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1回目の人生
第10話 居場所がない
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婚約期間をあまりおかずに結婚をしたい。それがヴァルスからの要望でマルネ子爵家としては引き延ばすことも出来ず従うしかなかった。
住んでいる家を引き払うと知ったヴァルスは「空いている家がある」と言ってマルネ子爵夫妻とアレグロが当面住まう事の出来る家をその日のうちに用意をしてくれた。
――怪しいわね――
オデットはそう思ったけれど、公爵家ならたまに使う程度の別宅や別荘など幾つも持っているかも知れないし、何より本当に困っていたので即日で用意をしてもらえる事は素直に有難い事だった。
が、オデットが両親と兄アレグロに会ったのはその日が最後になる事までは予想できなかった。
「君には結婚で爵位が有効になる伯爵家の屋敷に住んでもらうよ。使用人もいるけど女主人としてすることはない。初めてだろうし、無理はしなくていいから。して欲しい事を使用人に頼めばいいよ」
「そうなのですか?」
「あぁそれと…悪いんだけどその服。ちょっとあまりにも酷い。仕立て屋も直ぐに呼ぶから当面は既製品で、その後は都度テーラーメイドで衣類は下着に至るまで仕立てて欲しい。なんていうか…その場にあった格好を心がけて欲しいんだ」
着ている服はオデットの手持ちの中で一番上等な服だったけれど、どこで手に入れたかと言えば古着市。セカンドオーナーならまだしもオデットで何代目になるか解らない所有者がいた服。
ヴァルスが嫌がるのも当然だろうとオデットはヴァルスの言葉に従った。
★~★
「奥様、本日のお茶は如何いたしましょう」
「お茶…そうね…ごめんなさい。解らないからお任せしてもいいかしら」
「・・・・畏まりました」
微妙な沈黙を使用人にされてもオデットは答えようがなかった。
通常、主がその日の気分などで茶葉を指定し、淹れ方も使用人に指示をするそうだがオデットは茶葉と言っても「茶葉ください」と買いに行き、店主が袋に詰めてくれる茶しか知らない。
その茶も元々は高級なものがあったのだろうが古くなり回収されたものがいくつもブレンドされているので1つの木箱が完売すれば同じ味は二度と味わえない。そんな茶しか知らなかったのだ。
ヴァルスの言葉通り下着まで全てテーラーメイドで仕立てる。
使用人の間では「何も仕事をしないのに買い物だけは一人前」と陰口をたたかれてしまった。
本を読もうにも文字の読み書きは初歩を習った程度。使用人の方が学がある。
「時間がある時でいいの。教えてくださらない?」
「私がですが?!御冗談を!」
「いえ、冗談ではなく…私、文字の読み書きは苦手で」
「申し訳ございませんが、講師を選任されて学ばれた方がよろしいかと」
ヴァルスに相談をしようにも屋敷に来るのは仕事の合間だと言われて顔を見る事もない。勝手に講師を呼んでいいものか手紙を書きたくてもその文字が怪しいのだから手紙も書けない。
ならば言伝を頼めば「直接奥様がお話になった方がよろしいかと」やんわり断られてしまう。
仕方なく書庫で独学。文字を必死に覚えていると従者がやってきた。
「奥様、旦那様より妃殿下のお話し相手になって頂きたいとの事です」
「妃殿下?!まさか王太子妃殿下?」
「左様でございます。ご存じかと思いますが旦那様は王太子殿下とは乳兄弟。成人をされてからも私的な場では交流を持っておられます。奥様にもその付き合いに慣れて頂きたい。そう申しされておりました」
「ですが、私…恥ずかしいのですがマナーも何も解らないんです」
「御謙遜を。お出来になる方は総じてそう仰るのです」
「そうじゃなくて、本当に何も知らないんです。失礼があってはいけないので辞退を‥」
「奥様、それは出来ません。ここに話が来ているという事は妃殿下のご予定は既に組まれているのです。ご病気など重篤な状態ならいざ知らず、臣下の身で勝手が通用するとお思いですか?」
屋敷に居ても息が詰まるばかり。
断れないのなら仕方がないと王宮に出向いてみれば王太子妃フロリアは想像していた人物とはかけ離れていた。
フロリアを見てオデットが思ったのは。
――この人は宮の外の生活を知らないの?――
そう思えるほどフロリアの回りは物で溢れている。
オデットが来たというのに菓子を食べる手を止める事もなく「不味い」とリスが一口齧っただけの痕を残し捨ててしまう。吟遊詩人が感情豊かに詩を朗読しているのに本を読んだり、仕立て屋や宝飾品店の店主と品定め。
市井の民が一生働き尽くめでも買えない上質な布を踏みつけたままトルソーに飾られたドレスに「ここに刺繍を入れて」と言いながら「このレースはここじゃないわ」と引き千切る。
視界に入る品を買わずに市井に回せばどれほどの民が飢えずに済むのかと考えてしまった。
話し相手が欲しい。隣国から嫁いで来たと最低限の情報しか与えられないままのオデットの前に現れたフロリアは、じろじろとオデットの頭の先から足の先まで何往復も視線を走らせて一言言った。
「ざぁんねん」
意味が判らなかった。
問い直していいかも解らないが、オデットが感じた事は「話し相手なんか必要ない」と言う事。
フロリアは招かれざる客としてオデットを扱う。
しかし「帰れ」とは言わない。
何故か。
王太子から「客が来る」と言われているフロリア。
自分の客ではないという認識なので帰れとは言わないのである。
ただ、嫌味を言うのは忘れない。
「貴女、居場所がないからって殿下にオネダリするのは違うんじゃなくって?解るわよ?見目麗しい殿方って感じだもの。でもヴァルスの方がいい男だと思うけど」
「そのような事は!!」
「してないって言うの?じゃぁ殿下がわたくしに嘘を吐いたのね」
「え…」
オデットがここに来るのは王太子に強請ったから。そう思われていた。
ありもしない事をしたように言われ、肯定をしなければ王太子が嘘を吐いたことになる。
言葉選びに迷っていると「邪魔だからお座りになれば?」と言われ、決められた時間指定席を用意されて時間を潰す。これなら屋敷で庭を眺めていた方がずっと良かったと思いながら週に4回。婚約中はフロリアの元に行く事を強要されたのだった。
住んでいる家を引き払うと知ったヴァルスは「空いている家がある」と言ってマルネ子爵夫妻とアレグロが当面住まう事の出来る家をその日のうちに用意をしてくれた。
――怪しいわね――
オデットはそう思ったけれど、公爵家ならたまに使う程度の別宅や別荘など幾つも持っているかも知れないし、何より本当に困っていたので即日で用意をしてもらえる事は素直に有難い事だった。
が、オデットが両親と兄アレグロに会ったのはその日が最後になる事までは予想できなかった。
「君には結婚で爵位が有効になる伯爵家の屋敷に住んでもらうよ。使用人もいるけど女主人としてすることはない。初めてだろうし、無理はしなくていいから。して欲しい事を使用人に頼めばいいよ」
「そうなのですか?」
「あぁそれと…悪いんだけどその服。ちょっとあまりにも酷い。仕立て屋も直ぐに呼ぶから当面は既製品で、その後は都度テーラーメイドで衣類は下着に至るまで仕立てて欲しい。なんていうか…その場にあった格好を心がけて欲しいんだ」
着ている服はオデットの手持ちの中で一番上等な服だったけれど、どこで手に入れたかと言えば古着市。セカンドオーナーならまだしもオデットで何代目になるか解らない所有者がいた服。
ヴァルスが嫌がるのも当然だろうとオデットはヴァルスの言葉に従った。
★~★
「奥様、本日のお茶は如何いたしましょう」
「お茶…そうね…ごめんなさい。解らないからお任せしてもいいかしら」
「・・・・畏まりました」
微妙な沈黙を使用人にされてもオデットは答えようがなかった。
通常、主がその日の気分などで茶葉を指定し、淹れ方も使用人に指示をするそうだがオデットは茶葉と言っても「茶葉ください」と買いに行き、店主が袋に詰めてくれる茶しか知らない。
その茶も元々は高級なものがあったのだろうが古くなり回収されたものがいくつもブレンドされているので1つの木箱が完売すれば同じ味は二度と味わえない。そんな茶しか知らなかったのだ。
ヴァルスの言葉通り下着まで全てテーラーメイドで仕立てる。
使用人の間では「何も仕事をしないのに買い物だけは一人前」と陰口をたたかれてしまった。
本を読もうにも文字の読み書きは初歩を習った程度。使用人の方が学がある。
「時間がある時でいいの。教えてくださらない?」
「私がですが?!御冗談を!」
「いえ、冗談ではなく…私、文字の読み書きは苦手で」
「申し訳ございませんが、講師を選任されて学ばれた方がよろしいかと」
ヴァルスに相談をしようにも屋敷に来るのは仕事の合間だと言われて顔を見る事もない。勝手に講師を呼んでいいものか手紙を書きたくてもその文字が怪しいのだから手紙も書けない。
ならば言伝を頼めば「直接奥様がお話になった方がよろしいかと」やんわり断られてしまう。
仕方なく書庫で独学。文字を必死に覚えていると従者がやってきた。
「奥様、旦那様より妃殿下のお話し相手になって頂きたいとの事です」
「妃殿下?!まさか王太子妃殿下?」
「左様でございます。ご存じかと思いますが旦那様は王太子殿下とは乳兄弟。成人をされてからも私的な場では交流を持っておられます。奥様にもその付き合いに慣れて頂きたい。そう申しされておりました」
「ですが、私…恥ずかしいのですがマナーも何も解らないんです」
「御謙遜を。お出来になる方は総じてそう仰るのです」
「そうじゃなくて、本当に何も知らないんです。失礼があってはいけないので辞退を‥」
「奥様、それは出来ません。ここに話が来ているという事は妃殿下のご予定は既に組まれているのです。ご病気など重篤な状態ならいざ知らず、臣下の身で勝手が通用するとお思いですか?」
屋敷に居ても息が詰まるばかり。
断れないのなら仕方がないと王宮に出向いてみれば王太子妃フロリアは想像していた人物とはかけ離れていた。
フロリアを見てオデットが思ったのは。
――この人は宮の外の生活を知らないの?――
そう思えるほどフロリアの回りは物で溢れている。
オデットが来たというのに菓子を食べる手を止める事もなく「不味い」とリスが一口齧っただけの痕を残し捨ててしまう。吟遊詩人が感情豊かに詩を朗読しているのに本を読んだり、仕立て屋や宝飾品店の店主と品定め。
市井の民が一生働き尽くめでも買えない上質な布を踏みつけたままトルソーに飾られたドレスに「ここに刺繍を入れて」と言いながら「このレースはここじゃないわ」と引き千切る。
視界に入る品を買わずに市井に回せばどれほどの民が飢えずに済むのかと考えてしまった。
話し相手が欲しい。隣国から嫁いで来たと最低限の情報しか与えられないままのオデットの前に現れたフロリアは、じろじろとオデットの頭の先から足の先まで何往復も視線を走らせて一言言った。
「ざぁんねん」
意味が判らなかった。
問い直していいかも解らないが、オデットが感じた事は「話し相手なんか必要ない」と言う事。
フロリアは招かれざる客としてオデットを扱う。
しかし「帰れ」とは言わない。
何故か。
王太子から「客が来る」と言われているフロリア。
自分の客ではないという認識なので帰れとは言わないのである。
ただ、嫌味を言うのは忘れない。
「貴女、居場所がないからって殿下にオネダリするのは違うんじゃなくって?解るわよ?見目麗しい殿方って感じだもの。でもヴァルスの方がいい男だと思うけど」
「そのような事は!!」
「してないって言うの?じゃぁ殿下がわたくしに嘘を吐いたのね」
「え…」
オデットがここに来るのは王太子に強請ったから。そう思われていた。
ありもしない事をしたように言われ、肯定をしなければ王太子が嘘を吐いたことになる。
言葉選びに迷っていると「邪魔だからお座りになれば?」と言われ、決められた時間指定席を用意されて時間を潰す。これなら屋敷で庭を眺めていた方がずっと良かったと思いながら週に4回。婚約中はフロリアの元に行く事を強要されたのだった。
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