わずに若奥様の言い分を全て聞くべきです。坊ちゃまがこうしたい、して欲しいではなくそこに口を挟まずに若奥様の胸の内を一度全てを曝け出してもらう。その上で離縁だのは一旦置いておいて、1つ1つ話し合うべきなのです。この8年間を話し合ってください。離縁するしないに関わらず、私達は伯爵家に仕えますし、若奥様の味方である事は変わりません」

「そうだな…え?私の味方は…」

「スィートが居ります。良かったですね」


いや、スィートは馬丁にすり寄っていたぞ?
という事は私の味方は伯爵家にはいないという事になるではないか!
まぁそうなるだろうな。それだけルナは誰からも愛されていたという事だ。

「坊ちゃまは選定眼はあるのですが、それだけです。だからポンコツと言われるのです。背負っていった贈り物は若奥様に差し上げたのですか?」

あ・・・渡してなかった。湯船の中に沈みたい。

湯殿から出て、汚れてしまったバッグから贈り物を取り出すとどれも潰れたり、汗だろうか。箱に染みが出来ていた。これでは買い直さなければとても渡せないと思っていると・・・。

「そのままですよ。そのまま若奥様に見せるのです。受け取る、受け取らないは若奥様に任せて新しいもので取り繕う事はせずに、そのままを見せるんです。家具や調度品もそうです。先々代様、先代様からの品を大事に使うのです。物は壊れますが、何もかも新しくして喜ばれるような方に仕える使用人をご希望なら皆を解雇してください。私達も古い物…ですからね」


寝台に横になり考えた。思えば私は見つける事が出来た嬉しさと会えた喜び。そして…全部が私の事ばかりでリリルの街での暮らしはどうだと一言すらルナには聞かなかった。
愛想を尽かされるはずだ。


リリルの街に出発する日。
私は贈れなかった小さな箱の入ったカバンと、もう一つカバンを手にした。
馬車には侍女のミライと家令。私は騎乗してリリルの街に向かった。



コンコン。

ドアノックを叩き、ノックをするとくぐもった声でどうぞと声が聞こえた。
ゆっくりと扉を開けて、中に入ると一つ間違えば破落戸と思われるような男の申請書の受付をしているルナがいた。上司の男性に目をやると、小さく頷いたので待合のソファに腰を掛けて順番を待った。

「次の方どうぞ」

ルナの優しい声が耳に聞えた。立ちあがりゆっくりと受付に行くと…
ルナはにっこり笑った。

「初めての方ですね。字は読み書き出来ますか?こちらで口述筆記もできますよ」

なんて事だ!髪も整え、髭も剃って、身綺麗な格好をした私にルナは気が付いていない!
前回は余りにも汚い恰好だったから判らなかったのも仕方がないが今回はどうなんだ?!

「ルナっ!私だ!エリオナルだ」
「えっ?‥‥えぇぇっ?!」

本気の素で驚いているのに、こちらが驚くぞ。

「申し訳ございません。隊服のお姿しか…いえ、正直言って顔も忘れておりました」

素直なのは良い事だ。ショックは大きいが言ってみれば7歳の子供に次に会ったのが15歳。誰だか判らなかったくらいの日数、いや時間しか会ってないのだ。
下手をすると葬儀などでしか会わない親戚よりも一緒にいる時間は短かったかも知れない。

飛びぬけて美丈夫なわけでもなく、至って中の中である私だ。特徴がないのは仕方がない。
仕方がないが…これはショックが大きい。

覚えられていなかった。まさか忘れられていたとは‥。
あり得ないくらいの精神攻撃だ。瞬時で放心したぞ。
それは会心の一撃をまともに食らったほどのダメージだがまだイケる。大丈夫だ。

そう思いながら私は屋敷の全ての部屋に2人の肖像画を飾る事を心に決めたのだった。

☆~☆

次回最終回です。


15時からリモート会議なので‥‥終わり次第タイピング開始します。
完結は予定通り本日3月11日です。<(_ _)>
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