あなたが私にくれたもの

cyaru

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第04話  シリウスのボタン

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目の前にあったのは真っ暗な森。

「お嬢様。申し訳ございません」

屋敷では乱暴な言葉使いに変わっていた従者はシリウス。
突然丁寧な口調で深く頭を下げた。

「いいの。そうしないと貴方は仕事を失うものね。何も悪いことはしていないわ。主の指示に従っただけよ。だから謝らないで」

「でも…俺はお嬢様には良くして頂いて。お嬢様のおかげで生まれたばかりの娘は命を落とさずに済んだんです」

「ううん。当たり前のことをしただけ。元気になって良かったわ」

「うあぁぁっ!お嬢様‥申し訳っ!申し訳ありませんっ!」

シリウスの娘は生まれてはきたものの呼吸が上手く出来ず、時間を追うごとに危険な状態に陥った。侯爵家お抱えの医者は匙を投げ、グレイスは金を工面し王宮の侍医を呼び、祈り続けた。

どちらの効果があったのかは判らない。一晩持ちこたえた小さな命は吸えなかった分の空気を吸って大きな泣き声を上げたのだ。今では親の後を追ってトテトテとおぼつかない足で伝い歩くことが大好きなお転婆娘だ。

両膝をガックリと地に付けて申し訳ないと何度も詫びるシリウスの肩に手を置き、グレイスは「貴方は悪くない」と繰り返した。

涙が止まらないままシリウスは立ち上がると屋根に括りつけたトランクを下ろし、グレイスに手渡した。
同時に「ちょっと待ってください」と御者席に戻り、丸めた上着から袋を取り出した。

「これ…急ぎだったんで空いてるのが小麦の入ってた袋しかなくて。みんなから預かりました」

「まぁ…こんなに…」

「何の足しにもなりません。しかもこれっぽっち」

「そんな事ないわ。これで暫くパンが食べられそうね。パン屋さんを見つける方が先かしら。ふふっ」

袋にはグレイスが追い出されると知って使用人たちがなけなしを出し合ったカンパが袋に残る小麦の粉を浴びて入っていた。
金貨こそないものの2枚、いや3枚か。銀貨も見える。
皆が財布の中身を全部入れてくれたのだと思うとグレイスは鼻の奥がツーンとして涙が零れた。


「お嬢様、ここから先は馬車が走れません。こちらに走ってきたのは、この先にキースって男の家があります。変わり者ですけど…俺の友人なんです。これを持って行けば…シリウスから託されたと言ってください。悪いようにはしないはずです」


シリウスは上着のボタンを引き千切るとグレイスの手のひらに握らせた。
手の平に置かれたボタンは他のボタンとは少し色が違う。

「騎士時代の同僚なんです。ボタンを見れば俺からの頼みだと解ってくれます。暫くはそこに身を寄せれば飢えることはないかと」

「でも…迷惑をかけてしまうわ」

「お嬢様!諦めないで生きる事を選んでください!迷惑だのそんなのは後回しです。生きるか死ぬかなんです。生きる事を選んでください!」

シリウスの声と手の平のボタンにグレイスは心が揺れた。

家からも見放され、朽ち果てるしか選択肢が無かった。

考えてみれば今までグレイスの意思で「こうしよう」と実行したことは一度も無かった。
全て周りの言う通りに生きてきて、そして捨てられた。

生まれて21年。初めて自分の意志で決められる、選べる事を知り、そこに小さな希望が見えた気がした。

――私、生きてても良いの?――

迷惑をかけるかもしれないが、生きる選択肢もあるのなら。
「生かされているのはアルフレット殿下のおかげ」、有事の際はアルフレットの盾となり命を差し出せと教えられてきたけれど、自分の意志で生きる事を望んでもいい。

グレイスはボタンをギュッと握った。
シリウスはグレイスのボタンを握る手に力が入った事を感じ、涙にぬれた顔に笑顔を浮かべた。

「今は色々と考えている時間はありません。実は…逆の山に捨ててこいと言われたんです。でも向こうには知り合いもいなくて。男の家なので心配だと思いますがその辺りは弁えてる男なので」


シリウスなりに考えたのだろう。
逆の山なら食料を持っていたところでアテもなく森を彷徨うだけになる。それなら見知った人間が住んでいる山にグレイスを置いた方がまだ生きて行ける可能性がある。

「一緒に行ければいいんですけど。すみません。それから…クレアからドレスを1着預かってます。これから逆の山に行って置いてきます」

「そんな。夜が明けてしまうわ。家に帰らないと」

「これくらいへっちゃらですよ」

何かの事情で王家や侯爵家がグレイスを探しても、グレイスはもう死んでしまったのだとする目くらまし。
シリウスがクレアから預かったドレスは救済人のエナが現れる少し前の夜会用にアルフレットから贈られたものだ。

グレイスはドレスには思い出があった。
光に透けるレースにはアルフレットの紋が刺繍されている。
世界で1つ、唯一無二のドレスだ。

身に纏い、踊った時は幸せの絶頂だった。

胸がチクリと痛んだが、アルフレットに思いを残すよりも今は使用人たちの思いに応えるべき時とボタンを握る手にさらに力を込めた。


「良いですか?この道を真っすぐ。大きな二股になった木があるので左です。後は道なりです」

「ありがとう。気を付けて戻ってね」

「お嬢様も…今度会う日までお元気で」

シリウスは馬車を引く馬の手綱を引いて馬車を旋回させると来た道を戻っていった。

グレイスは御者席にあるランプの明かりが見えなくなるまで見送り、トランクを手にすると真っ暗な森の中を前に進んでいった。
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