旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

文字の大きさ
上 下
49 / 56

女神の涙と死者の魂

しおりを挟む
ドレーユ侯爵はテーブルに置いた小箱の蓋を取る。
コトリと蓋をテーブルに置くと、シャロンに小箱の中身を見せる。
白い布が敷き詰められた中に、深紅の石と紺碧の石が並んでいる。

「紺碧の石の名前は 女神の涙、深紅の石の名前は 死者の魂です」

シャロンは宝石にはあまり詳しくはない。
大きければ良いものではないし、カット面が多くてもよろしくない。
透明度だとか硬度だとか、産地だとかいろいろな条件が絡まる宝石。
シャロンにはその価値が見いだせない。

「どうぞ手に取ってみてください」
「そっそんな、畏れ多いですわ」
「いいえ。この子たちは貴女を待っていたのです。いやこの言い方は
語弊がありますね。貴女の元にやって来た。これが正解でしょう」
「わたくしが、引き寄せたと?」
「えぇ。何事も適材適所。宝石に限らずですけどもね。
さぁ、手に取ってみてください」

シャロンは少し震える手で、まずは紺碧の石を手にする。
手のひらに乗せると紺碧の石は薄っすらと青白いオーラを放つ。

「えっ?えっ??あの…何か光がっ…あっ!」

シャロンは青白いオーラを放つ宝石を乗せた手のひらに熱を感じる。
箱に戻して良いものか変わらず、おろおろしてしまう。

「貴女は今、手のひらに熱を感じているのでは?」

ーーどうしてわかるの?ーー

光に驚くのは視覚で判断できるが、手のひらに感じる熱は
熱いわけではなく、人肌よりも温かい程度である。
何より、それがどうして 熱 なのか?を知っているのだろうと
宝石よりもドレーユ侯爵に驚いた。

「さぁ、一度置いて、次はそちらを手に取ってみてください」

シャロンは空いた手の親指と人差し指で宝石をつまむと
そっと箱に戻し、もうひとつの宝石を手のひらに乗せる。
乗せた瞬間、宝石が霧に包まれるような細かい粒子に囲まれる。
そして手のひらに感じたのは、チクリとした痛みである。
熱ではなく針、いや、木の棘がプツリと刺さったような
突くよりも刺さるという痛みである。

ドレーユ侯爵は何もかもお見通しなのか、

「少し痛かったでしょう?ですが感じるだけで傷にはなりません。
ご安心なさい。さぁ戻して」

そっと石を箱に戻すとシャロンは自分の手のひらをまじまじと見つめる。

「この2つの石ですが、ご説明いたしましょう」
「は、はい。お願いいたします」

シャロンは眺めていた手を慌てて膝に戻す。

「先に貴女が手にした紺碧の石。さすがですね。
これは 女神の涙 と言います。
1000年以上前、この地が戦乱で荒れ果てた事を嘆いた女神の涙が
天からポツリと落ち、地上に草木を生やし、人々の心を洗い流したと
伝えられています」

「少し温かみを感じたのですが」

「えぇ。そうでしょう。その温もりは女神の抱擁とも言われます」

「女神の…抱擁…」

反復するようにシャロンは呟く。

「そして深紅の石は 死者の魂 と言います。
こちらは人々の心を洗い流した時に、亡くなった者は不浄のままだと
されないように女神がその魂を集め浄化したと伝えられています」

「魂の浄化ですか…」

「貴女には、愛と死の女神であるフーレィリヤの加護がある。
貴女こそその石の本当の持ち主なのです」

「あの…私にはこのような宝石を買った覚えも、
買ってもらった覚えもありませんし、持ち主ではないと思います」

「フフフ。貴女は本当に困ったひとだ。
この石は金で買えるようなものではないのです。
そして、持ち主こそこの石に本当の働きをさせることが出来るのです」

「本当の働きとは…この石を使って何かをするのですか」

「えぇ。そろそろ妖精の目覚める頃ですから
その時が来た…という事でしょうね」

「それは、この石を使ってシリウスを、いえ彼を
どうにかするという事なのですか?
嫌です。嫌です。あの人はもう死んでしまうのでしょう?
体は屍となって、魂は妖精になるのでしょう?嫌です!
もう、もう…シリウスに辛い事をさせたくないっ!」

ドレーユ侯爵は目の前で涙を流し、もうシリウスに何もしないでと
嗚咽交じりに懇願するシャロンを慈しむような目で見ている。

「時間はもうありません。完全に屍となる前に‥‥
貴女にはやるべき事があるのです」

「嫌ですっ」

「困りましたね…」

ドレーユ侯爵は宝石を2つ手に取ると、席を立ち
シャロンの隣に行き、シャロンの手に2つの宝石を握らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~

あんこ
恋愛
 初恋の彼と結ばれ、幸せを手に入れた筈……だった。  幼い頃から相思相愛で幼馴染のイースとふたりで村から王都に出て来て、一年半。久々に姿を見かけたイースは、傍らにぶら下げた知らない女の腰を寄せながら、冷たい声で私に言った。 「あいつ? 昔、寝たことがある女。それだけ」   私の初めてを全て捧げた彼は、夢を叶えてから変わってしまった。それでも、離れることなんて考えてもみなかった。十五年間紡いで来た関係は、たった一年半の王都暮らしで崩れ去った。  あなたにとって私は、もう何の価値もないの?  叶えた筈の初恋を失い居場所を探す女性と、初恋の彼女と結ばれ夢を叶え全てを手に入れた筈が気付けば全て零れ落ちていた彼の話。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

処理中です...