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第45話  快適な地下牢

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地下牢生活も慣れてしまえば快適そのもの。

「エリアス様、当家の新作です。使ってみてください」
「すまないな。ほぅ…これはなかなかの手触りだな」
「はい、もう何年になりますか。蚕を教えて頂きやっと採算が取れるまでになりまして」

手渡されたのはシルクのパジャマ。
ツルツルと滑らかな肌触りにエリアスも着る前に頬ずりしてしまう。

出される食事も地下牢なのにフルコース。
どこから運んで来たのかテーブルセットまで用意をされて薄暗い地下牢を唯一灯すランプの灯りですらお洒落に見えてしまい、隠れ家的なレストランを思わせる。

運んでくるのが騎士で無ければ騙される人も多いかも知れない。

「この肉・・・旨いな」
「がっつくな。グラシアナに嫌われるぞ」
「おーい。もう1皿くれ」
「だから!がっつくな!」
「腹が減っていたらここと言う時に力が出ない。食う時は食う!寝る時は寝る!だろ?」
「それはそうだが…パンディトン、ここが地下牢だと忘れていないか?」
「忘れるほど呆けてはいない。安心しろ」

食後にはグラシアナが侯爵家にやって来て封印していた珈琲も出されてくる徹底ぶり。
チョコレートにアレルギーを持つグラシアナ。
焙煎した珈琲豆はカカオを思わせる色合いだからという理由だけでロペ公爵家から珈琲は無くなった。

「ここにグラシアナが居たらもう何も言う事はないのになぁ」
「こんな湿度も高い、男くさい、カビた所に誰が呼ぶか」
「いやいや。物は考えようだ。改装は必要だが古城カフェとして売り出せないかな」
「エリアス…まだ住んでいるやつがいるから廃城でもないんだが」
「違う。グラシアナと結婚したらカフェでも経営しないかって言ってるんだ」
「するとしてもここはない。ベルの嫌な思い出が詰まった場所なんだ。話にならん」


そんな事を思いつつも、海の見える場所で3組程度の小さなカフェをするのもいいな…と思うのだがカフェと言えば飲み物に合うスイーツ。

――ベルが作る‥‥となると――

ブルルっ!!
パンディトンは川で遡上するサケを狩った後の熊のように全身を振るわせた。

グラシアナとスイーツは良く似合うが、食べるのと作るのは違う。
料理の腕前以前の問題であるのはパンディトンも知る所。

――誰にだって得手不得手はあるものだ――

そう思えるのは多分愛、きっと愛。


「お食事中なんですけどー。いいですか?」
「おぉ、アリ―じゃないかどうした」
「どうしたじゃないです。なんでこんなに快適空間になってるんです?ついでに鉄格子の意味は?」
「オブジェだ」


エリアスとパンディトンの収容されている牢には確かに鉄格子があって強固な鍵もかかっていた。
現在はフルオープン状態で施錠されている扉はこの地下牢に入るための最初の入り口くらい。

「上」の世界は何やら面倒事が起きたようで、議長もクリスティアンも更には国王もエリアスどころではないらしい。

「上は何かあったのか?」

エリアスがアリーに問えばメアリーからの報告だと前置きしたアリー。

「正妃さんが強烈なの溶液でトンだらしいです。あれは・・・急性中毒でしょうから抜けるには時間かかるでしょうね。抜けた後もヒトでいられるかは判らないですけど」

か。流石は正妃様だ。純度の高いのを惜しみなく買ったんだろうな」

「高いなんてもんじゃないです。まんま。まんまらしいですよ」

「そりゃ地の果てか、空の天井まで吹っ飛んだだろうなぁ。王太子もお疲れさんって所だな」

「もしかしたら副作用で人間になれるんじゃないのか?議場に行く前に来た女だろう?シラフの時からトンでると言っても疑う奴はいないだろ」

「確かに。普通は婚約者のいる王太子に手を出したりしませんからね。そのおかげで私はお嬢様とシャボン遊びまで約束出来ましたので万々歳です」


アリ―は手のひらに泡を乗せている真似をして「ふぅー」と空気を飛ばしてみる。
想像してしまったのか、照れて耳まで赤くなるパンディトンが「自慢なら帰れ」と手で追い払う仕草をした。

「失礼ですね。お嬢様からの伝言です」
「グラシアナから?」「ベルから?!」

食い気味なパンディトンだが、アリーは「フフン」と軽くあしらう。

「お嬢様宛にクズ太子から胸糞悪くなる手紙が来まして。旦那様とパンディトン様、どうなってもいいのか~みたいなのが全体の0.01%の手紙ですけど」

「残りの99.99%は‥‥いや、いい。おおよその想像はつく。言うな」

「じゃ、そこは省略で。で、ですね。お嬢様は誘いに乗るそうです」

「そうだろうなぁ。それで私の出方がどうか。それを聞いて来いと言われたか」

「聞いてこいではありません。聞いてきて?ってお願いです。命令とお願いは私のやる気が変わるので。旦那様、どうしますか?」

「日取りだけなんとか教えてくれ。出来れば前日の夕方まで。最悪当日の登城前までに。こちらは何時でも出られる。見ての通り騎士団もこちらについた」

「じゃ、どうして時間が必要なんです?」

「決まってるじゃないか。グラシアナの前に湯も浴びず不衛生な恰好で出られるか?素敵なお兄様を演出するための準備が必要じゃないか。特にパンディトンは一旦濡れたら毛が乾くまで3時間はかかるぞ?」

「失礼な!急ぎなら30分で乾かすわ!」

――それでも30分体毛だけでかかっちゃうんだ――

ジト目になったアリー。壁に紛れて抜け出しグラシアナに「まんま」を報告するとグラシアナもジト目になった。


★~★

アリ―が屋敷に戻った時、先に到着をしていたメアリーがグラシアナに報告をしていた。

「王妃様が?」
「はい。何でも臭いをかぎ分けることが出来なくなったそうで。頭だけじゃなく鼻も馬鹿になったようです」
「そうなのね。だから国王陛下も付きっきりと?」
「いえ、国王がつきっきりなのはチェス仲間だったフールル先代伯爵が領地に引き込んで話し相手と言いますか暇つぶしの相手がいなくなったからのようです」

台帳にある付箋から「F」を引き、ページを開いて家名を探す。
ある程度の貴族の事は記憶にあるが夜会などでもイレギュラーが起こる事は稀。

グラシアナは出席する時、決められた通りの挨拶の順で、決められた内容の挨拶を返していた。
カンニングペーパーのように事前に全て「〇〇伯爵がこう聞きますので、こう返してください」と決められていたのだ。

アドリブが要求されるのはそんな技が通じない他国からの客くらい。その応答も当たり障りない返し方を幾つか練習していた。

「フールル家?現当主のご子息ももう40代ね…お孫さんに家督を遂に譲られたのね」
「そうみたいです。旦那様の根回し。効果ありますね」
「そうなの?」
「そうですよ。年若い当主や次期当主とよく話をしていましたし。私達からしても70代、80代が未だに力を持って巣食ってるなんてどうかなーっと思いますよ」


エリアスの根回しはエリアスが拘束をされた事で一気に動き出し、ここ2、3日の間に当主交代のあった家は22軒。その手続きに議長、副議長も忙しくエリアスに構っていられない。

新しい当主が挨拶にとやってくれば王族はお決まりの接見をせねばならない。

そんな時にイメルダの薬騒ぎ。
クリスティアンまで好きに動く時間が無くなってしまっていた。


「わっ。今日はメアリーに先を越された!!」

遅れて入って来たアリーはグラシアナに報告をする。
グラシアナは両方の報告を聞き、少し考えて結論を出した。

「アリー。度々で申し訳ないのだけれど、お兄様に登城は5日後。午前11時謁見の予定と伝えてくれるかしら」
「いいですよ。で。お願いがあるんですけど」
「なぁに?」
「湯殿を出たら乾かし合いっこしたいです」

――なぜに?――

余程この姉妹は風呂が好きなのだろうなと理解が出来た。
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