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第22話 多幸感と疎外感
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エクセは疎外感を感じてしまい、この頃はコリンナと会っても抱いても気持ちが晴れることがない。
体もスッキリした筈なのに、心の中にあるモヤモヤがすっきりとして空きになった「余裕」を侵食しまた苛立ってしまう。
部屋に戻り、自身の私財が明記された書類を手に取り捲る。
父親から引き継いだ事業は21あったがルビーと結婚した時で11になっていた。それから2,3か月経ちまた2つが終わった。
残りの8つも今年度の末には5つが終わる。
最後に残る事業はまだ20年ほど終了までは時間はあるけれど、保守なので年に2,3回定期的に視察をして報告書を出すだけ。
全ての事業が一番金が動く時期を終えていて、エクセの元に支払われる金は100万ピピほど。
来年度はこのままだと年間30万ほどの収支になってしまう。
「金を貯めるのは時間がかかるが無くなるのはあっという間だな」
収入の金額より支出の金額が上回っている月の方が圧倒的に多い。
それでも減るペースがダウンしているのはコリンナを離れに住まわせたから。
それまでは収入が150万ほどしかないのに会うたびにあれやこれやとコリンナに買い、小遣いを渡していたので300万ほど使っていた。
一番額が多いのがコリンナの母や祖父母がほぼ毎日医者にかかっている事だった。
「大人なのに小児専門医師…歩くのも辛いんだろうが…」
明細を見れば発熱もあるが、発疹や怪我も多い。それでも離れに住まわせる前よりは頻度は減った。
離れに迎えてからはコリンナに対しての生活費と「お手当」と呼ばれる小遣い。合計で100万ほどで済んでいるが支出を抑えるよりも収入を増やさねばならないのにそれが出来ない。
「僕も事業に混ぜてくれないかなぁ」
窓の外を見て声が聞こえてくる方に意識を集中させる。ルビーの部屋に行き、話に混ぜてもらいたい衝動を必死に堪えた。
夕食が終わり、ルビーの部屋はエクセの部屋からは見えないがこの頃は勤務時間が夕食の片付けで終了する使用人たちがサービス残業をしているのか直ぐに帰らず居残る事が多くなった。
エクセにしてみると良くない傾向である。
残業は公爵家で開く夜会などでしてもらわないと困る事もあるが自主的なものは遠慮してもらわないと時間給で雇う者の3割増になってしまう。
自身の支出を押さえねばならないエクセは財布が別の家の経済も心配になり、不要な残業をするなと「今日こそ言ってやる」息まいて使用人の控室に向かった。
いずれはエクセが公爵となるのだから、今のうちに釘を刺しておかねばならないと考えたからである。
使用人の控室に行くにはルビーの部屋となった客間の横も通らねばならない。
それもエクセには腹立たしかった。
「いくらそのうち死別で追い出されるとは言え、あからさまな言動に苛つくんだよ」
ルビーがこの客間の方が便利がいいからと部屋を移った理由などエクセには知った事ではない。単に夫人として扱われない事への抗議としか受け取れなかった。
「ルビーに文句を言うのは次だ。先に使用人――え?」
先に進めば使用人の控室がある。そこでたむろして残業時間を稼いでいるのだと思っていたが、ルビーの部屋から使用人の声が聞こえてくる。エクセは扉の前で足を止めた。
「やだなぁ。ルビーさん。これでも頑張ってるんですよ」
「判るわ。とっても上手だもの。こことか…なんだか気持ちいいくらいよ」
「そんな事言われちゃうと俺、もっと頑張っちゃいますよ。今夜は徹夜かなっ」
てっきり不道徳な行為に及んでいるものだと思い、エクセは勢いよく扉を開けた。
「何をして――え?」
部屋にいる全員が突然大きな音を立てて開いた扉の方向を注視していた。
部屋にいるのは男性使用人とルビーかと思ったら違った。
下男やランドリーメイド、御者見習いに馬丁、玄関で執事から荷物を受け取る従者見習いに食材や消耗品を納入している商会の娘、そしてルビーとナナ。
総勢15人がエクセを見た。
「あの…エクセ様?何か御用でしょうか?」
「なっ!お前、なんでここにいるんだ?」
エクセに声を掛けて来たのはメイド長。50代後半の女性。
侍女頭は侍女を纏める侍女のトップ。メイド長はメイドを纏めるトップ。
何とメイド長の足元には隠れるようにして確か6歳と聞いたことがあるが孫娘までいた。
「何って…ルビーさんに読み書きを教えて貰っているんです」
「は?なんでそんな事を?」
「読めませんし、書けないからですが?」
メイド長の体で大半が邪魔されているが、よく見ればこの客間。他の客間と違って内装が違う。
食事に使うような大きなテーブルの周りには椅子が10脚以上あって、部屋の隅には使わない椅子も片付けられている。
そのテーブルには全員が白い紙に何かを書いているし、お手本だろうか幼児用の絵本が何冊も置かれていた。
――僕、場違い?――
勢いよく部屋に飛び込んだはいいが、ドアノブから手を離すことも出来ないエクセ。メイド長の声にその後の言葉を続けることが出来ずにいるとルビーが近寄ってきた。
「公爵様、公爵夫人には許可を得ています。ここでは皆に文字を教えているんです。もしかして…残業だと思いましたか?そうであればご安心ください。ここはアフターですので賃金は発生していません。仕事終わりに一杯飲むか、1文字覚えるかの違いですので」
「あ…そういう心配じゃないんだ…突然すまなかった。続けてくれ」
「はい」
「ルーちゃんっ。見て!上手?上手?」
ルビーが返事をするとルビーの足元に御者の子供が上手に書けたと「B」が鏡文字になっているのに得意気に紙を見せる。
「まぁ!凄い!とっても素敵よ」
「えへへ。凄いでしょ」
「じゃぁ…この文字を逆に書けるかなぁ?」
「書くっ!書けるっ!」
子供に向かって笑みを向けるルビーの横顔を見てエクセの胸がツキンと傷んだ。
同時に体全体に感じた事のない心地よさ、多幸感が溢れて来る。
「あの…」僕も教えようか?そう言いかけたがメイド長がなかなか出て行かないエクセに声を掛けた。
「エクセ様?静かにしますので。どうぞ」
メイド長の手は「廊下に出ろ」と示している。エクセはどうするんだろうと数人の使用人の視線がエクセに突き刺さる。
エクセは「続けてくれ」もう一度言うと部屋を出て行った。
エクセは部屋を出ると、扉に背を預けて天井を見上げた。
扉の向こう側からはまた楽し気な声が聞こえてくる。
さっきまでの多幸感を疎外感が埋め尽くしていった。
――僕は間違ってたのかな――
いつもならこんな疎外感を感じるとコリンナの元に行き気持ちを鎮めていたが行く気にはなれなかった。
体もスッキリした筈なのに、心の中にあるモヤモヤがすっきりとして空きになった「余裕」を侵食しまた苛立ってしまう。
部屋に戻り、自身の私財が明記された書類を手に取り捲る。
父親から引き継いだ事業は21あったがルビーと結婚した時で11になっていた。それから2,3か月経ちまた2つが終わった。
残りの8つも今年度の末には5つが終わる。
最後に残る事業はまだ20年ほど終了までは時間はあるけれど、保守なので年に2,3回定期的に視察をして報告書を出すだけ。
全ての事業が一番金が動く時期を終えていて、エクセの元に支払われる金は100万ピピほど。
来年度はこのままだと年間30万ほどの収支になってしまう。
「金を貯めるのは時間がかかるが無くなるのはあっという間だな」
収入の金額より支出の金額が上回っている月の方が圧倒的に多い。
それでも減るペースがダウンしているのはコリンナを離れに住まわせたから。
それまでは収入が150万ほどしかないのに会うたびにあれやこれやとコリンナに買い、小遣いを渡していたので300万ほど使っていた。
一番額が多いのがコリンナの母や祖父母がほぼ毎日医者にかかっている事だった。
「大人なのに小児専門医師…歩くのも辛いんだろうが…」
明細を見れば発熱もあるが、発疹や怪我も多い。それでも離れに住まわせる前よりは頻度は減った。
離れに迎えてからはコリンナに対しての生活費と「お手当」と呼ばれる小遣い。合計で100万ほどで済んでいるが支出を抑えるよりも収入を増やさねばならないのにそれが出来ない。
「僕も事業に混ぜてくれないかなぁ」
窓の外を見て声が聞こえてくる方に意識を集中させる。ルビーの部屋に行き、話に混ぜてもらいたい衝動を必死に堪えた。
夕食が終わり、ルビーの部屋はエクセの部屋からは見えないがこの頃は勤務時間が夕食の片付けで終了する使用人たちがサービス残業をしているのか直ぐに帰らず居残る事が多くなった。
エクセにしてみると良くない傾向である。
残業は公爵家で開く夜会などでしてもらわないと困る事もあるが自主的なものは遠慮してもらわないと時間給で雇う者の3割増になってしまう。
自身の支出を押さえねばならないエクセは財布が別の家の経済も心配になり、不要な残業をするなと「今日こそ言ってやる」息まいて使用人の控室に向かった。
いずれはエクセが公爵となるのだから、今のうちに釘を刺しておかねばならないと考えたからである。
使用人の控室に行くにはルビーの部屋となった客間の横も通らねばならない。
それもエクセには腹立たしかった。
「いくらそのうち死別で追い出されるとは言え、あからさまな言動に苛つくんだよ」
ルビーがこの客間の方が便利がいいからと部屋を移った理由などエクセには知った事ではない。単に夫人として扱われない事への抗議としか受け取れなかった。
「ルビーに文句を言うのは次だ。先に使用人――え?」
先に進めば使用人の控室がある。そこでたむろして残業時間を稼いでいるのだと思っていたが、ルビーの部屋から使用人の声が聞こえてくる。エクセは扉の前で足を止めた。
「やだなぁ。ルビーさん。これでも頑張ってるんですよ」
「判るわ。とっても上手だもの。こことか…なんだか気持ちいいくらいよ」
「そんな事言われちゃうと俺、もっと頑張っちゃいますよ。今夜は徹夜かなっ」
てっきり不道徳な行為に及んでいるものだと思い、エクセは勢いよく扉を開けた。
「何をして――え?」
部屋にいる全員が突然大きな音を立てて開いた扉の方向を注視していた。
部屋にいるのは男性使用人とルビーかと思ったら違った。
下男やランドリーメイド、御者見習いに馬丁、玄関で執事から荷物を受け取る従者見習いに食材や消耗品を納入している商会の娘、そしてルビーとナナ。
総勢15人がエクセを見た。
「あの…エクセ様?何か御用でしょうか?」
「なっ!お前、なんでここにいるんだ?」
エクセに声を掛けて来たのはメイド長。50代後半の女性。
侍女頭は侍女を纏める侍女のトップ。メイド長はメイドを纏めるトップ。
何とメイド長の足元には隠れるようにして確か6歳と聞いたことがあるが孫娘までいた。
「何って…ルビーさんに読み書きを教えて貰っているんです」
「は?なんでそんな事を?」
「読めませんし、書けないからですが?」
メイド長の体で大半が邪魔されているが、よく見ればこの客間。他の客間と違って内装が違う。
食事に使うような大きなテーブルの周りには椅子が10脚以上あって、部屋の隅には使わない椅子も片付けられている。
そのテーブルには全員が白い紙に何かを書いているし、お手本だろうか幼児用の絵本が何冊も置かれていた。
――僕、場違い?――
勢いよく部屋に飛び込んだはいいが、ドアノブから手を離すことも出来ないエクセ。メイド長の声にその後の言葉を続けることが出来ずにいるとルビーが近寄ってきた。
「公爵様、公爵夫人には許可を得ています。ここでは皆に文字を教えているんです。もしかして…残業だと思いましたか?そうであればご安心ください。ここはアフターですので賃金は発生していません。仕事終わりに一杯飲むか、1文字覚えるかの違いですので」
「あ…そういう心配じゃないんだ…突然すまなかった。続けてくれ」
「はい」
「ルーちゃんっ。見て!上手?上手?」
ルビーが返事をするとルビーの足元に御者の子供が上手に書けたと「B」が鏡文字になっているのに得意気に紙を見せる。
「まぁ!凄い!とっても素敵よ」
「えへへ。凄いでしょ」
「じゃぁ…この文字を逆に書けるかなぁ?」
「書くっ!書けるっ!」
子供に向かって笑みを向けるルビーの横顔を見てエクセの胸がツキンと傷んだ。
同時に体全体に感じた事のない心地よさ、多幸感が溢れて来る。
「あの…」僕も教えようか?そう言いかけたがメイド長がなかなか出て行かないエクセに声を掛けた。
「エクセ様?静かにしますので。どうぞ」
メイド長の手は「廊下に出ろ」と示している。エクセはどうするんだろうと数人の使用人の視線がエクセに突き刺さる。
エクセは「続けてくれ」もう一度言うと部屋を出て行った。
エクセは部屋を出ると、扉に背を預けて天井を見上げた。
扉の向こう側からはまた楽し気な声が聞こえてくる。
さっきまでの多幸感を疎外感が埋め尽くしていった。
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