6 / 16
種を蒔く。育った時は‥
しおりを挟む
「奥様、毎朝ありがとうございます」
「いいえ。神への祈りはわたくしの懺悔でもありますの」
「懺悔ですか…奥様の囁かな懺悔は神もお許しになるでしょう」
「だと良いのですが。では、念のため確認をお願いいたしますわ」
「確認も何も…。ここにきてもうすぐ2年半。いつもと変わらぬお姿です」
「では、よろしくて?」
「はい。今日も神のご加護がありますよう」
教会の神父と向かい合って十字を切る。
簡単な結婚式を挙げた教会には既に白い結婚による離縁の申請書を出してある。
懐妊をしていない事が何よりの証拠になるのだ。月に一度は寄付に出向き姿を見せる。
その意志がある事を事前に知っておいてもらうのも必要なのである。
「さ、今日は小麦の種を蒔く日だわ。手伝いに行かなくては」
「今日は私も行こうと思いましてっ!」
「お昼はパン1個よ。大丈夫なの?」
「はい!朝、調理長に1個余分に貰ったので昼は2個ですから」
ちゃっかりパンを1つ余分に仕入れているメイと笑いながら教会を後に畑に向かったのだった。
予定より早くに馬が届けられたサミュエルは機嫌が良い。
「キャス、出立前でバタバタしているが新しい馬で遠出でもどうだ?」
「馬はお尻が痛くなるわ。昨夜だって…激しかったくせにぃ」
「すまないな。キャスは見ているだけで理性が飛んでしまうんだ」
「うふっ。許してあげる♡でも遠出は一人で行ってきて。昼まで寝るわ」
「判った。3日後には出立だからな。昼間の内に体を休めておいてくれ」
朝食を食べながら蜜月のような会話を交わす2人。
2人の前に置かれる湯気のたつスープとは裏腹に使用人達の目は冷たいままである。
若く足も太い馬、毛並みも軍を率いる者が跨るには申し分ない。
馬の腹を撫でてヒョイと飛び乗るとサミュエルは馬を小走りから本格的に走らせた。
何もない平野部の領地は遠くがよく見渡せる。
農夫たちと小麦の種を蒔いていると、遠くの方から土煙が近づいてくる。
重い蹄の音に、農夫たちも腰を上げて音の方向を見る。
歓迎の眼差しを向けるものは一人としていない。
農夫たちはサミュエルが領主になった事は知っているが、領地経営をしないので毎年作付けなどの計画は農夫たちが行っているのである。
他の領では作付けの種などを支給し、それを蒔いて育て収穫をする。
その中から手間賃として農夫たちは1~2割をもらい後は納品をするのである。
だが、作付け用の種や苗を屋敷にいるサミュエルに申請しても陳情してもそれが認められたことはない。執事が何とかやりくりをしてくれるが十分な量が配られた事はない。
執事の苦労もわかるが、7割ほどの作付けの種をもらって収穫したものをほとんど没収のように納品させられている農夫たちには不満が燻っているのだ。
我慢をしているのは執事を始めとして屋敷の使用人達の苦労を知っているからでもある。
「朝も早くから、ご苦労な事だな」
馬上から声を掛けてくるサミュエル。
今蒔いている種は全てオフィーリアが馬を買った残りで仕入れてくれた種である。
今年だけではなく来年の分も平等に配布されているため、言ってみれば今年と来年は地代分を納品すれば良いだけである。田畑が自分の所有のものに至っては納品する必要がない。
問題はそれをこの領主が理解をしているかどうかである。
「伯爵様、どうされましたの?」
「なんだ、お前か。お前如きにこの馬の良さは判らぬだろう」
「その事で御座いますか。まぁ良い馬ではありませんか」
そう言って馬の鼻に手を伸ばしたオフィーリアをサミュエルは一喝する。
「触れるな!他人所有物に勝手に触れるな。穢れるわ」
「まぁ、そうでしたのね。では先日わたくしの部屋のクローゼットを勝手に覗き金目のものがないかか物色した盗人を早々に処罰せねばなりませんわね」
「なっ‥‥そ、そのような事が‥‥あったのか」
視線を泳がせるように惚けるサミュエルだがオフィーリアは絶好の機会ではないかと腹の中で算段をする。ここなら農夫たちもいる。言質を取れれば・・。
「えぇ。まぁ見られて困るものは御座いませんが、他人の所有物には勝手に触れたり詐取するのは領主としてどうお考えですの?」
「は?人のものは人のものだろう。俺はその辺りの線引きはちゃんとしているからな」
「では、もしこの種。わたくしが買ったものが育ってもわたくしがこの種の分は自由にしてもよろしいという事ですのね?」
手に握った種を、指を広げてサミュエルに見せる。ポロポロと零れていく種。
サミュエルは勝ち誇ったような顔になり、ドヤ顔で言い放った。
「当たり前だろう。まぁお前に育てられる種も不憫だとは思うがな」
「ふふっ」っと笑うとオフィーリアは農夫たちに微笑む。
あ!っと意味を理解して農夫たちも満面の笑みになる。
「流石は領主さまだな!みんな!聞いただろう!」
「確かに聞いたぞ!太っ腹だな、ここの領主さまは!」
褒められて気分の良くなったサミュエルはまた馬を走らせていく。
その背を見て、オフィーリアは喉を鳴らして笑った。クックック…っと堪えきれなくなりついには笑い出してしまった。つられて農夫たちも笑い出す。
手に握った種を見る。
【その馬とて、他人の所有物ですわよ?】
心で呟き、小さな種を蒔く。それは3年でここを出ていった後に芽吹く種。
オフィーリアは微笑みながら種を蒔いた。
「いいえ。神への祈りはわたくしの懺悔でもありますの」
「懺悔ですか…奥様の囁かな懺悔は神もお許しになるでしょう」
「だと良いのですが。では、念のため確認をお願いいたしますわ」
「確認も何も…。ここにきてもうすぐ2年半。いつもと変わらぬお姿です」
「では、よろしくて?」
「はい。今日も神のご加護がありますよう」
教会の神父と向かい合って十字を切る。
簡単な結婚式を挙げた教会には既に白い結婚による離縁の申請書を出してある。
懐妊をしていない事が何よりの証拠になるのだ。月に一度は寄付に出向き姿を見せる。
その意志がある事を事前に知っておいてもらうのも必要なのである。
「さ、今日は小麦の種を蒔く日だわ。手伝いに行かなくては」
「今日は私も行こうと思いましてっ!」
「お昼はパン1個よ。大丈夫なの?」
「はい!朝、調理長に1個余分に貰ったので昼は2個ですから」
ちゃっかりパンを1つ余分に仕入れているメイと笑いながら教会を後に畑に向かったのだった。
予定より早くに馬が届けられたサミュエルは機嫌が良い。
「キャス、出立前でバタバタしているが新しい馬で遠出でもどうだ?」
「馬はお尻が痛くなるわ。昨夜だって…激しかったくせにぃ」
「すまないな。キャスは見ているだけで理性が飛んでしまうんだ」
「うふっ。許してあげる♡でも遠出は一人で行ってきて。昼まで寝るわ」
「判った。3日後には出立だからな。昼間の内に体を休めておいてくれ」
朝食を食べながら蜜月のような会話を交わす2人。
2人の前に置かれる湯気のたつスープとは裏腹に使用人達の目は冷たいままである。
若く足も太い馬、毛並みも軍を率いる者が跨るには申し分ない。
馬の腹を撫でてヒョイと飛び乗るとサミュエルは馬を小走りから本格的に走らせた。
何もない平野部の領地は遠くがよく見渡せる。
農夫たちと小麦の種を蒔いていると、遠くの方から土煙が近づいてくる。
重い蹄の音に、農夫たちも腰を上げて音の方向を見る。
歓迎の眼差しを向けるものは一人としていない。
農夫たちはサミュエルが領主になった事は知っているが、領地経営をしないので毎年作付けなどの計画は農夫たちが行っているのである。
他の領では作付けの種などを支給し、それを蒔いて育て収穫をする。
その中から手間賃として農夫たちは1~2割をもらい後は納品をするのである。
だが、作付け用の種や苗を屋敷にいるサミュエルに申請しても陳情してもそれが認められたことはない。執事が何とかやりくりをしてくれるが十分な量が配られた事はない。
執事の苦労もわかるが、7割ほどの作付けの種をもらって収穫したものをほとんど没収のように納品させられている農夫たちには不満が燻っているのだ。
我慢をしているのは執事を始めとして屋敷の使用人達の苦労を知っているからでもある。
「朝も早くから、ご苦労な事だな」
馬上から声を掛けてくるサミュエル。
今蒔いている種は全てオフィーリアが馬を買った残りで仕入れてくれた種である。
今年だけではなく来年の分も平等に配布されているため、言ってみれば今年と来年は地代分を納品すれば良いだけである。田畑が自分の所有のものに至っては納品する必要がない。
問題はそれをこの領主が理解をしているかどうかである。
「伯爵様、どうされましたの?」
「なんだ、お前か。お前如きにこの馬の良さは判らぬだろう」
「その事で御座いますか。まぁ良い馬ではありませんか」
そう言って馬の鼻に手を伸ばしたオフィーリアをサミュエルは一喝する。
「触れるな!他人所有物に勝手に触れるな。穢れるわ」
「まぁ、そうでしたのね。では先日わたくしの部屋のクローゼットを勝手に覗き金目のものがないかか物色した盗人を早々に処罰せねばなりませんわね」
「なっ‥‥そ、そのような事が‥‥あったのか」
視線を泳がせるように惚けるサミュエルだがオフィーリアは絶好の機会ではないかと腹の中で算段をする。ここなら農夫たちもいる。言質を取れれば・・。
「えぇ。まぁ見られて困るものは御座いませんが、他人の所有物には勝手に触れたり詐取するのは領主としてどうお考えですの?」
「は?人のものは人のものだろう。俺はその辺りの線引きはちゃんとしているからな」
「では、もしこの種。わたくしが買ったものが育ってもわたくしがこの種の分は自由にしてもよろしいという事ですのね?」
手に握った種を、指を広げてサミュエルに見せる。ポロポロと零れていく種。
サミュエルは勝ち誇ったような顔になり、ドヤ顔で言い放った。
「当たり前だろう。まぁお前に育てられる種も不憫だとは思うがな」
「ふふっ」っと笑うとオフィーリアは農夫たちに微笑む。
あ!っと意味を理解して農夫たちも満面の笑みになる。
「流石は領主さまだな!みんな!聞いただろう!」
「確かに聞いたぞ!太っ腹だな、ここの領主さまは!」
褒められて気分の良くなったサミュエルはまた馬を走らせていく。
その背を見て、オフィーリアは喉を鳴らして笑った。クックック…っと堪えきれなくなりついには笑い出してしまった。つられて農夫たちも笑い出す。
手に握った種を見る。
【その馬とて、他人の所有物ですわよ?】
心で呟き、小さな種を蒔く。それは3年でここを出ていった後に芽吹く種。
オフィーリアは微笑みながら種を蒔いた。
応援ありがとうございます!
61
お気に入りに追加
3,366
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる