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2回目の人生
第24話 薔薇の本数
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3日は平穏な日々が続いた。
「僕もそんな金貨、見てみたかったな」
暢気なアレグロ。あんなものは目の毒。
手にした瞬間で金の使い方を知らない貧乏人はあっという間に使ってしまって待ち構えているのは忘れられない散財からくる借金地獄だ。
「お兄ちゃん。支払いで銀貨を使うとお釣りでもらった銅貨。あっという間に無くなるでしょう」
「そう!そうなんだよ。なんでだろうな?あっという間だよ」
「それと同じ。金貨だから余計に気が大きくなって気が付いたら取り立て屋に怯える日々になるわ」
「ま、そうだな。うーん…金貨があったらまずはパン屋のパンを全種類1個づつ買う!とか考える時点でダメなんだよな。アハハ」
「そう。貧乏でもいいの。借金がないのが一番なんだから。贅沢は敵よ!」
オデットだってお金が十分にあれば内職で徹夜をしなくて済む。そんな事は解っているけれど多ければ多いだけ悩みも増える物だ。
無ければ無い。それでいいのだ。
1度目の人生だって盗まれたら大変と隠し場所を家族で悩んだ。
袋に入れて持ち歩ける時点で生きる世界の違う人間とは付き合わない方がいい。
そう思い、母のヴィヴァーチェと徹夜をし、昼も空いている時間にはせっせと請け負ってきた刺繍を進めていた。
「はぁ‥疲れた。オデット。どこまで進んだ?」
「裾の方はもう終わるわ。お母様肩口は?」
「肩は終わったわ。明日には持って行けそうね」
「そうね。賃金弾んでくれるらしいの。大衆飲食店なら皆で行けるかな」
「エールを頼まなければ行けるんじゃないかしらね」
「じゃ、お父様とお兄ちゃんにはエール禁止で言っておくわ」
リーズナブルな金額に見えるけれど、マルネ子爵家にはそんな店でも1年に何回出来るかの贅沢が外食。
どれくらい貰えるかは納品をして査定が入る。
上乗せではなく減額なので、減額されるのを抑えればなんとか行けそうだ。
コンコン
誰かが扉をノックする。オデットは母と顔を見合わせた。
わざわざ家に尋ねて来る人などいない。
友人たちや近所の人なら玄関をノックする前に窓から顔をひょっこりと出して来訪を告げる。
窓から中を覗いて誰もいないなら帰るからである。
「誰かしら」
「お母様、見て来て。刺繍あと少しなの」
「判ったわ」
玄関に母が向かう。扉を開ければオデットだって誰が来たか顔を上げればすぐに見える。
「どちら様?」
「ガッティネ公爵家のヴァルスと申します」
「ガッティネ公爵家?!」
失礼があってはならないとヴィヴァーチェは扉を開けた。
そこにはヴィヴァーチェも思わず「ほぉ」感嘆の声を上げる美丈夫が立っていた。
「突然の訪問、申し訳ございません。過日は当家の従者が失礼を致しました。本日はご当主にそのお詫びと許可頂けるのならご息女と話をさせて貰えればと厚かましく伺った次第です」
「先日の…いいえ、いいえ。こちらこそ娘が失礼を致しました」
「ご息女のお怒りは至極当然です。気が急いてしまって。全ての非はガッティネ公爵家にあります」
――丁寧な事言ってるけど、そいつ暴力魔だからね?――
ヴィヴァーチェに家に入れるなと目で訴えてみる。
――くわぁ!!お母様!目が乙女になってるし!――
既婚者であっても、目が覚めるような美丈夫は別件扱いなのか。
頬まで染めて、手は祈りの形。これは全く役になっていない最終防壁。
オデットはあと少しと言った刺繍も丁度終わり、糸を切って針を仕舞い椅子から立ち上がると母の隣に並んだ。
「謝罪は判りました。お引き取りください」
バサッ!
――え?何?何なの?――
突然差し出された薔薇の花束。
1本、2本と数えると12本ある。
―1ダース?あれ?花ってダース売りだっけ?――
首を傾げていると爽やかイケメンのヴァルスまでほんのり頬を染めて言う。
「12本あります。素直な私の気持ちです」
「12本?」
「はい。12本です」
――得意満面に言われても――
残念なことにオデットは誰かに送る薔薇の花の本数ごとに意味がある事を知らなかった。
おまけに花は貰えれば確かに嬉しいのだが問題がある。
「すみません。見ての通り花瓶はないんです」
とは言うものの、あの動くことを家族が知らなかった棚の上に花瓶は置かれている。
「あれは…花瓶では?」
「違います。あれは掃除のハタキ立てなんです」
事実だった。
窓の桟の上やテーブル、棚は意外に埃が溜まってしまうもの。気が付いた時にパタパタと出来るので花瓶に挿しておくと都合もいいし、使い勝手もいいのだ。
それにこの花束を受け取って婚約だのと言われては堪ったものじゃない。
「お花はご自身のお部屋にでも飾ってください。この家には不要です」
「なら花だけ千切って湯船に浮かべ薔薇風呂にしてもいいんだが…」
「我が家は湯船に入れるのは柚子!と決まっているんです。悪しからず」
「解った、では少し話――」
「申し訳ございませんが現在取り込み中ですので、お引き取り頂けますとありがたいのですが」
全く取り込み中ではない。
昨日だったら本当に刺繍が追い込みだったので食事すら父と兄が立って食べた。テーブルは刺繍をするドレスが占領していたからである。
しかし今は、やっと終わって一息つこうかと思える時間だが、生憎オデットにはヴァルスに使う時間は先ほどの会話で時間切れである。
「お帰りは回れ右、回れ左どちらでも」
「あ、あの…」
バタン。
オデットは玄関の扉を閉じたのだった。
「僕もそんな金貨、見てみたかったな」
暢気なアレグロ。あんなものは目の毒。
手にした瞬間で金の使い方を知らない貧乏人はあっという間に使ってしまって待ち構えているのは忘れられない散財からくる借金地獄だ。
「お兄ちゃん。支払いで銀貨を使うとお釣りでもらった銅貨。あっという間に無くなるでしょう」
「そう!そうなんだよ。なんでだろうな?あっという間だよ」
「それと同じ。金貨だから余計に気が大きくなって気が付いたら取り立て屋に怯える日々になるわ」
「ま、そうだな。うーん…金貨があったらまずはパン屋のパンを全種類1個づつ買う!とか考える時点でダメなんだよな。アハハ」
「そう。貧乏でもいいの。借金がないのが一番なんだから。贅沢は敵よ!」
オデットだってお金が十分にあれば内職で徹夜をしなくて済む。そんな事は解っているけれど多ければ多いだけ悩みも増える物だ。
無ければ無い。それでいいのだ。
1度目の人生だって盗まれたら大変と隠し場所を家族で悩んだ。
袋に入れて持ち歩ける時点で生きる世界の違う人間とは付き合わない方がいい。
そう思い、母のヴィヴァーチェと徹夜をし、昼も空いている時間にはせっせと請け負ってきた刺繍を進めていた。
「はぁ‥疲れた。オデット。どこまで進んだ?」
「裾の方はもう終わるわ。お母様肩口は?」
「肩は終わったわ。明日には持って行けそうね」
「そうね。賃金弾んでくれるらしいの。大衆飲食店なら皆で行けるかな」
「エールを頼まなければ行けるんじゃないかしらね」
「じゃ、お父様とお兄ちゃんにはエール禁止で言っておくわ」
リーズナブルな金額に見えるけれど、マルネ子爵家にはそんな店でも1年に何回出来るかの贅沢が外食。
どれくらい貰えるかは納品をして査定が入る。
上乗せではなく減額なので、減額されるのを抑えればなんとか行けそうだ。
コンコン
誰かが扉をノックする。オデットは母と顔を見合わせた。
わざわざ家に尋ねて来る人などいない。
友人たちや近所の人なら玄関をノックする前に窓から顔をひょっこりと出して来訪を告げる。
窓から中を覗いて誰もいないなら帰るからである。
「誰かしら」
「お母様、見て来て。刺繍あと少しなの」
「判ったわ」
玄関に母が向かう。扉を開ければオデットだって誰が来たか顔を上げればすぐに見える。
「どちら様?」
「ガッティネ公爵家のヴァルスと申します」
「ガッティネ公爵家?!」
失礼があってはならないとヴィヴァーチェは扉を開けた。
そこにはヴィヴァーチェも思わず「ほぉ」感嘆の声を上げる美丈夫が立っていた。
「突然の訪問、申し訳ございません。過日は当家の従者が失礼を致しました。本日はご当主にそのお詫びと許可頂けるのならご息女と話をさせて貰えればと厚かましく伺った次第です」
「先日の…いいえ、いいえ。こちらこそ娘が失礼を致しました」
「ご息女のお怒りは至極当然です。気が急いてしまって。全ての非はガッティネ公爵家にあります」
――丁寧な事言ってるけど、そいつ暴力魔だからね?――
ヴィヴァーチェに家に入れるなと目で訴えてみる。
――くわぁ!!お母様!目が乙女になってるし!――
既婚者であっても、目が覚めるような美丈夫は別件扱いなのか。
頬まで染めて、手は祈りの形。これは全く役になっていない最終防壁。
オデットはあと少しと言った刺繍も丁度終わり、糸を切って針を仕舞い椅子から立ち上がると母の隣に並んだ。
「謝罪は判りました。お引き取りください」
バサッ!
――え?何?何なの?――
突然差し出された薔薇の花束。
1本、2本と数えると12本ある。
―1ダース?あれ?花ってダース売りだっけ?――
首を傾げていると爽やかイケメンのヴァルスまでほんのり頬を染めて言う。
「12本あります。素直な私の気持ちです」
「12本?」
「はい。12本です」
――得意満面に言われても――
残念なことにオデットは誰かに送る薔薇の花の本数ごとに意味がある事を知らなかった。
おまけに花は貰えれば確かに嬉しいのだが問題がある。
「すみません。見ての通り花瓶はないんです」
とは言うものの、あの動くことを家族が知らなかった棚の上に花瓶は置かれている。
「あれは…花瓶では?」
「違います。あれは掃除のハタキ立てなんです」
事実だった。
窓の桟の上やテーブル、棚は意外に埃が溜まってしまうもの。気が付いた時にパタパタと出来るので花瓶に挿しておくと都合もいいし、使い勝手もいいのだ。
それにこの花束を受け取って婚約だのと言われては堪ったものじゃない。
「お花はご自身のお部屋にでも飾ってください。この家には不要です」
「なら花だけ千切って湯船に浮かべ薔薇風呂にしてもいいんだが…」
「我が家は湯船に入れるのは柚子!と決まっているんです。悪しからず」
「解った、では少し話――」
「申し訳ございませんが現在取り込み中ですので、お引き取り頂けますとありがたいのですが」
全く取り込み中ではない。
昨日だったら本当に刺繍が追い込みだったので食事すら父と兄が立って食べた。テーブルは刺繍をするドレスが占領していたからである。
しかし今は、やっと終わって一息つこうかと思える時間だが、生憎オデットにはヴァルスに使う時間は先ほどの会話で時間切れである。
「お帰りは回れ右、回れ左どちらでも」
「あ、あの…」
バタン。
オデットは玄関の扉を閉じたのだった。
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