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2回目の人生
第21話 開いた窓にご用心
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翌日、仕立て屋に出来上がっていた縫製の仕事の品を納品に向かった。
帰りにジークフリッドの家に寄って行こう。そんな予定だった。
――仕事、この後、切られちゃうのよね――
恐る恐るだったが、いつものように元気よくオデットは声を掛けた。
「女将さぁん。もってきました~」
「あら?オデット。昨日はどうだった?楽しかった?」
「えぇ。でもドレスはもうこりごりかな?肩凝っちゃう」
「体に合わせてもそんなものよね。いい思い出が出来たわね」
――えぇ。王太子に話しかけられることがなければ――
心配はしていたが、無事に次の仕事も貰えて出来上がった衣類と次に依頼された衣類にカバンの中身も入れ替えた。
「女将さん。これは何時迄に?」
「あ、そうそう!忘れてた。悪いんだけど賃は弾むから急ぎでこっちを先にやってくれないかい?」
「なんです?」
「大手の仕立て屋から手が回らないって流れて来たんだけど、刺繍さね」
「刺繍かぁ…図案は?」
「図案はこれ」
女将はガサガサと紙を広げた。そこには余り見ない複雑な紋様があってこれは時間がかかりそうだと直ぐに思った。
「頑張るけど…10日…1週間はかかるかなぁ」
「そこを何とか!5日で出来ないかい?」
「5日ぁ?!無茶ぶりするなぁ。なんとか頑張ってみるけど」
「良かった。シーズンに入っただろう?ホントに手が回らなくてね」
数日は徹夜になってしまうかも?と思いながらも提示された金額は魅力的。
いつもの刺繍で請け負う金額の5倍だ。急がせるだけはある。
取り敢えずは仕事を切られる事はなかった。
お金に余裕があれば他の仕立て屋のお針子になってもいいのだが、祖母の代からずっと付き合いもあるし何より稼がないと食べていけない。
背に腹は代えられないので切り捨てる事で問題ない事と、切り捨てると困るものに仕分けをするだけ。オデットはご都合主義を発揮した。
カバンの隙間には入りそうになく紙袋に入れて貰って仕立て屋を出たオデットはジークフリッドの家に向かった。
玄関前に来た時、中から声が聞こえて来た。
――ん?ジーク、中にいるの?――
前回は出かけていた。いや、来る日が今日ではなかっただけだ。
オデットはわざわざ事を荒立てる必要はないので、今の関係をきちんと認識してもらおうとだけ考えていた。
友達以上恋人未満だけど結婚を考える仲。
それをただの友達だと念押しすればいいだけだ。
玄関の扉は閉じているけれど、すぐ隣の窓は開いている。
声が駄々洩れでオデットはその会話に疑問符が飛んで直ぐに怒りがこみあげて来た。
「頃合いがきたら私が言うから、余計なことをするんじゃないわよ?」
「解ってるって。俺だって下手に妙な噂を流されたら困るんだ」
「マルネ家は金はないけど便利がいいからね。あの娘が来ないと部屋の中が片付かないし」
「オデットを使うのは良いけど、頻繁に呼ぶなよ?いい加減結婚するかも?とか勘違いしてるみたいだし」
――え?どういうこと?――
聞こえてくる会話はオデットの知らなかった事ばかり。
いや知っている事もある。
話によればジークフリッドはまだ騎士の仕事には就いていない。
だが、親子でオデットを都合の良い使用人扱いをしているとの内容だった。
食材などもオデットが買い出しに行くと「おまけ」が少し多めに貰えるのでその分食費も浮く。
ジークフリッドの母曰く
「それくらい息子と付き合いさせてやるんだから当然」
そんな物言いだった。
――いやいや、そんなのこっちからお断りだし!――
使用人扱いなのだから頻繁に家に出入りをする。その為近所からはジークフリッドとオデットがそのうち結婚をすると思われているよう。
ジークフリッドは平民でオデットは子爵令嬢。平民が子爵家と関係が持てるなんて最高じゃないかと思われがちだが、それは金のある子爵家なら!の話。
ジークフリッドの母親はオデットの父や兄のようにジークフリッドの稼ぎもアテにされて働かされると思っているし、ジークフリッドもそう思っているのだった。
――そんな事、しないわよ!――
マルネ子爵家は確かに貧乏だけれど借金はない。
父と兄は爵位税を払うために懸命に働いているし、いずれはオデットがどこかに嫁ぐ事で1馬力減ってしまうけれど、兄のアレグロの妻となる女性に負担にならないようその時はもう爵位を返上することも話し合われている。
前回の人生で爵位を陛下に返し、田舎に移住しようと直ぐに決断出来たのは遅かれ早かれ爵位は返上する気でいたからである。
他家から見れば僅かであってもコツコツと家族で金は貯めているのだ。
商会にだってマルネ子爵家と関係があるから仕事が増えているのではないので恩恵がある訳じゃない。爵位がなくても役に立つと思ってもらえれば、爵位返上で多少給料は減額になってもクビにすることはない。その経験年数のために働いているだけだ。
イラっとしてしまうが、同時に「もう友達未満でいいんじゃないか」とも思えた。
結局都合がいいから言葉巧みにうまい事使われていただけ。
もう誰かの都合がいいように使われるのはごめんだ。
なら、もういいや。
オデットは玄関扉をノックすることはなく、静かに後ろに下がるとジークフリッドの家を後にした。
帰りにジークフリッドの家に寄って行こう。そんな予定だった。
――仕事、この後、切られちゃうのよね――
恐る恐るだったが、いつものように元気よくオデットは声を掛けた。
「女将さぁん。もってきました~」
「あら?オデット。昨日はどうだった?楽しかった?」
「えぇ。でもドレスはもうこりごりかな?肩凝っちゃう」
「体に合わせてもそんなものよね。いい思い出が出来たわね」
――えぇ。王太子に話しかけられることがなければ――
心配はしていたが、無事に次の仕事も貰えて出来上がった衣類と次に依頼された衣類にカバンの中身も入れ替えた。
「女将さん。これは何時迄に?」
「あ、そうそう!忘れてた。悪いんだけど賃は弾むから急ぎでこっちを先にやってくれないかい?」
「なんです?」
「大手の仕立て屋から手が回らないって流れて来たんだけど、刺繍さね」
「刺繍かぁ…図案は?」
「図案はこれ」
女将はガサガサと紙を広げた。そこには余り見ない複雑な紋様があってこれは時間がかかりそうだと直ぐに思った。
「頑張るけど…10日…1週間はかかるかなぁ」
「そこを何とか!5日で出来ないかい?」
「5日ぁ?!無茶ぶりするなぁ。なんとか頑張ってみるけど」
「良かった。シーズンに入っただろう?ホントに手が回らなくてね」
数日は徹夜になってしまうかも?と思いながらも提示された金額は魅力的。
いつもの刺繍で請け負う金額の5倍だ。急がせるだけはある。
取り敢えずは仕事を切られる事はなかった。
お金に余裕があれば他の仕立て屋のお針子になってもいいのだが、祖母の代からずっと付き合いもあるし何より稼がないと食べていけない。
背に腹は代えられないので切り捨てる事で問題ない事と、切り捨てると困るものに仕分けをするだけ。オデットはご都合主義を発揮した。
カバンの隙間には入りそうになく紙袋に入れて貰って仕立て屋を出たオデットはジークフリッドの家に向かった。
玄関前に来た時、中から声が聞こえて来た。
――ん?ジーク、中にいるの?――
前回は出かけていた。いや、来る日が今日ではなかっただけだ。
オデットはわざわざ事を荒立てる必要はないので、今の関係をきちんと認識してもらおうとだけ考えていた。
友達以上恋人未満だけど結婚を考える仲。
それをただの友達だと念押しすればいいだけだ。
玄関の扉は閉じているけれど、すぐ隣の窓は開いている。
声が駄々洩れでオデットはその会話に疑問符が飛んで直ぐに怒りがこみあげて来た。
「頃合いがきたら私が言うから、余計なことをするんじゃないわよ?」
「解ってるって。俺だって下手に妙な噂を流されたら困るんだ」
「マルネ家は金はないけど便利がいいからね。あの娘が来ないと部屋の中が片付かないし」
「オデットを使うのは良いけど、頻繁に呼ぶなよ?いい加減結婚するかも?とか勘違いしてるみたいだし」
――え?どういうこと?――
聞こえてくる会話はオデットの知らなかった事ばかり。
いや知っている事もある。
話によればジークフリッドはまだ騎士の仕事には就いていない。
だが、親子でオデットを都合の良い使用人扱いをしているとの内容だった。
食材などもオデットが買い出しに行くと「おまけ」が少し多めに貰えるのでその分食費も浮く。
ジークフリッドの母曰く
「それくらい息子と付き合いさせてやるんだから当然」
そんな物言いだった。
――いやいや、そんなのこっちからお断りだし!――
使用人扱いなのだから頻繁に家に出入りをする。その為近所からはジークフリッドとオデットがそのうち結婚をすると思われているよう。
ジークフリッドは平民でオデットは子爵令嬢。平民が子爵家と関係が持てるなんて最高じゃないかと思われがちだが、それは金のある子爵家なら!の話。
ジークフリッドの母親はオデットの父や兄のようにジークフリッドの稼ぎもアテにされて働かされると思っているし、ジークフリッドもそう思っているのだった。
――そんな事、しないわよ!――
マルネ子爵家は確かに貧乏だけれど借金はない。
父と兄は爵位税を払うために懸命に働いているし、いずれはオデットがどこかに嫁ぐ事で1馬力減ってしまうけれど、兄のアレグロの妻となる女性に負担にならないようその時はもう爵位を返上することも話し合われている。
前回の人生で爵位を陛下に返し、田舎に移住しようと直ぐに決断出来たのは遅かれ早かれ爵位は返上する気でいたからである。
他家から見れば僅かであってもコツコツと家族で金は貯めているのだ。
商会にだってマルネ子爵家と関係があるから仕事が増えているのではないので恩恵がある訳じゃない。爵位がなくても役に立つと思ってもらえれば、爵位返上で多少給料は減額になってもクビにすることはない。その経験年数のために働いているだけだ。
イラっとしてしまうが、同時に「もう友達未満でいいんじゃないか」とも思えた。
結局都合がいいから言葉巧みにうまい事使われていただけ。
もう誰かの都合がいいように使われるのはごめんだ。
なら、もういいや。
オデットは玄関扉をノックすることはなく、静かに後ろに下がるとジークフリッドの家を後にした。
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