何も出来ない妻なので

cyaru

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何処に行っても怒られる

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「は?」

一言発して目の前の男性はそれ以上は何も言わなかった。
上を見上げ、首を傾げ、逆にも首を傾げたあと、後ろを向いて中年の女性に話しかけた。

私は妻の実家である元子爵家に来ていた。一言だけ音とも言っていい言葉を出したのは義兄上だった。その様子から扉を開けた瞬間は【よく来たね】という歓迎ムードも感じられる声色だったのに、【来てませんか】と聞いた途端に一言、いや一文字の返事になって不機嫌がオーラとなって漂っている。


「誰も来られてませんよ。この流感が流行る時期に…生まれる前にご連絡頂いた時は、赤子の首もしっかりとして4、5か月経った頃にと言われてましたよ。若いのにしっかりした娘さんだよ」

来ていないと言った女性は義兄上の奥方の母親らしい。
そうか…生まれる時期は流感が毎年流行るのだ。うっかりと祝いだからと見舞いに来れば生まれたての赤子もだが体力が落ちている義姉となる女性にうつす原因にもなりかねない。
ならば暖かい時期になり、赤子も首がしっかりとしてリズムが出てきた4、5か月目が丁度だろう。

心なしか義兄上の視線が痛く感じる。

「あの…」

「どうでもいいが…結婚して8年。まさか家出をするほどに妹は冷遇をされていたのか?そう言えば父上の葬儀も貴様は早々に途中で帰ったな。妹が幸せだと言っていたから何も聞かなかったが…現実はそうではなかったという事か」

「返す言葉もあり―――」 バゴッ!!

私の頬に義兄上の拳が叩きこまれ、わたしはまともに受けてしまった。
義兄上の御怒りは最もだ。反論する事も否定する事も私にはできない。

「幸せにすると!大事にすると!私と父に言ったではないか!だから反対だったんだ。伯爵家など上の爵位の貴族に嫁げば苦労しかない。おまけに騎士。滅多に家に帰らず外で女を作り、妻を泣かせるのが騎士だと聞くぞ!」

「違いますっ!確かに苦労はさせてしまいましたが…そこは何も言い返せません。ですがっ!ですが他に女を作るなど!あり得ません。私は愛している。ずっとずっと…初めて見た日からずっと愛している。他の女に目が移る事なと天地がひっくり返ってもあり得ない。そこは信じて頂きたいっ」

「はんっ。何とでも言いようがあるだろう。だが現実を見ろ。お前はここに何をしに来た?妹は行き先も告げず出て行った。だから私が知っているのでは、ここに居るのではとやってきた。違うか!」

俯いた私の足元にぽたぽたと鼻血が落ちる。一緒に涙も落ちていく。
不甲斐なさにこの場に伏せてしまいたい。

「とにかく。妹は私が探す。顔も見たくない。帰ってくれ」

「いえ、私が探します。こうなったのは全て私の責任なんです」

「あぁそうだ!お前のせいだ。まだ寒いこの時期に…なんてことを…」

「では、行きます。お手数をおかけしました」

「二度と来るな!」

バタンと乱暴に扉が閉じると中からはおそらく義兄上もどこかに探しに出かけるのだろう。バタバタと音がする。その扉に背を向けて繋いだ馬の手綱を外していると扉が開く音がした。

「おいっ!お前騎士だろう。国境は超えてないのか。国境を超えたなら関所を通る筈だ。記録はどうだった」

ハッとした。そうだ。国境を超えていれば出国者の記録が残る。
もう騎士ではないが、ツテを使えば出国したかどうかは知る事が出来る。
確か記録が届くのは5日に1回。早ければ明日にはここ5日の記録が集まる筈だ。
だが、時間的なロスがある。昨日、一昨日出国をしていれば記録を届ける係が出た後になり、それが判るのはもう5日後の事になる。

「おいっ!返事をしろ」
「義兄上。調べてみます。ありがとうございました」
「貴様に義兄上など呼ばれたくもない。その様子ではまだ調べてないな‥」
「はい。ですが明日は記録が集まる日。調べてみます」
「勝手にしろ‥‥と言いたいが判ったら知らせろ。いいな?!」
「はい」

手掛かりになるのかどうかわからない。だが…国境を超えていれば生存率がより下がるのも確かなのだ。女の一人旅。さほどに金も持っていないだろう。馬車に乗るには金がかかり、歩くには危険すぎる。

私は馬に乗り、関所からの報告書、記録を扱う部署にいる同期の騎士の家に向かった。


バシャッ!!

目の前に出されていた茶が今、私の頭を濡らしている。
同期の奥方がフーフー言いながら怒りを露わに私に茶を掛けたのだ。

「聞いてはいたけど…実の親の介護をまかせっきりで…それで何?もう一度言ってみなさいよ!取り乱してたって?よくもそんな悪魔のような言葉が吐けるわね!信じられないっ!」

そう。気の置けない友人でもある騎士に、どうして妻を探しているのだと聞かれ、親の介護などをさせた挙句に出て行く引き金にもなったあの言葉を口にした途端、奥方が修羅と化したのだ。

「まぁ、落ち着け。言ってしまった事はなかった事にはならない。だからこいつもこうやって――」

「何を甘い事言ってるの?アンタ、同じことを私に言うつもり?」

「言わないよ。僕は次男だし親は兄貴と同居してるじゃないか」

「じゃぁお義兄様に言っておきなさいよ。なんだかんだで使用人に任せっぱなしには出来ないのが介護よ。自分のスキルもやりたい事も全部後回しにしてするのが介護。それを職にしている人もいるけれど嫁いできた私達妻は介護要員ではないのよ。家の事、子供の事、領地の事、何もかもやった上で面倒の上に最上級が付く夫の世話!それだけで手一杯なのに…介護まで。介護を甘く見るな!女を甘く見るな!!それをそんな一言で…絶対に許さない。女の敵、人類の敵、全生物の敵よ!この部屋の空気吸うな!出て行け!出て行きなさいよ!」

奥方の怒りは益々ヒートアップするばかりだ。
顔の前ですまんと手を出し、友人の家を後にした。

馬車の集まる場に連れて行ったというから無駄かも知れない。そう思いつつ私は王都にある宿泊所を1軒1軒訪ねて回った。どの宿屋にも泊まっていないという。
名前を変えているかも知れないと特徴を話したが、女性が1人どころか2人連れもいなかったという。

いったい何処に行ってしまったんだ。
すっかり夜も更け星が見える空を眺めて私は馬に揺られた。
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