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第47話 帰宅をしたのはいいけれど
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真夜中に扉が開く。
静まり返った地下牢をゆっくり、そして足音をさせないようにして進んでくるが小さな音までは消せなかった。
アリ―なら「来ましたよー」と声をかけられるまで存在に気が付かないが、近づいてくる足音にエリアスとパンディトンは横たえていた体を起こし、来客を待った。
「なんだ…なんでこんな事に?」
壁に拘束をされているはずのエリアスはちゃんと服を着て椅子に腰かけているし、襤褸雑巾のように転がっていたパンディトンもエリアスの向かいで椅子を前後にゆらゆらと動かしながらクリスティアンに返事を返した。
「ようこそ。王太子殿下。快適な仮住まいになんの御用で?」
「出来れば先触れを頂きたかったですね。階が違うだけなので手間も無かったでしょうに」
「どうして?!収容した場所が違う?!」
見知っていた地下牢とはまるで違う。ただの高級な休憩所に変貌した地下牢にクリスティアンは困惑した。
「だとしたら殿下は何故ここに来たんでしょうかね?」
「城で迷子にでもなって自分の部屋探しですかね」
「いやいや、自分探しの旅かも知れないぞ?」
茶化すように話をする2人にクリスティアンは「取引しよう」と持ち掛けた。
「取引ね。そちらの対価は?」
「ここから出してやる」
「プッ!」失笑してしまったエリアスだったが、パンディトンは椅子を揺らすのを止めない。
クリスティアンにはその2人の態度が気に入らなかった。
「で?そちらの要件は?」
「ぼ、僕を公爵家で面倒見させてやる。王太子だぞ、誰に自慢したっていい」
「御冗談を。何が嬉しくて不良債権を引き受けねばならなのです?あの時、議長の行為‥‥止もしなかったですよね」
「それは・・・謝る。だが状況が変わったんだ。ロペ家にも僕がいることで利があるだろう?」
「全く?言ったでしょう?不良債権なんです。誰が好き好んで抱えなくていい負債を取り込むんです?」
「だが!ロペ公爵家は色んな家に支援をしているだろう!その一環だと思えばいい」
鉄格子は既にオブジェ。潜り戸の部分をくぐるとエリアスはゆっくりとクリスティアンに近づいた。
近寄ってくるエリアス、そして椅子を揺らすのをやめて立ち上がり背伸びをするパンディトンにクリスティアンはジリ、ジリッと後ろに下がった。
手にしていたランプの灯りが揺れて影も揺れる。
「取引になりません。貴方はまだ気が付いていないが私と彼は敢えてここにいるんです。何故だか解りますか?」
ニヤッと口角をあげるエリアスにクリスティアンは「判らない」と答えた。
「でしょうね。ですが1カ月もすれば解ります。妹を呼び寄せどうにかしようと考えたかも知れませんが無駄だと言っておきましょう。”グラシアナを貴様に嫁がせる気はない”‥‥ですからね」
途中、声色を変えて凄んだエリアスにクリスティアンはがっくりと項垂れた。
「良いんですよ。お飾りで。傀儡である事を本人が望むんですから傀儡で居ればいい。ですが何時までも傀儡のままで居られるかは別問題。誰だって箸にも棒にも掛からぬ者に投資・・・いや金を恵んではくれません」
やっとクリスティアンにもエリアスの考えが読めた。
ここ数日、新当主になったからと挨拶が増えた。兎に角その数は異常で数週間先まで予定がびっしりと入っている。ただ挨拶を受けるだけの形式的な儀式なので参加をせねばならないが、当主が変わると言う事はその家の考え方も変わると言うこと。
半数以上の貴族の家が入れ替われば王家を生かすために議会が抗ったところで数には勝てなくなる。支持する者が負担をすれば良いとなれば1家当たりの負担が大きくなるばかり。
――何時までも飼っていられなくなるってことか――
「兵糧攻めをしようというのか!!」
「まさか。王家がせねばならない事をすれば回避できる。でももう遅かった。ここに我々を留置いた事であなた達は自身で自ら首を絞めた。貴方が頼るのは私ではない。議長だ。彼らと共に地の底深くまで沈むが良い」
しかしクリスティアンはエリアスに懇願した。
エリアスの言う通りになる。それが解っているからこそ生きるためにはロペ公爵家に頼るしかない。
そして算段があった。
――グラシアナは僕を選ぶ。だから会わせたくないだけだ――
グラシアナに合えば全てが解決する。そう目論むクリスティアンをエリアスが読めないはずはない。
「判った。では行こうか」
「判ってくれたか!流石はロペ公爵だ!」
やれやれとパンディトンがエリアスを見るがその顔も笑っている。
何もわかっていないのはクリスティアンだけだった。
「では、当家に参りましょうか」
「あぁ!馬も用意してある!」
「準備が宜しいようで」
「そんなに褒めないでくれ」
「褒めてはいませんよ。呆れただけで」
そんなエリアスの言葉ですら誉め言葉に聞こえるほどクリスティアンは自分が間違っていない事に酔ってしまった。
★~★
「あら、お兄様がお戻りに?!」
色々と準備はしていたけれど、兄とパンディトンが戻ったと言う知らせにグラシアナは寝間着から簡単な部屋着に着替えると玄関に向かった。
ガチャリと扉が開くと笑顔のエリアス、そして軽く手をあげるパンディトンが見えた。
あの日、馬車の後ろの窓から大勢の敵を相手に立ち振る舞った姿。
元気だとは聞いてはいたが、グラシアナは慣れるためにと乗っていた移動椅子から立ち上がると一目散に駆けた。
「グラシ‥‥えぇーっ?!」
両手を広げたエリアスの隣を抜けて「クマさんっ!!」グラシアナはパンディトンに飛びついた。
「シア…歩けるのか???」
クリスティアンの声が小さく聞こえたが、温かくてフワフワ感もあるパンディトンに抱きしめられると何もかも吹き飛んでグラシアナは本当の安心を感じた。
「ベル、心配をさせてすまなかった」
「いいの‥無事でよかった・・・よかった」
「あの、グラシアナ?お兄様は?」
ちらりとエリアスをみたグラシアナは「お帰りなさい!」それだけを言うとパンディトンの胸にまた顔を埋めた。
「どういう事なんだ!騙していたのか!!」
クリスティアンは怒鳴りながらパンディトンに抱かれるグラシアナに手を伸ばした。
「触れるな!ゲスが!俺の妻に触れる事は許さん!」
「妻?妻だと?!そんなはずがない。シアは今も僕の婚約者で!!」
クリスティアンの声にグラシアナがゆっくりと振りむいた。
「何の事です?貴方の婚約者になった記憶は御座いませんが」
「今は忘れているだけだ!何度も謝っただろう?僕は非を認める。だから何もかもやり直す、いや1から2人で!」
「御冗談を。やり直すも何も…貴方の事は記憶に御座いませんと言っているのです。知らないんですからやり直すも何もありません。それに・・・間もなく成婚の儀で御座いましょう?」
「違うんだよ!あれはイメルダが僕を騙したんだ!」
「よく騙されるお方です事。ですが私は貴方に騙されてもいませんし関係御座いません」
「関係ないってなんだよ!歩けないと僕に嘘まで!今なら許す。王太子である僕が許すと言ってるんだ。さぁシア!こっちへ!」
クリスティアンの再度伸ばしてきた手をパンディトンは振り払った。
その手をグラシアナが握る。いや、包むようにして頬に当てた。
「お帰りはあちらです。相思相愛。何物にも邪魔されない真実の愛でのご成婚おめでとうございます。わたくしも幸せですわ」
その後、クリスティアンはどうやって城まで戻ったのか記憶にない。
★~★
ニャー!!最後間に合わない!
23時22分のリベンジを待ってぇぇ!!<(_ _)>
静まり返った地下牢をゆっくり、そして足音をさせないようにして進んでくるが小さな音までは消せなかった。
アリ―なら「来ましたよー」と声をかけられるまで存在に気が付かないが、近づいてくる足音にエリアスとパンディトンは横たえていた体を起こし、来客を待った。
「なんだ…なんでこんな事に?」
壁に拘束をされているはずのエリアスはちゃんと服を着て椅子に腰かけているし、襤褸雑巾のように転がっていたパンディトンもエリアスの向かいで椅子を前後にゆらゆらと動かしながらクリスティアンに返事を返した。
「ようこそ。王太子殿下。快適な仮住まいになんの御用で?」
「出来れば先触れを頂きたかったですね。階が違うだけなので手間も無かったでしょうに」
「どうして?!収容した場所が違う?!」
見知っていた地下牢とはまるで違う。ただの高級な休憩所に変貌した地下牢にクリスティアンは困惑した。
「だとしたら殿下は何故ここに来たんでしょうかね?」
「城で迷子にでもなって自分の部屋探しですかね」
「いやいや、自分探しの旅かも知れないぞ?」
茶化すように話をする2人にクリスティアンは「取引しよう」と持ち掛けた。
「取引ね。そちらの対価は?」
「ここから出してやる」
「プッ!」失笑してしまったエリアスだったが、パンディトンは椅子を揺らすのを止めない。
クリスティアンにはその2人の態度が気に入らなかった。
「で?そちらの要件は?」
「ぼ、僕を公爵家で面倒見させてやる。王太子だぞ、誰に自慢したっていい」
「御冗談を。何が嬉しくて不良債権を引き受けねばならなのです?あの時、議長の行為‥‥止もしなかったですよね」
「それは・・・謝る。だが状況が変わったんだ。ロペ家にも僕がいることで利があるだろう?」
「全く?言ったでしょう?不良債権なんです。誰が好き好んで抱えなくていい負債を取り込むんです?」
「だが!ロペ公爵家は色んな家に支援をしているだろう!その一環だと思えばいい」
鉄格子は既にオブジェ。潜り戸の部分をくぐるとエリアスはゆっくりとクリスティアンに近づいた。
近寄ってくるエリアス、そして椅子を揺らすのをやめて立ち上がり背伸びをするパンディトンにクリスティアンはジリ、ジリッと後ろに下がった。
手にしていたランプの灯りが揺れて影も揺れる。
「取引になりません。貴方はまだ気が付いていないが私と彼は敢えてここにいるんです。何故だか解りますか?」
ニヤッと口角をあげるエリアスにクリスティアンは「判らない」と答えた。
「でしょうね。ですが1カ月もすれば解ります。妹を呼び寄せどうにかしようと考えたかも知れませんが無駄だと言っておきましょう。”グラシアナを貴様に嫁がせる気はない”‥‥ですからね」
途中、声色を変えて凄んだエリアスにクリスティアンはがっくりと項垂れた。
「良いんですよ。お飾りで。傀儡である事を本人が望むんですから傀儡で居ればいい。ですが何時までも傀儡のままで居られるかは別問題。誰だって箸にも棒にも掛からぬ者に投資・・・いや金を恵んではくれません」
やっとクリスティアンにもエリアスの考えが読めた。
ここ数日、新当主になったからと挨拶が増えた。兎に角その数は異常で数週間先まで予定がびっしりと入っている。ただ挨拶を受けるだけの形式的な儀式なので参加をせねばならないが、当主が変わると言う事はその家の考え方も変わると言うこと。
半数以上の貴族の家が入れ替われば王家を生かすために議会が抗ったところで数には勝てなくなる。支持する者が負担をすれば良いとなれば1家当たりの負担が大きくなるばかり。
――何時までも飼っていられなくなるってことか――
「兵糧攻めをしようというのか!!」
「まさか。王家がせねばならない事をすれば回避できる。でももう遅かった。ここに我々を留置いた事であなた達は自身で自ら首を絞めた。貴方が頼るのは私ではない。議長だ。彼らと共に地の底深くまで沈むが良い」
しかしクリスティアンはエリアスに懇願した。
エリアスの言う通りになる。それが解っているからこそ生きるためにはロペ公爵家に頼るしかない。
そして算段があった。
――グラシアナは僕を選ぶ。だから会わせたくないだけだ――
グラシアナに合えば全てが解決する。そう目論むクリスティアンをエリアスが読めないはずはない。
「判った。では行こうか」
「判ってくれたか!流石はロペ公爵だ!」
やれやれとパンディトンがエリアスを見るがその顔も笑っている。
何もわかっていないのはクリスティアンだけだった。
「では、当家に参りましょうか」
「あぁ!馬も用意してある!」
「準備が宜しいようで」
「そんなに褒めないでくれ」
「褒めてはいませんよ。呆れただけで」
そんなエリアスの言葉ですら誉め言葉に聞こえるほどクリスティアンは自分が間違っていない事に酔ってしまった。
★~★
「あら、お兄様がお戻りに?!」
色々と準備はしていたけれど、兄とパンディトンが戻ったと言う知らせにグラシアナは寝間着から簡単な部屋着に着替えると玄関に向かった。
ガチャリと扉が開くと笑顔のエリアス、そして軽く手をあげるパンディトンが見えた。
あの日、馬車の後ろの窓から大勢の敵を相手に立ち振る舞った姿。
元気だとは聞いてはいたが、グラシアナは慣れるためにと乗っていた移動椅子から立ち上がると一目散に駆けた。
「グラシ‥‥えぇーっ?!」
両手を広げたエリアスの隣を抜けて「クマさんっ!!」グラシアナはパンディトンに飛びついた。
「シア…歩けるのか???」
クリスティアンの声が小さく聞こえたが、温かくてフワフワ感もあるパンディトンに抱きしめられると何もかも吹き飛んでグラシアナは本当の安心を感じた。
「ベル、心配をさせてすまなかった」
「いいの‥無事でよかった・・・よかった」
「あの、グラシアナ?お兄様は?」
ちらりとエリアスをみたグラシアナは「お帰りなさい!」それだけを言うとパンディトンの胸にまた顔を埋めた。
「どういう事なんだ!騙していたのか!!」
クリスティアンは怒鳴りながらパンディトンに抱かれるグラシアナに手を伸ばした。
「触れるな!ゲスが!俺の妻に触れる事は許さん!」
「妻?妻だと?!そんなはずがない。シアは今も僕の婚約者で!!」
クリスティアンの声にグラシアナがゆっくりと振りむいた。
「何の事です?貴方の婚約者になった記憶は御座いませんが」
「今は忘れているだけだ!何度も謝っただろう?僕は非を認める。だから何もかもやり直す、いや1から2人で!」
「御冗談を。やり直すも何も…貴方の事は記憶に御座いませんと言っているのです。知らないんですからやり直すも何もありません。それに・・・間もなく成婚の儀で御座いましょう?」
「違うんだよ!あれはイメルダが僕を騙したんだ!」
「よく騙されるお方です事。ですが私は貴方に騙されてもいませんし関係御座いません」
「関係ないってなんだよ!歩けないと僕に嘘まで!今なら許す。王太子である僕が許すと言ってるんだ。さぁシア!こっちへ!」
クリスティアンの再度伸ばしてきた手をパンディトンは振り払った。
その手をグラシアナが握る。いや、包むようにして頬に当てた。
「お帰りはあちらです。相思相愛。何物にも邪魔されない真実の愛でのご成婚おめでとうございます。わたくしも幸せですわ」
その後、クリスティアンはどうやって城まで戻ったのか記憶にない。
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