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遅い後悔~義母~
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★この回は義母の視点です
◆~◆~◆
皇帝陛下から息子が妻を下賜された。
私はこの事実にもっと目を向けて、よく考えるべきだった。
息子のアポロンが望んだのだと聞かされて【下賜】という言葉を忘れてしまっていた。
皇帝陛下の異母妹だと聞かされて、ストンと心に落ちた。
リガール帝国は一夫一妻の国。その教えを破れば皇帝とて信仰心の熱い民からそっぽを向かれる。聖教会の後ろ盾もあって信仰する民が多い地ではリガール帝国へ属する事を願う民たちが蜂起し異教徒の国王を追放した。
武力だけでリガール帝国が大きくなったわけではないのだ。
その前皇帝が不義を犯した。だが家族に殊更愛情を注ぐ皇帝は母が違えど妹の身を案じ、セリーヌ伯爵家を介する事でシスティアナの身を守った。
そして、私の息子アポロンに妻として娶らせる事でその先の安寧を願ったのだろう。
誇るべきだった。私の息子が皇帝陛下にそこまで信用、信頼されてるのだと誇るべきだった。そしてやってきた新しい娘を温かく迎えるべきだった。
侯爵家の出だった私は、結婚当初は苦労した。格下の侯爵家から嫁いだとあって義母(アポロンの祖母)がどんなに庇ってくれても、【公爵家の使用人達】の目は厳しかった。
お嬢様と育てられた私は、友人たちとの茶会はよく行っていたけれど、年上の面倒な夫人達が嫌いで母や姉について茶会に行くことはなかったせいで嫁いだ後は顔を覚えてもらうのに苦労をした。
マナーや所作がなっていないと影で笑われる上に、やっとできた子供は女の子。
女腹だとたった1回のお産なのに後ろ指を指される日々が始まった。それでも義母は子供は子供だし、家督を継ぐのは女でも問題ないと笑ってくれたのに。
だけど、義母は男の子を2人産んでいる経緯から私を見下していると思ってしまった。
アポロンが生れた時は本当に嬉しかった。
だから寄ってくる女が煩わしく、社交界にデビューする時もついて回った。
自分が行けない時は姉のイルマにエスコート役としてイルマに監視をさせた。
やっとの思いで、この娘なら大丈夫だろうと婚約をさせたけれど失敗だった。
アポロンが生きるか死ぬかの戦場に居る時に、その娘は何人もの男を股に咥え込み、子供を宿してしまった。処女でないというだけなら私もそうだったように問題はない。
だけど、どこの馬の骨かも判らない男の種を育てている女を迎え入れる事は出来なかった。
持参金を5倍にすると言ったけれど、10倍でも足らない。
嫁げば大人しくするとは妊婦の身で結婚まではまだ遊ぶというのか。
当然その婚約は破棄となったが、アポロンは女性に対して強い嫌悪感を持つようになってしまった。
アポロンの言葉に目が覚める思いだった。本当なの。
確かに王女殿下だからと優しくして伯爵令嬢だからと虐めるのなら、イルマやイザベラの子供たちが虐められてるのを静観、いや、一緒になって虐めているのと同じだわ。なんて最低な事をしてしまったのか。
アポロンを取られるような気がして、息子が遠くに行くような気がして少しだけ意地悪をしてみただけだった。悪気はなかったし、嫁姑の問題なんてどの家にもある事。
だから、以前にイルマやイザベラが嫁ぎ先で注意をされたと泣きついて来た事を利用した。
歩く時にドスドス歩くのはみっともないって言われるの。
食べる時にクチャクチャと音をさせるなと言われるの。
スープを溢したら汚いものを見るような目で見られたの。
公爵家のご令嬢だったのにって伯爵家如きが偉そうなの。
それを少しだけ変えて、私がシスティアナに言われているとイルマやイザベラに伝えた。
年を取ると歩く時に音がしちゃうの。みっともないですわと笑われるのよ。
食べている時にカトラリーの音が気になると席を立ってしまうの。
スープを飲む姿を犬だと言われてしまったわ。
公爵家の事を教えようとするのだけど陛下の後ろ盾をちらつかされるの。
公爵家の味付けは老人風味ですねって…そんなに薄味かしら?
それを聞いたイルマとイザベラは当然顔を真っ赤にして怒り狂った。
イルマやイザベラが強い物言いをしたり時に手を挙げた時も私は‥‥それを助長した。
マイラが屋敷に来た時、特別マイラが可愛いわけではなかった。
正直、以前から問題行動の多かったマイラは面倒でしかなかったけれど、マイラがアポロンの事を少なからず気にしている事は気が付いていた。
露出の激しい服で周りをうろちょろするし、宿泊する時もわざとアポロンに偶然を装って遅い時間まで一緒にいようとしたりする浅ましさは判っていた。
だから利用をした。マイラを大事にしているように見せる事でシスティアナが落ち込んでいく様子を見て【私の息子を奪った罰】を与えただけのつもりだった。
階段から落ちた時、マイラがシスティアナのドレスの裾を踏んだのは判っていた。
だけど、あんな大怪我をするなんて思ってなかった。
少し前にアポロンにもう近づくな、家を出て行くと言われなんとかしなくてはとイルマ、イザベラが来た時に相談をした。
その時、本当のことを言えば良かった。
私はされてもいない事を次々と並べて実の娘2人を煽ったのだ。
アポロンからシスティアナが妊娠している事を聞かされ、私は大事な公爵家の跡取りを殺してしまうところだったと背筋が寒くなった。
そして公爵家を捨てる、家を出て行くのも決定的になった。挙句私も捨てるというアポロン。
アポロンが遠征から戻るまでに何とかしなくてはと、私はまた間違えた。
イルマとイザベラ、そしてマイラにアポロンを取られる、公爵家を取られると泣きついた。
本当はそうじゃない。だけどそれをシスティアナのせいにした。
サインをする時、システィアナは私を見た。
それは助けてくれと願うものではなく、真意を教えろという言葉が聞こえた気がして私は目を反らせた。
【判りました。サインをします】
とシスティアナが言った時【違うの。やめて】と一言声をあげれば良かった。
サインをした離縁書を【冗談よ。ごめんなさいね】と目の前で破れば良かった。
別れの挨拶も要らないと言われたシスティアナは本当に出て行ってしまった。
馬車で行ったのなら行き場所をこっそり御者に聞けばいいと思ったけれど公爵家の馬車は1台も動いていなかった。ぽつぽつと雨が降り出し、歩いて出て行ったシスティアナの事を考えると、なんてことをしてしまったのだろうと立っているのもやっとな私にマイラが言った。
【お腹の子を養子にしてもいいですよ。アポロンの事は任せてね。伯母様】
ゾッとした。こんな女が入り込めばダニどころではない。
アポロンになんと詫びよう。どうやって言い訳をしようかと思っているとアポロンが帰ってきた。
激昂するのは当然。イルマが殴られたけれど本当に殴られるべきは私。
陛下の異母妹という事実を知って、私はもうどうすればいいのか判らなくなった。
処罰は免れないけれど、亡き夫の弟家族、私の兄や姉の家族、そしてイルマとイザベラの嫁ぎ先まで処罰が及ぶ事は間違いない。首を吊って死んでしまいたいけれど死ぬことも怖くて出来ない。
そしてあんなに望んで大事に育てたアポロンの心はもう完全に離れてしまった。
亡くなる間際の義母の言葉を思い出した。
【苦労ばかり掛けてごめんなさいね。不出来な息子、公爵家をお願いします。あなたは自慢の娘よ】
お義母様。ごめんなさい。
私は取り返しのつかない事をしてしまいました。
深夜になっても、空が白み始めてもアポロンは戻ってこなかった。
雨は更に激しく降り始めてしまった。
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皇帝陛下から息子が妻を下賜された。
私はこの事実にもっと目を向けて、よく考えるべきだった。
息子のアポロンが望んだのだと聞かされて【下賜】という言葉を忘れてしまっていた。
皇帝陛下の異母妹だと聞かされて、ストンと心に落ちた。
リガール帝国は一夫一妻の国。その教えを破れば皇帝とて信仰心の熱い民からそっぽを向かれる。聖教会の後ろ盾もあって信仰する民が多い地ではリガール帝国へ属する事を願う民たちが蜂起し異教徒の国王を追放した。
武力だけでリガール帝国が大きくなったわけではないのだ。
その前皇帝が不義を犯した。だが家族に殊更愛情を注ぐ皇帝は母が違えど妹の身を案じ、セリーヌ伯爵家を介する事でシスティアナの身を守った。
そして、私の息子アポロンに妻として娶らせる事でその先の安寧を願ったのだろう。
誇るべきだった。私の息子が皇帝陛下にそこまで信用、信頼されてるのだと誇るべきだった。そしてやってきた新しい娘を温かく迎えるべきだった。
侯爵家の出だった私は、結婚当初は苦労した。格下の侯爵家から嫁いだとあって義母(アポロンの祖母)がどんなに庇ってくれても、【公爵家の使用人達】の目は厳しかった。
お嬢様と育てられた私は、友人たちとの茶会はよく行っていたけれど、年上の面倒な夫人達が嫌いで母や姉について茶会に行くことはなかったせいで嫁いだ後は顔を覚えてもらうのに苦労をした。
マナーや所作がなっていないと影で笑われる上に、やっとできた子供は女の子。
女腹だとたった1回のお産なのに後ろ指を指される日々が始まった。それでも義母は子供は子供だし、家督を継ぐのは女でも問題ないと笑ってくれたのに。
だけど、義母は男の子を2人産んでいる経緯から私を見下していると思ってしまった。
アポロンが生れた時は本当に嬉しかった。
だから寄ってくる女が煩わしく、社交界にデビューする時もついて回った。
自分が行けない時は姉のイルマにエスコート役としてイルマに監視をさせた。
やっとの思いで、この娘なら大丈夫だろうと婚約をさせたけれど失敗だった。
アポロンが生きるか死ぬかの戦場に居る時に、その娘は何人もの男を股に咥え込み、子供を宿してしまった。処女でないというだけなら私もそうだったように問題はない。
だけど、どこの馬の骨かも判らない男の種を育てている女を迎え入れる事は出来なかった。
持参金を5倍にすると言ったけれど、10倍でも足らない。
嫁げば大人しくするとは妊婦の身で結婚まではまだ遊ぶというのか。
当然その婚約は破棄となったが、アポロンは女性に対して強い嫌悪感を持つようになってしまった。
アポロンの言葉に目が覚める思いだった。本当なの。
確かに王女殿下だからと優しくして伯爵令嬢だからと虐めるのなら、イルマやイザベラの子供たちが虐められてるのを静観、いや、一緒になって虐めているのと同じだわ。なんて最低な事をしてしまったのか。
アポロンを取られるような気がして、息子が遠くに行くような気がして少しだけ意地悪をしてみただけだった。悪気はなかったし、嫁姑の問題なんてどの家にもある事。
だから、以前にイルマやイザベラが嫁ぎ先で注意をされたと泣きついて来た事を利用した。
歩く時にドスドス歩くのはみっともないって言われるの。
食べる時にクチャクチャと音をさせるなと言われるの。
スープを溢したら汚いものを見るような目で見られたの。
公爵家のご令嬢だったのにって伯爵家如きが偉そうなの。
それを少しだけ変えて、私がシスティアナに言われているとイルマやイザベラに伝えた。
年を取ると歩く時に音がしちゃうの。みっともないですわと笑われるのよ。
食べている時にカトラリーの音が気になると席を立ってしまうの。
スープを飲む姿を犬だと言われてしまったわ。
公爵家の事を教えようとするのだけど陛下の後ろ盾をちらつかされるの。
公爵家の味付けは老人風味ですねって…そんなに薄味かしら?
それを聞いたイルマとイザベラは当然顔を真っ赤にして怒り狂った。
イルマやイザベラが強い物言いをしたり時に手を挙げた時も私は‥‥それを助長した。
マイラが屋敷に来た時、特別マイラが可愛いわけではなかった。
正直、以前から問題行動の多かったマイラは面倒でしかなかったけれど、マイラがアポロンの事を少なからず気にしている事は気が付いていた。
露出の激しい服で周りをうろちょろするし、宿泊する時もわざとアポロンに偶然を装って遅い時間まで一緒にいようとしたりする浅ましさは判っていた。
だから利用をした。マイラを大事にしているように見せる事でシスティアナが落ち込んでいく様子を見て【私の息子を奪った罰】を与えただけのつもりだった。
階段から落ちた時、マイラがシスティアナのドレスの裾を踏んだのは判っていた。
だけど、あんな大怪我をするなんて思ってなかった。
少し前にアポロンにもう近づくな、家を出て行くと言われなんとかしなくてはとイルマ、イザベラが来た時に相談をした。
その時、本当のことを言えば良かった。
私はされてもいない事を次々と並べて実の娘2人を煽ったのだ。
アポロンからシスティアナが妊娠している事を聞かされ、私は大事な公爵家の跡取りを殺してしまうところだったと背筋が寒くなった。
そして公爵家を捨てる、家を出て行くのも決定的になった。挙句私も捨てるというアポロン。
アポロンが遠征から戻るまでに何とかしなくてはと、私はまた間違えた。
イルマとイザベラ、そしてマイラにアポロンを取られる、公爵家を取られると泣きついた。
本当はそうじゃない。だけどそれをシスティアナのせいにした。
サインをする時、システィアナは私を見た。
それは助けてくれと願うものではなく、真意を教えろという言葉が聞こえた気がして私は目を反らせた。
【判りました。サインをします】
とシスティアナが言った時【違うの。やめて】と一言声をあげれば良かった。
サインをした離縁書を【冗談よ。ごめんなさいね】と目の前で破れば良かった。
別れの挨拶も要らないと言われたシスティアナは本当に出て行ってしまった。
馬車で行ったのなら行き場所をこっそり御者に聞けばいいと思ったけれど公爵家の馬車は1台も動いていなかった。ぽつぽつと雨が降り出し、歩いて出て行ったシスティアナの事を考えると、なんてことをしてしまったのだろうと立っているのもやっとな私にマイラが言った。
【お腹の子を養子にしてもいいですよ。アポロンの事は任せてね。伯母様】
ゾッとした。こんな女が入り込めばダニどころではない。
アポロンになんと詫びよう。どうやって言い訳をしようかと思っているとアポロンが帰ってきた。
激昂するのは当然。イルマが殴られたけれど本当に殴られるべきは私。
陛下の異母妹という事実を知って、私はもうどうすればいいのか判らなくなった。
処罰は免れないけれど、亡き夫の弟家族、私の兄や姉の家族、そしてイルマとイザベラの嫁ぎ先まで処罰が及ぶ事は間違いない。首を吊って死んでしまいたいけれど死ぬことも怖くて出来ない。
そしてあんなに望んで大事に育てたアポロンの心はもう完全に離れてしまった。
亡くなる間際の義母の言葉を思い出した。
【苦労ばかり掛けてごめんなさいね。不出来な息子、公爵家をお願いします。あなたは自慢の娘よ】
お義母様。ごめんなさい。
私は取り返しのつかない事をしてしまいました。
深夜になっても、空が白み始めてもアポロンは戻ってこなかった。
雨は更に激しく降り始めてしまった。
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