貴方が側妃を望んだのです

cyaru

文字の大きさ
上 下
7 / 16

公務

しおりを挟む
結婚式が終わり、1か月後からは公務が舞い込んでくる。

フランセアは王妃が不在のこの国で、王太子妃としてだけではなく王妃としても公務をする。勿論、何かに出席する折に国王にエスコートをしてもらうという事ではない。
この国の事情、決め事は諸国も周知の上である。
息子の妻をエスコートなどという事を強要したりはしない。

大量に持ち込まれた書類に順番を付けて次々に片付けていく。
王太子であるハロルドも当然分担をしているだろう事は、書類をみればわかる。
書類だけが夫婦の間を行き来するのであるから、ハロルドが目を通したものを確認する事もあればその逆も当然にある事だ。

数日の内にそれをハロルドも気がついたのだろう。
書類の間に【夕食を一緒にどうだろうか】というメモ書きが挟まっている。
フランセアは何事もなかったかのようにそのメモを丸めて屑籠に捨てる。

「この後の予定はどうだったかしら?」
「本日はルゼベルグ公爵様との会食となっております」
「そう、ではあと2刻ほどしたら支度を始めるわ。待たせるのは悪いから」
「承知致しました」

フランセアの住む離宮の使用人は全て3大公爵家から派遣をされたものである。
国王やハロルドの息がかかったものは一人としていない。それは門番、馬番、材料搬入の業者に至るまで徹底をして排除をしている。面倒ごとしか起こらないからである。

高く積まれた書類の山はどんどんと低くなっていく。
アゼントン公爵家にいた頃からフランセアは父の領地についての業務は手伝っていたし、婚約者期間においては今後の為と自ら率先して支障のない範囲で公務を行っていた。

「このフレア王国との輸入関税については陛下に直接戻してくださる?」
「殿下ではなく陛下にですか?」
「えぇ。忖度が丸見え。えげつないわね」

従者が数枚ページをめくると見知った名前が出てくる。ノフォビア伯爵家である。
側妃となる女の家だから特別に厳しいわけではない。
基準となる数値を大幅に超えて輸入関税をかけ、自領の農産物には優遇課税とする内容に思わず従者も眉を顰める。提出者の名を見ればやはりノフォビア伯爵家当主の名前である。

娘が側妃に数カ月もすれば召し上げられる事から、この程度ならばとなかなかに思い切った事をしたものだと鼻で笑ってしまった。

「取り潰しにでもしてくれればいいんでしょうかねぇ」
「まさか。青色吐息でも存続して頂くわ」
「お嬢様もなかなかですね」
「ふふっ。誉め言葉としておくわ。でもそれを抜きにしてもその数値はアウトよ」
「ごもっとも。ですがハロルド殿下は…印を押されてますね」
「くだらないメモを挟むのにいっぱいいっぱいだったんでしょうねぇ」

そう言ってフランセアが屑籠に視線を落とすと、先に検閲をしていた従者はプっと吹き出した。敢えて抜き取らずに挟んだままにしておいたが屑籠直行とはハロルドが聞いたらどんな顔をするだろうと想像をすると吹き出さずにはいられなかったのである。

「あと、貴方の仕事!ちゃんとなさいな。ゴミが挟まってたわ」
「これは、失礼を致しました」
「同じことを繰り返さないようにね。次はないわ」
「心しておきます」

フランセアが会食の準備のために自室に着替えに戻っていく。
すっかり片付いた公務書類を抱えて従者は王宮に向かった。





同じ頃、ハロルドも公務を行っていた。
フランセアが王太子妃と王妃の公務を一人で背負っているのに比べ、ハロルドは王太子の公務のみである。国王の公務を引き受ける事はまだなかった。
だが、目の前でフランセアの仕事量を見る事もない事から午前中で全てが片付くハロルドは時計を見て夕食にフランセアを誘う事を考えた。

勿論ビーチェの事も考えるが、ビーチェが召し上げられる前までになんとかフランセアと一度きちんと話をせねばならない。何を置いてもハロルドの緊急課題は初夜が済んでいない事だ。

――どれだけ待ったと思っているんだ――

何事もなければ、初夜も終わっていた筈なのに、こうなった原因を作った張本人が誰なのかを気がつかないハロルドを諫める者は誰もない。
公爵家の息がかかっていないはずの王宮の使用人達ですら、結婚前に側妃と言い出した王太子を見る目は厳しいのである。何故それが今なのかと勘繰る者は多い。

午後になり、3時の茶を嗜んでいると離宮から公務書類が届く。

ノフォビア伯爵家の書類は確かにハロルドは決済印を押したが、実のところフランセアの読み通り内容については覚えていない。夕食に誘う事、そしてどんなことを話そうかと考えていた時に手元にあっただけである。
ただ、それがノフォビア伯爵家当主が提出した物で、きちんと目を通していれば差し戻さねばならない内容であったのに決済印を押したことは大きな過ちであった。

が、それにもまだ気がつかない。
ハロルドの元に帰ってきた書類のフランセアのサインを指でなぞりながらも返事が挟まっていないか。それだけがハロルドの興味をかきたてる。

誤った決裁印を押した書類がそこにはなく、父の元に行った事にも気がつかない。
何度も書類を丁寧にめくり調べるが、フランセアからの返事はない。
小さな紙だったからすり抜けて落ちてしまったんだろうかと肩を落とすハロルド。

「確認頂けましたでしょうか?」

声を掛けられて、目の前の従者に視線を移す。フランセア付の従者だ。

「今夜、フランを夕食に誘いたいのだが、どうだろうか」

ハロルドの問に従者は事務的に答える。

「妃殿下は本日、離宮にて会食の予定となっております」
「えっ?聞いていないな…なら私も出向かねばならんだろう」
「いいえ。殿下は会食の参加者には入っておりません」
「何故だ?妻だけが会食などとおかしいだろう!」
「いいえ。公務ではなく私的な会食です」
「誰と!誰と食うんだ?」
「私的な事ゆえ、お名前まではお教え出来ません。ではわたくしはこれにて」

一礼をして去っていく従者。彼の言動に不備はない。
ハロルドとて、ビーチェと街に行った際に仮にフランセアが聞いたとしても「街を視察に行った」とは答えてくれるだろうが【誰と】という事までは教えないからだ。

王宮に居ないフランセアに会えるのは、重要な議会の時と夜会くらいである。
カレンダーを見ると今月はその予定がない。
結婚式を終えたばかりで、夜会を開く予定は早くて3か月後である。
最も、貴族たちの開く夜会は週に何度か行われているから誘う事は出来るが理由がない。

議会の開催はビーチェを迎える2週間前に開催になる。現在は閉会時なのだ。

今になって少し後悔の想いが湧き出たハロルドだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下の子を授かりましたが隠していました

しゃーりん
恋愛
夫を亡くしたディアンヌは王太子殿下の閨指導係に選ばれ、関係を持った結果、妊娠した。 しかし、それを隠したまますぐに次の結婚をしたため、再婚夫の子供だと認識されていた。 それから10年、王太子殿下は隣国王女と結婚して娘が一人いた。 その王女殿下の8歳の誕生日パーティーで誰もが驚いた。 ディアンヌの息子が王太子殿下にそっくりだったから。 王女しかいない状況で見つかった王太子殿下の隠し子が後継者に望まれるというお話です。

振られたから諦めるつもりだったのに…

しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。 自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。 その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。 一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…   婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

ボロボロに傷ついた令嬢は初恋の彼の心に刻まれた

ミカン♬
恋愛
10歳の時に初恋のセルリアン王子を暗殺者から庇って傷ついたアリシアは、王家が責任を持ってセルリアンの婚約者とする約束であったが、幼馴染を溺愛するセルリアンは承知しなかった。 やがて婚約の話は消えてアリシアに残ったのは傷物令嬢という不名誉な二つ名だけだった。 ボロボロに傷ついていくアリシアを同情しつつ何も出来ないセルリアンは冷酷王子とよばれ、幼馴染のナターシャと婚約を果たすが互いに憂いを隠せないのであった。 一方、王家の陰謀に気づいたアリシアは密かに復讐を決心したのだった。 2024.01.05 あけおめです!後日談を追加しました。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。 フワっと設定です。他サイトにも投稿中です。

王家の面子のために私を振り回さないで下さい。

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。 愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。 自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。 国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。 実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。 ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

処理中です...