上 下
40 / 48

第40話  うわぁ。べちょべちょだ

しおりを挟む
クリスティアンと議長が戻っていくと、騎士が声をかける。

「行きました。大丈夫ですか?」
「大丈夫な訳がない・・・キッショ!グアァァ!気っ色きっしょい!」
「直ぐ湯を持ってきます。お待ちください」

騎士が駆け足で湯を持って来る!とその場を離れるとパンディトンもむくりと起き上がる。首をコキコキ。そしてグルリと回して、「ハァー」溜息と息を吐き出すと立ち上がりエリアスが繋がれている拘束具を外す。


「私よりお前の方がよっぽど怪我をしているのに元気だな」
「こんなところで死ねませんから」

ポイっと拘束具と一緒に何かを投げたパンディトン。石の床にカランコロンと音がする。

「取れたのか?」
「まぁ…掘りましたけど、なんとか取れました」
「掘り出っ?!」
「だって防具の切れ目だったんで入り込んでたんですよ」

念には念を入れたエリアスは帝国で開発中の防弾着をパンディトンには装着をさせていた。エリアスも胸はベスト型になった防弾着をつけていたが、太ももから脹脛に装着すると違和感があり歩きにくかったので外していた。

パンディトンは「着心地最高な防弾着があるわけないでしょうに」とちゃんと装着していたのだが、1発だけは切れ目から体内に銃弾がめり込んでしまった。


「帝国は開発してるんですよね。これ、至近弾には使えませんよ。背中はギリで止まってましたから。俺が金属アレルギーだったら今頃背中が湿疹だらけだ」

背中側から発射された弾丸は先端部分が防弾着を突き抜けていた。
あと1歩前に踏み込んで発射されていたら体内に弾が留まってしまっていただろう。


倒れた振りをするのはもしもの時は相手方に潜入したほうがやりやすいと判断したからだった。
どちらかは当初から拘束される予定だったが、想定外は2人とも拘束されたこと。

「くっそ。思い切り鞭打ちやがって。あのクソガキっ」
「言っとくけどそこまで打たれたら普通は死んでるからな?そこそこの兵士でも起き上がれないからな?」
「エリアス、なら俺も言わせてもらうがあんな狒々爺にぺろぺろされたらそれだけで俺は死ぬ。耐えられるお前の神経が信じられない」
「逆だろう。お前の場合は腹の中に毛玉が出来るから相手が――」
「そこまで毛深くない!失礼だな。帰ったら脱毛ワックスするわ!」


ハッキリ言おう。
パンディトンで体毛が確認できない部位は先ず顔の中央部から上。
拘束されて1週間目となる今日で無精髭も無精髭となって顎ともみあげは完全に繋がっている。

その他は手のひらと足の裏。
フッサフサのモッサモサ。かたや頭皮以外の薄毛に悩んだ事のないエリアスはツルツル。

「冬場の地下牢なら重宝されそうだが、夏場は一緒にいたくないな」
「失礼だな!!水を弾くから溺れないんだぞ!北極の白クマも溺れてないだろうがっ」
「グラシアナには溺れてるくせに~イキっちゃってまぁ♡」

拘束具を外されたエリアスは手首を撫でながら騎士が湯を運んでくるのを待った。

っさ!あの親父、涎・・・グアァァー!っさ!」
「涎だらけだな。ご愁傷様」
「うわぁ‥どこもかしこも舐めやがって!ベチョベチョじゃないか!」


自分の肌が重なるとベチョベチョするのでエリアスが案山子のような態勢で文句を言っていると聞きなれた声がした。

「それだけ元気なら心配ないですよね」
「アリー!!やっと来てくれたか」
「来ましたよ~。ここは天井裏がないのでメアリーは議長の所に潜入してます」

壁に目アリー。壁のある所ならどこでも神出鬼没なアリーがそこにいた。
桶を抱えた騎士の隣でアリーはスポンジをクシャクシャと泡立てながら話しかける。

「そんな物何処からだしたんだ?!」
「やだなぁ。旦那様が水を含ませると膨らむって言ってた圧縮スポンジですよ。さ、体洗いますので」

珍しいものを見ればグラシアナが楽しめるかと思って取り寄せた圧縮スポンジ。こんな所で役に立つとはエリアスも思っていなかった。

裸になって、体を異性であるアリーに洗われてもエリアスは恥ずかしさはない。
それを見るパンディトンもよくある光景で幼い頃から両親もそうして使用人に体を洗って貰っていたので見た所で何も思わない。桶を抱える騎士も然り。

「ところでグラシアナにはお前とメアリーを連れて帝国の領事館に行けと伝えたんだが聞かなかったのか?」
「聞きましたよ~。はい、お尻洗いますので足上げてください」
「優しくな。最近馬車であちこちいってて窄まりが痛いんだ」
「いぼ痔・・・悪化しましたか?座薬持って来てないんです」


美丈夫なのにいぼ痔。いや、いいのだ。いぼ痔と美醜は関係ない。
アリ―に体を洗ってもらい、湯で最後に泡を流すと床がびしょびしょになった。

「デッキブラシ持って来ましょうか」と騎士。

足元の泡立つ水に議長の涎が含まれているかと思うとエリアスとパンディトンは即答した。

「頼んだ。アリ―も手伝ってくれ」
「えぇーっ?!私に清掃をしろと?!」

そうだった。アリ―はメアリーと同じ。
料理もだが、世間一般で「家事」と呼ばれる仕事には不向きな侍女だった。
頼めばより酷くなる惨状しか思い描けない。


「掃除は私とパンディトンで行なう。ここに来たのは・・・執事のめいではないな?」
「違います。お嬢様のお願いです」
「グラシアナの?!」
「言っておきますけど、命令ではないです。お願いですからね。お二人のこと、心配してましたよ。敵を騙すには味方からと言いますけど可哀想です」
「心配させたくなったし2人一緒にここで仮住まいになるとは思ってなかったんだ」
「だとしてもです。ま、おかげでお風呂の約束取り付けたんでいいですけど」
「長く家を空ける訳じゃない。のんびり過ごせと伝えてくれ」
「はーい。じゃ、お掃除頑張ってくださいね」


返事をするや否やアリーは壁に溶け込むように消えていく。
メアリーは闇に紛れる衣装だが、アリーの衣装は石柄。

アリ―の気配が消えたあとエリアスとパンディトンはデッキブラシで汚水おみずを通路側にせっせと流したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

(完結)戦死したはずの愛しい婚約者が妻子を連れて戻って来ました。

青空一夏
恋愛
私は侯爵家の嫡男と婚約していた。でもこれは私が望んだことではなく、彼の方からの猛アタックだった。それでも私は彼と一緒にいるうちに彼を深く愛するようになった。 彼は戦地に赴きそこで戦死の通知が届き・・・・・・ これは死んだはずの婚約者が妻子を連れて戻って来たというお話。記憶喪失もの。ざまぁ、異世界中世ヨーロッパ風、ところどころ現代的表現ありのゆるふわ設定物語です。 おそらく5話程度のショートショートになる予定です。→すみません、短編に変更。5話で終われなさそうです。

処理中です...