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若奥様のビンタ。夫の涙
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「エリオナル・デービス・ミスクトン。私の名前だ。そして君は――」
「違いますっ!」
わたくしは、力の限りの声を出しその先を言わせまいと言葉を遮りました。
外にその声が聞こえていたのでしょう。偶々通りかかったミーナ様が勢いよくドアを開けて入って来られました。怪しげな風貌のエリオナル様を押しのけてわたくしの前に立ってくださいます。
「あんた、何者だい?ここはね普通の辺境、片田舎じゃないんだ。建国以来ルガルド家が治める地。ルガルド様は女辺境伯。女性に無体を働く男はとっとと出て行きな」
「ミーナ様‥‥違うのです。この方は…元夫なのです」
「えっ?こんな小汚いのが?」
「違います!元ではなく‥‥私は昔も今も夫をさせて頂いておりますっ!」
<< は? >>
申し訳ございません。思わず変な声が出てしまいミーナ様と被ってしまいました。
離縁は成立していないのでしょうか。あとはエリオナル様のサインだけで良いと聞いていたのですが不備があったのでしょうか。だからエリオナル様はここに来られた…そう考えれば合点がいきます。
「エリオナル様、書類に不備が御座いましたのですね。失礼いたしました。どのような点が不備だと指摘されましたのでしょうか」
「書類?不備?何の事だ‥‥いやそんな事よりも大事な事があるんだ」
離縁よりも大事な事?何でございましょう。わたくし、離縁が最重要課題だと思っておりましたがどうやらそれよりも大きな問題があるとの事です。
なんでしょうかと考えていますと、ミーナ様の足元に両膝を床にお付けになってまるでカエルがケロと鳴きだすかのように床に額を当ててしまわれました。
「ちょいとお待ち。それをするのは私にじゃないだろう」
顔を上げたエリオナル様。「あっ!」と声をあげて直ぐに「少し寄って頂けますか?」とミーナ様をわたくしの前からどけようとされるのです。
エリオナル様と目があいます。婚約をしていた時と変わらぬ優し気な目でわたくしを見つめられております。そしてもう一度床に ゴン と音をさせながら伏せられるのです。
「ルナっ。ルナ・シャルドラ・ミスクトン様っ。先ずは感謝を!病床にあった父、そして母に希望と愛を与えて下さりありがとうございましたっ」
不思議な沈黙が流れます。いったいどうされたのというのでしょうか…。
そして沸々と怒りが沸いてきます。感謝をされるのは良いのですが…。
「アンタ…ミクストンって…有名な武家の家じゃないか‥って事は伯爵夫人?」
「ミーナ様。色々と間違いが御座います。元!が付いていたと思われる。ですわ」
「元なんかついてませんっ!今も伯爵夫人ですっ私の妻ですっ」
「エリオナル様っ!」
「はいっ」
「今も妻とは…早く書類の不備を訂正して提出してくださいませ」
「嫌だっ絶対に離縁などしないっ。離縁なんかできないっ」
そう言って胸ポケットからヨレヨレになった離縁の届けを出されるのですが、丁寧に開かないと汗でかなり破れそうな状態になっております。その上、開いてみればインクが滲んで何を書いているのかさっぱりわからない状態。これでは確かに不備だと突き返されるでしょう。
「お屋敷でサインさえして頂ければ使用人さんが代理で提出してくれますのに」
「そんな事はさせない。私は絶対に離縁はしない。ルナと別れるなんて死んだほうがましだ」
「では、死んでください」
<< えっ? >>
ミーナ様、何故驚かれるのです?エリオナル様もそこは驚くところではなく有言実行する所で御座いましょうに、間の抜けた顔で口が開きっぱなしですよ。
はぁ、離縁届けもこれでは書き直しが必要です。折角お義母様がサインをくださったのに…新しい用紙はすぐに用意できますが、お義母様にはもう証人になって頂けないのですよ。
「嫌だ。全部私が悪かった。酷い事を言ったことも謝ります。ごめんなさい。これからは家に居ます。ルナと居るために騎士も辞めました。離縁をしたいと言付かった日からずっと探して…探して…うぅぅっ…戻ってきて‥ぐすっ…僕が…僕が全部悪いんですぅうぅぅ」
ちょっとお待ちくださいませ。聞き捨てならない言葉が聞こえます。
確かに離縁うんぬんよりも大事な事では御座いますが、正気なのでございましょうか。
正す必要が御座います。
「エリオナル様、正直にお答えくださいませ」
「はいぃ…戻ってきてくれるなら何でも答えますぅ…うぅぅ」
「騎士たるもの、めそめそと泣くものでは御座いませんっ」
「だってぇ…やっと見つけっ…見つけっ…見つけたんだぁ…ハグゥゥ」
そう言ってズボンのポケットから雑巾?いえかなり汚れてはいますがハンカチですね。
えっ?それもお待ちくださいませ?
涙を拭こうとした雑巾のようになったハンカチをわたくし、はしたなくもひったくるように取り上げて広げて見てみます。間違い御座いません。これは使用人さんに別れの日1枚1枚手渡したハンカチで御座います。
「エリオナル様、これは何処で手に入れられたのです?」
「屋敷…ぐすっ…出かけようと思って…テーブルにあったから持ってきた」
まぁ!何てことでしょうか。きっと家令さんか2人いる執事さん…いえ侍女さんかメイドさんかも知れません。どなたかの物を無断で持ち出すとは言語道断で御座います。
しかもこんなに汚れて…洗っても元の持ち主はきっと嫌がるでしょう。
「エリオナル様。色々と御座いますがまず、騎士を辞めたとはどういうことです」
「だって…もうルナに会えない…騎士してるから屋敷に帰れないし…騎士してるから出て行ったんだろ?そんなのもう辞めるの一択しかないじゃないか」
ぱちんっ!!
痛たたた…。平手打ちは叩いた方も痛うございます。ですが叩かれた方、つまりエリオナル様、どうして笑っていますの?あぁ、きっと女の力で叩こうが張ろうが蚊に刺されるよりもという事でございますね。
よう御座います。
「騎士をしているから離縁を言い出したのでは御座いません。お間違え召さるな!」
「えっ…違うの?じゃぁなんで…」
「それを答える前に!ずっと探していたとはどういうことです」
「え?だって…ルナが出て行ったって聞いて…ルナがいないと生きていけない」
「ならば死になさいませ!自害なさいませ!騎士も辞めたと?わたくし如きを探し回りお屋敷は?領地はどうなさっているのです!」
「それは家令や…執事に…今までもだからいいかなって‥」
ムカムカ!! ぱちんっ!!ぱちんっ!!
くぅ~。痛いですわ。2回となると復路は勢いが落ちますのでより痛く感じます。
ですが、あぁ…またもや全く効果がないどころか喜ばれております。何故笑えるのです。歯を食いしばりなさいませ!女に張られているのですよ?何故笑うのですっ!
「エリオナル様、貴方は伯爵家当主なのです。あなたが騎士をされているから使用人さんも領地の皆さんも頑張ってくれていたのです。それをいとも簡単に騎士を辞め、あまつさえお屋敷も領地も丸投げとは。恥を知りなさいませ」
「だって…判らないし知ってるものがやったほうが――」
「黙らっしゃい」
「はい」
「いいですか?判らない?知らない?それを世間では寝言というのです。知ってるものがやれ?それを言い訳と言うのです。判らないなら聞きなさい。知らないなら学びなさいませ。お義父様、お義母様が草葉の陰から出て来られないでは御座いませんか」
「だって…ルナを探さないと――」
「わたくし如きに時間を取るなと申し上げているのです。だいたいこのハンカチだってお屋敷の皆様にわたくしが差し上げたもの。エリオナル様が使ってよいものではありません」
「え…貰ってないんだけど」
「エリオナル様に何故差し上げねばならないのです?これはわたくしがお世話になったなぁと感じた方にお渡しした物です。エリオナル様にはお世話になるほどお顔も合わせておりません。結婚して8年間で何度閨を共にしましたか?ゼロです。一度も御座いません。出した手紙にお返事を下さいましたか?ゼロです。一通もいただいておりません。何をしていたと仰られるほどに何も出来ない妻など必要御座いませんでしょう?もうわたくしの事は放っておいてくださいませ」
「ち、ちゃんとする。領地の事も屋敷の事もちゃんとする。騎士に戻れと言うなら戻る。だから帰ってきて。お願いっ!お願いです。帰ってきてぇ…」
「わたくしにやれと言われてやるのですか!己の矜持はどこに忘れてきたのです!」
「にゃい…そんなものはにゃいぃぃ‥ルナ以外要らないぃぃ。うわぁぁん」
ちらりとミーナ様を見れば、やれやれと呆れ顔で御座います。
仕方なくもう一度奥から濡れタオルを持ってきてエリオナル様にお渡しします。
「近衛隊の隊長でもあった方がこのようなお姿はお止めくださいませ」
「うん…ぐすっ…帰ってきてくれる?やり直したい。もう一度…ごめんなさい。本当に…酷い事を言いました。何も知らなかったくせに…全部押し付けてたくせに…思い上がってました。ごめんなさい…うぅう」
「泣くな!と申し上げているのです。聞えませなんだか!」
濡れタオルをもっと濡らして鼻と口を塞いでやろうかと思ったわたくし。
ですが…そんな事出来ません。死んじゃいます。やはり何も出来ない妻なのです。
「ですが、エリオナル様。離縁したい気持ちは変わりません」
「うわぁぁぁん。やだぁ…いやだぁ。絶対に離縁なんかしないぃぃ」
「あと、わたくしの名前はルナは愛称。こんな時くらいちゃんと呼んでくださいませ」
「ぁい…ルナリアヴィンレシティーナ…」
「はい、良く出来ました」
張り飛ばしたい気持ちを押さえたわたくし。
ちょっと出来る妻に‥あぁいけません。
離縁をすればもう妻では御座いませんわね。オホホ。
困りました。離縁調停の訴えを起こす事は可能です。ですが子爵家を嫁ぐ事で出たわたくしは離縁成立で平民となります。それは良いのです。子爵家も平民も生活は変わりません。
だけど貴族社会というのが足かせになるのです。エリオナル様は腐っても伯爵家当主。
訴え出ても貴族の意見が優先をされ、離縁によって平民になるわたくしの意見は採用されないでしょう。平民落ちを自ら希望するなんて‥‥調停員の方も貴族ばかりですので気が狂ったかと思われてしまうのです。
財政がどうであれ貴族である事が嫌な理由が判らないと離縁の申し立ては却下されるのです。
白い結婚も結婚生活が8年ともなれば、実情がどうであったかは問題視されず、何故それならもっと早くに訴え出ないのかと一笑に付されるでしょう。
未だグスグスと止まらない涙をタオルに吸わせるエリオナル様。
わたくしは溜息を吐きながら、打開策を考えねばならなくなったのです。
☆~☆
沢山のコメントありがとうございます<(_ _)>
先に完結をさせるので返信をするのがその後になります。ごめんなさい<(_ _)>
「違いますっ!」
わたくしは、力の限りの声を出しその先を言わせまいと言葉を遮りました。
外にその声が聞こえていたのでしょう。偶々通りかかったミーナ様が勢いよくドアを開けて入って来られました。怪しげな風貌のエリオナル様を押しのけてわたくしの前に立ってくださいます。
「あんた、何者だい?ここはね普通の辺境、片田舎じゃないんだ。建国以来ルガルド家が治める地。ルガルド様は女辺境伯。女性に無体を働く男はとっとと出て行きな」
「ミーナ様‥‥違うのです。この方は…元夫なのです」
「えっ?こんな小汚いのが?」
「違います!元ではなく‥‥私は昔も今も夫をさせて頂いておりますっ!」
<< は? >>
申し訳ございません。思わず変な声が出てしまいミーナ様と被ってしまいました。
離縁は成立していないのでしょうか。あとはエリオナル様のサインだけで良いと聞いていたのですが不備があったのでしょうか。だからエリオナル様はここに来られた…そう考えれば合点がいきます。
「エリオナル様、書類に不備が御座いましたのですね。失礼いたしました。どのような点が不備だと指摘されましたのでしょうか」
「書類?不備?何の事だ‥‥いやそんな事よりも大事な事があるんだ」
離縁よりも大事な事?何でございましょう。わたくし、離縁が最重要課題だと思っておりましたがどうやらそれよりも大きな問題があるとの事です。
なんでしょうかと考えていますと、ミーナ様の足元に両膝を床にお付けになってまるでカエルがケロと鳴きだすかのように床に額を当ててしまわれました。
「ちょいとお待ち。それをするのは私にじゃないだろう」
顔を上げたエリオナル様。「あっ!」と声をあげて直ぐに「少し寄って頂けますか?」とミーナ様をわたくしの前からどけようとされるのです。
エリオナル様と目があいます。婚約をしていた時と変わらぬ優し気な目でわたくしを見つめられております。そしてもう一度床に ゴン と音をさせながら伏せられるのです。
「ルナっ。ルナ・シャルドラ・ミスクトン様っ。先ずは感謝を!病床にあった父、そして母に希望と愛を与えて下さりありがとうございましたっ」
不思議な沈黙が流れます。いったいどうされたのというのでしょうか…。
そして沸々と怒りが沸いてきます。感謝をされるのは良いのですが…。
「アンタ…ミクストンって…有名な武家の家じゃないか‥って事は伯爵夫人?」
「ミーナ様。色々と間違いが御座います。元!が付いていたと思われる。ですわ」
「元なんかついてませんっ!今も伯爵夫人ですっ私の妻ですっ」
「エリオナル様っ!」
「はいっ」
「今も妻とは…早く書類の不備を訂正して提出してくださいませ」
「嫌だっ絶対に離縁などしないっ。離縁なんかできないっ」
そう言って胸ポケットからヨレヨレになった離縁の届けを出されるのですが、丁寧に開かないと汗でかなり破れそうな状態になっております。その上、開いてみればインクが滲んで何を書いているのかさっぱりわからない状態。これでは確かに不備だと突き返されるでしょう。
「お屋敷でサインさえして頂ければ使用人さんが代理で提出してくれますのに」
「そんな事はさせない。私は絶対に離縁はしない。ルナと別れるなんて死んだほうがましだ」
「では、死んでください」
<< えっ? >>
ミーナ様、何故驚かれるのです?エリオナル様もそこは驚くところではなく有言実行する所で御座いましょうに、間の抜けた顔で口が開きっぱなしですよ。
はぁ、離縁届けもこれでは書き直しが必要です。折角お義母様がサインをくださったのに…新しい用紙はすぐに用意できますが、お義母様にはもう証人になって頂けないのですよ。
「嫌だ。全部私が悪かった。酷い事を言ったことも謝ります。ごめんなさい。これからは家に居ます。ルナと居るために騎士も辞めました。離縁をしたいと言付かった日からずっと探して…探して…うぅぅっ…戻ってきて‥ぐすっ…僕が…僕が全部悪いんですぅうぅぅ」
ちょっとお待ちくださいませ。聞き捨てならない言葉が聞こえます。
確かに離縁うんぬんよりも大事な事では御座いますが、正気なのでございましょうか。
正す必要が御座います。
「エリオナル様、正直にお答えくださいませ」
「はいぃ…戻ってきてくれるなら何でも答えますぅ…うぅぅ」
「騎士たるもの、めそめそと泣くものでは御座いませんっ」
「だってぇ…やっと見つけっ…見つけっ…見つけたんだぁ…ハグゥゥ」
そう言ってズボンのポケットから雑巾?いえかなり汚れてはいますがハンカチですね。
えっ?それもお待ちくださいませ?
涙を拭こうとした雑巾のようになったハンカチをわたくし、はしたなくもひったくるように取り上げて広げて見てみます。間違い御座いません。これは使用人さんに別れの日1枚1枚手渡したハンカチで御座います。
「エリオナル様、これは何処で手に入れられたのです?」
「屋敷…ぐすっ…出かけようと思って…テーブルにあったから持ってきた」
まぁ!何てことでしょうか。きっと家令さんか2人いる執事さん…いえ侍女さんかメイドさんかも知れません。どなたかの物を無断で持ち出すとは言語道断で御座います。
しかもこんなに汚れて…洗っても元の持ち主はきっと嫌がるでしょう。
「エリオナル様。色々と御座いますがまず、騎士を辞めたとはどういうことです」
「だって…もうルナに会えない…騎士してるから屋敷に帰れないし…騎士してるから出て行ったんだろ?そんなのもう辞めるの一択しかないじゃないか」
ぱちんっ!!
痛たたた…。平手打ちは叩いた方も痛うございます。ですが叩かれた方、つまりエリオナル様、どうして笑っていますの?あぁ、きっと女の力で叩こうが張ろうが蚊に刺されるよりもという事でございますね。
よう御座います。
「騎士をしているから離縁を言い出したのでは御座いません。お間違え召さるな!」
「えっ…違うの?じゃぁなんで…」
「それを答える前に!ずっと探していたとはどういうことです」
「え?だって…ルナが出て行ったって聞いて…ルナがいないと生きていけない」
「ならば死になさいませ!自害なさいませ!騎士も辞めたと?わたくし如きを探し回りお屋敷は?領地はどうなさっているのです!」
「それは家令や…執事に…今までもだからいいかなって‥」
ムカムカ!! ぱちんっ!!ぱちんっ!!
くぅ~。痛いですわ。2回となると復路は勢いが落ちますのでより痛く感じます。
ですが、あぁ…またもや全く効果がないどころか喜ばれております。何故笑えるのです。歯を食いしばりなさいませ!女に張られているのですよ?何故笑うのですっ!
「エリオナル様、貴方は伯爵家当主なのです。あなたが騎士をされているから使用人さんも領地の皆さんも頑張ってくれていたのです。それをいとも簡単に騎士を辞め、あまつさえお屋敷も領地も丸投げとは。恥を知りなさいませ」
「だって…判らないし知ってるものがやったほうが――」
「黙らっしゃい」
「はい」
「いいですか?判らない?知らない?それを世間では寝言というのです。知ってるものがやれ?それを言い訳と言うのです。判らないなら聞きなさい。知らないなら学びなさいませ。お義父様、お義母様が草葉の陰から出て来られないでは御座いませんか」
「だって…ルナを探さないと――」
「わたくし如きに時間を取るなと申し上げているのです。だいたいこのハンカチだってお屋敷の皆様にわたくしが差し上げたもの。エリオナル様が使ってよいものではありません」
「え…貰ってないんだけど」
「エリオナル様に何故差し上げねばならないのです?これはわたくしがお世話になったなぁと感じた方にお渡しした物です。エリオナル様にはお世話になるほどお顔も合わせておりません。結婚して8年間で何度閨を共にしましたか?ゼロです。一度も御座いません。出した手紙にお返事を下さいましたか?ゼロです。一通もいただいておりません。何をしていたと仰られるほどに何も出来ない妻など必要御座いませんでしょう?もうわたくしの事は放っておいてくださいませ」
「ち、ちゃんとする。領地の事も屋敷の事もちゃんとする。騎士に戻れと言うなら戻る。だから帰ってきて。お願いっ!お願いです。帰ってきてぇ…」
「わたくしにやれと言われてやるのですか!己の矜持はどこに忘れてきたのです!」
「にゃい…そんなものはにゃいぃぃ‥ルナ以外要らないぃぃ。うわぁぁん」
ちらりとミーナ様を見れば、やれやれと呆れ顔で御座います。
仕方なくもう一度奥から濡れタオルを持ってきてエリオナル様にお渡しします。
「近衛隊の隊長でもあった方がこのようなお姿はお止めくださいませ」
「うん…ぐすっ…帰ってきてくれる?やり直したい。もう一度…ごめんなさい。本当に…酷い事を言いました。何も知らなかったくせに…全部押し付けてたくせに…思い上がってました。ごめんなさい…うぅう」
「泣くな!と申し上げているのです。聞えませなんだか!」
濡れタオルをもっと濡らして鼻と口を塞いでやろうかと思ったわたくし。
ですが…そんな事出来ません。死んじゃいます。やはり何も出来ない妻なのです。
「ですが、エリオナル様。離縁したい気持ちは変わりません」
「うわぁぁぁん。やだぁ…いやだぁ。絶対に離縁なんかしないぃぃ」
「あと、わたくしの名前はルナは愛称。こんな時くらいちゃんと呼んでくださいませ」
「ぁい…ルナリアヴィンレシティーナ…」
「はい、良く出来ました」
張り飛ばしたい気持ちを押さえたわたくし。
ちょっと出来る妻に‥あぁいけません。
離縁をすればもう妻では御座いませんわね。オホホ。
困りました。離縁調停の訴えを起こす事は可能です。ですが子爵家を嫁ぐ事で出たわたくしは離縁成立で平民となります。それは良いのです。子爵家も平民も生活は変わりません。
だけど貴族社会というのが足かせになるのです。エリオナル様は腐っても伯爵家当主。
訴え出ても貴族の意見が優先をされ、離縁によって平民になるわたくしの意見は採用されないでしょう。平民落ちを自ら希望するなんて‥‥調停員の方も貴族ばかりですので気が狂ったかと思われてしまうのです。
財政がどうであれ貴族である事が嫌な理由が判らないと離縁の申し立ては却下されるのです。
白い結婚も結婚生活が8年ともなれば、実情がどうであったかは問題視されず、何故それならもっと早くに訴え出ないのかと一笑に付されるでしょう。
未だグスグスと止まらない涙をタオルに吸わせるエリオナル様。
わたくしは溜息を吐きながら、打開策を考えねばならなくなったのです。
☆~☆
沢山のコメントありがとうございます<(_ _)>
先に完結をさせるので返信をするのがその後になります。ごめんなさい<(_ _)>
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