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名前を指摘された日

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馬車が止まるとそこは異世界、いや教会の敷地内。
道で馬車を止めてしまうとあっという間に囲まれてしまうのだ。
護衛の騎士が居ようがいまいが関係がない。馬車を囲う民たちにしてみれば何かを恵んでもらわねばまた数日空腹に耐えねばならない。ここはそんな地域なのだ。


「これはこれは。第二王子殿下、並びに‥‥ご令嬢様。よくいらしてくださいました」

トーティシェルをちらっとみて、サビ柄ツートンの髪に蔑んだ笑いを浮かべる神父。
神に仕える身でありながら、あるまじき行為にハインリヒは今にも抜刀しそうな殺気がビリビリと伝わってくるが、当のトーティシェルは至って通常営業。

パッと見た時に、目を引く顔面は良くて中の下。通常で下の上なので気にしない。
髪の色だって元婚約者のユベルには「雑巾色」と呼ばれて「雑巾令嬢」とか「清掃後のモップ令嬢」と夜会で紹介された事も在る。いちいち怒っても仕方がない。
だって、染めない限りは生まれ持ったこのサビ色なのだし、トーティシェルは意外とこのサビ柄ツートンは気に入っている。良くも悪くも目立つので取引相手には覚えてもらえ易いという利点を重視。

そう、日野●2トンと同じで危険を察知。そして回避。回避できたことを良しとしてついてて良かったセーフティ機能くらいにこの髪色を愛しているのだ。

何より、蔑んだ目で見られたところで、この神父が居なければおそらく明日の朝にも教会の前に捨てられていく子は命を落としてしまう。小さな命の灯が続くのであればこの程度の事は受け流すに限る。


「申請があった個所はここですの?壁紙は張り直されてない気がしますが」

「実は廊下の床が抜けましてそちらの修繕に費用を回してしまいました。後日成果品の増減については王宮に報告書をあげるようになっております」

「費用については構わないが工事変更があれば工事中でも届けは出せるだろう」
「それがウッカリしておりまして。申し訳ありません」

しかし廊下を歩く限り、年度末歩道を掘り返しガス管や水道管の修繕をした後にように継ぎはぎにはなってない。それどころか床がギシギシと大人が数人立ち止まって話をすれば抜けそうな音がしている。

御不浄を覗いてみれば、床をくりぬいただけの「垂直落下方式@自力」である。
これでは小さい子供たちは、穴をまたぐだけで夜は恐怖で御不浄に行けないだろう。

「ハインリヒ様、御不浄については至急改修工事が必要ですわね。あと子供部屋。明らかに部屋の面積に対して収容人数が多すぎます。それに咳や目を擦る、鼻をすする子が多い…もしかするとシックハウス症候群かも知れません」

「そうか…御不浄については直ぐにウォシュレットを取り付ける様に――」
「何を仰ってますの!」
「え?便器を替えるんじゃないのか?」

「勿論交換と言いますか、設置を致します」
「なら、ウォシュレットの方が良いじゃないか。あれはいいぞ」

「ケェ~ッ!!これだから王子様はダメなのです!いいですか!便器と言っても色々あるのです。確かに!ウォシュレットは素晴らしい製品です!ですがっ!1社独占に官公庁工事が指定をするのはよくありませんっ!」

「ど、どういう事なんだ?」

「ウォシュレットと言うのは、TOTO様が販売をしている製品名です。官公庁工事の場合、このような時は【温水洗浄便座】と言うのです!そうすればTOTO様だけでなくLIXILリクシル様もパナソニック様もサンヨー様も三菱様も入札に参加できるのですよ?同等品を適正価格で値引きし設置してくれるところを探すのです」

「っと、いう事は王宮にあるのはウォシュレットでは…」

「違います。王宮に御座いますのはLIXILリクシル様プレアスシリーズ。ウォシュレットでは御座いません。何度も言いますがウォシュレットはTOTO様の製品ですっ」

「そうだったのか…温かくてお尻が洗えるのは全部ウォシュレットって言うと思っていた」

「不勉強にも程と言うものが御座いましてよ。まさかと思いますが‥この従者のジャンパーのこの部分…よもやファスナーなどと言っておりませんでしょうねっ」

トーティシェルは従者の着ている前開きジャンパーの上から下まで付いている金具を指をさしている。ハインリヒはぶっちゃけ【ファスナー】としか思っていないので答えようがない。

「見てくださいませ。この布部分テープと名がついております。このテープに取り付ける交互に噛み合うのがエレメント。エレメントはスライダーと言うこの指でジィィーっと上げ下げするこの小さいプレートみたいなものの名前です。上止め、下止めとありますが!!」

グイっと従者のジャンパーのスライダーをハインリヒに「御覧なさいまし!」と突きつける。


「ファスナーとはアメリカの企業が商標登録している名です。ウォシュレットはTOTO様の商標登録!間違った製品を指して許されるものではないのですよ!このジャンパーのスライダーにはlampoとあります。正しくは!」

「た、正しくは??」

「チャックとは広島県で誕生し日本開閉器商会・チャック・ファスナー社の商標登録!ジッパーとはB.F.Goodrich社の商標登録!現在は双方とも商標登録で呼び名を独占する権利はなくなりましたので、ジッパーもしくはチャックとお呼びくださいませ。王子たるもの間違いは許されませんッ」

「チャック・ウィ――」

「違います!彼はスポーツインストラクター!エアロビクス伝道者ですわ!」


鼻息荒く、気が付けばそう呼んでいた名前を「違うっ」と一刀両断されてしまった。
そして、くるっと神父の方を向くとビシィ!っと指さすトーティシェル。

「神父さん。あなた!クビです」
「えっ?ど、どうして私が‥‥製品名は間違っていませんよ」
「あなたが間違ったのは生き方です!」
「どういう事なのですか…」

「我がイヴェル侯爵家をペロペロキャンディと思われては困ります。勿論、不●家様のポップキャンディでもなければ、原●真二様のキャンディでもありません。舐めてもらっては困ります。調べは付いているのです。子供たちを不当に働かせてその賃金を詐取していますね。許しませんっ」

「なにを証拠にそんな事を。第二王子殿下の婚約者様と言っても言いがかりにもほどがありますよ」

「既に港湾事業の下働きに出していた子供たちは保護をしています。日当1万のところ、3人で1万。しかもそれをピンハネ。いえ、ネコババ。ジジイの癖にネコババ!おネコ様を愚弄するものは成敗致しますわ!正教会にもこの件は今頃報告済み。言い逃れは桜吹雪も越路吹雪も許しませんっ。本当にろくでなしですわ!梅垣●明様の鼻ピーナッツを煎じて飲ませて差し上げましょうか!」

「ほ、本当なのか‥‥神父がそんな事を…」
「ハインリヒ様は甘いのです。甘々の溺甘が許されるのはスパダリだけっ!」

「ハグっ…」

連行されていく神父の背を見送りながら、従者に【スパダリ関係の本】を至急入手するように手配するハインリヒだった。
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