旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru

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夫と向き合うも

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仕事も失ってしまったシャロンは底抜けに明るい(元)同僚に
家まで送ってもらったが、1人部屋に入ると泣き崩れた。

灯りもつけずに居間にある食卓テーブルに肘をついて
シリウスの帰りを待つ。

明後日から2週間の遠征があるのは知っていた。
だから着替えを取りに少しでも帰ってくるはずだと
シャロンは疑わない。

時計が12時の日付を変える時刻になっても
シリウスは戻らない。

ーーそのまま遠征に行くのかしら。それとも昼に戻るの?ーー

体は肉体的にも精神的にも疲れていたが
不思議と眠くはならなかった。
時計が午前3時を過ぎた頃、玄関のドアを開ける鍵の音がした。

ガチャリと扉が開くと、無精ひげをそのままにシリウスがいた。
シリウスもこんな時間にシャロンが起きているとは思わず
ただ驚いた。

「どうしたんだ?眠れないのか?」

自分だって疲れているだろうにとシャロンはシリウスを想う。
しかし、今日こそはと覚悟を決める。

「シリウス・・聞きたい事があるの」

シリウスもここ最近は騎士団の官舎に詰めていてシャロンを
放りっぱなしだった事に罪悪感がないわけではない。

「聞きたい事?なんだい?」
「少しでいいの。座って」

明け方までに戻ればいいとシリウスは考えていたので
竈に魔石を放り込み火を起こし、ケトルに水瓶から水を入れて
湯を沸かした。
お揃いのマグカップを棚から出して並べる。

「コーヒーだけど淹れるよ」
「ありがとう」

シュンシュンと湯が沸騰する音が静かに聞こえる。
シリウスはケトルから湯を注いでコーヒーを淹れた。

「聞きたい事?どんなことを聞きたいんだ?」

マグカップの1つをシャロンの前に出し、椅子に座る。

「シリウスはわたくしの事を愛してくれているの?」

真っ直ぐに自分の目を見つめながら聞くシャロンを
ちゃんと向かい合ってシリウスも答える。

「愛しているよ。僕の愛は君だけのものだと誓っただろう」

刹那、シャロンは薄い微笑を浮かべた。

「1年半前、家にカリナさんが来たわ。子供を連れて。
今月分のお金を貰うために。貴方が妻帯者だとは知らなかったみたい」

シリウスは答えない。

「そのあと、同僚と街で貴方とカリナさんがカフェでお茶をして
店を出た後、腕を組んで歩いて行くのを見たわ」

シリウスは、はぁとため息を吐いて、こめかみを指で押さえる。
言葉は何も吐き出さない。

「貴方の名前宛に子供のおもちゃが届いた。
貴方はそれを届けに行った」

「わたくしが指を怪我した時・・あなたの下着を洗っていたの。
わたくしが買ったものではない男性の下着。花の香りがしたの」

シリウスはまだ答えない。いや答えられないのだろうか。
シャロンは長い沈黙を破る。

「ここ半年ずっと言えなかったけど・・聞くに堪えない噂で
わたくしは市場の仕事をも失ったの。
カリナさんの子供の名前はソティス。シリウス、貴方の名前の別の呼び名。
子供が産めないわたくしは・・もう要らなかったのよね。
だから家に帰らず、早番でも遅く帰り、遅番でも早くに家を出た」

シャロンの目から涙が一筋零れ落ちた。
シリウスが口を開く。

「神でも何でも誓う。俺は君以外抱いた事はない」
「神様は見えないし声も聞こえない。貴方が嘘を言っても私にはわからない」
「嘘じゃない!」
「じゃあ、カリナさんとその子供は何なの?どうして貴方との
体の関係を匂わすような事をわたくしに言うの?」
「カリナの事は・・今は言えない。だけど!これだけははっきり言える。
俺は彼女とそういう関係じゃない」

シャロンは拳を固く握る。手のひらに爪が刺さるほどに。
そして、声を絞り上げる。

「じゃあどうして、わたくしがまだ子を身ごもった事のない・・
石女だと言われなければならないの!何故彼女が知ってるの!!」

また二人を長い沈黙が襲った。
空が明け始めた頃、シリウスは冷めきったコーヒーを一気に飲む。
そして立ち上がり、シャロンを抱きしめる。

「ちゃんと話をしよう。遠征から帰ったら全部話す。
それまで待っていてくれないか」

「貴方はそうやっていつも逃げる!休日でも仕事、早くに帰る日も仕事!
話を聞いてくれるんじゃなかったの?
もう嫌なの!貴方が思っているよりわたくしは貴方を愛してるの!
だから・・・だから苦しいの!」

肩で息をするシャロンは腹に力を込めてシリウスに叫ぶ。

「もうわたくしを放して!離縁してほしいの!」

シリウスは思わずシャロンの頬を両手で抑えると深く口づけをした。
角度を変えて何度でもシャロンの息を奪う。

「愛してる。俺には君だけだ。だからもう少しだけ待っててくれないか」

シリウスを愛しているから信じたいと思う気持ちと
カリナの口から出たシリウスの裏切りを許せない気持ちと
結局仕事を優先させてしまうのだという気持ちが
シャロンの中で揺れ動く。

そして、心の中で1つの気持ちに亀裂が入り砕け散る。

シャロンは出来る限りの微笑をシリウスに返す。
シリウスはそれを了解だと受け取った。

シャロンの心の中はもう愛が流れ落ちてしまった。

ーーーせめて最後は笑って見送ろうーーー

「2週間の遠征だけど、帰る日を書簡で送るよ」
「えぇ。戻ってくるのを楽しみにしているわ」
「帰った日は君の作った夕食が食べたい。ビーフシチューがいいな」
「そう・・(にこり)」

「行ってくるよ」
「行ってらしゃい」

玄関で以前のようにキスをするとシリウスは出かけて行った。
シャロンは小さく呟いた。

「さよなら」
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