侯爵令嬢のお届け便☆サビネコ便が出来るまで☆

cyaru

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初めてキスした日

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休憩が終わり走り出す馬車。
ウトウトとし始めるトーティシェルの隣に座り直して半分夢心地なトーティシェルに肩を貸してあげるのはハインリヒ。寝顔を覗き込めないのは残念だけど至福の一時。

手していた書類がパサっと床に落ちる頃には完全に夢の世界。
きっと明け方近くまで視察の日程や、子供たちに何をしてあげればいいか考えてたんだろうなぁと思う根拠が床に落ちた書類に所せましと書き入れられた赤いインクでよく判る。

今回、ハインリヒとトーティシェルが向かうのは、ペ・テイグリー国でもワースト3から外れたことはないほどに貧しい地域で貧困率と識字率は反比例の関係にある。
貧しくて学べず、結果犯罪に走る者も多いので、犯罪の摘発率も高いが逮捕される者の年齢が若年化しているのも問題となっているのだ。

以前は軽微な犯罪が多かったがここ数年は強盗や麻薬密売などの検挙率も右肩上がり。
殺人だけはこのペ・テイグリー国では重犯罪とされていて現行犯ならその場で刑を執行される事も在る。そこに余罪があっても辿れなくなり、被害者家族はモヤモヤした気持ちのままで人生を過ごす。

子供を労働者として使うのは5、6歳になってからで、それよりも若い年齢の乳幼児は教会の前に毎日のように捨てられている。まだ籠に入っていたりすればいい方で、そのまま地面に転がされている場合がほとんどである。
手間と費用だけが掛かる乳幼児は捨てられて、成長すれば養子として引き取り労働力として使い捨てする。それが今から行く地域の実情なのである。

順番に視察に行く地域は行きやすく安全で、特に問題がない地域は他の兄弟に取られてしまった。残ってしまったのが言ってみれば「スラム」であり、国の「お荷物」でもあるのだ。

しかしハインリヒはトーティシェルを見ている限り、一番最初に選べたとしてもこの地域を選んだのではないかと思う節があった。

「何もしなくていいものを掘り起こして、何の成果があるというのです?」

時折トーティシェルが口にしている言葉である。
問題のないものに手を入れても、問題点が見つからないのは当たり前である。
波風は立たないし、面倒な手回しも必要ない。ご令嬢には安心安全な事業となるのでその方が良いだろうと思うのだがトーティシェルにはそうではないようだ。

「ふえ…」
「起きた?いい夢が見られたか?」
「シンゴ・ヤナギサワですか?寝起きから、あばよとは…」
「いや、あばよとは言ってないんだが」
「笑ール応援団ですのね。寝起きの1人警察24時は結構キますわよ」

口元に手を当てて、きっとそれはトランシーバーだなとクスリっと笑ったハンイリヒ。
トーティシェルの頭をポンポンと優しく撫でて、まだ寝てていいと体をくっつけるとやはり眠いのかまたウトウトと瞼を閉じてクゥクゥと寝息を立て始める。

が!


「うわっ!わたくし、何をしちゃってましたのっ」

バッと飛びのいたトーティシェル。覚醒したようである。

「何もしていないよ?そのままだと寝心地が悪いかなと思って」
「い、いえ。とても寝心地は良かったのですが…申し訳ございません。なんてはしたない真似を」

「気にしなくていいよ。出来れば膝に乗せたかったくらいだし」
「ひっ膝っ!何てことを仰るのです。殿下の――」
「殿下じゃないでしょ?ハインツ!言ってみて?」
「ハ、ハ‥‥ハイン‥‥お、お待ちください!今まだ頭が起きてませんの!持病の癪がっ!」

頭を抱えるトーティシェルだが、間違っている。
持病の癪は腹部または胸部を押さえねば意味がない。頭を抱えればただの仮病だ。
慌てふためくトーティシェルはハインリヒにとってはご褒美でしかない。更に距離感を縮めるためにハインリヒは思い切って奥の手を使った。

「トーティ。こっち向いて」

ふっとハインリヒのほうを向くと、頬を両手で包まれて【ちゅっ♡】っと初めてのキスをされてしまったではないか!おまけに人生初なのに長い上に何かが侵入してこようとしている!

「ウニャー!」

「ごちそうさま(ぺろり)」

「酷いですっ!初めてっ初めてだったのに!これでは帰宅してもママンの顔が見られませんわ」

「大丈夫。ほらポケットにはコインじゃなくてクッキーしか入ってない」

「まさかそれは、ふしぎなポケット!叩いてコインを増やそうなどと…王子としてあるまじき行為ですわ!コインで夢を数えるのは結構ですが買うのは絶対にダメですっ!!それに粉々になったクッキーは踏んでしまったガム並みに洗濯に手間がかかりますのよ!」

「ふふっ。やっといつものトーティになった。落ち着いただろ?」
「こっこれが落ち着いていられますかぁ!!」
「じゃ、もう一回キスするしかないね」
「しませんっ!こういう事は馬車の中でするものじゃありませんっ」

意外にお固いトーティシェル。ハインリヒはいつでもどこでも問題ないのに…と思いつつもフニャっと笑ってトーティシェルの頭をポンポン。


フーフーと髪の毛が逆立つような息をしながらも隣が何時の間に定位置になったのか、離れようとしないハインリヒに多少の諦めモード。
ただ、2回目のキスは多分「シャーッ!」と引っ掻かれそうなのでハインリヒも自重している。


「そろそろ到着するけどあまり治安がいいとは言えないから注意してくれよ?」
「判っておりますわ。で、手を放してくださいまし?」
「嫌だよ。せっかく繋いだのに…匂いを嗅がないだけいいだろう?」
「ヒキマスワ…」

物理的距離が縮まった馬車の中。
そして、2人の運命を決定づける出来事が孤児院で待ち受けるのだった。
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